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1 五感喪失
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闇の中で目覚めた。
瞼を開いたという自覚はあるのに一点の光も感じない。
失明したのか、意識を失う前からここにいたのか。混乱した。
記憶を辿ろうとしても徒労に終わった瞬間、
初めて一滴の音も聴こえないことに気づく。
唯一甲高い耳鳴りだけが救いだった。三半規管だけは残っているようだ。
悪い夢だ。
そう言い聞かせようと気力を振り絞るほど、意識が冴えてくる。
全身の触感が麻痺していることも認めざるをえない。
横たわっていることだけは確かなようだ。
まさに現実の悪夢だった。
現実に抗うことを断念して闇の中を彷徨った。
何時間、いや何日経っただろう。耳鳴りに混じってかすかな音をとらえた。
音量は気の遠くなるのど緩やかな速度でクレッシェンドしていく。
人の声のようだった。そう思いたかった。幻聴でもかまわない。
甲高くしゃがれた声が近づいてくる。
確信はないが声のする方向に意識を向ける。
かすかな光とともに髪を赤く染めた色黒の中年女が浮かび上がった。
しきりに手招きをしながら時折大声で笑った。
なにかを指示しているらしい。関西弁だった。