モールタル襲撃
目を開けると上空には真っ黒な空が見えた。
真っ暗なわけじゃない、ただ、街の光に照らされた真っ黒な空が見える。
何が起こったのだろう。
何も思い出せない、意識が朦朧だ。
起き上がろうとしても体が動かない、体に脳からの命令が遮断されている。
しばらくすると音が聞こえ始めた。
「早く逃げろ!爆発するぞ!」
「やめてくだはばあばばば...」
「西区に向かえ!そこで合流だ!」
「女と子供は襲うな!印があるものだけ殺すんだ!」
怒り、悲痛、苦しみ...聞いてると疲れてくる音ばかりだ。
そこでようやく思い出す。あの火柱を、あの轟音を、あの熱を...。
モールタルは今襲われているのだ。
何に襲われているかは見当がつかないけど、とにかく襲われている!逃げないと!
そう思い体を動かそうと必死になっても体は言うことを聞いてくれない。
そうこうしているうちに足音が近づいてくる、これは逃げ惑う人達の足音じゃない、明確な殺意を持って殺しを求めている者達の足音だとすぐに分かる音だ。
ドシンドシンと重い武器でも持っているのか、鉄を引きずるような重さのある足音が近づいてくると、
「おい、ここに女がいるぞ!」
低い男の声が聞こえてきた。
「女は殺すな、生かして団に捕縛する。」
まずい、このままじゃどこかに連れ去られる!
動け!動け!、お願いだから動いて!
目に涙が浮かんでくる。
こんなに必死にも動こうとしない体への怒りとなぜこんなことを味合わなければいけないのか、そのことに対する自分への哀れみ。
そんな感情が一気に襲ってくる。
「おいおい、だから殺さねぇって....困ったなぁ。」
集団の中の男が言った次の瞬間甲高い声が聞こえてきた。
「おい!こっち手伝え!こいつめちゃくちゃ....」
「やめてくれ!頼む!アがぁあああああ....」
「くそ!こいつ....」
最後に聞こえてきたのは最初に私を見つけた人物の声だ。
そして次には
「よう、ヴィーアちゃん。元気してた?怪我、してない?」
そこには紅く染まったタマルが立っていた。
安心からか泣きそうになるのを必死にこらえる。
「あと一人だな....うちのヴィーアを攫おうなんてなめたまねしてくれ....」
しかしタマルの目の前にはさっき指示を出していた人物はもう姿を消していた。
「んだよ、ちくしょう。ヴィーア、大丈夫か?」
「ありがとタマル。さっき天井からここまで落ちて体が言うことを聞かないの。」
「そいつぁ大変だ!んー...ちょっと背中に触るぞ。」
そう言うと私の背中に触り力を込め始めた。
体中にエネルギーが流れ込んでくるこの感覚は多分、自己強化魔法を私にかけているのだろう。
「これぐらいで、どうだ?」
さっきと同じように体を動かそうとすると多少痛むけど体が動いてくれた。
「ありがとう!ほんとにありがとう!」
「いやぁ、礼なんて必要ねぇよ。大事なうちの従業員だからな!それよりもオヤっさんはしらねぇか?ずっと探し回ってんのに姿が見えねぇんだ。」
「ううん、見てない。今日はオヤっさん会議かなんだかでいないの。モールタルにいるかどうかも....」
「よし、分かった!お前、家の中から必要なもん取ってこい。武器になりそうなもんも有ったら護身用に持っとけ。」
「分かった。」
家の中へと急ぐと中は大分荒らされていた。
グチャグチャになった室内から財布とリュック、工業用手袋にオヤジのゲンコツを探して持っていく。
「オヤっさん、どこにいるんだよ。ちゃんと生きてるよね...?」
家の中1人で居るとやっぱり不安が押し寄せてきて涙がこぼれ言葉もこぼれた.
朝から夕方にかけて、何一変無くいつも通りの日だった。
それがこんな事態になるなんて、とにかく今はタマルに頼るしかない。
家から出るとタマルのほかにも工場の従業員だった人たちの顔がちらほら見えた。
「おう、きたか。早速だがこれから西区に向かう。奴らが侵入してきたのは東区の方だからまだ手薄のはずだ。分かったか?ヴィーア。」
「うん分かった。でもオヤッさんはどうするの?」
「お前のさっきの話からすると多分オヤッさんは王都に行ってるはずだ。西区から出れば王都まで近いし、そっからオヤッさんに会いに行こう。それにこの事態だ、王都の方にも情報は行き届いてるだろう。」
「うん・・・そうだね!・・・それじゃあ早く行こう!」
タマルを先頭に15人の群で動いていく。
あちこちに建っていた工場には火が付き、いつも通り通っていたはずの道にはあちこち死体が転がっている。
「見るな、なるべく見るな。」
そう、タマルに言われたもののやっぱり目につく。
目の前に死が転がっている、その奇妙な感覚とは裏腹に私はまだ現実味が持てなかった。
見ないようにと視線を上げるとその先には今日夕飯を食べた食堂が燃えていた。
なぜ、食堂までもがこんな被害を被らなければいけないのか・・・。
すると店の中から食堂の店主が引きずられて出てきた。
「おい、お前は何か知らないのか。ここにはあいつがよく出入りしてたと聞いてるんだが。」
「たいへ!!!」
「おいやめろ!みんなを危険にさらす気か!」
私が助けようとすると、咄嗟にタマルが口をふさぎ止めてきた。
「もがっ・・・ぷはっ、タマル!見捨てるの?!」
「今はあの一人助けるより工場のみんなを助ける方が大事だ!それにあっちは銃火器持ってんだ、かなわねえよ。」
「でも!」
私が必死に反論しようとするとタマルは
「あのな、ヴィーアよく聞け。お前は一個人としてあの人に何らかの恩があるのかもしれねぇ、だけどなそれはお前に対してもそうなんだ。お前はヴィーア・ファンハール、オヤッさんの娘でもあるんだ。親父より先に死ぬ親不孝もんになんてなるんじゃねぇ。今は何よりも生きることを大事にするんだ、いいな?」
そういった。
・・・・・・全くその通りだ。
今自分は身勝手に行動していいような状況にはないのだ。
「うん・・・・分かった。」
「そうか、よかった納得してくれたようで。だいぶ遅れちまった。ほかのやつらは先に行かせておいた、俺たちも追いつくぞ!」
相槌を打ちその場を離れようとした瞬間背後で銃声がなる。
あぁ、また誰か死んだ。
その考えが脳裏によぎるのを必死に無視しタマルについてゆく。
何も考えず、ただ足だけを動かしていく。
走っているとたまに水が跳ねる時があった、今日までちっとも今週は雨が降ってなかったはずだけど、それはきっと水ということにするほかない。
走る走る走る・・・・ボスっ。
前方の何かにぶつかり、見ればタマルの背中だった。
「どうしたの?」
と顔を除くと表情がゆがんでいた。
目から涙が零れ落ちようとしていた。
もう嫌だった、タマルの視線の先を見るのが。
だけど、現実から目を背けることはできない。
先に進むには前を向くしかないのだから。
前方を見れば開いていると思っていた西区の入り口に武装した襲撃者達が大勢おり、その前には無残に撃ち抜かれた工場のみんながいた。
言葉を失う。
希望がまだあったはずなのに、未来があったはずなのに、工場の皆のそれらは穴の空いた傷口から血液と共に流れ出している。
その状況に絶望していると、さっきまで立ち尽くしていたタマルが動き出した。
「タマル!だめ、あそこに行ったらタマルまで死んじゃうよ!」
必死に呼び止める。
しかしタマルには言葉が届いていない。
さっきまで哀しみに溢れていたその表情は一変し、鬼の形相に。
怒りに呑み込まれていた。
「だめ・・・・だめ!タマルも私と一緒!オヤっさんに会ってこの状況を早く伝えないと!ねえ!」
「うるせえ!.....すまねぇ、ヴィーア。店主の時は分かったような口聞いて....俺もう、我慢の限界だぜ。大切な故郷滅茶苦茶にされて、同僚も殺されて....俺が気を引き付けているうちにお前だけ逃げろ。」
「え.....?」
力を少し抜いた瞬間、タマルはもう目の前から離れ襲撃者へと向かっている。
「くそったれえええええええ!!!!!!!!」
「だめえええええ!!!!!!!」
悲痛な叫びは彼に届かない。
タマルは自己強化をかけているためある程度の銃弾は跳ね返せる。
けれど私にもそれを使っている今それは弱くなっているはずだ、長くはもたない。
銃声が鳴り響く。その中には怒りに溺れる男の声も。
どうすれば、私はどうするべきなのか。
混乱してよく考えられない。
彼は最後になんといった。
すると騒音の中から声が聞こえた。
「早く逃げろおおおお!!!!」
ハッと頭が覚める。
そうだ私は逃げなければ、生きなければ。
幸いタマルのおかげで注意はこっちに向いていない。
私は走り出す。
西区入口はもう開いている。
後はあそこから抜け出すだけだ。
駆けろ、駆けろ、駆けろ.....。
入口までもうすぐだ。
入口のゲートを抜ける、やった、やったぞ!
後ろからは変わらず銃声と男の声が聞こえる。
だけど振り返るわけにはいかない。
彼が身を呈して守ってくれたこの命、無駄にするわけにはいかない。
ゲートを抜けても尚走り続ける。
もう、体の痛みは無かった。
痛みを感じる間も無いだけかもしれないが。
とにかく走る、街道を西へ、西へと....。
「そんなに急いで、どうしたの。」
若い男の声が聞こえた。
少し立ち止まった、次の瞬間、私はまた意識を失った。
意識を失う前、少しの間恐らくその若い男の者だろうか。
緑色のコート羽織った人物が私の前に立っていたのを確認して。
自己強化魔法:種類は色々あるが、基本的には体の部位強化である。上達すれば人外の領域に入れたり、他人を強化出来たりするので地味なように思われがちだが有能魔法だ。
銃:銃は魔法が発展しても変わらなかった。自己の意識で打つ魔法と違い、引き金を引くだけで殺せたそれは、戦いに臨む者達にとってのせめてもの救済だったのかもしれない。
人物解説
店主:太った大柄の体にちょび髭を生やした彼は開発が進んでも店の体系を一切変えず、食堂の店主として励んだ。その姿勢はモールタルの従業員達に好かれ、愛され店主としても有名だった。