020 一進一退
コートに出るまでの時間、五人で作戦について簡単な共有をする。
その会話を主導したのも千春だ。
「ディフェンスはマンツーマンで。 自分のマークに集中、それでやられたら仕方無いです。 気にせず割り切りましょう。 それから……オフェンスは環さん、楓を中心に攻めます。 二人の所からなら、互角以上にやれるハズです。飛鳥さんはスクリーンとリバウンドに集中。 相手はゾーンなんで、割とリバウンドは狙えるハズです。 詩織さんは環さんと楓のポジションみてサポート頼みます」
「良いだろう」
「OK」
「分かったわ」
先輩方が各々に返事する。
それを聞いて、千春が小さく頷く。
「3セット目、勝ちに行きましょう」
そう言って右手を差し出す。
他の四人が手を重ね、気合を入れた。
こういう風に、自ら仕切る千春というのは見たことがない。
インターバルでの千春の発言には驚いた。
単に私に対する擁護だったのか、思うところがあって事なのかは窺い知れないけど、先輩相手に、自分の考えを強く主張した事自体、千春の性格からすればありえない事だった。
千春は私にとって、唯一無二の友達。特別な存在だ。
でも、バスケプレーヤーとしては話が違う。
私にとって櫛引千春という選手は、チームにいる選手の内の一人に過ぎなかった。
千春がどんなプレーをしたいかなんて、聞いたこともないし感じたこともない。
特別、支えられたと思った事は無いし、千春が居て良かったと思う事も無い。
ただ、今この瞬間に関しては千春に救われたような気がしている。
千春には私の気持ちは分からないと思うし、私も千春の気持ちを理解している思ったことはない。これからもきっとそうだろう。
それでも千春が私に期待してくれている事は伝わる。
その気持ちだけは理解できた。
今はただ、その思いに精一杯報いたい。
すばる高ボールで試合が再開される。
センターとポイントガードには引き続き安藤さんと千春。
那須さんがパワーフォワードに入り、中村さんがスモールフォワード。
千秋が抜けて空いたシューティングガードのポジションを、私が担う。
明青の選手は選手交代が一人。
20番がOUT、19番を付けた選手が入ってきたようだ。
スコアは11-20。
9点のビハインド。
勝ちに行くなら、序盤に出来るだけ点差を詰めておきたい。
千春がドリブルをしながら、様子を伺う。
明青のディフェンスは前半と変わらず。
インサイドを固めるゾーンを軸にして、私には瑠雨のマンマークが付く。
味方選手が動く。
那須さんがスクリーンをかけ、千春が瞬間的に自由を得る。
それを生かし、千春がドリブルで横に移動。角度を付けてから中へパスを入れる。
ハイポストで安藤さんがそのボールを受け、ターン。
安藤さんには32番の石黒ソフィアが対応。
強引に先手を取った安藤さんが上手く体を入れ替え、ペイントエリアへ侵入。
そのままディフェンスを振り切りシュート。
ボールをバックボードに当て、ゴールを決めた。
13-20。
幸先よく2点を返す。
攻守が替り、明青の攻撃。
ボールを運ぶニコさんへ、千春が厳しくチェックにいく。
「っとっとっと」
前半には見られなかった積極的なディフェンスに面食らったように見えたが、ニコさんは落ち着いてボールを捌く。
ニコさんのパスを起点に、明青の選手がポジションを入れ替えていく。
フリーにさせないように、それぞれのマークを追う。
数度のパス交換を経て、ハイポストにボールが供給。
ゴールを背にして、27番がボールを受ける。
マークに付くのは那須さん。
高さでは27番に分がある。
「っそがぁ!」
対抗する那須さんはぴったりを体を付けて対抗。
ポジションを守り、ゴール下への侵入は許さない。
27番は高さを生かし、ピボットターンからミドルシュートを放つが、ボールはリングに嫌われる。
「うるらぁ!」
リバウンドを取ったのは那須さん。
ボックスアウトを掛けて好位置を取り、ジャンプしてボールをキープする。
「那須さん!」
那須さんがボールをキープ出来そうと判断した私は、誰よりも早く彼女の元へサポートに入っていた。
そして那須さんがボールを私に預ける。
「速攻!」
ボールを受けた私は、左サイドに抜けてドリブルを開始。
自陣へ戻る明青を追いかけるようにスピードに乗る。
「楓!」
ハーフライン手前にいる千春に、一旦ボールを預け、加速。
千春から絶好のリターンパス。スピードに乗ったまま突っ込む。
ゴール前には戻ってきたディフェンスが一人。
2ステップでレイアップ。
ブロックの手を掻い潜ってボールを離す。
バックボードに当たってリングを通る。
15-20。
「ナイッシュー!」
帰陣する私の耳に、千春の声が届く。
「ナイスパス!」
お返しに声をかける。
こんなやり取りも懐かしい。
戻ってきて瑠雨のマークに付く。
「千春……何か変わった……?」
「あぁ?」
珍しい事に、瑠雨が話しかけてきた。
「……今度は頑張るんだってよ」
「頑張る……? ふふっ、変なの」
そう言って笑う。
その瑠雨にボールが入る。
「じゃあ……」
瑠雨がゆっくりとドリブルを開始。
応じて私も重心を低く落とす。
一対一。
「私も頑張らないとね」
瑠雨が左からドライブを仕掛ける。
間髪遅れず抑える。
バックビハインド。背面でドリブルをして右に持ち替えた瑠雨が、今度は右から抜きにかかる。
後退しながら、進路を塞ぐ。
その瞬間、瑠雨も後ろへステップ。
私と距離を取り、ボールを持つ。
――シュートかっ!
目いっぱい、ブロックの手を伸ばす。
「っ!」
ボールが私の指先を掠める。
外れろっ!
念が届いたか、シュートはわずかに短くリングに弾かれた。
「「リバウンド!」」
声が重なる。
「任せろ!」
那須さんがジャンプ。
片手で掬い取るようにリバウンドを取る。
「下ぁ――!」
ボールを取って着地した那須さんの手元を、ニコさんが狙っていた。
「くっ!」
那須さんの手からボールを叩き落とされ、奪われる。
やばっ!
完全にボールウォッチャーになっていた私は瑠雨を見失ってしまう。
ニコさんがパスを出す。
そのボールの先、3ポイントラインの前で瑠雨が待ち構えていた。
完全にフリーの状態となった瑠雨が、シュートを放つ。
スパッとキレの良い音を響かせ、瑠雨のシュートがネットを揺らす。
15-23。
連続ゴールで5点まで縮めた点差が、8点にひろがる。
ゴールを決めた瑠雨が、私に見せつけるように人差し指で天を指す。
「「……あんにゃろー」」
私が瑠雨を見て呟くと同時に、近くにいた千春が同じ言葉を呟いていた。
そこからは互いに一進一退の攻防が続く。
すばる高が点を取れば、明青も負けじと点を返す。
明青が守れば、すばるも執念でゴールを阻止する。
そうして中々点差を縮められないまま、3セット目は終盤に差し掛かろうとしていた。




