教会
意識が朦朧とする中で色んな音が聞こえた。
なんの音、と聞き取ることは出来なくただ音が耳に入ってくることだけは感じた。
私は今どこにいるのだろう。
しばらく考える。
考えるフリをする。
脳に力を入れ何かを絞り出そうと躍起になる。
そしてしばらくして気づくのだ。
あれ....?
私は今までどこまでいたのだろう......。
言いようのない不安に襲われる。
今ここがどこかわからないのは当然だ、目を開けてもいないし臭いは香らないし、特別音が聞こえるわけでもない。
ただ、ここで目覚める以前の記憶が無い。
それは詰まるところ、依り代がない。
よく分からない場所で私はよく分からない理由で連れ去られ、結果よく分からない場所でこうして横になっている。
なんの正解にも達することが出来ないこの状況は私の不安をさらに煽る。
ひとまずここがどんな場所なのか把握しなければ。
目を開けると木の天井が見える。
左に向くとレンガ造りの壁。
右を向くと、
「やぁ、起きた?」
「きゃあ!」
右を向くと若い男が木の椅子に座って私を見つめていた。
「きゃあ!なんて可愛い声出すんだね。てっきり僕があった時キツめの人かと思ったけど。あ、一応拘束させてもらってるよ。悪気はないんだ、僕も命は惜しくてね。」
前にあった時?私はこの人にあった時があるのか。
知り合いだろうか、駄目だやっぱり思い出せない。
それよりも拘束?なんのことだ。
不思議に思い体を起こそうとすると両手がベットと鎖で繋がれていることが分かった。
「ちょ、何よ!これ!早く放しなさいよ!それにあなた誰よ、私の知り合いか何か?でも知り合いだったらこんな事しないよね...誰よ!」
体を動かし拘束から抜け出そうとするも当然固い鎖はうんともすんともいわない。
ただ、とりあえず彼を睨みつけるのはやめないでおいた。
すると
「ん?知り合い....君記憶が無いのかい?」
.......頷く。
「えー!そりゃあ大変だ!僕はね、君が王都に向かう街道近くに倒れていたところを見かけてね大変だ!と思ってここに連れてきたんだ。それにしても災難だ、何であそこで倒れてたか知らないけど記憶までないなんて。」
彼はそう言うと立ち上がり優しく私の両手の鎖を外し始める。
「実はこれ、本物の鎖じゃないんだ。ちぎろうとしたら無理だけど手の部分意外と簡単に外れちゃうんだよね」
彼がヘラヘラしながら鎖を外し終えたところで私は渾身のアッパーを食らわしてやった。
「ぼはぁ....。」
情けない声を出して彼はその場でダウンする。
「なんなの、全く。」
コイツに馬鹿にされると妙に腹が立って、つい手が出てしまった。
いけない、ここがどういう場所か聞かないと。
幸い悪いやつじゃなさそうだし。
彼を今度は逆にベットに寝かせて鎖を繋げた。
数分後...
「んぁ。」
目が覚めた彼が寝ぼけ眼でこっちを見る。
「痛たたた...酷いじゃないかぁ、突然殴るなんて。お、いっちょ前に鎖まで繋いじゃってー。でもね、これ実は簡単に...」
今度は彼の頭にチョップを喰らわせる。
「いでっ!」
「それはさっき聞いたよ!それよりもここはどこなの?私、貴方の言う通り記憶が目覚める前までのが思い出せないの。」
「じゃあ、チョップとか止めて話をさせてよ...。」
頭をさすりながら彼は言う。
「そ、それはあんたが私を馬鹿にするからでしょ!」
もう一度チョップを喰らわせようとすると
「ちょちょちょ、もうそれはやめてくれ!」
彼が手をバタバタさせながら求めてきたので止めてあげた。
「ふぅ...とりあえず口で説明するよりも見た方が良いよ。付いてきて。」
彼が立ち上がり椅子の後ろの方にあるドアに手をかける。
ドアから部屋の明かりよりももっと眩い光が漏れ出す。
光の先、ドアの向こうには小さな村の風景がひろがっていた。
「おや、アルフやお客さんがお目覚めかい。」
「アルフー、遊んでー!」
「アルフ!こっち少し手伝ってくれるよう教会の奴らに言っといてくれ!」
「そうだよー、はーいよー頼んどくー、遊びたい奴らはまた後でなー!」
アルフと呼ばれる青年は村の人達から慕われているようだった。
「貴方、アルフって言うのね。」
「あれ、言ってなかったっけ。僕の名前はアルフ、君の名前は?」
「だから、記憶が無いんだって。」
「あ、そうか...でもそれだと不便だ。そうだなー...じゃあ、ひとまずマリアと名乗っといて。」
「何であんたなんかに勝手に決められなきゃいけないのよ!....でもまぁ、そうしとくわ。」
「よし決まり!んじゃあ僕達の本拠地へようこそ!マリア!」
彼が立ち止まり指を指した先、そこには大きな建物が建っていた。
「ここは?」
「ん?見たことない?割と一般的な様式の教会なんだけど。」
初めて見るその教会と呼ばれる建物に私はなんの見覚えもなかった。
「ない。もしかしたら無宗派だったのかも。」
「ハハハ!」
そういうと彼は笑い出した。
「な、何よ何かおかしいの?!」
「いや、この異型の者達が勢力をあげてる今、神に祈りを捧げない人なんていやしないからさ。きっと記憶が没落してるんだ。」
「へぇ...。」
異型...気になる単語が出てきたけど、とりあえず彼の説明を聞いてからでいいか。
重そうな扉を開けると中には大きな十字の鉄棒が真ん中に刺さっている。
また、その周りには大量のテーブルにたくさんの人々が座り会話や食事を楽しんでいるようだった。
中にはお酒を飲んでいるのか、少しお酒臭い。
「あの、鉄棒は何?」
「あれは十字架さ。昔は悪魔祓いやらなんやらに使われてたらしいけど近年では異型達を追い払うっていう考えの方が多いかな。」
「その異型って言うのはなんなの?」
「あぁ、それはね」
彼が説明しようとした矢先一人の大柄の男が近づいてきた。
「お、アルフ来たか!その嬢ちゃんは?見かけねぇ面だな。」
「彼女の名前はマリア。訳はあとで話すけど記憶喪失でね、僕が預かってる。」
ん?
「預かってるって何よ!勝手に決めないでよ!」
「え、だって...どうすんのさ、宿とか。ここら辺の男は臭い奴らが多いぜ。」
「おいこら、臭いヤツらとはなんだ。」
ポコンとアルフは大柄の男に殴られた。
「おぉ、マリアちゃん?アルフはムカつくやつだが悪いやつじゃねぇ。当たるとこねぇならこいつんとこ泊まっときな。そんな可愛い面じゃここの飢えた男達に喰われちまうぜ?」
「ヒッ...。」
ガハハハハ冗談だ、と彼は笑い席に戻っていった。
「いててー..全くなんで今日はこんなに殴られなくちゃいけないんだ。」
また頭をさすりながら彼が起き上がる。
「大体あんたのせいよ。それよりここに来て、何か目的があるの?」
賑やかな場所な事は分かったけどここに連れてきて彼は何がしたいのか、そもそも彼は誰なのかがますます気になってきた。
「あ、そうそう。それじゃあ僕の所に来るってことでいいよね?」
彼が詰め寄り聞いてくる。
「そ、それしかないからね。」
と答えると、
「よし、じゃあいくよ。」
そう言ってかれは大きく息を吸い込むと、
「みんなー!!!!きいてくれー!!!!!」
馬鹿でかい大声を私の耳元で出しはじめた。
その瞬間教会にいた人たちの動きは止まり、一斉に視線がこっちに集まる。
彼は続けて
「ここにいる少女マリアは記憶喪失だ!!!どこから来たのかもわからず、自分が誰なのかもわかってない!!!だから、僕は彼女を我が『緑の教会』に新たなメンバーとして迎え受けることにした!!!」
え?
「ちょ、アルフ!聞いてないわよ!緑の教会ってなに」
聞こうとしたが彼はまだ続ける
「みんな!!!異論は、ないかな!!!」
彼の話が終わり、シンとあたりは静まる。
「ちょっとアルフ、みんなもキョトンとしてるしいきなり何かの集まりに入れって言われても...」
アルフに色々と言おうとすると
「うおおおおおおお!!!!!!!!」
とこれまたどでかい歓声が上がる。
「よし!!!満場一致だな!!!新たな仲間、マリアに祝杯を!!!!」
「祝杯を!!!!!」
彼の祝杯の合図とともに皆一斉にグラスをぶつけ合う。
何だか、楽しそうだし、嬉しそうだ。
じゃない。
「ちょっと、アルフ!ポンポン話が進んじゃってるけど私良くわかってないよ!」
彼に必死に呼びかけると
「いやぁ、色々説明したら君入らなそうだなって思って。面倒くさがって。」
と頭をかきながら、ヘラヘラした顔で彼は言う。
「本当に貴方って失礼よね....まぁいいよ、この際どこに行けるわけでもないんだし。それで、『緑の教会』ってなに?」
すると彼は飲み物を持ってきて説明し出した。
「僕達は今簡単に言うと戦争をしてるんだ。」
戦争?!と急に出てきた戦争というワードに驚いてしまう。
「あぁ、勘違いしないでほしいのは決して侵略戦争とか領土、国のメンツのための駆り出されとかではないんだ。戦闘員はここにいる教会の奴らだけでね。詳しい状況を話すには若干難しいからアレなんだけどまぁ、反抗勢力ってやつでさ。」
ますます意味がわからなくなってきた。
「僕達が今住んでいるこの村は東の国と呼ばれるミエラルシェ領土内にあるんだけど、今ミエラルシェ領土内のほとんどは王都で発見された魔法石による魔科学ビジネスの餌食になっていてね、昔から住んでいる人たちは隅に追いやられて金持ち達の工場が立ち並ぶ所ばかりになってしまったんだ。」
彼は少しうつむき苦しそうに語る。
「しかも王都はそれに留まらずにミエラルシェに毎年奉納金を支払わなければ、王都からの交流を一切遮断する上軍をで向かわせるだの圧力をかけてきたんだ。ミエラルシェは港町があったり土壌は良かったりで食糧面では苦労しないけど技術力では1歩遅れていてね、王都からの遮断は苦しいものなんだ。」
彼のその話に周りの人達も次第に耳を傾き始めた。
「当然その痛手を避けたいミエラルシェは奉納金をを払うために最初は農地開発とか港の拡大とか進めてはいたんだけど、王都の狙いはそんなんじゃなくて結局は自己的な魔科学の発展だったんだ。確かに生産に時間がかかったりその年の気候によって左右される農業や漁業より魔科学を発展させて工業化していった方が効率的だし金も多くうむ。結果ミエラルシェは国家自らでその道を選んでいったんだ。」
すると周りからは鼻をすする音や泣き声が聞こえてくる。
「突然の開発にミエラルシェ領土内の農民達漁師達はついていけるわけなくて職を失い、結果王都の連中やらだけがビジネスを拡大しただけなんだ。今のミエラルシェなんて名ばかりの植民地だよ。」
すると教会にいた人達の中から声が挙がった。
「だからこそ!!!」
続いてもどんどん出てくる。
「私たちは取り戻すんだ!!!」
「私たちの元の暮らしを!!!」
「私たちの夢が叶う生活を!!!」
「王都のくそ連中らだけがいい飯食える世の中を潰すんだ!!!」
「もう好き勝手やらせるものか!!!」
強化内の声はどんどん大きくなり、それぞれの人が胸に秘めた想いを教会中に大声で響き渡す。
するとアルフがまた大声で
「だからこそ!!!!」
というと彼ら彼女らは一斉に声を合わせて
「私たちは抗う!徹底的に闘う!私達の未来の為に!!!」
と高らかに、まるで神に誓うかのように声を荒げて言うのだった。
教会:この話の中時代より前の時代では教会は神への懺悔や祈り、基本的には神聖な場所とされ仰々しい場所であったが異型が現れて以来そこは戦いに行く者達の鼓舞の場へ、それから時が過ぎると溜まり場へと変わっていった。
荒くれ者達などには仰々しい事は出来ず今の皆で酒を飲んだり、飯を食ったりできる場所へと体形を変えていき今の形へと変わった。
しかし未だ神への祈りを捧げる場であることは変わらない。
人外に挑む者達はまた、人外へと助けを乞うているのだ。
ミエラルシェ:漁業、農業が盛んな国。昔は閉鎖的な国であったが王都の侵攻により王都との交流を開始。圧倒的な文化力の差にそれ以来依存してきた。
今では王都の工業地帯としてモールタルに従属するような国とは言えぬ場所となっている。
人物解説
アルフ・(名字不詳):23歳身長174cm、茶髪天パはかれのトレードマーク。比較的凡庸な顔ではあるがその性格と精神に惹かれる者は男女問わず多い。カリスマ性とはこういうものなのだろうか。
しかし躊躇せず何事もいう癖があり周りの人間からいつも殴られている。