016 ファイナルセット
戻りまして、茅森楓視点です。
ビ―――――ッ。
ブザーが鳴り、練習試合の2セット目が終了。
スコアは25-32。
後半追い上げるも前半の差が響き逆転までは出来ず。
これで1セット目に続き連敗となった。
それでも……。
「お疲れ~」
「お疲れ様」
「良かったよ」
「やるじゃねーか」
ベンチへ戻る際、コートに出ていたメンバーから次々に声を掛けてもらった。
胸の奥がふわっと温かくなる。
――楽しかった。そう思えた10分間。
「お疲れですぅ!」
「……凄かった」
ベンチに戻っても、試合に出ていなかった一年生二人が労いの言葉で迎えてくれる。
そんな一年生の輪に加わると、千春と目が合った。
「……どうだった?」
「ん、まぁ……楽しかった……かな?」
千春に聞かれると、少し恥ずかしい。
ちらりと横目で顧問の麻木先生を見ると、1セット目と同じく、悔しげに爪を噛んでいる。
やたらと勝敗に固執していた先生には申し訳ないし、勝てなかったのは残念だけど、私自身は自由にプレー出来て、最高の気分だった。
そんなこんなで心地よくベンチに座って休もうかと思っていたら、急に反対側のベンチ、明青サイドから怒声が聞こえた。
何事かとこちらの面々の視線が一斉に明青ベンチへ向く。
試合内容で怒られてるのかな?
そう思って見てみると、試合には一切出ていなかった明青学院二年、二宮 二葉、通称ニコさんが、何やらコーチとやりあっている。
……またあの人か。今度は何やってんだ?
内容は聞こえないが、しばしやりとりが続いた後、アシスタントコーチの方が呆れたように首をガクリとさせて、どかりと椅子にもたれ掛る。それからプイプイと手で除けるような動作をした。
それを合図にニコさんが、肩から掛けていた自身のバッグを降ろし、ゴソゴソと何やら中から取り出すと、ゆっくりこちらへ向かって歩き出した。
うわぁ、何かこっち来た。
禄でも無い事言いだしそうな顔だ。
「やぁやぁやぁ、すばる高のみなさん。 ナイスゲームナイスゲーム!」
癖の強いクシャクシャのショートヘアに、分厚いレンズのメガネ姿。
「ちょっとばかし、先生か部長の人にご相談があるんスけど」
そう言いながら、クシャクシャの髪を頭頂部に引っ張ってゴムでまとめあげる。
挙げた右手の肘あたりで、スポーツ用のゴーグルがカラカラと揺れていた。
すばるの部員たちが顧問の麻木先生を見る。
その視線を受けた麻木先生は、面倒臭そうにため息を付くと、中村詩織さんの方を見てクイッと顎でニコさんの方を指した。対応しとけ、って事だろう。
先生の意を受けて、中村さんが一歩前に出る。
「私が部長ですけど……どういった内容でしょうか?」
「うわぁ、近くで見るとマジでお人形さんみたいなのな。 すげぇわ肌キメ細かすぎぃぃ! バスケなんかやってないでモデルとかやった方が良いんじゃねぇマジで」
顔を近づけてまじまじと見て、そんな言葉を吐くニコさん。遠慮のないその物言いに、柔和そうな中村さんも流石に顔をヒクつかせた。
「えっと……それで?」
「あぁ、悪い悪い! すっかり見惚れて本来の要件を忘れるところでした」
中村さんに促され、本題に進む。
「最後のセットなんだけどさぁ、お互いガチでやりません?って相談」
落ち着いた様子で話すニコさんが続ける。
「お互い2セットやって、大体実力も知れたとこっしょ? 正直、オタクのメンバーは面子で実力差が激しすぎんだよねー。 メンバー落とされると、こっちはあんま練習にならないっつーか」
言われて、何人かの人がニコさんをキツく睨む。
そんな視線もお構いなし、ビン底みたいなメガネを外し、腕にぶら下げていたゴーグルに付け替えながら、さらに話を続ける。
「だから、お互いベストメンバーでやらない?って話さ。 簡単だろ? それに楽しいと思うんだよなぁその方が。 あ、やる気が出ない? それなら、そっちが勝ったら今日の片付け、コートの掃除、ボールの手入れ、全部ウチらがやるよ! 罰ゲーム的なやつ? その代わり……」
突然、ニコさんに人差し指を向けられる。
「ウチらが勝ったら、楓、連れてってもいいかねぇ?」
そんな事を言う。
「ええと……」
話の内容が掴めず、中村さんが戸惑い閉口する。
「あぁ、悪い悪い! 意味わかんないよね! 別にコイツを奪って転校させようとかそういう話じゃなくてさ、ちょっとウチの練習の時に貸してくんねーかな? って話。 簡単だろ?」
そう言われても、イマイチ真意が掴めない。
「それは……明青学院の練習に、私たちを招待して貰える、という事ですか……?」
中村さんが、尋ねる。
「あははははは!」
イキナリ、ニコさんが笑う。
「悪い悪い! そういう意味じゃないわ! あくまで楓一人だけって話よ。 そいつ、練習に連れてったらウチら的にも色々役に立つから助かるなぁって話。 ってか君らが来ても無意味っしょ? むしろ邪魔じゃん? そんくらい察してよー!」
「……っ!」
笑顔で、そう言い放たれ、場が一気に殺気立つ。
お前らが来ても、レベルが低すぎてウチらの練習にはならねーから。
たった今、そう言われたに等しい。
正論かも知れないけど、何のオブラートに包まず言うか普通。
天然の正直者なのか、意図してやってる挑発なのか分からない。
「おいお前……喧嘩売ってんのか?」
殺気の急先鋒たる、那須飛鳥さんが前に出る。
ヤンキー怖い……。
「あれ? なんか気に食わなかった? 怒らせたら謝る! メンゴメンゴ……」
ヘコヘコと頭を下げるニコさん。
正直、火に油を注いでいるとしか思えない態度だ。
「おいっ!」
「飛鳥っ!」
それを見て今にも噛みつきそうなヤンキーの那須さんを、中村さんが声で静止する。
「……分かりました、最後のセットはベストメンバーでいきます」
「おぉ、話が分かる奴で助かるぅ」
それで良いですよね?と、中村さんが麻木先生に確認する。
すると、呟くように麻木先生が口を開く。
「……3セット目に勝ったら……1、2セット目の負けは無しって事?」
「へ?」
何を言われたか把握出来なかったのか、ニコさんが間抜けな顔で聞き返す。
「……3セット目がガチって事は、それまでの2セットはガチじゃないって事よね? つまり、3セット目が本番で、それまでの勝敗はチャラ……って理解で良いかしら?」
「えぇ……あ~まぁそうスね……そう言われるとそういう事になるんスかね……い、良いんじゃないでしょうかそれで」
珍しく、ニコさんが困ったような顔で答える。
「ふふ……ふふふ……ふぁーふぁっふぁ!」
その答えを聞いた途端、不気味に笑う麻木先生。
急に立ち上がり、胸を張って宣言する。
「良いでしょう! その提案、受けて立ちます! 3セット目に勝った方が勝ち! ハイ決定! 涼子先輩にもちゃんと伝えといてくださいね! 3セット目を制した者が勝者! これがこの世の理ィィ!」
向こうのベンチに向かって中指を立てる先生。
クレイジー……。
「あ、じゃ、じゃあそういう事でよろしくっス……」
流石のニコさんもこれには完全に引いた様子で、早々に話を切り上げた。
「おぉい、かえでぇ」
そうして矛先は私へ。
私に近づくと、いつものように馴れ馴れしく私の肩を抱く。
「その格好……もしかして出るんですか?」
「おぉ、お前のプレー見てたらウズウズしちゃってさぁ。 ちょっくら遊んじゃる」
そう言ってカカカと笑う。
「大丈夫大丈夫、これでも怪我明けで無理は出来ねーから、ちゃんと手加減するって。 それより……」
私の耳に口元を寄せ、囁く。
「楽しかったか? 久しぶりに、皆にちやほやされて」
「……っ」
それだけ言うと、私から手を離し、その場から立ち去っていく。
ホント、あの人は苦手だ。
「おい、お前」
立ち去るニコさんを見ていたら、ヤンキーの那須さんが話しかけてきた。
「知り合いなのか? あのクソ野郎……なんなんだよ、あいつ」
そう言って、ニコさんの後ろ姿を睨みつける那須さん。なにやだ怖い。
「二宮 二葉」
その問いに答えたのは、私の後ろにいた千春。
「明青のレギュラーで、U-16の日本代表にも選ばれてる中心選手です」
「……それって凄ぇのか?」
そう言われてもあんまりピンときていない様子で、那須さんが尋ねる。
「凄いです。 多分……」
その問いには、千春じゃなく私が答える。
「日本一のポイントガードです」
「ふーん……じゃあ、今日からお前が日本一になんだな」
「ふぇ?」
何で?という顔を作って那須さんを見ると、さも当たり前かのように、私に言う。
「お前がぶっ潰してくれんだろ? あのクソ野郎は」
「……ははっ……! そうですね!」
そんなやりとりに思わず笑みが零れる。
那須さんの事が一発で好きになった瞬間だった。
**********
3セット目の時間が近づき、試合に出る選手がコートへ向かう。
すばる高のメンバーは、すんなり決まった。というか顧問の麻木先生が指定した。
メンバーについてはここまで口出ししなかった先生が、ここにきてやる気を見せている。
私もメンバーに選ばれた。
他の人を差し置いて出ていいのか?
という気持ちもあるけど、出して貰えるのは素直にありがたい。
既にコートに並ぶ、オレンジ色のビブスを付けた明青学院の面々。
32番を付ける石黒ソフィア、そのソフィアと同じくらい背の高い27番の子、先の試合でやりあった20番に、どこでも一悶着起こすトラブルメーカー、二宮二葉は10番のビブス。
そして藤代瑠雨、30番のビブスを付けている。
対するは濃紺のユニフォームを着たすばる高のメンバー。
センター(C)に5番の安藤 環さん。
パワーフォワード(PF)に4番のキャプテン、中村 詩織さん。
シューティングガード(SG)に6番の櫛引 千秋。
ポイントガード(PG)はその妹、11番の櫛引 千春。
そして私、15番の茅森 楓。ポジションはスモールフォワード(SF)だ。
全員がコートに整列し、挨拶をする。
センターサークルを両チームの選手が囲み、真ん中で安藤さんとソフィアが対峙した。
「楓」
試合が始まる直前、千春から名前を呼ばれて目を向ける。
「……あたし、今度は頑張るから」
千春はそれだけ言うと、サークルの中の二人に目を移した。
ブザーが鳴り、審判がボールを上にトス。
両チームのジャンパーが、ボールに向かって一斉にジャンプ。
練習試合、最後の3セット目が幕を開けた。




