3話 『暗黒都市とアルバイト』
「⋯⋯あ、あのヘルフ」
「ん? なんだモニカ。お腹でも空いたか?」
モニカは風呂から上がり、ソファでくつろぎながら座ってお茶を飲みながら新聞を読んでいるヘルフに尋ねた。ちなみに、モニカが着ている服はヘルフのであり、とてもぶかぶかしている。
「⋯⋯あの、さっきはごめんなさい。私、理由があって本当は男性が苦手なのです」
「さっき? ああ、あの雨宿りのときか。全然気にしてないからモニカも気にするなって。それよりも──」
ヘルフはお茶の入ったカップをテーブルに置いて言った。
「男性が苦手なのか? じゃあ俺とこうしているのも、もしかして苦痛か?」
ヘルフが言うと、モニカは首を横に振った。
「⋯⋯い、いえ。苦痛ではないのです。ヘルフなら大丈夫です」
「そうか。俺だったらいいのか。なんか嬉しいな」
そういってヘルフは力なく苦笑した。
「そういえば苦手な理由ってなんなんだ?」
「⋯⋯苦手な理由、ですか」
ヘルフがそう問うと、モニカは下を向いて考えるような仕草を見せた。
「言えないなら無理に言わなくていいからな?」
「⋯⋯い、いえ。説明します」
言ってモニカは太ももあたりまで伸びた服をぎゅっと握り口を開いた。
「私は暗黒都市グラスターから来ました。そのグラスターで実の親に捨てられたのです。そして私は近所のおばさんに引き取られました。ですが、そのおばさんはお金が無く、お金を得るために私を売春所へと売ったんです。そして私は男性からいろいろなことをされ、男性が苦手になりました」
モニカの説明は終盤は声が震えていた。
暗黒都市グラスター。名前を聞いただけで嫌がられるほどの都市で、犯罪、麻薬取引などは当たり前、殺人も頻繁に起こる、いわばスラム街だ。そんな場所にモニカは生まれたのだ。
ヘルフは泣いている様子のモニカの隣に座り、頭を撫でた。
「⋯⋯ヘルフ?」
「お前はあの暗黒都市から来て、そんな辛い過去を持ってたんだな。辛かったよな。でももう大丈夫だ。ここは暗黒都市なんかじゃない。もうお前が苦しむ必要はないんだ」
「⋯⋯ヘルフ」
モニカの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。ヘルフはそんなモニカの頭を抱き寄せ言った。
「今日からここがお前の家だ。俺がお前の家族だ。絶対に捨てたりなんかしない。どうだ?」
ヘルフが言うと、モニカは何度も頷きながら言った。
「⋯⋯はい。ここが、私の家です。ヘルフが私の家族です」
そういうとモニカはヘルフの胸の中でわんわんと泣きはじめた。ヘルフは優しい笑みを浮かべ、静かに頭を撫でた。
モニカは泣いたあと、そのまま眠りについてしまった。こうして見ると、モニカの顔はとても整っていて綺麗で、髪もサラサラでとても綺麗だ。胸も年齢の割には出ている。
「すっかり寝ちまったな。ベットに移動させなきゃ。よいしょっと」
そういうとヘルフは寝ている状態のモニカの体を抱き、ベッドへと移動させた。
「ふぅ。これでよしっと」
ヘルフはモニカをソファからベッドから移動させると、額の汗を拭う仕草を見せた。実際汗はかいていなかったが。
「さて、モニカがベッドで寝るということは、俺は今日はソファだな」
ヘルフは頬をポリポリとかきながら苦笑した。
その後、ヘルフはソファに寝転がっているうちにいつの間にか眠りについてしまった。
「モニカ、モニカ。起きろ」
部屋に光が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる早朝、ヘルフはモニカの体を揺すりながら起こしていた。何度も揺すっていると、さすがに目を覚ましたモニカが怪訝そうに言った。
「⋯⋯? ヘルフ、こんな朝早くにどうしたのですか?」
「ああ。今日はちょっと出かける用があってな。それでお前も連れてこうと思ったんだ」
「⋯⋯出かける用ですか?一体なんですか?」
モニカが怪訝そうに半目を作ると、ヘルフが「ああ」といって説明した。
「モニカ、アルバイトってしたことあるか?」
「⋯⋯アル、バイト? 聞いたことないのです」
「聞いたこともなかったか。まぁいい。今日の用ってのはそのアルバイトっていうやつだ。だからモニカも来てくれ」
ヘルフがそういうと、モニカは不安そうな表情を作った。
「大丈夫だ。安心しろ。そんな怖い事じゃない。まぁ見た目はごつくて怖い人はいるけどな⋯⋯」
ヘルフはそういって苦笑すると、ベッドから立ち上がった。
「まぁ取りあえず行こう。そしてついでにモニカの服も買おう。それでどうだ? 行ってくれるか?」
ヘルフが期待の目でモニカを見ると、仕方ないといった様子でモニカは言った。
「⋯⋯分かりました。そのアルバイトに行きましょう。今顔洗ってきます」
「本当か? そうと決まれば早速行こう」
その後、ヘルフとモニカは顔を洗い終え、アルバイト先の店へと出かけた。
家を出てから数十分後。ようやく目的地についたヘルフとモニカだが、何やらアルバイト先の店の店長──エイブレット揉めているようだった。
「あの暗黒都市から来たって!? 悪いけどうちじゃ無理だ。他を当たってくれ」
言ってエイブレットは手で追い払う仕草を見せた。
「そこをなんとかお願いできませんか! この子すごくいい子なんです! 迷惑とかなんにもかけませんから!」
「⋯⋯そういわれてもなぁ。あの暗黒都市出身の奴を入れたらこの店の評判ごと悪くなっちまうからな」
「そ、そんな⋯⋯」
ヘルフはがくっと肩を落とした。
暗黒都市出身と言うだけでこの反応だ。あの優しい店長ですらこの様子じゃどこに行っても無理だろう。
そう思ったとき、ヘルフの肩が叩かれた。
「⋯⋯アルバイト、もう諦めましょう。最初から無理だったんです。グラスター出身の者にアルバイトなんてする資格はないのです」
モニカは力なく微笑した。そんな様子を見たヘルフはどこかスイッチが入ったのか、その場に土下座をし始めた。
「お、おいヘルフ! 何をしてるんだお前は! 顔を上げないか!」
「いいえ! 店長がモニカのアルバイトの許可を下してくれるまで続けます! お願いします! アルバイトをさせてください!」
言って、上げた顔をもう一度額が地面に着くまで土下座をした。
その様子を見て、周りにいた人たちがザワザワとしだす。
「分かった! 分かったからもう顔を上げろ! この子をアルバイトさせる以前に店の評判が落ちる!」
「ほんとうですか! やったぞモニカ!」
慌てて顔を上げさせようとしている店長に気にもとめず、ヘルフとモニカは喜んだ。
「その代わり、店の評判が下がったりしたら減給もしくはクビだからな」
──全くと店長が言うが、ヘルフは減給やクビという単語には反応せず「はい!」と元気よく返事をした。
数時間後、ヘルフとモニカはアルバイトを終え、帰路についていた。
「初めてのアルバイトどうだった? 緊張したか?」
ヘルフがそういうとモニカは力強く頷いた。
「⋯⋯はい。すごく緊張したのです。アルバイトというのはお仕事のことだったのですね。重いものをたくさん持ったから手が痛いのです」
そう言うモニカに、ヘルフは仕方なく苦笑した。と、ヘルフが何やら思い出したように言った。
「あ、そうだ! あそこのアルバイトは俺たち以外にもう1人いるんだ。そいつが明日のアルバイトに来るから楽しみにしとけよ」
「⋯⋯もしかして、男性ですか?」
そういって不安そうな表情を作る、モニカに対し、ヘルフは笑いながら言った。
「安心しろ。女性だ。ただし、ちょっとテンション高くてうるさいから最初は特に気をつけた方がいいかもな」
「⋯⋯女性なら安心です。でも、テンション高い人は苦手なので気をつけます」
そういって2人は苦笑した。