1‐5 赤髪少女と銀髪坊ちゃん(2)
リオは幼いながらも気を使って、接してくれていた。彼の頭にあう帽子を購入した後に、早々に昼食を食べようと提案して食べたことで、気分が良くなったのもあるだろう。
彼に紹介してもらった料理屋はとても美味しく、特にデザートが一品だった。丸い真っ赤な果実をくり抜き、その中に甘い蜜を入れて、くり抜いた果実を形状を整えて入れてあるものだ。甘い果実の味がよく引き出されている。甘い物をゆっくり食べるなど、何か月ぶりだろうか。
リオもにこにこした表情で食べており、彼のお気に入りの店を紹介してくれたのだろうと思った。
「ねえ、ルシア。ルシアって他の町から来たの? どこ?」
果実を頬張りながら聞いてくる。私は目を細めて、ぼんやりと村を思い浮かべた。
「ここから遠い村だ。馬で何か月かかるかわからないくらい、遠いところだ」
「そんなところから、この町に来たの?」
「この町はたまたま立ち寄っただけだ」
「じゃあ、どこに向かっているの?」
純真無垢な目で見つめてくる。彼に本当のことを言っても、害はないだろう。
「――さらに西にあるクロース村だ。そこに向かっている」
「クロース村……?」
グラスを持ち、水を飲んでから、小さく笑みを浮かべた。
「ファーイ国の村ではないから、知らなくて当然だろう。小さな村と聞いている。そこに知り合いがいるらしく、その人に会うために向かっている」
「そうなんだ……。すごいね……」
リオが感嘆した表情で言ってくるが、私はさっと首を横に振った。
「時間をかければできることさ」
「ねえ、どんなところに旅したの? 教えてよ!」
少年は笑顔で身を乗り出してきた。十歳くらいなら、冒険心がくすぐられる時だ。
あまり面白い話は持っていなかったが、町村の特色程度であれば話せるだろう。彼には歩きながら、少し話をすることに決めた。
マルカット町は流れ者の私でも、違和感なく溶け込むことができた。リオという地元の少年に案内されているとあってか、久々に町の風景を楽しめている。
今まで一人で旅をしてきたときは、気の休まることがなかったため、必要最低限の出入りしかしなかった。人通りが少ない村なら尚更だった。
町中を歩き回り、夕刻近くになった頃、楽しそうに話しかけてくるリオが、ある店の前で立ち止まった。女の子向けの小さな雑貨店だった。
「入るかい?」
こくりと頷かれた。そして彼はいそいそと中に入った。
同年代の女の子に贈り物でもしたいのか、彼は雑貨類を眺めている。私もそれらの雑貨をざっと眺めた。煌めく石がついた腕輪やペンダント、髪留めなども売られている。彼はじっと私のことを見上げてきた。
「なんだ?」
「何でもない」
そして彼はピンク色を基調としたバレッタを手に取って、売場に持って行った。
「ガールフレンドにでもあげるのかい?」
店員のおばあさんが、ゆったりとした口調で話しかけてくる。彼はそれを否定するかのように、全力で首を横に振っていた。
その様子を見て、くすりと笑う。
おいおい顔が赤いぞ、少年。図星じゃないか。
代金と引き替えに包まれた物を受け取ると、リオはそそくさと雑貨店から出て行った。そして振り返らず、ずかずかと歩き始めた。その様子を微笑みながら眺める。
再び裏路地に入ると、突然振り返って、先ほどの包み紙を突き出してきた。
「世話になったから、あげる」
「……はい?」
本日二度目のぬけた声を上げてしまう。顔を真っ赤にしたリオがさらに手を突きだして、私の手を取って無理矢理握らせてきた。
「だからやるって! お前の髪留め、色褪せていたぜ。少しは綺麗なのを留めろよ!」
「見えないから、いいじゃないか……」
「いいから受け取れって!」
ぐっと体を押されて持たされると、リオは背を向けて、裏路地を突っ切り始めた。それを慌てて追いかける。
「僕の屋敷はこの先だ。ここを抜けたら、お別れだからな」
「そうか……、残念だな」
「本当?」
リオが顔を明るくして振り返ってきた。頷こうとした瞬間、彼の背後に迫っていた人物を見て、大きく目を見開いた。
すぐさま飛ぶようにして彼の前に出て、右足でその人物の腹を蹴り飛ばした。
全身黒づくめ、顔はわからないよう、つばの長い帽子をかぶっていた。うまい具合に腹にのめり込んだのか、男はうずくまったまま動かない。
「大丈夫か!?」
振り返ると、リオは体を震わせながらも、しっかり頷いた。ほっとしていると、すぐにリオの顔が強ばった。
「ルシア、後ろ!」
声に促されるように再び体を移動しようとしたが、その前に後頭部に激しい衝撃が加わった。為す術もなく倒れる。意識がぼうっとし始めた。
「ルシア!」
リオが泣きそうな声で叫ぶが、誰かに口を押さえられたのか、くぐもった声しか聞こえなくなっていた。
「――こいつ、どうします?」
「顔を見られたかもしれないから、殺るしかねえ」
黒づくめの男の仲間が私の頭をがしっと掴み、顔を向かされた。怪訝な顔をした男は、顔を近づけると小さく口笛を吹いた。そして帽子を乱雑に脱がされる。
「女だぜ。しかも結構いい顔してやがる」
「ほう、どれどれ?」
数人いた男たちがじろじろ見てくる。誰もがにやけた表情をしていた。
辛うじてある意識を保ちながら、思い切って目の前にいる男を蹴り上げる。見事男の顎に当たり、のけぞった。頭から手が離れる。
しかし次の瞬間、別の男から激しく頬を叩かれた。勢いよく地面の上に倒れる。
「痛っ……!」
「少し誉めたからって、いい気になるなよ、この女!」
のけぞった男に顎をきつく持たされた。
「あとでゆっくり遊んでやるよ。威勢のいい女は好きだぜ」
そして次の瞬間、後ろ首に手刀が落とされた。視界は暗転し、私はそのまま意識を失ってしまった。
* * *
「ルーシャン、ごめんね」
「どうしたの?」
幼い私が隣にいる薄茶色の髪の少年を見上げている。赤色の髪を二つに結っている姿は、ちょうど彼と別れた時の髪型だった。
「ごめんしか言えないんだ、ごめん」
「それじゃあ、わからないよ。ねえ、どうして……泣いているの?」
私は少年の頬に流れる涙をそっと拭ってあげた。それをされた彼は、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「大好きだよ、ルーシャン。だからこそ……ごめんね」
意味が分からなかった。ただ彼の温もりの中にいるときは、もっとも幸せな時間でもあった。
* * *
昔の思い出……か。
いなくなってしまった前日の幼なじみとの会話。あの時点で彼は私の目の前から消えることをわかっていた。にもかかわらず、別れの言葉も述べずに去っていった。だから、その日の出来事が、いつまでも心に残っていた。
重く閉じていた目をゆっくり開けると、横に見えるドアが視界に入ってきた。バレッタを奪われたのか、赤い長髪が頬にかかっている。手足を縛られており、体の自由はきかなかった。
皮肉なものだ。女だとわかったから、殺されなかった。あれだけ隠したいと思っていたもので、命を救われるとは。
だが、これから待ち受けることを考えると、いっそ殺された方が楽だったかもしれない。
「リオ……」
楽しい時を過ごしていた少年の顔を思い浮かべる。古書店の店員の話から、どこかの資産家の息子である彼が、誰かに狙われているのはわかっていた。
だからこそ護衛と思われる人たちは、必死に彼を捜していたのだ。その彼らを撒いたのを手伝った結果、この仕打ちである。
自分の身はどうなってもいいから、彼だけは逃がしたかった。
扉が音をたてて開かれる。目映い光が目の中に入ってくると、目を細めた。
「起きたか、女」
にたにたと笑みを浮かべた男が近づいてくる。彼の顎が赤く腫れていた。蹴り上げた男のようだ。そいつが膝を屈伸して、のぞき込んでくる。
逃れたいが薬でも飲まされたのか、けだるかった。
「女はよ、大人しくしていればいいんだよ」
「……うるさい」
ぼそりと呟くと、頬をぎゅっと捕まれた。
「何もできないのに、口答えするのか?」
「触れるな、下衆野郎」
男のこめかみがぴくりと動いた。手を離され、床に顔が叩きつけられる。男はおもむろにナイフを取り出し、ナイフの腹を頬に当ててきた。ひんやりとして、不気味なくらいに冷たい。
「いい度胸だ。少しは恐がれよ」
切っ先が目の前で揺られる。軽くつばを呑んでから、歯を食いしばった。
次の瞬間、ナイフによって服の前方が縦方向に切り裂かれる。下着が見えただけでなく、白い肌もかすかに露わになった。
切り裂いた男は、じろじろと胸のあたりを覗いてくる。
「見た目通り、胸は小さそうだな。まあ、肌は綺麗そうだし、少しは楽しめそうだな」
手で体を転がされ、床に仰向けになる。必然的に胸のあたりも開いてしまう。
部屋の中に入ってきた他の二人の男たちも、にたついた表情で見てきた。
ああ、だから性別をバラすのが嫌だったんだ。
女だからといって、襲ってくる馬鹿な輩がいるから。
「やめろ、お前らの狙いは僕だろう! その人には手を出すな!」
リオが声をあらげるか、叩かれたのか乾いた音が隣の部屋の中に響いた。
「子どもがヒーロー面するな。お前が本命、あっちはついで。お前が一緒に行動しなければ、あの女はこうなることはなかったんだぜ」
「だから、あの人には――」
再度乾いた音が響く。
「うるさいガキも嫌いだ。――おい、身代金の受け渡しはどうなっている?」
リオの側にいた男性が、途中で部屋に入ってきた男に向かって話しかけてきた。そいつは腰に手を当てながら口を開く。
「明日の昼に、金貨二千枚用意しろと伝えてある。大富豪様のガキだ、簡単に容易できるだろうよ」
「わかった。――じゃあ、てめえら、明日の朝まで自由時間だ。ガキの見張りだけはきちんとしておけよ。あとは勝手に好きにしていろ」
男がこまねくと、腰に手を当てていた男を呼び寄せた。肩をすくめて男は出ていく。そしてもう一人の男も呼ばれ、そいつはご丁寧にもドアを閉めていった。
部屋の中は、蹴り上げた男と私だけが残る。その男が持ってきたランプの火だけが、唯一の光源となった。
「さて、長い夜の始まりだ」
歯を見せながら、男が胸に手を伸ばす。抵抗したいが、体が動かなかった。
せめて感情だけは殺そう。男たちがつまらない女と思われるように――。
その時、急に閉まったドアの先が騒がしくなった。男は舌打ちをして立ち上がり、小さくドアを開く。
「お前、何者だ!?」
外から驚いた男の声が飛び込んでくる。
「――雇われ者だ。子どもと女を返してもらう」
聞き覚えのある声だった。低めでぶっきらぼうな声――ラッセルだ。彼のことを思い浮かべると、少しだけ目が開いた。
「ギルド野郎か。金をぶら下げれば、何でもやる奴ら」
男は歯をぎりっと噛みしめると、私の右腕を持って、窓の側まで引きずり出した。
「面倒なことになる前に、ずらかってやる」
閉じられていたドアが、外にいた人間の足によって、勢いよく開く。男は私を起きあがらせると、首回りに手を回してナイフを突きつけた。
拳を固めたラッセルの眉間に、しわが寄っている。彼が一歩近づくと、ナイフが少し食い込んだ。
「来るな! この女がどうなってもいいのか!」
「三流じみた台詞を吐くと、いいことねぇぞ」
さらに一歩近づくと、男のナイフによって首に一本の線が走った。
「そいつを放しな。この忠告に従わなかった場合、手加減しない」
「そっちこそ三流台詞吐いて、後悔――って、あちっ!」
男が何かに気を取られて、私を腕から離した隙に、ラッセルは男の胸元に入り込んだ。
「馬鹿が」
男の腹に深々と拳が入れられる。のけぞった男に対し、両手で背中を叩き、床に着く前に、膝で蹴り上げた。そして首根っこを掴むと、壁に向かって叩きつけた。ラッセルが男の首から手を離すと、そいつはずるずると床に横たわった。一瞬の間に、完膚なきまでにやられたようだ。
ほっとしていると、両手の縄を解かれ始めた。
「ラッセル……」
「喋らないでいい。その様子だと薬を飲まされただろう。最近流行っているんだよ、女を連れ去り、薬を飲まして、襲うっていうのが。オレも何度か摘発に乗り出したことある。……闇獣のせいで外に出られないで鬱憤たまっている人間が、そういうことを起こすらしいぞ」
両足の縄も解かれると、視線を向けられた。ラッセルの目が見張る。そして彼は上着を抜くと、私の胸元にかけてくれた。
「リオっていう子どもは、キースが助けている。だから安心していいぞ」
その言葉は妙に説得力があった。胸の中から恐怖が消え、徐々に鼓動が治まっていく。ラッセルは部屋の中に入ってくる男たちの気を失わすだけで、決して傍を離れなかった。
ただの馬鹿じゃなかったなと思いながら、私は意識をそこに沈めた。




