015 ピースサイン
櫛引千春視点
スカートがひらりと舞う。
自分が打ったシュートのリバウンドボールを、強引に自分で回収した楓が、華麗なターンからシュートを決めた。
ターンアラウンドシュートと呼ばれるプレーは、楓の得意技。
それを見たすばる高のベンチメンバー達も沸く。
楓が帰ってきた。
爆発的な瞬発力。
他を置き去りにするスピード。
緩急自在のドリブル。
滞空時間の長いジャンプ。
天性のボディバランス。
そして、圧倒的なシュートスキル。
天に与えられた才能の全てを駆使してゴールを量産する天才。
私が憧れ、嫉妬し、それでも傍にいたいと願う友達。
そんな楓が今、バスケットコートに立っている。
止まっていた時間が、再び流れ出した。
時の流れに乗って、楓のプレーは輝きを増していく。
試合は、攻守が変わって明青の攻撃。
ボールを持つのは20番の選手。
対するマーカーは楓。
相手選手にパスを出す雰囲気はない。
やられた分はやり返す、そういう強い意志を感じる。
今日何度目かになる二人の一対一。
楓が、迎え撃つように構えた。
20番が静かにドリブルを開始。
低い姿勢で右手と左手で交互にボールをつく。
先程の楓に似た動作。
腰を落としながら、じり、じりっと足を拡げた楓が相手を見据える。
20番が抜きに掛かる。
抜かせまいと楓がその進路を阻む。
抜ききれず、20番の選手の動きが止まる。
その瞬間、楓が強くプレッシャーをかけていく。
そのディフェンスに屈し、たまらず後方にサポートにきた選手にボールを預けようとする。
余裕の無さそうな動作。
楓はその隙を見逃さなかった。
相手の手元から離れたボールを奪う。
奪ったボールを大きく前に突き出して、進撃。
慌てて追いすがるディフェンスをあっという間に置き去りにする鋭利な風刃。
無人のゴール前で軽やかなステップを踏んで、レイアップシュート。
12-25。
チームメイトの声が楓に降り注ぐ。
今まで、何度も同じようなシーンを見てきた。
――楓、ナイスシュート。
どうしてだろう、そんなたった一言が掛けられない。
喉元まで出ているのに、言葉が出ない。
「ボール!」
「カバーOK!」
すばる高のディフェンスにも熱が入る。
声を出し合ってマークを確認。
自陣へ戻ってきた楓も、大きな声を出す。
ボールを回してチャンスを伺う明青と、タイトなマークを見せるすばる。
ウチの選手の動きが明らかに良くなった。
対照的に、完全に勢いを失った明青の選手たちの攻撃は精彩を欠く。
サイドから強引なドライブを仕掛けた選手のシュートが外れ、飛鳥先輩がリバウンドをキープ。
サイドライン際にスライドした葵にキープしたボールを預ける。
追撃のディフェンスを躱した葵が、落ち着いてボールを運ぶ。
「ゆっくり一本~」
葵がにこやかに笑みを浮かべて声を出す。
試合が始まってしばらくは、機会がある度にすぐ葵にボールを要求し、自らボールを運んでいた楓だったが、今回は葵に任せてゆっくりとフロントコートへ入っていく。
「スペース! 拡げて~!」
葵が指示を出し、それに応じて味方が動く。
楓には20番の選手がピタリとマークに付く。
明青チーム全体の、楓に対する警戒度が一段上がっている。
それを感じてか、楓はスペースを作るような動きを見せた。
左サイドから中央へ流れるように動き、マークを引き付ける。
そうして出来た左アウトサイドのスペースをお姉ちゃんが使う。
ボールを受けて、シュート。
シュートは外れる、そのリバウンド。
ゴール下に敵味方が密集する。
そんな中で、先にボールに触れたのは楓。
誰よりも高く跳び、左手でかき出すようにボールをタップ。
その先に居たキャプテンの詩織さんがボールを受け、そのままシュート。
今度は決まった。
「ナイスです!」
楓が詩織さんに賛辞を贈り、左手を差し出す。
それに応えて、詩織さんが自身の左手で軽くタッチする。
ああやって、味方を労う楓というのを久しぶりに見た気がする。
それこそ、中学最後の大会では一切見られなかった光景だ。
その後、明青に2点シュートを決められ、スコアは14-27。
以前として、ゲーム自体は明青に大きくリードを許している。
再びすばるの攻撃。
さっきの攻撃と同じく、左からマークを引き連れた楓が中央へ侵入。
空いたスペースに相手の注意が向く。
だが今度は葵が素直にその楓を使う。
中央で、ゴールを背にしてボールを受けた楓は止まることなくドリブルを開始。
ひらりとスカートの傘を開かせてターン。右からゴールへと迫る。
当然、この動きには相手のゴール下の選手が反応。
しかし、楓は構わずシュート体勢へ移行。ボールを右手に持ち替えてステップを踏む。
遮るようにブロックの手が伸びる。
ジャンプした楓が、空中で窮屈そうに体勢を替える。
そして、右手から左手にボールを持ち替えてボールに回転を加えながらひょいと上へ放った。
誰が見ても、苦しまぎれのシュートのように思える。
だが、ゴールに向かって適当に放り投げられたかに見えたボールは、静かにリングを捉えた。
ベンチが再び沸く。
「なんで!? 今のが入るの!?」
ここまで渋面で試合を観ていた、顧問のレイラちゃんもビックリ。
「ノッてきたぁ!」
楓が手をパチリと叩いて、そう叫ぶ。
誰が見ても楽しそうに。
ゾクリ――、鳥肌が立つ。
楓は、本当に戻ってきたのだろうか。
声が出ない。
口を開けたまま、ぼーっと試合を眺めている。
あんなに楽しそうにプレーする楓を見るのは、いつ以来だろうか。
いつからだろう。
苦しそうにプレーする楓の姿が、私のイメージの中でデフォルトになってしまったのは。
そうだ。
バスケを始めたばかり頃の楓は、いつもあんな顔でプレーしてた。
私がいて、瑠雨がいて、ニコさんがいて、お姉ちゃんがいて。
伸び伸びと、頭の中で溢れるアイディアをプレーにして。
いつも笑っていた。
そんな楓からバスケを奪ったのは一体誰だ?
あんなに楽しそうにプレーする楓が、バスケを辞めようと思うまで追い詰めたのは。
楓が苦しんでいた時、本当に助けを求めていたとき、私は何をした?
気付かないフリをして。
言葉にしないで。
向き合う事もせず。
私は、楓に何をしてあげただろうか。
本気で言葉を交わした事があっただろうか。
一番近くにいて、誰よりも気持ちを知っていて、誰よりも遠ざけていたのは私じゃないだろうか。
再び楓にボールが渡る。
左アウトサイド。角度のある位置でボールを受けた楓が、クイっと前にボールをだす。
ピクっと、マークについていた20番の選手が反応。
重心を後ろに掛ける。
その瞬間、楓は素早くシュート体勢へ。
マーカーが慌てて距離を詰めてブロックの手を伸ばすが、半歩遅い。
ボールは既に楓の左手から放たれていた。
審判が右手を掲げ、三つ指を立てて示す。
3ポイントシュート。
高く、そして美しい放物線。
その場にいる全員の視線が、ボールに集まる。
ボールは、吸い込まれるように綺麗にリングに収まる。
ネットが心地良い祝福音を立てた。
「楓! ナイスシュート!」
振り絞るように声を出した。
さっきまで、出そうとしても出なかった声、言葉。
いつも、何度も声にしていた言葉。
声にしていたようで、届けられていなかった言葉。
そんな私の声に、楓が反応する。
左手を動かす。
そして私に見せるように、胸の前でピースサインを掲げた。




