1‐6 流れ者が歩む道に(1)
「どうしてそんな顔をしているの?」
赤い髪の少女がベッドの側で、悔しそうな表情をしている中年の男性に向かって問いかけていた。少女の髪はぼろぼろ、右頬は赤く、全身いたるところ内出血ができていた。
男性は少女を見ると、沈痛な面持ちで軽く頭を撫でる。
「護りきれなくて、すまなかった。危険な目に合わせないという条件で村から連れてきたのに……」
少女は小さく首を横に振った。
「叔父さんのせいじゃない。私が勝手に叔父さんの後に付いてきただけだよ。それに大丈夫。叩かれたりして痛かったけど、本当に危ないことはされていないから。きっと助けに来るって信じていた。だから私は耐えられたよ」
「ルーシャン……。俺はお前にも、お前の父親にも、一生頭が上がらないな」
「お父さんも、いつも叔父さんには世話になっているって言っていたよ。そういうの、お互い様って言うんでしょ」
そう言うと、二人で小さく笑い合った。少女はそっと手を伸ばし、叔父の手を軽くつついた。
「ねえ、叔父さん。私、このままだとずっと叔父さんに護られっぱなしになっちゃう。それは嫌なの。だから――教えて、自分の身を護る方法を」
叔父がいつも使っている弓矢に視線を向ける。何年も使い続けた弓は手の垢が付いて綺麗ではなかったが、使いこまれているのを感じさせるものだった。
「弓と――接近戦でも耐えられるように、体術と簡単な剣術を」
「護身のためなら、体術だけで――」
「いつかあの人に会いに行きたいの」
叔父の言葉を遮って、少女はきっぱり言い放った。彼の目が丸くなる。
「だから最終的には、旅ができるだけの力を付けたい」
揺るぎない想いを持って叔父を見返すと、彼は自分の頭を軽くかいた。
「絶対に自分の意見を曲げない兄貴とそっくりだ。止めても無駄なんだろう?」
「じゃあ……!」
少女が笑みをこぼすと、叔父は腕を組んでしっかり頷いた。
「教えてやる、かつて冒険者ギルドで名を馳せた、ジョージル・デビッドが直々にな」
それが今から三年前、私が十四歳の出来事だった。
一年半は鍛錬に明け暮れた。そして、その後準備をし、十六歳になってから数週間後に、その町から叔父と共に旅立った。
* * *
重く閉じていた目をゆっくり開ける。淡いクリーム色の天井が広がっていた。昼間なのか、窓から光が射し込んでいる。それを目を細めて見返した。
そして気だるさが抜けた体をゆっくり起こすと、赤い髪が顔にかかる。同時に何かが床の上に小さな音を立てて落ちた。
「服……?」
それに顔を近づけようとすると、部屋の角から現れた一人の少年と視線があった。彼は一瞬ぎょっとした表情になったが、すぐに視線を下げながら落ちた服を拾い上げてくれた。
「ラッセル……?」
「……大丈夫か、ルシア」
視線をあわせず聞かれる。
彼のその言葉で、意識を失う直前の出来事を思い出す。首下に触れると、ガーゼが貼られていた。さらに胸元を見て、顔を赤くしながらとっさに布団でそのあたりを隠した。
「……見てねえよ」
「顔を赤くしてその台詞を言われても、説得力がない!」
ラッセルの頭を一発叩くと、彼は頭を抑えながら下がった。
「くそっ、見た目と違って力が強いなんて、詐欺だ」
「うるさい!」
ぴしゃりと言い放つと、ラッセルは口をとがらせてシーツの上にある服を示した。
「服酷いから、とりあえず着るものを用意しておこうと言ったキースが買っておいた。それを着て、少しは落ち着いたら、廊下に顔を出してくれ。あの後のことを話したい」
「わ、わかった……」
そう言うと、ラッセルは逃げるかのように足早に部屋の外に出て行った。彼の足音が遠ざかったのを聞き届けてから、部屋の鍵をしっかり内側から閉めた。
そして渡された服を広げる。淡い桃色のワンピースだった。
「おお、ルシアさん、可愛い!」
「やっぱり一応女だったか……」
「二人とも、今度その台詞を言ってみろ。三日は起きないくらい、叩き潰してやる」
拳を固めて言うと、キースは笑い、ラッセルはそっぽを向いていた。
真に受けていないな、この連中。いつか痛い目にあわせてやる。
スカートを着たのは、叔父に護身術を教えてと言った日以来だから、約二年ぶりだ。ひらひらした服はどこか落ち着かなかった。
廊下の端にある休憩室の椅子に腰をかけていたキースは、両手を合わせた。
「ごめんね、あとで服屋に行って、新しい服を買ってあげるから。今はそれでしばらく我慢して。ルシアさんの体型わからなかったから、何でも誤魔化せるワンピースにしたんだ」
「そういう意図があったのなら多少は許す。あの服では出歩けないからな。――まず始めに礼を言う。ありがとう。私ではリオを助けられなかった」
頭を下げると、キースは立ち上がり、近くに寄ってきた。
「話、長くなりそうだから、部屋でしたいんだけど、いいかな?」
頷いてから、私はキースとラッセルを連れて、宿で借りている部屋の中に戻っていった。
私はベッドの上に腰をかけ、キースは備え付けの椅子に、ラッセルは私から離れたところのベッドの一角に腰をかけた。
「まず話を始める前に、先に伝えておくよ。リオ君は無事だ。君が体を張ってくれたおかげで、彼に危害が加えられなかったみたいだ。今は自分の屋敷に戻っている」
「そう、よかった……」
一番気がかりな部分を先に言ってくれて、ほっと胸をなで下ろした。最低限のことはできたようだ。
やがてキースは座り直してから、順を追って説明をしてくれた。
「さて、話を始めよう。――リオ君を狙っていたのは、彼の父親が持つお金目当ての人間たちの仕業だった。彼を誘拐し、身代金を要求したくて、機会を狙っていたらしい。それに気づいていた彼の父親は、彼が外に出るときは、常に護衛を遠くから付けていたんだが、今回は途中で撒かれたようだ」
「私のせいだ。……悪いことをしたな」
「いや、リオ君は逃げるのが日に日に上手くなっていたらしいから、ルシアさんがいたとか関係なしに、いつかは撒かれる恐れがあったんだよ。むしろ君が一緒の時でよかったと言っていた」
それは護り抜ければ、の話だろう。
軽く視線を下げると、髪が垂れてきた。それを無造作に後ろに払う。
「さてその後、夜になってもリオ君が帰ってこないのに心配したご両親たちが、自警団に秘密裏に事情を伝えて、町中を捜索し始めたんだ。たまたま僕たちが自警団の詰め所に顔を出しているときで、仲が良かった人に事情を話してもらって、それを手伝うことになった。そして――裏路地でこれを拾った」
差し出されたのは、私がいつも被っている帽子と、リオから渡されたバレッタが入った包み紙だった。キースはそれを私の膝の上に乗せてくれた。
「子ども一人の誘拐だと、少し捜索は面倒だった。子どもなんて、それなりに大きい袋に入れてしまえば、持ち運びできるから。でも、幼い子どもと、ある程度成長した少女も一緒なら、話は変わってくる。適当なリヤカーでも使わないと、荷物として運べないからね。そこから比較的早くアジトを割り出すことができたんだ。応援を待ちたかったけど、ラッセルが勝手に行くから……」
キースが口元に笑みを浮かべてラッセルを横目で見る。彼は腕を組んで、視線を外に向けた。
「誘拐事件は時間が勝負だ! あれくらいの量なら二人で充分だろう!」
「あの程度で済んだからよかったけど、倍の人数いたら、さすがにやばかったよ? 中にいる人の数も確認せずに行くなんて、よっぽどルシアさんのことが心配だったんだね」
ラッセルが眉をひそめて振り返ってきた。
「てめえだって、待機しようって言いつつも、そわそわしていたじゃねえか!」
「はいはい、話を戻しましょう」
キースは手を叩いて、さも何事もなかったかのように視線を戻した。
私はふとある疑問点を思い浮かべた。
「なぜ誘拐されたのが私だけでなく、リオも一緒だとわかった?」
「町の中で楽しそうに話している姿を見たからだよ。この町に来て間もないルシアさんだけだったら、あんな道通らないだろう。あの近くには彼の屋敷があった。彼が通り抜けている最中に、二人して襲われたんじゃないかって思った。そして性別もばれたから、連れ去られたと判断したんだ」
「……その通りだな。とりあえず女なら遊べるって判断したみたいだ。男は馬鹿だな。女なら誰でもいいのか」
自嘲気味に呟くと、キースは眉間にしわを寄せて、その上に指を置いた。
「……ルシアさん、自覚がないようだから、客観的な意見を言わせてもらう。君、着飾れば、すごく綺麗なお嬢さんになるよ」
「……は?」
思わず怪訝な表情になる。
「肌綺麗だし、目もぱっちりしているし、髪にツヤだってあって、整った顔しているし。胸はないけど、どことなく色気もあるし?」
片目をぱちくりして、私を見てくる。なぜかその様子が腹にたって、近くにあった帽子を投げ付けた。キースは軽々と受け止める。
「はは、最後の方は冗談。まあ最初の方は本当だよ。気をつけてね、変な男を寄せ付けないように」
「鼻からそのつもりだ。だから男の振りをしているんだよ。一人旅しているときに女に見られたら、犯される」
ぼそっと呟くと、キースの目がすっと細くなった。赤い毛先を見ながら口を開く。
「私が十四歳の時、ある町で誘拐された。町で催し物があった日で、少し背伸びした格好をしていたんだ。そしたら変な男たちに連れて行かれてな、動かないよう痛めつけられたあげく、服を脱がされそうになった。だが直前で一緒に住んでいた叔父に助けてもらった。だから、犯されるところまではされなかったよ」
静かに笑みを浮かべて空気を和らげようとするが、二人の男の表情は固まったままだった。
「それから弓に体術、剣術など、護身用のものから、旅に必要な技術まで教えてもらった。そして叔父と共に旅に出る直前に、思い切って髪を短く切ってもらったんだ。少しでも女である厄災を防ぐためにな」
髪を切って、と言ったときの叔父の顔を今でも覚えている。苦悶の表情で、鋏を受け取ってくれた。
ラッセルがちらりと長くなった髪を見てくる。
「お前、今は髪、長いよな……」
「ああ。切ってくれる叔父は、数ヶ月前に他界してしまったから。私もそこまで器用ではない。仕方なく髪を隠して行動している」
「そうだったのか……、なんだかすまん」
「いや、隠してもバレることだから」
くすっと笑ってから、深々と息を吐いた。
「今回は教えてもらったことが役に立たなかった。これからはもっと気を引き締めて、行動しないとな」
「ねえ、ルシアさん。そのことについて提案があるんだけど……」
キースが腰を浮かせて口を開く。
「何だ?」
「僕たちも西に――」
キースの言葉を遮るかのように、部屋のドアが軽く叩かれた。
彼が方向を変えて歩き、ドアを開けると、高そうな身なりをした男性が立っていた。
「ルシア嬢はお目覚めに?」
「はい。今はその後のことを話している最中です」
「では話が終わったら、屋敷まで来ていただきますか? グレイスラー様がお三方に話があるそうです」
会話を聞いた私とラッセルは思わず視線をあわせて、お互いに首を傾げた。
何だろうか。まさか子どもを連れ歩いた罰でもされるのだろうか……。




