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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第1章 交易の街の冒険者ギルド
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1‐4 赤髪少女と銀髪坊ちゃん(1)

 翌朝、今後の旅をする上で必要な物資を買い漁ることにした。マルカット町は今まで通ってきた町村よりも人通りが多く、流通も激しいためか、全体的に物価が安かった。キースとラッセルから多めに金をもらったかいもあり、だいぶ余裕を持って買い物ができそうだ。

 今日も帽子を深く被り、少し厚手の服を着て、お金と護身用の短剣を持って宿を後にした。今晩もここに泊まってから、明日にはここを立つつもりだった。

 大通りを歩きながら、武器屋を探していく。矢の補充がしたかった。

 時折、可愛らしい装飾が売っている店の前を通ったときは、思わず足を止めそうになったが、速度を落とすだけで、その場をさっさと去っていた。

 やがてがっちりとした体格の男が出入りしている武器防具屋を発見する。周囲に軽く目を向けてから中に入った。

 店内は、短剣から長剣、ハンマーや槍、盾や鎧まで、たくさんの種類の武器や防具が置いてあった。その中の隅にある、弓が飾られている場所に向かった。

 まずは矢を何本か見比べる。羽の感触がいいものは、より遠くに飛びそうだが、その分値段が高かった。所詮、消耗品。安く、大量に購入できるものに限る。

「――少しくらい、お金かけた方が威力でるよ?」

 後ろから囁かれるように言葉をかけられた。びくっとしつつ振り返ると、軽く手を挙げている金髪碧眼のキースと目があった。ラッセルは剣売場のところで、長剣を見比べている。

「矢は矢だろう。私が何を選ぼうが勝手だ」

「そうだね。君の弓の腕は上手い部類に入るから、たいていの矢ならなんなく射られるだろう。でも、それで仕留めるのはまた別の話だ」

 キースは私が戻そうとしていた矢を横からそっと取った。

「この矢の先端は、殺傷能力が高い石で作られている。そっちの安い矢で闇獣相手に射った場合、表面を刺さる程度だろうが、こっちならあたりどころがよければ、内蔵まで刺せる」

「目であれば、どちらでも射ぬけるだろう。私には私の主義がある、横からとやかく言わないで欲しい」

 きっぱりと言い放つと、キースはきょとんとしていた。すると小さく笑い始めた。

 気に入らない。人の言葉で笑い出すなど。

「何だ、その態度は」

「ごめん、悪かった。自分の意見をしっかり持っているのは、いいことだよ。――ねえ、これからどこに向かうつもり? 場所によっては強くこっちの矢を薦めるよ」

 この人は、なぜそこまで私のことを気にしてくれるのだろうか。

 ラッセルとは一緒に移動していたため、共にいる時間は彼よりも長かったが、探るような言葉は一切出てこなかった。戦いの仕方、弓の扱いなど、戦いに関することだけしか、話さなかった。

 安価な矢を一本見ながら、仕方なく端的に答えた。

「西だ。知り合いがそこにいる。基本的には街道を通って移動する」

「西……か。奇遇だね、僕たちもそっちに向かっているんだ」

「そうか。またどこかで会うかもな。その時は邪魔しないよう気をつけるさ」

 矢を売場に持っていって、まとまった本数を頼んだ。用意するのに、少し時間がかかるということなので、夕方来ると伝えて足早に店を後にした。

 店の中で待っていても良かったが、キースに変に探りを入れられそうで嫌だった。

 今まで出会った男性の中では、紳士の部類には入るだろう。しかしその笑顔の裏に何か隠されているかもしれないと思うと、迂闊に仲良くなれなかった。

 古書店か食事処に行こうと思いながらぼんやり歩いていると、右横から飛び出てきた少年と正面衝突した。あまりの勢いに、左の方によろめいてしまう。

「何だ……?」

 衝突した少年は反動で尻餅を付いている。綺麗な銀色の髪に、薄い緑色の瞳の少年だ。服はかなり質のいいもの着ている。十歳を少し過ぎたくらいの、お坊ちゃんか。

「いてて……」

「大丈夫か、少年」

 彼の目の前に手を差し出すと、少年は目をぱちくりとしてから手を取った。

「ありがとう」

「いや、お礼を言われる筋合いはない。むしろ謝らなければ。私がよそ見していなかったら、ぶつかることもなかっただろう。……急いでいたようだが、大丈夫か?」

 立ち止まっている少年を見て、ぽつりと呟くと、彼ははっとした表情になり、とっさに私の手を握ってきた。そして軽く走り出す。

「君!?」

「追われているんだ、ちょっと匿って!」

「匿ってと言われても、私はこの町の者ではないし……」

「じゃあ、とりあえずどっかの店に入るよ!」

 そう言うと、少年は少し進んだところにある古書店に入り込んだ。

 本を読んでいた古書店の店長が、ちらりとこちらを見た。だがすぐに本に視線を落とす。気にも留めていないようだ。

 少年は成人した男性の背を軽々超える本棚の間を通りながら、真っ直ぐ奥に向かう。

 手を振り払いたかったが、子供にしては強く握られていて払うことができなかった。

 一瞬、目の前の光景が幼い頃の自分と被る。

 私よりも二歳上の幼なじみを引っ張って、森の奥へと進んでいく光景と――。


 好奇心旺盛な私を抑える形で、穏やかで心優しい彼はいつも一緒にいてくれた。無茶なことをしても、一緒に行ってくれる。怒られるときも隣にいてくれた。

 いつしか一緒にいるのが当たり前だと思っていた。

 だが、ある日を境にして、彼は一線を引いてきた。その日に何があったかは、まったく覚えていない。

 理由を問いただしても、無言で首を横に振られる。周囲に聞いても、誰も口を開いてくれない。

 やがて朝目覚めたとき、彼はいなくなっていた。


「ごめん、痛かった?」

 少年が手を離し、目を丸くして見上げてくる。私は目の違和感に気づき、すぐに手を触れた。うっすらと涙が流れた跡が残っている。その跡を慌てて拭った。

「すまない。昔のことを思い出しただけだ」

「嫌な……思い出?」

 音量を抑えて聞いてくる。静かな古書店の中ということを、考慮しているのだろう。見た目よりも彼は聡い子なのかもしれない。

 私は気持ち軽く帽子を深く被った。

「嫌というほどではない。ただ少し寂しくなっただけだ」

「……寂しいから泣くの、わかる気がするよ」

 少年の表情に陰りが見えたのを、見逃さなかった。そんな彼の頭に軽く手を乗せた。

「さて少年、追われていると言ったな。危ない人に追われているのなら、自警団がいる詰め所か、冒険者ギルドに助けを求めるのが妥当だと思うが?」

「少年じゃない、リオだ」

 しっかりと主張する姿は、子供だからと思われたくない一心なのだろう。

「わかった、リオ。どうしてだ? ここだと――」

「し、静かにして!」

 再びリオに手を引っ張られて、本棚の中央に移動し、体を屈めた。

 入り口付近から、会話をしている男たちの声が聞こえてくる。

「今さっき、十歳くらいの銀髪の少年は来なかったか!?」

「残念だが来ていない。子どもがこんなところに来ると思うか?」

「正直に言ってください。嘘をついていたら、グレイスラー様が黙っていませんよ?」

「本当に来なかった。さあ行った、行った。これからが面白いところなんだ、この本は。邪魔したら、ただじゃおかないぞ」

 古書店の店員が声を低くして言い放つと、男たちは渋々と追い出されていった。店の中は再び静かになる。

 ほっとしていると、足音が近づいてきた。身構えたが、リオがさっと手を出して、それを制した。先ほどの古書店の店員が顔を出す。

「リオ、また父親に黙って屋敷を脱走したのか?」

「別に僕がどこに出かけようがいいだろう」

「はっきりと言おう。グレイスラーさんの心を痛めさせたくない。早く戻ってくれると有り難いのだが」

「……わかった。もうここには来ないから安心して。他を当たる」

「リオ……」

 店員は左手で眉間に寄ったしわを抑えていた。

「なんだよ、少しくらい遊んでもいいだろう。どうして父上に全部指図されなくちゃいけないんだ。僕だって、もう一人で考えて行動できる!」

 口を尖らせて言い放つと、リオは店のさらに奥に向かって歩き始める。うなだれている店員を見てから、私はリオを追いかけた。

 奥に行くと、一枚のドアが立ちはだかった。リオはそのノブに手をかけると、外の様子を伺いながら、ゆっくり開いた。そこは裏路地だった。

 リオに続いて、私も路地に足を付けると、閉じかけたドアから店員が顔を出す。

「リオ、くれぐれも気をつけて行動するように。君を狙っている人はこの町には多いから。……そこの人、リオに連れ回されているようですまないが、適当なところで屋敷に戻すよう促してくれ」

「僕は戻らない」

 リオがきっぱり言い切るが、店員は無視して続けた。

「ああ言っているが、遊び疲れれば夕方には帰るって言うから安心してくれ。――おっと珍しい。客が来たようだ。じゃあなリオ、今度は本を買ってくれよ」

 店員が手をひらひらと振ってから、ドアを閉めていった。

 リオが彼を一瞥してから、裏路地を歩き始める。その背中を見て、私は手を腰に当てて、小さくため息を吐いた。

 もはや乗りかかった船である。坊ちゃんを護るために一緒に行動してあげよう。無事に送り届ければ、もしかしたら報酬ももらえるかもしれない。打算的な考えを抱きながら、銀髪の少年を追った。

 少し歩いたところで、リオがくるりと振り返ってきた。

「名前は?」

 見下されないよう、背筋を伸ばして聞いてくる。その姿がどこか可愛らしくも見えた。十歳くらいの少年とは、大概大人びた発言をしたがる。

「ルシアだ」

「よし、ルシア。ちょっと付き合ってもらうからな。僕だけだと、町の中をうかうかと歩けないから」

「わかった。なあ、もしよかったら、町の中のことを教えてくれないかい? 来たばかりだから、どこにどんな建物があるかわからないんだ」

 逆に頼まれるとは思わなかったのか、リオはきょとんとしている。すぐに腕を組んで、どっしりと構えた。

「しょうがねえな。リオ・グレイスラーの観光案内は高くつくが、今日はおまけしてご飯くらいで許してやるよ」

「よろしく頼む」

 ふとリオの視線が、私の視線のやや上に向かれた。

「その帽子、僕が被ってもいいか?」

「……え?」

「この髪、地味に目立つんだよ!」

 変装したい、というわけか。その気持ちはよくわかるが、私としてはその申し出を受け入れるわけにはいかなかった。

 軽く首を横に振ると、リオが口を尖らせる。

「なんでー? 何か隠したいものでもあるのか?」

「ああ……」

「わかった……」

 進みだそうとしていたリオだったが、すぐに翻して、隣にあった箱に軽々と飛び乗った。そして帽子のつばを掴まれる。

「まっ……!」

 止める間もなく、帽子が脱がされた。バレッタに留められた赤い髪が露わになる。それを見たリオは緑色の瞳を大きく開けた。

「お、女……!?」 

 私は髪を手で押さえて、半歩後ずさる。そして鋭い目で見返した。

「返しなさい……」

「あ、うん……」

 低い声で言うと、リオはあっさりと帽子を返してくれた。長い髪がきちんとしまわれるように、深々と被る。

「ごめん……」

「別にいいよ、帽子を返してくれれば」

「……どうして髪を隠すの?」

「世の中には、女だと不利なことがたくさんあるんだよ」

 髪の長さだけが、女だと判断する部分ではない。体の作り、胸の膨らみ、その他の部分を見てもわかることだろう。

 そして同時にわかっている、いつまでも少年を演じられる年齢でもないということを。

 それでもあの地に無事に辿り着くまでは、どうにかして隠し続けたかった。

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