010 遅れてきた人物
国府台昴 対 明青学院の練習試合は、1セット目の前半が終了。
得点は18―14。
まさかのすばる高リードで折り返しを迎えた。
「あんた達! ナイスよ!」
顧問の麻木先生が両手をいっぱいに広げて戻ってきた五人を出迎える。
戻ってきた選手に席を譲るため、ベンチのメンバーが全員席を離れる。
五人はそれぞれ、飲み物の入ったボトルやタオルを受け取り、空いた席に座った。
「あーマジしんどいし」
そう愚痴を漏らしたのは二年の竹谷さん。
ギャルの竹谷さんと覚えよう。
「夏希チョ―良かったよ! てかうちら凄くない!? 明青に勝ってるとか半端ないっしょ!」
それをはしゃぎながら迎えたのは同じ二年の加藤さん。
ギャル2号と覚えよう。
「てかあたしマジ出たくないんだけど! ガチすぎてひくわー」
「大丈夫大丈夫、私でも結構なんとかなってたし! リカでも行けるって」
続けて不安を口にするギャル2号……加藤さんを励ますギャルの竹谷さん。
いや、竹谷さんはあんまり活躍してませんでしたけどね……。
パンッパンッ!
二度、手を叩く音が鳴る。
部員たちの視線が、その音の出所である麻木先生へと注がれた。
「みんな、この調子で1セット目を取るのよ! ……で、詩織、後半メンバーどうする?」
ご機嫌で部員を鼓舞しながら、キャプテンの中村さんに話を振る先生。
だがしかしメンバー編成はキャプテンに丸投げ。
そんな麻木先生の無能感がパないの……。
麻木先生に振られ、キャプテンの中村さんがじゃあ……と交代メンバーを告げる。
「夏希と飛鳥、交代してくれる? 代わりに千春と葵で行こう」
「うす」
「了解っす!」
呼ばれて千春と葵が返事をする。
そんなやりとりの間に、二分間のインターバルが終了。
コートへと両チームの選手が向かう。
すばる高が二名のメンバーチェンジ。
対する明青は……全員を変えてきた。
変わって出てきた選手の中には、藤代瑠雨の姿も。
両チームの準備が整い、すばる高のボールで試合が再開される。
その直後だった。
「すぁーセン! 遅刻しましたぁっ!」
館内に響く馬鹿でかい声。
コート上の選手、ベンチの選手、審判役の男子生徒。
その場にいる全員の視線が、体育館の入り口前に集まる。
その声の主らしき人物は、入り口の前で腰から体を90度に折って頭を下げていた。
しばらくその姿勢を維持したのち、勢いよく頭を上げる。
「げぇっ!」
その顔を見て、思わず声を発してしまう。
癖の強いクシャクシャのショートヘアと、小麦色に日焼けした肌。
そんな健康的な容貌に不釣り合いな、ビン底みたいなメガネ。
明青学院の生徒、それもバスケ部の一員である事を示す白地のチームTシャツと、青色のハーフパンツを着用した女子。
彼女を私は知っている。
「ニノミヤァッッ!!!!」
そう叫んだのは向こうのベンチに座るコーチ。
そのコーチが席を立って手招きすると、そそくさと館内へ入ってきた彼女は、コーチの前に辿り着くやいなや膝から滑り込むように土下座ポーズへ移行。
そのままコーチの足元へ頭を擦り付けた。
そんな彼女を叱りつけているのか、コーチがガミガミと彼女の頭頂部に向かって何やら言い重ねている。
やがて呆れたように、投げやりに手を振ってドカリと椅子に座った。
それを合図に、ピョンと跳ね起きた彼女は、手を目の上に翳しながら何かを探すように館内を見回し始める。
あ、ヤバイ。
そう直感した私は、目立たぬように体を小さく折りたたむ。
そんな私の居るところへ、凄まじい圧と吸い込まれるような風流を伴って、どんどんと近づいてくる気配。
あぁ……バレてるわ。
「かえでぇぇぇぇぇぇぇ!!」
脇から体当たりするように身体を寄せ、首に腕を絡めてくる。
「オイオイオイお前何でウチの学校来なかったんだよ楽しみに待ってたんだぜ、ってか電話でろよ電話何回電話したと思ってんだよばかちんスマホ持ってんだろ無視はいけないよ無視はそういう事すると皆傷ついちゃうんだよわかるだろ友達出来ないよーそんなんじゃ、うん、無視はよくない無視は」
私の座っているパイプ椅子に無理やり半身をこじ入れて座り、うりうりうりと私の頬をつつく。
うぅ……、うざぁぁっ!
「お久しぶりです、ニコさん……」
二宮 二葉。
『二』が二つであだ名は『ニコ』。
ご覧の通り、クセだらけの人物……。
私や千春、瑠雨と同じミニバスチーム出身で、一つ年上の先輩。
つまり二年生だ。
「てか何でいるんですか……。 そっちは今日一年生だけって聞きましたよ?」
「いやぁ~練習で足やっちゃってよぉ、怪我明けってなもんで今日はベイブちゃんたちの後見人ってやつよ、まぁ普通に遅刻したけど」
そう言って足首を指でさすニコさん。
「そういうお前こそ何やってんだよこんな学校で、つーか何で制服?あ、お前も怪我? 怪我だな! いやぁ奇遇だねぇ!」
一人納得し、うんうんと頷くニコさん。
勿論、否定する。
「いや……そういうのじゃないですよ……、というか私、バスケ部じゃないんで」
そう言うと、急に真顔になるニコさん。
「はぁ? じゃあ何でいんの?」
「いや、まぁ、今日は千春に手伝い頼まれまして」
ホントは頼まれたんじゃなくて、脅されたんだけど。
「ふーん……? じゃ、質問替えるわ。 何でバスケ部じゃねえんだよ」
「そりゃあ、辞めたからに決まってんじゃないですか……」
ふーん、と分厚い眼鏡越しに、冷たい目が私を射抜く。
「何で?」
「何でって……」
膝の上で、意味もなく両手の指を絡ませる。
「何か、やる気無くなっちゃったんで」
そんな私の答えを聞いたニコさんが、私の全身を嘗め回すように視線を這わせて、薄く鼻で笑う。
「やる気、ね……。 さいですか」
そう言うと、よっと立ち上がった。
思い出した。
私はこの人が苦手だ。
普段はバカみたいで、何も考えて無さそうなのに、いつも人を見透かしたような、嫌な目だけ決して隠さない。
「あーあ、勿体ない勿体ない。 後悔しちゃうよ?」
そう言って、冷めた目で私を睨め付けた。
「バスケやってない楓なんて何の価値も無ぇと思うけど」
そう捨て台詞を吐き、んじゃっと背中を向ける。
それから、あっとわざとらしく手を打ち、再び私のほうを見た。
「嘘つくとき手をこねる癖、変わってないなぁお前は」
それだけ言い捨てて、今度こそ自軍のベンチへ駆けていく。
やっぱり、私はあの人が苦手だ。




