013 リスタート
戻りまして、茅森楓視点です。
どうも、茅森楓です。
今まで散々バスケはやらないとかほざいておいて、ここに来てあっさり撤回した半端者の女子高生です!
よろしくね☆
……ホント、半端者やでぇ……。
紙よりペラペラな私の意思。
そんなこんなでバスケ部に体験入部を果たした、新入部員(仮)の私です。
――構って欲しかったら、逃げてないでさっさとかかって来い。
ミエミエな挑発の言葉。
何て単純なんだろう。
嬉しかったんだ。
挑発されて喜ぶなんて、おかしな話だけど。
だけど、こんな私に対して、真っ向から求めてくれる相手がいた。
言葉にしてくれる相手がいた。
着替えるため、更衣室に入る。
手には千秋から渡されたバッグ。
それは、私が中学時代に使用していたものだった。
中を見ると、真新しいユニフォームと、使い古したバッシュ。
わざわざ私の家から持ってきているという用意周到さ。
……準備の良い話だ。
弟の颯太にでも頼んだのだろうか?
タオル、靴下、いや、インナーパンツまで入ってるし!
あいつ勝手に人の部屋入りやがったな……帰ったらとっちめてやろう。
入学するまでバスケ部の存在隠して、脅迫めいた事してまで試合に呼んで、裏ではバッシュやら何やら用意しておいて……全ては千春の想定通りって事かと苦笑いする。
……こんな周りくどい事するなら、もっとハッキリ言って欲しかったな。
着替えをはじめる。
ユニフォーム、新品だろうか。
ちょっと小さい。
……あれ?
**********
館内に戻る。
既に第2セット目の試合がはじまっていた。
一応着替えたんだけど……。
「おかえり~、ってあれ?」
戻ってきた私の格好を見て、千秋が反応する。
「下、どーしたん?」
「いや、入ってなかったんだけど……」
上はユニフォーム、下は制服のスカート。
スカートの下からはスポーツ用のインナーパンツが覗く。
バッグの中に、ハーフパンツが入ってなかったのだ。
「あっれ~?」
そんな声を出して何やら上の方に視線をやる千秋。
「……入れ忘れたかも?」
テヘっと舌を出す千秋。おい。
「え……どーすんすか?この格好……」
「私の長ジャージならあるけど?」
ジャージかぁ……練習なら良いんだけど、試合となるとなぁ。
出来ないことは無いんだけど、膝まで覆い隠すジャージは正直動きにくい。
「まぁ……このままでもいいか」
中にインナー履いてるし。
「えぇ……それはさすがに狙いすぎでしょ」
そう言って千秋が笑う。何だよ狙いすぎって。
「あ、やっぱりマズいかなぁ? 練習試合とは言え相手も居るし……」
ちらりと顧問の麻木先生を見る。
相変わらず貧乏ゆすりしながら爪を噛んで試合観戦中。凄い形相だ……なにやだ怖い。
「わたし! 聞いてきてあげるよ!」
そう言って手を挙げたのは、三年の佐々木由利さん。
え? 誰に? と、問う前には既に立ち上がり駆け出していた。
向かった先は明青学院のアシスタントコーチのところ。
いや、試合中なんだけど……このタイミングでよく行けるな……。
こちらの方を指さしながらなにやら話す由利さんが、やがて両手で大きなマルを作りながら戻ってきた。
「オッケーだって!」
そう言って笑顔を見せる由利さん。
「あ、ありがとうございます……」
とりあえず礼を言っておく。
ユニフォーム問題が解決したところで、得点板に目をやる。
第2セット目の前半は残り5分を過ぎたところみたいだ。
スコアは4-13。
早くも点差が付いている。
明青は瑠雨が1セット目の後半に続いて連続出場中。
石黒ソフィアの姿もある。他にも、前半に出てた180cm台の長身選手が出てたりと、かなり平均身長の高いメンバー編成だ。
対するすばる高のメンバーは、安藤さん、ギャルの竹谷さん、ヤンキーの那須さん、ギャル2号加藤さん、それに千春というメンバー編成。
正直、このメンバーでは厳しいだろう。
流石の安藤さんも180cm台二人が相手ではキツかったか。
まぁ……練習試合だし、本来はそんな勝敗を気にするもんでも無いんだけど。
どうにも身体が疼いて落ち着かない。
そわそわしながら椅子に着くと、この試合は出ていないキャプテンの中村さんから声をかけられた。
「茅森さん、後半からいける?」
「あ、はい。 大丈夫です」
「うん、じゃあアップしといてくれるかな? 試合中だからボールは使わせられないんだけど……」
怪我だけはしないようにねと促され、コートの脇で簡単なストレッチを行う。
その途中、ゆっくりと、胸に手を当てる。
鼓動が早い。
こんなにドキドキしているのは、はじめて試合に出た小学生の時以来かも。
**********
2セット目の前半が終了。
8-21。
部員がベンチで集まる。
顧問の麻木先生……は完全に目がイってる。
何なの先生……どんなキャラなの……。和む。
というわけで、今回もキャプテンの中村さんが話を進める。
「茅森さん、ポジションはどこ?」
「あ、えっと……一応どこでも出来ると思います」
中村さんに聞かれ、そう答える。
「なら……茅森さんにはフォワードお願いしようかな。 後半のメンバーは、センターが私、飛鳥と茅森さんがフォワード、千秋さんと、葵がガードでいこう」
そう簡単にポジションを伝える。
名前を呼ばれたメンバーがそれぞれ頷いた。
インターバルの2分が終わる。
いよいよだ。
コートに出ると、2セット目から審判役を担当している男子バスケ部員、小島渚が私に気付く。
「…………!」
そして何故か呆然と口を開けていた。
「お、おまっ! なんつー格好してんだよ!」
「へ? いやぁ……なんか下のパンツ忘れたみたいで」
ペロリとスカートの裾を摘まんで見せる。
「あげんな! スカートあげんな!」
そう言って顔を真っ赤にする渚。
「やだなぁ、ちゃんと下にインナー履いてるよ?」
「そういう問題じゃねえ!」
そんな怒んなくても……。
「……出るのか?」
渚が、小さな声でそう聞いてきた。
「うん」
「そうか。 ……頑張れよ」
第2セット目、後半がスタートする。
っと、その前に言っておかなきゃ。
「高木さん」
笛が吹かれる前に、私は高木さんを呼び止める。
「んー? どしたぁ?」
振り向いて私に反応する高木さん。
試合でポイントガードを務める彼女にはお願いしておかなければいけない事がある。
「実は私、ボール触るのも久しぶりでさ……、序盤に軽くボールに触らせて貰えるとありがたいんだけど……」
そう伝えると、高木さんが目を細めてニパッと笑う。
「らじゃ! それから、私の事は葵って呼んでよ。 試合中は、その方が呼びやすいっしょ? 楓」
ニシシと笑う。
「うん、分かった」
「おけー、じゃ頑張っていこーぜぇ」
そう言って突きだされた拳に、遠慮がちに私も拳を合わせる。
笛が鳴らされ、明青ボールで試合がはじまる。
スローワ―から出されたボールを葵が受ける。
そしてすぐに、私へパスが来た。
ボールを受ける。
バスケットボール特有のざらざらとした感触。
ズシリとした重みを感じる。久しぶりの感覚だ。
ゆっくりとドリブルをはじめる。
ダン、ダン、ダン――。
ついたボールがコートで跳ねて私の手に戻り、ついては跳ねてまた私の手に戻る。
そうやってドリブルをしながら前に進む。
フロントコートには明青の選手が五人揃っている。
ポジションを取り、私たちを迎える準備ができていた。
残念ながらこの後半には藤代瑠雨の姿は無い。
私は明青のコートを見る。
そして、無意識に股下にボールを通した。
やり慣れたレッグスルー……は、コントロールを誤り、そのままコートの外、明青側のベンチへと転がっていった。
ピッ―。
短く笛がなる。
ターンオーバー。
攻守交代。
視線の先で、転がってきたボールを瑠雨が拾う。
コート内外に、言いようのない静寂が訪れた。
「ぷ、くくく……ぎゃっはっはっ!! マジかよオイ! 嘘だろっ?」
その静寂を、同じくベンチから見ていた石黒ソフィアの爆笑が切り裂く。
瑠雨は拾ったボールを無表情で審判に渡す。
……恥ずかしすぎるっ……。
こうして私のバスケは、最低のリスタートを切った。




