蟹狩りにいこう
武器は太刀があるし、まずは防具を揃えたい。
いくら無限に復活出来るとはいえ、リコレットを後衛に置くなら数発は攻撃が耐えられた方が良いもんな。
そんな俺の提案にリコレットはクエストボードの前でしばし思案顔を見せると――。
「蟹でも狩りに行こうか」
蟹って、あの蟹だよな? ゆでると赤くて美味しい蟹だよな?
それなのにリコレットが今指さしているこれは何だ?
「ごめん。ちょっと何言っているか分からない」
「いや、だから、この要塞蟹って魔物を狩ったらどうかな? 全長は五メートルくらい、横幅は十メートルくらいの大きな蟹で、ハサミと背中にミスリルとかオリハルコンとかすごい固い金属を背負って、要塞みたいに頑丈なの。物理攻撃は効きにくいけど倒せば良い防具の素材が手に入るよ」
うん、確かにそんなことがクエストの紙にも書いてある。
クエストのランクはC級で、俺が今受けられる唯一の大型魔物で最大難易度らしい。
しかも、報酬は百万ポルと書いてある。ちなみに一ポルは大体一円くらいの感覚らしい。
一匹討伐するだけで百万ポルなんて大金が入る理由は、この蟹のせいで漁船や輸送船が被害を受けるからだそうで、放っておけば百万ポルを優に超える損害を受けるからだそうだ。
「ごめん。ちょっと何言っているか分からない」
なんだろう? 現実離れしすぎて想像出来ない。
ドラゴンも大概化け物だったけど、ファンタジーの生き物だからか、意外と想像とずれはなかった。
でも、慣れ親しんだ生き物が化け物サイズになると全く想像がつかないんだけど!?
「大丈夫。大事なことは一つだけだから、それを忘れなければ問題無いよ」
「大事なこと? そいつの弱点か?」
「ゆでると美味しいの」
「そうか。ゆでると美味しい――って何だって!?」
「え? 狩った魔物の肉は食べるのが常識だよ? 生命力や魔力が宿っていて食べると経験値になるし」
ヨダレを垂らしながら言うから、ただ食い意地が張っているだけかと思ったよ。
いや、そういえば昨日の晩ご飯もパンと味の薄いスープと謎のゆでた葉っぱだったな。
ろくなものを普段から食べていないなら、蟹と聞いてヨダレを垂らしてもおかしくは……おかしくはないけど、顔が良いだけに残念過ぎる。
「大丈夫大丈夫。水棲の魔物なら私の雷や火の魔法が弱点なので、十分戦えますよ。それに死んでも生き返るんでしょ?」
リコレットがそう言って俺の背を押した。
そして、その通りかもなぁ、と考えた俺がきっと間違っていた。
この世界は住んでいた人が二度と転生したくないと言うほどの世界だったことを忘れていたのだから。
○
海岸につくと、俺達より先に要塞蟹に挑戦していたハンターのパーティがいた。
ハンマーを振り回すドワーフの戦士、槍と盾を構えた全身鎧の騎士みたいなやつと、弓をかまえるアーチャーっぽいエルフのパーティだ。
魔物からの攻撃を受け止めパーティの盾となる騎士と、豪快な一撃を叩き込む戦士、そして鋭い一撃を遠距離から打ち込み態勢を崩す女アーチャー、バランスがかなり整ったパーティに見える。
そのパーティの前には、名前の通り要塞のような巨大な蟹がハサミを振り回していた。
身体の色はやけにメタリックで、鉱石を背負うと言われていた背中はキラキラと輝く薄紫色の結晶柱が何本も生えて剣山みたいになっている。
そして、メチャクチャでかい。ゆでたら百人ぐらいは食べられそう。
しかも、思ったより足が速い上にジャンプまでする。
この世界の蟹、マジぱねぇ。とても人の手には負える気がしないんだけど。
「なぁ、リコレット、この場合、俺達も殴りに行って良いの?」
「横殴りを嫌だと言う人達もいるみたいだからね。とりあえず、近づいて援護がいるか聞いてみたらどうかな?」
「なるほど。そこらへんはリアルでもそうなんだな」
オンラインゲームだと横殴りとかハイエナ行為は嫌われるもんなぁ。この世界でもマナーの問題として気にしないといけないのは、報酬金額や素材の分配に関わるからだろう。
それに今戦っている人達が実は高レベルハンターのパーティで、あの大きな蟹を一瞬で切り捨てるかもしれない。
「助けはいりますかー?」
そんなのんきなことを考えながら俺は離れた場所から声をかけた。
「ここは俺に任せて逃げろ! 三人まとまってたらさっきみたいなことになって逃げられない!」
「バカ野郎! お前だけを置いて逃げられるかよ!?」
あれ? 騎士の人とドワーフの人が喧嘩してる?
「お前こそ大馬鹿だ! お前まで残ったら、誰がイリーを守るんだよ!?」
「くっ!? イリー逃げるぞ!」
「ドーフ離して! ナンシュも自分だけ犠牲になろうなんて考えないでよ!」
ドワーフの人がエルフの人を担ぎ上げて逃げ出したぞ。
あれ? もしかして、すっごいピンチなところに出くわした?
何かもう死亡フラグが次々に立っている気がするんだけど。
「そうだ! それで良い! ぐあああああ!?」
ぐちゃって嫌な音がする。
あ、騎士の人がハサミに押しつぶされた。
しかも、鎧はバラバラに砕け散り、赤い液体が辺り一面に飛び散ったぞ。
「「ナンシュー!」」
騎士の名前を残りの二人が痛ましい声で叫ぶ。
そんな二人に要塞蟹は開いたハサミを向けると。
ズドン!
「すまねぇ……ナンシュ……イリーを……守れなかった」
大砲でも発射されたかのような轟音とともに、蟹のハサミからレーザーみたいに水が放たれた。
そして、逃げた二人を貫くと、二人はドサッと砂浜に鮮血をまきちらしながら倒れて動かなくなった。
今のなに!? 蟹だよな!? 蟹型決戦兵器デストロイヤーとかじゃないよな!?
レーザーみたいなの撃ったぞ!?
あんなの倒せとか百万円積まれてもお断りだよ!
「ヨミさん気付かれる前にこっそり逃げない?」
「奇遇だな。同じ事を思っていた。というか、何あれ? おかしくね? ハサミから何かやばいのが出たぞ。クエストボードにあった説明と随分違うんだけど」
「あれはただの要塞蟹じゃないの……。魔力の詰まったマナタルという結晶を取り込んだ超魔導要塞ルナキャンサーだよ。さっきの水鉄砲もマナタルの魔力で発射した魔法」
「何そのヤバイ名前……。まさか変形して飛んだりしないだろうな?」
「えっと、変形と言っていいのか分からないけど……」
突然、目の前が影になると、リコレットがカタカタと震えながら立ち上がるんだって、と言う。
あれ? 何か急に陰ったけど……この影ってもしかして……。と思って二人で一緒に振り返ってみると、案の定だった。
「「立ったー!?」」
立った! 立ったよ!? 蟹がそびえ立ったよ!?
超魔導要塞蟹ルナキャンサーは、東京タワーとかスカイツリーみたいに足を四方向に伸ばして立ち上がっていた。
しかも、さきほどドワーフとエルフを貫いたハサミはこちらを向いている。
同時にズドンと音がした。
「危ねえ!」
キラリとハサミの真ん中が光ったが見えた瞬間、俺はリコレットを抱きかかえるようにして横に思いっきり飛んでいた。
程なくして、砂浜が爆発して大きくえぐれるほどの水鉄砲が放たれた。
今のはマジで死ぬかと思った。
というか、俺達が生きていたからか、蟹はまた俺達を狙ってきている。
多分、こうなったらどこまでも俺達のことを追いかけて来て、あの水鉄砲を撃ってくる。
逃げようと背中を見せたら、それこそこの蟹の思うつぼだろう。
「リコレット! 水棲の魔物は火と雷が弱点なんだろ!? あいつを焼き蟹にして倒すぞ!」
「む、無理! ルナキャンサーは魔法に弱い要塞蟹が魔法耐性をあげるためになった姿で、どんな魔法もマナタルの結晶に吸い込まれて無効化されちゃうの!」
「クソチートかよ!?」
「で、でも、武器に属性を付与した攻撃は効くから、私の魔法でヨミの太刀に属性を付与すればきっと攻撃が効くはず」
「マジか!? でも、あの水鉄砲をかいくぐって懐に飛び込むのか。あぁ、もう防具は無いし、最悪ゾンビアタックで――」
「大丈夫。今回はちゃんと閃光玉の予備があるから、私の合図でつっこんで」
おぉ、ちゃんと連携が考えられている。
初日に使えないとバカにしたことは後でちゃんと謝ろう。
さすが錬金術師、便利な道具とスキルがいっぱいだ。
リコレットは俺の腕から降りると、杖を取り出して詠唱を始めた。
「雷鳴よ。刃に宿れ。ライトニング・インストール!」
リコレットの魔法で俺の太刀にビリビリと青白い稲妻が走り出す。
すげぇ。これが魔法か! 何かファンタジー世界に来た実感が湧いてきてワクワクしてきたぞ!
「ヨミ、行って!」
そして、その合図で閃光玉が宙に放たれ、強烈な光が空中で炸裂した。
「シャアアア!?」
突然の閃光にルナキャンサーがよろめき、俺達に向けられていたハサミが明後日の方向を向く。
その瞬間に俺も砂浜を駆け抜け、一気に足下に飛び込むと太刀を振り抜いた。
雷を帯びた太刀は信じられないほどの速さで鞘から飛び出し、ルナキャンサーの足をスパッと切り裂いた。
スキルポイントで刀マスタリーと居合抜きを覚えて、攻撃力をあげたけどまさかここまで威力があるなんて思わなかった。
スキルポイントを振るだけで、ずぶの素人が一気に達人になるのだからマジ便利。
「さすがヨミ! そのまま切り倒しちゃえ!」
意外と楽に倒せるかもしれない。それに絶好のチャンスが近づいて来た。
なんと、ルナキャンサーがバランスを崩して、胴体部分がこっちに落ちてくる。
俺は抜刀攻撃の威力をあげる居合抜きを覚えたので、一度太刀を鞘にしまい込んでもう一度居合抜きの構えを取る。
さらに巨体をぶった切るためのスキルも発動させる。
「食らえっ! 真空切り!」
そして、思いっきり刀を振り抜くと蟹の腹を刃が切り裂き、その傷の中に風の刃と稲妻を送り込んだ。
その魔法の刃がバチバチと音を立てると、巨大な蟹は俺を避けるように真っ二つに引き裂かれた。
「おー、チート武器なくてもやれたな。しかも、レベルもあがったみたいだ」
ハンターカードからファンファーレが鳴っている。このカードはムダに演出がこっているなぁ。しかも、レベルが一気に五も上がって、十レベルになってる。
なんて感慨にふけっていたらリコレットがぴょんぴょん上を指さしながら跳ねていた。
「すごいよヨミ! A級指定種を倒しちゃった――って!? 上! 上ー!」
「ん? え? うわあああ!?」
さっさと逃げれば良かったんだけど、もう遅かった。
何と頭上に避けられない蟹味噌の雨が降り注いだのだ。
超生臭い!?
○
なんとか蟹の残骸から抜け出た俺にリコレットが手を伸ばしてくれる。
「あの、ヨミ、大丈夫?」
「あ、あぁ、酷い目に会ったけど、って、おい」
その手を取ろうとした瞬間、なんと手を引っ込められた。
「いや、その、ごめん。生臭い」
「……知ってる」
ちょっと泣きそうになった。
あぁ、早くお風呂に入りたい。