009 試合開始
今回の試合は10分ハーフの試合を3セット行う、変則的なレギュレーション。
1セットごとに得点をリセットして行われるらしい。(と、手伝いの渚から聞いた。)
両チームの選手がコートに整列。
普通は練習用のシャツにビブスなどで済ます事の多い練習試合だが、気合の表れなのかすばる高の選手はユニフォームを着用。
濃紺の下地に、すばる星団をイメージしているのか、青白い星のようなものがデザインされたユニフォームだ。
そのスタメン五人に千春達一年生の姿はなく、全員が二、三年生で編成されている。
4番がキャプテンの中村詩織さん、5番、6番が千春の姉である櫛引千秋で、8番、9番と並ぶ。
対する明青の選手たちは全員がオレンジ色のビブスを付けている。
スタートの五人に藤代瑠雨の姿はない。
今日来ている明青の選手は全員が一年らしい。
試合形式と合わせて考えれば、今回連れてきた選手の腕試し、実力テストみたいなところだろうか。
ウチの学校で腕試しになるのか疑問だけど……。
互いの選手がセンターサークルを囲む。
サークル内で両チームの一番長身の選手、ジャンパーが向かい合った。
試合の審判を務めるのは、手伝いに駆り出されたすばる高男子バスケ部の一年生たち。その一人が両ジャンパーの間で、ボールをまっすぐ上にトス・アップ。
両チームのジャンパーが、空中のボール目掛けて飛んだ。
ボールをタップしたのは明青。
弾き出されたボールを、サークルの外で構えていた明青の選手が難なく確保。
こうして国府台昴 対 明青学院 の練習試合、1セット目が始まった。
明青がボールを保持し、3ポイントラインより外で、隙を伺うようにパスを回す。
ボールが動く度に、ボールホルダーのパスコースを確保するように他の選手が左右中外へと動き、ポジションを取り直していく。
明青の選手が動けば、それに追随するように守るすばる側の選手が付いていく。
バスケでは最も基本的なマンツーマンディフェンスだ。
マンツーマンはそれぞれのマークが明確で、守備の責任の所在がハッキリしている。
一対一の状態だ。
故に、オフェンスとディフェンスの選手とのスキル差が露骨に出やすい。
……マークが緩い。
そう感じた瞬間、近距離での素早いパス交換を挟んで中央から左サイドに出た明青の選手が、キレのある動きでマーカーを剥がす。
立ち遅れたディフェンスを置き去りにし、ボールを受けてそのままレイアップシュートを放つ。
……ところが。
味方が抜かれた後、ヘルプに入った5番の選手が、見事なブロックショットで相手のシュートをコートの外へ弾き出した。
「おおっ!」
私も思わず驚きの声をあげる。迫力満点!
「サンキュー! たま」
「ナイス!」
チームメイトたちがそれぞれ声をかける。
5番の選手は表情を崩すことなく、軽く右手を挙げてそれに応えた。
明青ボールのスローインで試合が再開されたが、ボールを受けた明青の選手はシュートが打てないまま、間もなくショットクロックが切れる。
審判がジェスチャーを交じえてバイオレーションを告げた。
改めてすばる高のスローインで試合が再開される。
「あのぉ……」
すると、私の隣に座る豊後さんが、遠慮がちに聞いてきた。
「今のは何でウチのボールになったんですかぁ? 特にファウルしたようには見えなかったんですけどぉ……」
「あぁ。 今のはね、ファウルじゃなくてバイオレーションって言って」
豊後さんに向けて、説明を続ける。
「今の場合は24秒ルールってやつで、ざっくり言うと、攻めてるほうは24秒以内にシュートをしないとダメなの」
豊後さんの隣では、北村さんが太腿の上に広げたノートにメモを取っている。無言。
二人に向けて説明を続ける。
「24秒はリングにあたったり、ファウルとかでリセットされるんだけど、ややこしいのは……オフェンス側がボール保持を継続した場合は14秒でセットされたり、ボールがコートの外に出たときは秒数継続だったり……まぁ分かりづらいルールだよね」
そう説明すると、苦笑いを二人に向けた。
バスケのルールって、ころころ変わるんだよね……。
他のスポーツと比べてもめちゃめちゃ多い。
バスケ漫画とかだらだら連載してたら、作者の知らぬ間にルール変わってて困っちゃうみたいな。
創作泣かせですよね!
そんなやりとりの間に、フロントコートへボールを運んでいたすばる高の選手が3ポイントシュートを放ったが、シュートはやや短く、リングに嫌われる。
そのリバウンドボールにいち早く反応したのも、すばる高の5番。
ゴール下やや手前の落下地点にポジションを取ると、競ってくる明青の選手二人をものともせず、力強くオフェンスリバウンドを制する。
そうして掴んだボールをエリアの外で張っていた6番の千秋に預けると、バックステップでディフェンスとの距離を取り、千秋からのリターンパスを受ける。
シュートを阻止しようとディフェンスが距離を詰めるが、その動きをあざ笑うようにシュートフェイクを一度入れてタイミングを外すと、滑らかな所作でシュートを放つ。
山なりの軌道を描いたボールはそのままリングを捉え、小気味良い音を奏でた。
2-0。すばる高が先制。
私は目を見開いて隣の千春の顔を見た。
「何者? あの人!」
千春は、凄いでしょ?と自慢げに、ニヤリと口元を歪めて笑う。
「二年の安藤 環さん」
ショートボブの髪に映える凛とした表情。
身長は180cmあるかどうか、周りの選手と比べても一見して高いのがわかる。
私的には身長よりも、肩口から見える上腕やハーフパンツから伸びるふくらはぎに目がいく。
無駄な部分がないと思えるほど引き締まっており、一見して強そう。
開始わずか一分の内に見せた数プレーは、どれも簡単なプレーじゃない。
ブロックショット、リバウンド、その後に続く得点までの一連のプレー。
明青の選手は全員が一年生とはいえ、決してレベルの低い相手ではない。
そんな相手に対しても、彼女のプレーは一線を画すものがある。
高くて強くて上手い。そんな彼女のポテンシャルを見せつけるシーンだった。
「何でウチなんかにあんな選手が……」
ついつい、そんな言葉を無意識に口にする。
これほどの選手が、なんで去年まで女子バスケ部の無かったウチの高校にいるのだろう?というのは率直な感想だった。
全国津々浦々、才能に恵まれた世のバスケ少女たちは、本人が望むか望まないかに限らず、必ず誰かしらの目に留まる。
そういう選手が、名のある強豪校の誘いを受けるのは自然な流れだ。
そして、もっとうまくなりたいと願うバスケ少女たちは、より良い環境を求めてその誘いの手を取る。
今対戦している明青学院の一年生たちがそう。彼女たちは名門として名高い明青学院でバスケをする事を望まれ、許された子たちだ。
少なくとも、去年までバスケ部の無かったウチのチームでプレーしている事を疑問に思うほど、安藤さんのプレーは一目際立っていた。
今までどこでプレーしていたのだろう。
そんな私の疑問は千春の次の言葉であっさり解決された。
「環さんは……、本格的にバスケをはじめたのが去年からなんだってさ」
「マジかよ!?」
高校からはじめた人の動きじゃないでしょ……天才かよ……。
「そういえば先輩たちの紹介してなかったな」
話のついでといわんばかりに、千春が試合に出ているメンバーを教えてくれる。
「改めて、5番がニ年の安藤環さん」
5番、安藤 環。2年生。ポジションはセンターだろう。
センターはゴール下を主戦場とするポジションで、一般的には長身でパワーのある選手が務める。
「6番がうちのお姉ちゃん……は紹介いらないね。 バスケしてても可愛いね」
「ちょっと身内びいきが過ぎませんかね……?」
背番号6番、櫛引 千秋。三年生。千秋については説明されるまでもない。
ポジションはポイントガードかな。
ポイントガードは簡単に言えば司令塔。ボールに最も触れる機会の多いポジションで、重要なポジションだ。
「4番がウチの部長、キャプテンの中村詩織さんね」
さっき紹介したよね、と言われ頷く。
背番号4番、中村 詩織。ニ年生。
170半ばの長身に、整った目鼻立ち。透き通るように白い肌。
否応なく周りの視線を引き付ける容姿だ。
中村さんを見ていると、最近ネットで話題になっているCGで作られた女子高生を思い出す。
そのCG女子高生は本物に限りなく近い表情が『不気味の谷』を越えたとして話題になっていた。
ちなみに『不気味の谷』とは、ロボットやCG映像が人間の容姿やしぐさに近づくと、見るものに違和感や嫌悪感を抱かせる現象らしい。
これを超えると再び親近感が勝り、その親近度をグラフにするとV字の谷になる事から、そう名付けられたそうだ。
話が逸れたが、要するにめちゃめちゃ美人だという事。
「8番がニ年の竹谷 夏希さん」
背番号8番、竹谷 夏希。二年生。
身長は160cm無いくらいだろうか。彼女もバスケ経験者らしい。
気の強そうな目が印象的な美人さん、なんだけど……なんというか……うん、ギャルだな。
ギャルの竹谷さん、と覚えよう……。
「9番が那須 飛鳥さん、飛鳥さんも二年だね」
背番号9番、那須 飛鳥。二年生。
彼女も背が高い。私と同じくらいだろうか。
竹谷さんとは別ベクトルで気の強そうな印象……というかなんというか……うん、ヤンキーだな。
ヤンキーの那須さんと覚えよう。
「あと、二年の加藤 理佳さん」
そう言われて、千春の隣に座る人を見る。目が合って軽く会釈。
うん、ギャルだな。
ギャル2号……っと。
「それから……」
「はいはいはーい!」
加藤さんのさらに隣に座る子が、ひょっこりと顔を出す。
「幸運のマスコット、佐々木 由利でーす!」
千春の紹介を待たず、自ら名乗る。
「よろしくね! かーちゃん」
「かーちゃん!?」
「ちーちゃんの妹分ときたら、私にとっても妹分みたいなもんだしね! よろしく、かーちゃん」
なんか妹なのかお母さんなのかわかんない呼ばれ方ですね……。
「由利さんは三年。 うちのお姉ちゃんの友達だね」
千春からの補足。うん、それは何となく分かる。
「これで全員かな」
そう言って、千春からのメンバー紹介が終わる。
そんな紹介やらなんやらと、やりとりしている間も試合は続く。
試合は前半も残り3分を切ったところ。
スコアは12-8。
すばる高の4点リード。
明青の選手は個々のスキルは高いんだけど、中々ゴールが決まらない。
メンバー間にまだ遠慮があるのか、軸として機能している選手がいない。
攻撃が個人技頼みで、連動した攻撃が見られない。
この辺りはチームとしての成熟がまだまだというところか。
対するすばる高は、シュート成功率は高くないが、インサイドで主導権を握れているのが大きい。
『リバウンドを制する者は試合を制す』は、国民的バスケ漫画の名言だけど、リバウンドを含めゴール下での攻防は本当に勝敗を大きく左右する。
すばる高はセンターを務める安藤さん、キャプテンの中村さん、ヤンキーの那須さんと、背の高い選手が三人いて、高さの面では明青の選手に劣っていない。
那須さんは体の使い方が良いのか、ポジション取りが巧みで、ボックスアウトが素早くボールへの反応も良い。
キャプテンの中村さんは、身体の線が細くて見るからにフィジカルコンタクトで劣りそうだが、リーチの長さと体の柔軟さでそのマイナス面をうまくカバーしている。
多少不利な体勢でも上手くボールに絡んでいく。
千秋が3ポイントシュートを放つが、リングに弾かれる。
そのリバウンドボール。
中村さんの胸に明青の選手が背中をくっつけ、落下地点となるポジションを確保。
それでも中村さんは、長い腕をひょいと伸ばしてボールを取る。
そしてボールを自身に引き寄せると、ゴールから遠ざかるようにバックステップ。
横向きの体勢を取って、ボールを持った左手を弧を描くように振り、高い位置から片手でシュートを放った。
フックシュート。
フォトジェニックなフォームから放たれたシュートは、吸い込まれるようにリングに向かい、そのままゴールネットを揺らした。
ゴールに正対して打つ通常のシュートと異なり、ゴールに対して体を横にして打つフックシュートは、体の幅を使ってディフェンスからボールをガード出来るため、ブロックされにくい利点があるが、難易度は高い。
片手でボールを扱う上に、シュートの際にボール見る事が出来ず、距離感が掴みにくい。
その為、ボールをコントロールするには指先の繊細な感覚が必要になる。
優れたバランス感覚と相応の反復練習が無ければ、ブレずに打つ事すら難しいだろう。
中村さんのフックシュートは、相応の努力があって身に付けた成果なのだろう。
攻守に渡って圧倒的な存在感を示す安藤さんと、要所で高い個人技を見せる中村さん。
二人がこのチームの中心であることは明らかだった。
……意外と強い。
出来たばかりのチームだからと舐めてたけど……。
私が想像していたよりも、すばる高の女子バスケ部はレベルの高いチームだった。




