2 記憶のモザイク
女の声が関西弁だと感づいてはじめて、
自分が日本人でここは日本だと知らされた。
成人した男であること、家族がいること、仕事をしていたこと、
それらが漠然と浮かんでは消えた。
それ以外の記憶は呼び覚ませなかった。
なぜここに居るのか、ここに来るまでどこで何をしていたのか。
これまでどんな人生を送ってきたのか。
氏名、年齢、職業まで喪失している。
情報の中身だけがすっぽり抜け落ちている。
まるでアダルト・ビデオのモザイクみたいに肝心なところが曖昧で、
想像するしかない。
頭を働かせようとすると、耳鳴りがひどくなる。
人間が感知できる周波数帯の天井にへばりついたみたいに不快だ。
耐えきれずに思考の梯子から降りて無気力の壁にもたれかかった。
抜け落ちた過去の記憶を求めて苛立ちと焦りに襲われる。
そのシーンだけは頭の中にはっきり映し出された。
ブレードランナー。
過去の喪失に苦しむ人造人間。
こんなときに、こんな記憶だけを取り出せるなんて。
ボクは自分自身に驚き、思わず苦笑した。
「あのなぁ兄さん、こんなとこに座り込まれたら、かなわんわ。掃除できへんやろう。さ、立ちなはれ」
頭の中が罵声で支配され、耳鳴りが飛んだ。