023 歓声
茅森楓視点
千春が自陣のゴール前でボールを奪い、相手陣へと駆け出す。
脳が酸素を求め、肺を大きく収縮させている。
汗は止まっている。
喉の渇きを強く感じた。
それでも私は走る。
たかが練習試合。
たかがバスケ。
されど、思考は深く真理を求めて潜る。
千春の背中を追うように、動きの鈍る足を無理やり回して走り出した。
その瞬間。
異変は突然訪れた。
世界から音と色が消える。
耳に鳴り響いていたドリブルの音、バッシュがコートに擦れるのスキール音、人の声。
そんな、耳に入っていた色々な音が、一瞬にして消え、静寂が訪れる。
視界がモノクロ映像のように、鮮やかさを失う。
千春が持つバスケットボールと、遠くにあるゴールを残して。
完全に音の消えた、モノクロの世界。
覚えがある。
中学時代、最後の試合の時に起きた現象と同じだ。
あの時は自分の身に起きた異変に戸惑い、身体がうまく動かせなくなった。
けど今回は違う。
自然にその現象を受け入れていく自分がいる。
違和感はあるけど、導かれるように身体が動く。
むしろ、驚いたのはその後だった。
モノクロの世界の中で、背中を追う千春と、千春の持つボールだけに色が戻ったのだ。
さらに。
パスコースを示すように、千春がボールを持つその手元から光が伸び出す。
まるで、無数の蛍が色のない世界を舞い飛ぶように。
光っては消え、また光り。
光の差す方へ。導かれるように走り続ける。
次の瞬間、その光をなぞり、千春からパスが出てきた。
パスを受けると今度は、今度は自分の進むルートを示すようにゴールに向かって光が伸び出す。
そのルートをなぞるように、身体が勝手に動く。
勝手に動くと言っても、誰かに操られているような感覚はない。
不思議な感覚だ。
その感覚に逆らわず、身体を動かす。
ステップでゴール下の相手を躱し、シュート。
ボールがリングを捉え、ネットを通過して落下してくる。
次のプレーに、すぐに身体が反応する。
まるで、ボールの奪いどころが分かっているみたいに身体が動いた。
パスコースを遮りながらプレッシャーをかけると、
相手の苦し紛れのパスを後ろに詰めていた千春がカット。
千春の手によってボールが弾かれ、無人の地点へ。
落下点を示すようにに、そのスペースへと光が集まっていた。
光の集まる場所へ、誰よりも早く反応する。
ボールは実際にその場所へ。
遅れて相手の選手も飛び込んできたが、ボールを掴んだのは私だった。
体勢を崩しながらボールを確保。
周りを見渡す。
近い位置にいた中村さんが、スポットライトが当たったみたいに光っている。
今度は彼女に、色が戻っていた。
中村さんへパスを出す。
ボールを受けた中村さんが、余裕を持ってシュート体勢へ移行。
両手でボールを放つ、その光景を見届ける。
ボールの行方は追わない。
このシュートは入るという確信があった。
そこで、ブザーの音が突然鳴り響く。
と同時に、視界全体に色が戻った。
どうやら、再びタイムアウトを取られたよう。
視線の先に千春を捉える。
彼女に向けて拳を突き上げた。
笑顔の千春が、呼応して拳を向ける。
最高の気分。
両チームの選手がベンチへと戻っていく中、ゆっくりと立ち上がる。
ベンチの方へと歩きながら、今しがた経験した現象を思い返す。
不思議な時間だった。
音と色のない世界で起きた、自分でも説明出来ないプレー。
それは、例えるならゲームで自分を操作しているような感覚。
とく、とく、とく、とくと、鼓動が鳴り響く。
早くコートに戻ってプレーしたい。
あの、不思議な感覚を忘れたくない。
ベンチに戻り、それだけを考えていた。
タイムアウトの時間が終わり、明青ボールで試合が再開。
スローワーがボールをコート入れる。
試合時間はあと1分。
スコアは1点リード。
ここを守りきり、逆に点を取れればかなり勝利に近づく。
明青が時間を使ってボールを回す。
『ダンッ』というドリブル音が響き、各選手が動き回る度に『キュッ』と鳴る。
煩わしい。
消えて無くなれ。
ハイポストへボールが入った。
一際高いスキール音が響き、私がマークする瑠雨が中へとカットイン。
その瞬間、再び音が消え、モノクロの世界に変わる。
瑠雨だけを示すように、彼女にだけ色が残った。
瑠雨へとパスが通り、ボールを受けた瑠雨がそのままシュート体勢に移る。
彼女の手から伸びる光。
その方向はゴールではなく、ゴール下へ走りこんでくる味方へと伸びていた。
フェイクだ。
シュートではなく、パス。
そう確信し、光の伸びる方向へと動く。
瑠雨がボールを手放す。
そのボールを迎えに行くように、両手で掴む。
まるで、瑠雨からパスを受けたのが私のように。
瑠雨と目が合う。
驚いたような顔で私を見ていた。
ターンオーバー。
攻守が入れ替わる。
ボールを千春に預けて走ると、すぐにリターンパスが来る。
必死に戻るディフェンスの姿が見える。
それを見据えながら、ドリブルを開始。
ルートを示すように、光の道が照らされている。
突っかけてきた私を止めようと、ディフェンスが距離を詰めにくる。
クロスオーバーでそれを躱す。
まず、一人。
続けて、ゴール前へ戻ろうとしていた一人がヘルプに飛び出してきた。
これも躱す。
二人。
躱した二人を背後に感じながら、ゴールへと突っ込む。
目の前には三人目のディフェンス。
左手にボールを持ち、レイアップ体勢。
左側からジャンプ。
相手のディフェンスがブロックに飛ぶ。
空中でそれを躱す。
三人。
ボールを右手に持ち替え、リング目掛けて高く放る。
感覚だけで放つシュート。
それでも、絶対に入るという確信があった。
勢い余って、コートの外へと身体が投げ出される。
慌てて受け身を取って着地。
そこで、色が再び戻る。
わぁぁっという、大きな歓声が聞こえた。




