フラグ
蟹をたらふく食べた翌日、俺達はこの日も獲物を求め、ハンターギルドのクエスト掲示板の前に立っていたのだが。
「なぁ、リコレット。何かやばそうなのしかないんだけど」
「あ、あれ? 駆け出し向けのクエストが完全に消えてる……」
クエストにはハンターランクと同じようにEからS級までランクがあるらしいけど、何故かはられているのは一流ハンター向けであるB級以上ばかりだった。
B級クエスト暴君熊五百万ポル、と書かれている張り紙にはC級以下のハンター戦死率80%とか書いてある。
他にもA級クエストドラゴンゾンビとか、カオスキメラとか物騒な名前が並んでいた。
しかも、ハンターランクがクエストランクより上じゃ無いとクエストが受けられないと注意書きされていた。
一体何があったのか分からずに困っていると、受付のお姉さんが事情を説明してくれた。
「昨日、超魔導要塞ルナキャンサーにも街の周りに次々大物の魔物の報告が入ってきて、駆け出しハンターを街から出さないようにしているの」
「ここってそんなに激戦区なんですか?」
「いえ、本来なら弱い魔物が集まる地域で、駆け出しハンター向けの拠点なんですけれど……手強いと言われる魔物でもC級が精々で、こんなの初めてよ」
それが本当なのかと問う代わりにリコレットに目をやると、リコレットはコクコクと頷いた。
どうやら嘘ではなく本当のことらしい。
「そんな場所に何で強い魔物が集まっているんですか?」
「不死系の喋る魔物を相手にしていた人達は、魔物がウルシアの光だとか、強い光はどこにいるとか聞いたらしいけど、どういうことなのかしらね?」
お姉さんの言葉でサーッと血の気が引いた。どうしよう。めっちゃ心当たりがある。
同じことに気付いたのか、リコレットの顔も青ざめながコクコクと頷いている。
やっぱりあの女神のせいかよ!?
「邪神が近くにいると強い魔物を引き連れるせいで、弱い魔物が逃げるなんて言うけど、邪神が近くに来ているのかしらねぇ」
「あぁっ!? そうだ! そういえば邪神! 邪神ってどんな魔物でどこにいるんですか!?」
とにかく話をウルシアからそらさないと! って、そういえば、狩りのことで頭がいっぱいで邪神についての情報収集を忘れていた。
「邪神は地上まで覆い尽くす分厚い雲の中にいます。それはもはや雲ではなく白い壁のように迫ってきて、街を飲み込んでいくのです」
「分厚い雲の中か……うーん、視界が悪くて戦いにくそうだな」
「視界が悪いどころの話ではありませんよ。あの分厚い雲のせいで誰も邪神の姿を見た人はいないんですから。もはやあれは一種の結界みたいなものですよ」
「え? なのになんで邪神がいるって分かるんですか?」
「近づいてくるとわざわざ宣言してくれるので、我は邪神なりって」
律儀な邪神だなぁ……。
「でも、そんな雲みたいな結界を破れば良いんですよね? よくあるパターンだと雲の結界を司っている幹部みたいなのがいて、そいつを倒せば良いとか」
「その通りです。どれもS級指定種の大物ですよ。結界魔って言うんですけど、この街には手配書張ってないですけどねー」
「はってくださいよ!? 邪神幹部倒してただ働きとか泣きたくなりますって!」
もうあの失敗は二度としねぇぞ!?
「だ、大丈夫ですよ。そもそもこの近くに邪神の結界魔はいませんし」
いや、もうそれがフラグにしか聞こえないから。
こういう余計なこと言うと、大概フラグになるって何かが言っている気がするんだ。
だって、この世界はあのとんでも女神ウルシアの管理する世界なんだぞ!?
「大変だああああああ! 火山が噴火したぞおおおお!?」
「何を慌てているんですか? 火山が噴火するなんて珍しいことでもないでしょう?」
慌てた様子でハンターの青年がギルドの中に飛び込んできた。
早速かよ!? って思ったけど、なんだ火山の噴火か。
いきなり邪神とか結界魔が出たとかじゃないなら問題ない。
「溶岩の中から何か黒いドラゴンが這い出てきて、こっちに向かってるぞ!」
い、いや、まだだ。まだそうと決まった訳では無い。
お姉さんも面食らったようで、おろろおろしつつも無理矢理落ち着こうとしていた。
「こ、こほん。そ、その黒いドラゴンの特徴は?」
「巨大な二枚の翼。頭には二本の捻れた赤い角が前に向かって生えていて、赤い尖った牙が上あごから二つ飛び出している。それとメチャクチャ太い腕には大きな尖った爪が生えていた。あれは間違い無くあれだぞ!」
「S級指定種の溶龍ラーヴァ・エデッセ!? 結界魔がなんでこんなところに!?」
「やっぱりかよおおお!?」
もう押すなよ。絶対に押すなよレベルの様式美だよ!?
またタダ働きになるのか!?
「住民のみなさんに緊急避難指示を出します! それと街にいるハンターに緊急招集! 街の城門で結界魔を迎え撃ちます!」
いつもは落ち着いているお姉さんが慌ただしく指示をギルド内に飛ばしているのを見る限り、今回の敵は本当にやばいのかもしれない。
「なぁ、リコ……レット……?」
お姉さんが忙しそうなので、リコレットに話を聞こうと思ったら、震えながら俯いていた。
一体どうしたんだ? 名前を聞いただけで怖くて震えるほどのドラゴンなのか?
「リコレット大丈夫か?」
「来ちゃったんだよ……総力戦が!」
「え?」
「総出の防衛戦はみんながいっぱい回復薬とか爆弾とかの道具を使うからね。稼ぎ時が来た! 私の作った道具がこの街を守るんだよ」
「怖くて震えていたんじゃ……」
「え? 久しぶりの大黒字の予感に震えていただけだよ?」
心配して損した……。
ぶっちゃけリコレットのハンターランクはDと結構低めなのに、自分の身の安全よりもお金の方に意識がいくあたり、実際大したこと無いのかな?
「ふふふ、お店の在庫全部売りつくそっと。みんなが街を守る手助けに少しでもなれば良いな」
まるで聖母のように微笑むリコレットの姿に、ちょっとした頼もしさすら覚えるよ。
「おいおい、自分が使う分は残しておけよ?」
「え? 売り尽くすよ?」
「え? なんで? お前だって参加するんだろ?」
「そのお金で新しい街に行って新しいお店を作るつもりだから」
ニッコリ笑ってそんなことを言われて、俺も優しく微笑みかけてリコレットの手をとった。
「逃げる気満々じゃねぇか!? さっき街を守る手助けがうんぬん言ってただろ!?」
「手を離して!? 道具が私の代わりに守ってくれるからぁ! 無理! マジで無理! S級の結界魔とか絶対死ぬ! そもそも私のハンターランクはDだけど素材収拾しかやってないから!」
そんなことは別にどうでもいい。なにせ鼻からリコレットを戦力としてカウントしていないんだ。
でも、戦力になる以上にリコレットには側にいて欲しい理由がある。
こいつはお金が無くて家賃が払えなくても、一人でずっと生きてきたんだ。そんな子が他にいるか? いいや、いないね。
「お前が必要なんだ! 俺はリコレットと一緒にいたい!」
「きゅんと来る台詞が台無しだよ!? どうせ寝泊まりする先が無くて困るだけでしょ!?」
「違う! 俺がそんなしょうもない理由でリコレットに側にいてほしいと言うもんか!」
「あ、あれ? 嘘をついてない?」
「当たり前だ。この曇り無き眼を見ろ!」
「あ……。は、恥ずかしいよ……。そんな見つめられたら私も……」
恥ずかしがる必要なんてない。だって、リコレットは素敵な力があるんだから。
「リコレットがいないと何が食えて何が食えないのか分からないだろ!」
「私のときめき返してよ!」
実際、昨日の蟹は美味かった。
けど、蟹なら全部が全部食べられる訳じゃ無いし、もしかするとフグみたいに毒を持つ美味しい食材もいるかもしれない。
その毒味役、もとい毒があるかどうかを知っているリコレットは近くにいて欲しい。
「それに戦えなくても、リコレットには魔物の知識がある。その知識にルナキャンサーの時は助けられたから、一緒にいてほしい」
「あー……もう、ふざけていると思ったら急に真面目なことを言って……。ヨミは話しが下手だね。女の子とろくに喋ったことないでしょ?」
「う……」
「しかたないなぁ。このまま一人置いていったら何しでかすか分からないし、つきあってあげるよ」
「ムダに上から目線だな! 友達一人もいないくせに!」
「あれぇ!? 反応が予想と違うっ!?」
こいつだけには言われたくないっての!
「いいか! そういうツンデレはせめて顔を真っ赤に染めながら言うもんだ!」
「目と声が本気!? 変なスイッチ入れちゃった!?」
こいつとは白黒ハッキリつけないといけないのかもしれない。
どちらがより真のコミュ障なのかを!
「あのー……そこで喧嘩されると邪魔です」
「「ごめんなさい」」
結論はどっちもダメっぽい。
ギルドのお姉さんの一言で凹んだ俺達は、その後なし崩し的に作戦会議に参加することになった。