(幕間)金髪青年の思惑
この前はとても素敵な出会いがあった。華麗に弓を射る姿、女性なのに並の男よりも勇ましい言動をする人と、ある資産家の護衛の道中で会ったのだ。
ぱっと見では、女とは断定できなかったが、近くで行動している姿を見れば、すぐに断定できた。
よく見ると意外に可愛い。少しからかってやろうと思い、酒を飲ませてみた。結構飲めるかと思ったが、すぐに酔っぱらってしまった。今にも眠りそうな勢いだった。
ここまで無防備な女の子も珍しいな。せっかくだから酔っている勢いで聞き出してしまおうと思い、ラッセルを追い払って、ルシアちゃんに聞いてみた。
なぜ男の格好をしているのか――と。
とろんとしていたルシアちゃんの目が元に戻り、険しい目で見てきた。
やっぱり地雷だったか。
それでも聞きたい欲は止められなかった。
聞いて欲しくないことをあえて聞いていく。しかし彼女はすべて答えなかった。
空気が重くなってきた。このままだと店を飛び出して、一人でどこかに行ってしまうぞ。
可愛い部類に入る少女に、お金を渡せないまま町の外に出してみろ。危ないおじさんに捕まって、何をされるか考えたくもない。
さて、どうするか……と思っていると、ラッセルがうまい具合に水を持ってきた。
適当なことを言っているが、こいつ、全部聞き耳をたてていただろう。
鈍感馬鹿とルシアちゃんには言っておいたが、あいつの観察力はすごい。特に他の人間への追及は、僕でも感心するくらいだ。
絶対に彼女の性別は見抜いているだろう。それなのに、まったく追求していなかった。
気になったら調べたくなる自分の性格とは真逆の少年。見守ることを第一にしているこいつが、たまに羨ましかった。
なんとかルシアちゃんをそれなりに高い宿屋に泊まらせて、僕たち二人は少し古びた宿屋に戻った。剣を磨き始めた相棒にぽつりと言う。
「ラッセル、ルシアちゃんのこと気にならないの?」
「本人の前でちゃん付けするなよ、キース。あいつなら絶対に怒る」
「自分の方がわかったような口の利き方するんだね。もしかして、町に来るまでにそんなに親密な関係になったの!?」
ラッセルの手近にあった本が投げられ、額に命中した。
「アホか。話していれば、隠しているのは明らかにわかるだろ。そこを抉るようなことを、オレはしねえよ」
額に手を当てながら、くすりと笑みを浮かべる。
「お前、口調とは裏腹に紳士面するよね。やっぱりルシアちゃんのこと気に入ったんだ!」
再度本が投げられるが、それは落ち着いて手で捕まえた。
「他人に触れたくないものを誰でも抱いているさ。……キースも知りたがりなのはわかるが、あまり抉りすぎると完全に拒否されるぞ。そういう行動をした結果、いったい何人の女と別れた?」
ラッセルは僕にはきついことを平気で言うんだよね。思いっきり心を抉っていますよ。
たくさんの女性と付き合ったし、振られたのは事実だけど、その一部は情報を得るためにした行為でもあるんだよ。
ラッセルのように自分の寿命と引き替えに力を得る代わりに、僕は自分の感情を殺して情報を得ている。
僕にとって情報は何よりも大切なこと。
それを得るためなら、平気で自分を偽れる。
本をラッセルのベッドの上に置き、僕は自分のベッドの上に飛び乗った。
「明日はどうする? お金は結構あるから、仕事は探さなくていいと思うよ」
「久々に町の探索でもするか。剣もだいぶ痛んできたし、消耗品系の武器もないだろう? 闇獣がたくさん出てきたら一日持つくらいの量だろう」
「他人の武器事情までよくわかっているね。じゃあ明日はご飯食べたら、武器防具屋に行こう」
剣を主体としているラッセルと違って、僕は消耗品である飛び道具を主として使っている。攪乱用に煙幕もまくし、爆弾だって材料さえあれば作れる。
それが底を突きかけているなんて、他人の事情をどこまで正確に把握できているんだよ。
見た目以上に慎重な男だな。不測の事態が発生して、何かが起こることを極端に恐れている。
お前、僕と出会うまでは、一人で適当にギルドに出入りして、仕事を受けていたって言っていた。ギルドの経歴をちょこっと見たが、そこまで危険視するような仕事は請け負っていなかったはずだ。
つまりギルドに入る前に、何かあったと言うこと。そこまで敏感になるような、何かあったっていうのか……?
翌朝、僕もラッセルも内心予想していたように、ルシアちゃんの姿が武器防具屋の中にあった。矢を選んでいるらしく、一番安いのを手に取っている。腕は確かだと思うけど、その矢だと君の良さが最大限に発揮できないよ。
それを指摘したが、彼女は受け入れようとはしなかった。
貧乏性だな。これから向かう場所によっては、今の自分の行為が首を絞めることになるぞ。
何気なく行き先を聞いてみると、西と言われた。
なんと偶然。僕たちも西に向かっていた。ラッセルが竜神の神殿を見て回りたいなんて言うから。せっかくだから一緒に旅でも……と言おうと思ったら、彼女はさらりと矢を購入して出て行ってしまった。
「キース、また何か聞き出していたのか」
ラッセルがため息を吐きながら寄ってくる。
「ちょっとした助言と、どこに行くのか聞いてみただけだよ。――僕たちと同じ西だって」
「西って、西にも色々なところがあるだろう」
「そこまでは聞けなかったな。――ねえ、ラッセルはどこに行きたいんだっけ?」
「……最終的にはクロース村に行きたい」
その後、ルシアちゃんとグレイスラー当主の息子さんが誘拐される事件が発生。
昼間に二人で仲良く歩いているところを僕たちは目撃していた。その時にもう少し注意を払ってやればよかったとラッセルは悔いていたが、今はそんな時ではない。
僕が張れる情報網を駆使して、急いでアジトを調べさせた。
息子さんは身代金の要求がきているようだから、おそらくぎりぎりまで殺されはしない。
しかしルシアちゃんはどうだろうか。
誘拐現場で殺されておらず、帽子が残っていたことを考慮すると、奴らは彼女を女だと判断して連れ去ったはずだ。得体のしれないたくさんの男たちが女を囲めば――辱める可能性がおおいにあった。
一刻も早く駆けつけないと、彼女の心に大きな傷が残ってしまう。紳士である自分としては、それはどうしても避けたい。
幸運にも比較的容易にアジトは探しだせた。その周囲において目を光らせながら、僕たちは自警団の到着を待つことになった。だが、アジトの中から大きな音を聞こえるなり、ラッセルが飛び出していた。
おいおい、中に何人いるかわからない状態でつっこむか!?
いくら力に覚えがあると言っても、馬鹿だろう!
心の中のつっこみはおいて、仕方なく僕も突入することにした。
大変有り難いことに、人は多くなかった。ラッセルが単身で男たちを沈めてくれたおかげで、僕は男たちの行動を完全に封じることに徹することができた。縄で手足を縛り、眠くなる薬をかがしたり。
中央にある部屋で、縄を切られた銀髪の少年が僕に駆け寄ってきた。
「ルシアが、ルシアが!」
次の瞬間、奥の部屋から何かが床に叩きつけられる音が聞こえてきた。
それを聞いて、僕は少年の頭を軽く撫でた。
「もう大丈夫だよ。後先考えない、馬鹿男が助けに行ったから」
「よかった……」
表情は和らいだが、少年は手をぎゅっと握りしめていた。どことなく悔しそうに見える。
あれ、もしかしてその年齢で、女の子を護りたい欲が出てきちゃっている?
意識を失ったルシアちゃんの膝と上半身に腕を入れて、彼女を横抱きをしながら出てきたのを見た少年の表情は面白かったね。
安堵と悔しさ、そして嫉妬が入り交じっていた。罪な女だよ。
上半身の前の部分は、ラッセルの上着がかけられていた。それを見て軽く眉を潜ませる。暴行のあとはあるが、他に激しく衣服が乱れていないところを見れば、未遂……だったのかな。
ラッセルが神妙そうな顔つきでルシアちゃんを見ているから、ちゃちゃを入れ損なってしまったよ。
それから間もなくして応援が来て、無事に事件は解決した。
その後は独断と偏向で動いたから、自警団の人たちに怒られてしまったけど、リオ君が必死に止めてくれたおかげで、お咎め程度で済んだ。
さらに彼は意外と頭が回る子で、父親にかけあって、今回の事件をギルドに依頼したとして、報酬はそちらを経由して僕たちに渡してくれたのだ。
その計らいは大変有り難かった。冒険者ギルドは僕たちにとって、自由に金を引き出せる場所。住まいを持っているものなら、お金を金庫にでも入れておけばいいが、流浪の旅をする者にとって使わない金は、ただの足かせにしかならないからだ。
そういう細かい手続きもあり、さらに自警団から詳細を聞く必要があったので、目を覚まさないルシアちゃんのことは、ラッセルに任せておいた。
オレが傍にいるのか……!? と眉間にしわを寄せて言われたが、僕がこれからこなす雑務の内容を言うと、渋々承諾した。
まあ、ラッセルならできるだろうけど、僕の方がもっと時間を短くしてできるんだよね。
それに――心がぐらついているルシアちゃんを見て、何もしないという保証ができなかった。
勝ち気で、健気で、真っ直ぐ前を見据えている少女。
気を張っているが、どこかもろい女の子。
同じように西に行くのなら、一緒に行こう。僕たちが護ってあげるよ。