(幕間)銀髪坊ちゃんは走り出す
ルシアと一緒に旅をすることになった。
旅というだけでも嬉しいのに、優しくてかっこいいルシアと一緒なら、もっと楽しいはずだ!
昔から父さんの仕事の関係で、屋敷から出るのを止められている。出る場合は、護衛の人間を連れていきなさいって言われているけど、そんな人と一緒でのびのびと行動できると思う?
堅苦しくて嫌になっちゃって、最近は屋敷から脱走するのが日課になっていた。適当に一人でぶらぶらするのも楽しいけど、少し味気ない。
だから何となく出会った人を捕まえて、連れ回そうとしたけど、良さげな人たちはたいてい町の人。僕がグレイスラーの息子だって知っている人ばかりだった。
事情を知らない旅人は、厳つい男たちばかりでどうにも近寄りにくい。
今日も一人で人の目を気にしながら、町を回るか……と思っていると、ひょろっとした小柄な人と会った。どうやら旅人らしい。口調はぞんざいだが、素直に謝ったりと、どこか優しさも感じられる人だ。
一瞬、この人も自分を狙っている人間かと思ったが、泣いているのを見て、それはないと思った。優しい人間が自分を狙うはずがない。
そしてルシアの髪を見たとき、それは確信へ変わった。
顔をじっくりと見ると、とても可愛かった。お父さんの知り合いの女の子と何度か会ったことあるが、今まで見た誰よりも強く目を引いた。
女を泣かせちゃ、男として失格だ。
ルシアが笑顔でいられるように、僕は精一杯頑張って、町の中を案内することにした。
ルシアは旅の途中でここに寄ったらしい。交易の街だから、通り道にする人は多いよね。そしてまた旅立つという。とても残念だった。美味しかった料理の味を忘れるくらい。
それならルシアと過ごす時間を全力で楽しもう! 彼女の記憶の中に、いつまでも残るくらいに。
初めから終わりまで、ルシアは明るい顔で町中を見ていた。帽子を脱げば、もっと表情が見えるのにと思った。それを言おうと何度も思ったが、結局言わなかった。
お父さんから、人が他の人と違うことをする場合は、それなりの覚悟を持って行っていると言っていたからだ。
陽がだんだんと落ちてきた。そろそろ帰らないと、本格的に捜索部隊が出てきてしまう。
ルシアへのプレゼントを買って、それをあげてから別れよう。
そして渡したところまでは、よかったのだが……まさかのタイミングでさらわれてしまった。しかも男たちはルシアに危ないことをしようとしている。必死に止めるが、力を持たない僕は無力だった。ルシアの抵抗もむなしく、二人揃って連れて行かれた。
自分だけが痛い目にあうなら、別によかった。お父さんたちのきまりを破って出てきた罰だから。
でもルシアは違う。僕が巻き込んだんだ。ルシアだけは助けなきゃ……!
そう思ったけど、やっぱり力がない僕は叩かれるしかなかった。
悔しい。ルシアが泣く姿をもう見たくない。
誰か――と思ったとき、黒髪の男が険しい表情で部屋の中に入ってきた。誘拐犯の仲間の襟を持ち、ぞんざいに壁に叩きつける。
「ルシアはどこだ」
とても低く、聞く人を震わせる声。この人、相当怒っている。
彼に向かって部屋の中にいた男たちが、拳をかかげて襲っていった。それをあっさりとかわし、背中を両手で叩く。素手では危険と悟った男が短剣を出すが、それを握っている手首を持ちながら、背負い投げされていた。
つ、強い。こいつはなんだ……!?
そいつは僕をちらりと一瞥して、椅子と一緒に縛っていた縄を、奪い取った短剣で切ってくれた。
「キース、こいつを頼む」
後ろから金髪碧眼の男が息を切らせて入ってくる。
「了解。お願いだから殺さないでね。事後処理面倒になるからさ」
「殺さないようにしているから、剣を抜いていないだろう」
「いや、お前の力強すぎて、素手でも充分殺せるから」
その言葉には頷ける。床の上で悶絶している人を見れば、一目瞭然だからだ。
黒髪の男はルシアがいる奥の部屋に行き、激しい音を立ててから、小柄な少女を抱えて出てきた。無事でよかったとほっとしたが、自分は何もできず、この男にあっさりと救出されたことが、どことなく悔しかった。
そして事件発生から翌日、僕はお父さんに呼び出された。
帰ってきたときは怒られなかったので、一晩たって落ち着いたところで、怒られるのだろう。おずおずとしながら部屋の中に入る。
「リオ、お前はルシア嬢とは仲がいいのか?」
「いいんじゃないかな? 一日話していても、飽きなかったし」
「そうか。彼女は旅の途中だと言うが、どこに向かっているか知っているか?」
「たしか西にあるクロース村って言っていたよ。知り合いがいるんだってさ」
お父さんの目が軽く見開いた。何か言ってはいけないこと、言ったかな?
「なら、おそらく彼女は断らないだろうな。――実はリオ、お前を一時的にこの屋敷から遠ざけることに決めた」
「え……!?」
初耳だ。むしろ、しばらく屋敷から出られないと思っていた。
「以前から言っているように、私の利権や金を狙う者が周囲に溢れている。これからは、それを狙って、お前をだしに使おうという人間も多くなってくるだろう。……一気に事業を拡大したツケだ、迷惑かけてすまない」
「いや、今回の事件は、僕ももう少し気をつければよかったことだから……」
「それでも根本的な原因は私にある。そこで今後も迷惑をかけると思い、いっそのことお前をこの町から離れさせた方がいいと思ったんだ。――クロース村の神殿に、私の親戚の男性が勤めている。神殿は争いを禁止している不可侵な場所だ。そう簡単に侵入してこないだろう」
「つまりここよりも安全だから、そっちに行けってこと?」
「そういうことになる。こっちには友人もいるだろうし、心細くなるのはわかっているが……」
「いいよ、行くよ」
即答すると、お父さんは驚いていた。
別にこの町がとびきり好きというわけではない。親しい友達もいないし、勉強も家庭教師をつけて、仕方なくやっている。この環境を維持したいとは思わなかった。
むしろ新しい世界にでたい。
「その村なら自由に遊んでもいいんでしょう?」
「実際の村の状況にもよるが、たぶん大丈夫だろう。そこに住んでいた人に聞くと、子どもたちは外でよく遊んでいると言っていた。人の出入りも多くない村だから、不審者も入りにくいだろう。それと竜の加護がある関係で、闇獣の被害もない」
「なら決まりだね。どうやって行くの? 馬車でも走らせてくれるの?」
「クロース村まではいくつか危険な箇所も通るから、護衛を雇って、馬で移動してもらうことになる」
「護衛……?」
「お前を助けてくれた冒険者ギルド所属の二人と、ルシア嬢に頼もうと思う」
「ルシアも!?」
思わず前のめりになると、お父さんは表情を綻ばした。
「ああ、彼女が承諾してくれればな。まあ、彼女もクロース村に行くと言っていたのだろう、おそらく断らないはずだ。……ギルドの二人の実力は確かなものだった。依頼もきっちりと請け負っているし、聞いている限り好印象の青年たちだった。それから判断して、あの三人ならお前に任してもいいと思う。どうだ、リオ。あとはお前の意見だけだが?」
外に出るだけでなく、ルシアとまた一緒に時間を過ごせるとは!
絶対に一緒に行くよう、説得してみせるぞ。
ただ……、他の二人が一緒なのはちょっと嫌だった。たくさんお喋りできないじゃん。でもルシアの身の安全を考えると、しょうがないか。今はお前たちに護らせてやる。
「僕はいいよ、お父さん。あの三人はとても強くて、頼りになりそうだから」
そしてどきどきしながら、出発の朝を迎えた。
なんと乗馬で行くらしい。動き安さを重視したそうだ。
僕、乗ったことがないだけど、大丈夫?
「リオ君は交代で乗せていこう。初めは……ルシアさんでいいかな?」
ズボンをはき、露出の少ない服を着て、帽子をかぶったルシアは軽く頷いた。馬に乗れる女の人ってあまり聞いたことがないのに、さらに他の人も乗せられるの!?
可愛いだけでなく、やっぱりかっこいいんだな、ルシアは。
キースとかいう男に馬に乗らされると、その後ろにルシアが飛び乗った。手綱を手に持って、僕のことを挟んでくる。あれ、やけに近くない……?
「ルシアさん、やっぱり僕のところにリオ君を乗せようか。ラッセルが変な顔しているし……」
「大丈夫だ。ただし戦闘になったら、攻撃はそちらに任せることになるだろうが……」
「むしろ逃げてもらった方が、こっちとしてはやりやすい。子どものおもりは任せたぜ」
ラッセルが素っ気なく言うと、ルシアは鼻で笑い返した。
「そう言っていると、ラッセルの背中が狙われそうになったとき、助けないぞ?」
「お前にオレの背中を護るなんて、百年早い。せいぜいそいつを道端に落とさないよう、気をつけろよ」
……僕、完全にお荷物扱いだな。事実だから否定しないけど。
それにしてもこの二人、ルシアとやけに馴れ馴れしい。僕と出会う前から会っていたらしく、どこか先を越された感があった。
でも、ここからルシアとの交流を深めればいいんだ。
キースを先頭にして、町から離れていく。その後ろを僕を乗せたルシアの馬が走り出し、ラッセルの馬が後を追った。
初めて出る、外の世界。
少しの不安と楽しみをまじえながら僕は走り出した。