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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 1
23/85

022 風待ち

櫛引千春視点

 

 笑えるくらい、ふらふらだ。


 足取りは怪しく、目は焦点が合っていない。



 体力的に限界が近いのだろう。

 瑠雨を相手にしたディフェンスは大変なハズだ。

 それは、前半彼女のマークを担当したお姉ちゃんの疲弊具合を見ても明らか。

 むしろ、ほぼ一年近いブランクを抱える楓が対等に渡り合えている事自体が驚きだ。


 楓の活躍はディフェンスだけじゃない。

 オフェンスの貢献はそれ以上だ。


 事実、すばる高25点の内15点が楓による得点。

 一人で得点の半分以上をあげている。


 あの瑠雨のマンマークを相手にして、だ。


 運動量も含めて、楓の負担は他の四人以上のハズ。

 いつ動けなくなっても不思議じゃない。


 今も独力で瑠雨のマークを剥がすことも出来ないくらいに疲弊していて、

 それをサポートするように飛鳥さんがスクリーンをかけていた。


 それなのに――。


 楓はボールを持つと、途端に息を吹き返す。

 疲れを微塵も感じさせず、生き生きとプレーする。


 飛鳥さんのスクリーンを生かして、へろへろと足を動かしながらフリーでボールを受けると、それまでの動作が演技なんじゃないかと思うほど、キレのある動きを取り戻す。


 瑠雨を躱し、ヘルプにきたディフェンスを翻弄する。

 ブロックの手を掻い潜って放たれるシュートは、まるで操っているかのようにリングの中へ吸い込まれていく。


 ボールがリングを通る瞬間を見届けて、笑うんだ。

 目を輝かせながら無邪気に。

 子供のころのように。


 27-30。

 ついに3点差へ詰め寄った。


「まだまだぁ!」

 鼓舞するように、楓が声を出す。


 試合時間は残り2分を切った。


「ここ一本! 止めるよ!」

 負けじと、私も声を張り上げる。


 絶対に勝つ。


 記録には残らない些細な練習試合だとしても、楓が戻ってきた証を形に残す。

 これからの私たちに必要なことだ。


 ボールを持つニコさんへプレッシャーをかけていく。


 視線がぶつかる。

「……へぇ、良い目するようになったじゃん」


 ニコさんが口元を歪めて笑い、そんな事を口にした。


 そしてその瞬間、私を抜きにかかる。

 手加減だったのか、この試合ではほとんどパス一択だった彼女が、はじめてドライブを仕掛けてきた。


 速い。

 楓と遜色ないドライブのキレに、簡単に振り切られそうになる。


 それでも――。


「ちっ」


 まるでその動きを読んでいたかのように、彼女のドライブを止める。

 勿論、実際に動きを読んでいたわけではない。

 自分でもビックリするほど、身体が勝手に反応したという感じだ。


 私の意外な応戦に、驚きの表情を見せるニコさん。

 ドライブを諦めてターン。

 左サイドへパスを出そうとする。


 ――チャンス!


 彼女の手から今離れようとするボール。

 そこへ必死に手を伸ばす。


 確かな感触。

 重たいバスケットボールの衝撃が、私の手のひらを揺らす。


「やべっ!」


 右耳からそんな声が聞こえる。

 今日初めて、ニコさんが焦ったような声色を出した。


 ターンオーバー。

 攻守が切り替わる。


 弾いたボールをマイボールにして、ドリブルでカウンターを繰り出す。


 残り時間を考えても、このチャンスは絶対にモノにしたい。


 遅れて追いすがるニコさんを引き連れるように、単独で相手陣内へと侵入。

 ニコさんの厳しい寄せ。

 私の進路を限定しながら、攻撃を遅らせようとしてくる。


 ここで止まってしまえば、たちまち明青のディフェンスは整ってしまう。


 私はそのままドリブルで押し進める事を選択。


 前へ。

 行けるところまで運ぶ。


 右への切り替えしを塞がれながら、左サイドへ誘導されていく。


 傍から見れば、追い詰められているのは私に見えるだろう。

 このまま単独でゴールを決めるようなスキルを持たない私が、選択肢を限定されて手詰まりになる。

 そんな場面が容易に想像出来るだろう。


 でも、私は別の()を描いていた。


 問題は私にぴったりと張り付くこの人。

 ニコさんは、私がこのまま強引に一人で攻めてくるとは思っていないだろう。

 仮に来たとしても問題ない、そう考えているハズだ。


 私の選択肢は少ない。


 1つ目はこのままキープして味方のフォローを待つ。

 確実なプレーだが、相手にディフェンスを整える時間を与えてしまう。


 2つ目は私がこのままシュートまで持ち込む。

 可能性が無いワケではないけど、自分の能力を考えればイチかバチかのプレーだろう。


 3つ目の選択。

 この人を欺くプレーはこれしかない。


 左足に力を込めて、急ブレーキをかける。


 私が描いたプレー。

 それは別に私だけが描けるプレーじゃないけど、誰でも描けるプレーでもない。

 私の場合は経験と信頼。それだけが頼り。


 視線をゴールに向けたまま、ニコさんの股の間を通すバウンドパスを狙う。

 ノールックパス。

 狭いスペースだったが、遮られる事なくボールがニコさんの背後へと回る。


 風が吹く。


 私のパスに反応したのは楓。


 迷いなく、パスコースへと入ってきた楓が、ボールを巻き上げるように掻っ攫い、そのままゴールへ突っ込む。


 ゴール前には戻ってきたディフェンスが一人。


 楓がボールを持って右へステップ。それを見て相手選手が前へ出る。


 その動きを見て、楓が大きく左へステップ。

 突然、進行方向を変える。


 ユーロステップ。

 ディフェンス前で横切るように動いた楓に、相手のディフェンスはついていけない。


 そうして相手を躱した楓が、ふわっと浮かせるスクープショット。

 これが決まる。


 29-30。

 ついに一点差に詰め寄る。


 明青ボールで再開。

 スローワーから、自陣コートへ戻ってきた瑠雨にボールが預けられる。

 その瞬間に、ボールホルダーとなった瑠雨へ楓がプレッシャーをかける。


 瑠雨がドリブルで躱しにかかる。

 楓が必死の抵抗、どこにそんな力が残っていたのか。

 気迫溢れるディフェンスでコースを塞ぐ。


「出せ!」


 ニコさんの声が飛ぶ。

 その声を聞き、瑠雨がボールを出す。


 取れる!

 身体を投げ出すように左手を伸ばす。


「うぜぇ!」

 ニコさんのそんな声が響く。


 左手にボールがぶつかり、私はそのままコートへ倒れこむ。


 ――ボールは!?


 顔を上げる。

 左サイドライン際に零れ転々とするボールに、瑠雨と楓が飛び込んでいく。


「あぁぁ!!」


 楓が叫び、瑠雨より先にボールに飛びつく。


 倒れた状態のまま、強引に体を捻り、パスを出す。

 そのパスの先にいたのは詩織さんだった。


 混戦のゴール前エリア。

 フォローにきていた詩織さんが、フリーでボールを受ける。

 ゆっくりと冷静に、綺麗なシュートフォームを作り、シュートを放つ。


 シュパッと心地よい音を響かせ、ボールがネットを通過。


 きゃあっ、と、ベンチから歓声が聞こえた。


 そこでブザーが鳴る。

 終了の合図ではなく、逆転を許した明青がタイムアウトを取った合図だった。


 31-30。

 ついにすばる高が逆転に成功。


 ボールを繋いだ殊勲の選手は、ぐったりとコートにうつ伏せとなったまま。

 やがてむくりと体を起こすと、私にむかってぐっと拳を突き出して言う。


「……やるじゃん、千春」


 思わず笑みがこぼれる。


 ……勝ちたい。この試合は絶対に。



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