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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 1
20/85

019 意味

戻りまして茅森楓視点です。

 

「……やめよう。 君の作戦はナシだ」

 

「えっ……」

 

 安藤環さんにそう言われ、はじめは何のことを言っているのか分からなかった。

 思わず、聞き返す。

 

「君にボールを集めるという作戦だ。 悪いが、次からはナシでやろう」

 改めて、安藤さんが言う。

 周りに居る部員たちも一様にその発言に耳を傾けていた。

 

 明青から点を取る為の策として私が提案したのは、私自身の個人技で点を奪うという事。

 実際にそれは成功していて、ここまで9点も決めている。

 

 どうして?と私が尋ねる前に、安藤さんが続けた。

 

「君は本当に凄いよ。 自分で点を取る事を提案出来たのも納得だ。 でも、これでは練習にならない」

 

 周りにも聞こえる様、はっきりと告げられる。

 

「気づいているかい? さっきまでの展開で、私や詩織、千秋さんは、ほとんどボールにすら触れていない……傍観者のように君のプレーを見ていただけだ」

 

 言われて認識する。

 確かに、攻撃時には千春を経由するだけで、私がほとんどボールを持っていた。


「でも、それは勝つために必要だと思って……」

「これは練習試合だ。 本来、さほど勝敗を気にするべきではない……ですよね?」

 そう言って、安藤さんは顧問の麻木先生を見る。

 

「え?え、えぇ……そうね!」

 麻木先生がコクコクと頷く。

 

 なんだよ先生……、試合前にはあれだけ勝ちにこだわってたクセに。

 

 タイムアウトの時間も残りわずか、再開の時間が近づく。

 

「君は上手いし、私たちも助かっている。 でも、これは練習試合なんだ。 みんなの糧にならないと意味が無い。 再開後は君中心の攻めではなくて、全員で点を取りに行こう」

 

「……はい……」

 

 有無を言わさぬ口調で〆られ、頷くしかない。

 

 タイムアウト終了を告げるブザーが鳴った。

 

 両チームの選手が、コート上に集結し、試合が再開される。

 

 ……なんだよ、私が悪いみたいじゃないか。

 チームの為に、点を取りに行ったのに。

 点が取れないから、私が取りに行くしか無かったじゃないか。

 

 明青が攻め上がってくる。

 

 こちらの隙を伺い、各選手がポジションを変えながら、ボールを回す。

 

 瑠雨にボールが渡る。

 シュートとドライブ、両方を警戒しながらマーク。

 

 瑠雨は挑発するようにボールを前に晒してドリブルをする。

 私はその動きには乗らず、瑠雨の動きを注視。

 

 私の反応が薄いと見るや、あっさりとボールをニコさんへと戻した。

 

 ニコさんから中へとパスが通る。

 ポストに入った27番にボールが渡り、そこから逆サイドへと展開。

 20番へボールが受け、ドリブル。

 千秋が躱され、20番がジャンプシュート。

 

 これが決まり、9-12。

 

 攻守が変わり、すばる高ボール。

 

 千春がボールをゆっくりと運び、フロントコートに入る。

 

 明青は相変わらずのゾーン。

 私には瑠雨がマンマーク。

 

 千春がパスの出しどころを探して目を配るが、受け手がいない。

 ドリブルしながら彷徨う千春を見て、フォローに入る。

 

 千春が私にボールを預ける。

 

 ボールを持った私に瑠雨が正対。

 先ほどまでと同じく、一対一に備えて腰を落とす。

 

 私はパスを選択。

 ちょうどゴール下付近から、ハイポストへと降りてきた安藤さんにボールを預ける。

 

 安藤さんがボールを受け、左へ展開。

 角度のない位置で、千秋がボールを受ける。

 

 フリーで千秋がボールを受ける。

 明青は積極的なディフェンスをかけてこない。

 

 千秋は中へパス。

 中村さんがボールを受けて反転。


 左手でボールを持ち、フックシュート。

 綺麗なフォームのシュートだったが、ボールはリングに弾かれ、得点には至らない。


 ……ホラ、やっぱり点が取れないじゃないか。


 リバウンドを明青がキープ。

 攻守が切り替わる。

 ボールを取った明青が勢いよく攻めに転じる。


 練習にならないというのなら、私を試合に出さなければ良いじゃないか。


 空回りばかり。

 チームの為を思ってした事が、いつも誰かに否定される。


 ぼーっとボールの行方を追う。


 千秋が20番の選手に抜かれ、あっさりとゴールを決められた。

 9-14。


 攻守が変わり、すばる高ボール。

 攻め込んできていた明青の選手は自陣に引き、味方の選手たちは相手コートへと入っていく。


 ただ、流されるままに身体だけが動く。

 ふらふらと。

 

「楓!」


 そう呼ばれて、俯いていた顔をあげる。

 

「え?」


 瞬間、視界いっぱいに球体が飛び込んできて、衝撃と共に暗転する。


「……っ痛……!」


 痛みに顔を歪めて、手で顔を覆う。

 ポタポタと、生暖かい液体が手のひらに落ちてきた。


「あ……」


 血だ。


 ぼーっとしていたら、ボールが顔に当たったらしい。


 試合が中断される。


「オイ、大丈夫か!?」

 審判をしていた小島渚が近づいてきて、私に声をかける。

「とりあえず、ベンチへ……」

 そう促され、顔を抑えながら、よたよたとコートの外へ出ようとする。


「……つまんないの」


 傍を通った瑠雨の声が、耳に届く。


 ――惨めな気持ちだ。


 

 **********


 ブザーが鳴り響き、3セット目の前半が終了。

 スコアは11-20。


 私がベンチに退いた後も試合は続き、点差を拡げられてインターバルを迎えた。


 コートから五人がベンチへと戻ってくる。


 メンバーの表情は一様に暗い。

 特にこの前半、自身のところを徹底的に攻め込まれた千秋は疲弊しきっているのが分かる。


 結局、私は何の役にも立っていない。


 安藤さんの言う通り。

 瑠雨との一対一(1 on 1)が楽しくて、周りがどう思っているかなんて考えてもいなかった。

 ただ自分勝手にプレーして、結果としてチームの輪を乱しただけみたいだ。


「楓」


 そんな私のところに、戻ってきた千春が声をかける。


「鼻血、止まった?」


 言われて、止血の為に鼻の穴に詰めていた綿をそっと抜く。

 パリパリ、と粘膜から剥がれる音が鼻腔内で響いた。


「うん、とりあえず大丈夫みたい」


 そう答えて、抜いた綿をこっそりとティッシュにくるむ。


「そっか、そりゃ良かった」


 千春はそう言って私の前で屈みこみ、私の顔へと自身の顔を近づけてくる。

 いつも眠たそうな千春の目が、柔らかく横に広がる。


 その時だ。


 バシィン!!


「っ痛ったぁ!」


 千春が突然、私の両頬を挟み込むように、両手で叩いてきた。


「な、な、な……」


 何すんだコイツ!


 いきなりの暴挙に非難の目を向けると、一層柔和な目を私に向ける千春。

 そして私の耳元で、そっと囁く。


「言ったっしょ? 今度は頑張るからって」


 それだけ言うと、千春はすくっと立ち上がる。

 そして身体を、先輩たちが座る方へと向けた。


「……えっとー、先輩方、ちょっと聞いてもらっても良いですかね?」


 部員たちの目が自分に向いたのを見て、千春が続けた。


「ほら、この3セット目ってガチって話じゃないすか? やっぱ、楓を中心に点を取るっていうのは間違ってないと思うんすよね……実際、それで互角だったんだし、楓いなくってからこうして点差も離れちゃったし」


 千春は先輩全員に、というより安藤さんに向けて話しているようで、それを察した安藤さんが答える。


「それは勿論分かっているよ。 でもこれは練習試合だ。 ……彼女一人に点を取って貰うような展開じゃ、例えそれで勝っても意味が無いよ」

「いや、そんな事無いじゃ無いですか? 別に楓は一人で点を取っているワケじゃないですよ。パス出してるのは私だし、皆だってそれに合わせてポジション取ったり、ディフェンス頑張ったり。点取るプレーだけが練習って事も無いと思いません? 本気で勝ちに行くからこそ、身になる事もいっぱいあると思うんですよねー」


 にこやかな笑顔を張り付けながらも、千春がまくし立てる。


「っていうか……、先輩たちずるくないですかね? 自分たちが点取れない、守れないのを棚にあげてません? そんで楓のプレーは否定して、これは練習だからって……。 個人技も一対一(1 on 1)も立派なバスケの一部でしょ」

「別に否定しているつもりはない。 ただ……」

「ただ何ですか? ボール触りたかったらもっと積極的にプレーしましょうよ。 パス呼びましょうよ。 必死でリバウンド取りに行きましょうよ。 練習試合だからって端から勝たなくても良いみたいな事言ってて」

「落ち着け千春、別に勝たなくて良いなんて言っていな……」

「同じでしょ、楓に自由にプレーさせないで勝つなんて無理ですよ。 コイツが居ないと、まともに攻めも組み立てられない。そんな試合のどこが練習になるって言うんですか? ……ハッキリしてください。 楓を出さずにちんたらやって負けるのが良いのか、楓に自由にプレーさせて勝ちに行くのが良いのか」


 千春が拳に力を入れている。

「せっかく戻ってきた楓から、翼を奪うような事はやめてください」


 そんな台詞を吐く千春。

 ……こんなに熱くなって話す千春をはじめて見た。


 しばしの沈黙がベンチに流れる。


「あたしはそいつの言う事に賛成だな」

 その空気を破ったのは、二年の那須さんだった。


「そもそも練習試合だからって、負けるのが気に食わねえ。 やるからには勝ちにいく。 当然だろうが?

 勝つために使える武器があンなら、使うのは当たり前だろ? それがソイツだってんなら、あーだこーだ考えずに使えば良いだろが」


 ベンチにドカりと座り、足を放り出しながら那須さんが言う。

 それに続いたのは千春の姉、千秋だった。


「まぁ~、うちの妹が言う事も一理あるんじゃない? 明青みたいなチームとやれる機会なんて早々無いだろうし、勝てるチャンスがあるなら、精一杯すがってみるのも悪くないかもね。 それに……私みたいな奴じゃ相手にならないって、ハッキリしちゃったし」


 冗談半分に自嘲を交えながら、千秋がぐったりとした仕草を見せる。


(たま)の言う事も分かるし、千春が言う事も間違ってないよ。 ……私たちが不甲斐ないのも事実だし。 ゴメン、本当はキャプテンの私がしっかりまとめないといけないんだよね」


 キャプテンの中村詩織さんが話しだし、皆の目がそちらへ向く。


「……うん、ちょっと点差が開いちゃったけど、後半はみんなで勝ちに行こう! 茅森さんが点を取ってくれるなら、私たちは私たちに出来ることをやって、それを助けていけば良いんじゃないかな? ね? 環」


「む……まぁ、詩織がそう言うなら従うが……」


 安藤さんが、それに頷く。

 その様子を見て、千春がホッと息を吐いて肩の力を抜いた。


 インターバルの時間もあとわずか。

 中村さんが後半のメンバーを伝える。


「後半は私、(たま)、それから……飛鳥、千春に茅森さん……この五人で行きましょう」


 そう言って、パンと手を叩く。


 千春が、くるりと私の方を見て、二カっと笑う。


「言っただろ? 今度は頑張るって。……だから」


 私に近づくと、ゆっくりと私の肩を抱き寄せる。


「カッコいいところ、もっと見せてよ、楓」

 

 

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