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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第4章 空神殿が佇む村
39/40

4-8 歩き出した道(1)

「お前、これからどうするんだ?」

 むすっとした表情のラッセルから出された言葉は、私の足を止めさせるには充分なものだった。

 赤い髪をすっきりまとめ上げ、野菜を入れた籠を持っていた私は、それを見ながらぽつりと呟いた。

「どうしよう」

 体に魂が戻ってから一週間、なかなか調子が戻らなかったが、ようやく日常生活に支障がない程度に体調は戻っている。野菜を切り、料理をするくらいなら造作もなく行えた。

 ラッセルたちも一度は死にかけた身なので、しばらくクロース村に滞在して、様子を見るという。

「オレはそろそろこの村をでる。金もなくなってきたから、ギルドに行って補充したいからな」

「そう……、ラッセルはギルドの人なんだものね」

 地面に視線を向けて、ぼそりと呟く。

 彼らはリオをクロース村に送り届けるという依頼を受けたために、私はウォルトに会いに行くために、ここに来た。

 お互いの目的が一致したから、今までは共に行動していただけだ。

「グレイスラーさんはギルド所属ではないお前にも依頼を出したから、あとで報奨金は分けることになる。ただ額がわからないと、進まないからな……」

「私にお金なんて……。散々迷惑をかけたのに、それは……」

「迷惑掛け合った同士だろう。気に病むことねぇよ。――なあ、ルシア」

 ラッセルが真っ直ぐ見据えてくる。いつもよりも真剣な眼差しを送っていた。

「もしお前にやる気があれば、ギ――」

「あ、いたいた、ラッセル!」

 リオが腕をぶんぶん振って駆け寄ってくる。ラッセルはこめかみをぴくぴくと動かしながら、睨みつけた。

「リオ、てめぇ……!」

「なに、どうしたの?」

 きょとんとしているリオは、ラッセルに怯えもせずに、彼の服を引っ張った。

「エルカットさんが火竜について知りたいって言っていたよ」

「この前話さなかったか?」

「今度は歴史的な内容だって。興味を持ち出すと止まらない人だから、諦めた方がいいよ」

 そう言って歩き出すと、ラッセルは渋々と少年に付いていった。

 彼らの後ろ姿を見ながら、まるで歳の離れた兄弟みたいだと思った。なんだかんだ言って、ラッセルは面倒見がいい。おそらく彼の師匠の娘さんにも、そのように接していたのだろう。



『竜神創造会』によるクロース村への強襲後、彼らに関してはキースがうまく言いくるめて、村から追い出していた。

 幸いにも彼らはこの村に来た目的と襲った事実の記憶が消されていたため、悶着を起こすことなく引き取ってもらえた。闇獣を呼び出していた青年だけが、不思議そうな表情をしていたが、察せられる前に村から出している。

 一方、火事に見舞われた村民たちのその時の記憶も消えていた。建物も何事もなかったかのように、形を保って佇んでいる。

 私たちが体験した生死をかけた戦いが本当にあったのだろうか……と、疑ってしまいそうなほど、何も変わっていなかったのだ。

 だが風景や周囲の人々の記憶がそうだとしても、私たちの記憶の中ではあの時のことが鮮明に残っていた。

 ラッセルも自分が刺されたことをはっきり覚えていると言っている。すぐ傍で聞こえた鈍い音、そして自分から血が流れ出る感覚は、未だに覚えているらしい。

 アルフィーさんも毒矢に刺されて、じわじわと自分の体を蝕まれているのを体験したと言っている。時間は短いが、かなりの痛さだったため、死を覚悟したと言っていた。

 一部始終を見ていたリオは、惨状を思い出すと、時々食欲がなくなり、しまいには吐き気すらしていたらしい。多感な時期の少年には、あまりにも刺激が強すぎる出来事だった。

「どうして私たちは覚えていて、彼らは覚えていないのかしら」

 私は隣で並んで歩いているキースに対して、思わず言葉をこぼしていた。

 ラッセルと別れた後、金髪の青年と合流した私はとぼとぼと歩いている。質問をされた彼は、少し黙ってから口を開いた。

「時竜から見て、あの事件は僕たちが覚えておくべきだと思ったから、記憶の改ざんをしなかったんじゃないかな」

「人を選んで記憶をいじったと言うこと?」

「あの竜なら、それくらいできるよ。――もし何もなかったことにしたら、ルシアちゃんは前に進めず、立ち止まったままだろう? 僕たちも今回の事件を通じて、色々と学び、感じることがあった。無かったことにしたら、だいぶ損していると思う」

 経験というのは、何ものにも代え難いものだ。それを時竜は見据えて、私たちの記憶をそのままにしたのかもしれない。

 時竜は私とウォルトの体に魂を戻した後、針が動かない懐中時計を残して、消えてしまった。空神殿に竜が降りたのに、結局はまた竜がいない神殿に戻ってしまったのだ。

 そもそも時竜は居場所をもたない、とても自由な竜と言われている。クロース村のように空神殿で祀っているところもあるが、懐中時計などの小さな物に祀られていることもあり、この地に来れば会えると断言できない存在なのだ。

 逆を言えば、呼び出せばどこでも来てくれる可能性がある竜でもある。それを知っていたルシアの生まれ故郷の村長たちは、時竜を呼び出したと考えられた。

 懐中時計を握りしめてみるが、特に変化はない。これはただのお守りと思って持っていた方が良さそうだ。

「ルシアちゃん、いいかな」

「何?」

「これからどうするつもり? ウォルトさんのところでお世話になるの?」

 私が立ち止まると、少し進んでキースも立ち止まった。彼の顔を見て、軽く首を傾げる。

「どうだろう……。ウォルトだってウォルトの生活があるし、私も自分の生き方があるし……」

「でも君は彼に会いたかったから、ここに来たんでしょう? 少しは自分勝手に振る舞って、彼と一緒にいたら?」

 青空にうっすらと赤みがかかっていく。

「私が彼に会いたかったのは、半身のせいだと思う。私たちを繋ぐ背中に描かれたものは消えてしまった。彼と一緒にいる理由なんてない」

「そうなの? てっきり半身とか関係なく、いつまでも一緒にいたい相手だと思っていた」

「違うと思っている。たぶんウォルトのことは、昔は淡い想いを抱いていたかもしれないけど、今は……ちょっと違う」

「そうなんだ。じゃあ――」

 キースが目の前に近づいてくると、私の顎を手にとって顔を上げてきた。

「僕にも勝ち目はあるんだね? ルシアちゃんにとって、僕はいったい何だい?」

 その状態のまま彼は何もせずに、私の返事をじっと待っていた。まじまじと見ると、彼の碧眼は透き通るような綺麗な青さだった。

「キースは大切な仲間。そしてとてもよく頭が回る、頼れる人間。私のことよくからかっているけど、それだけでしょ?」

 そう言うと、彼はため息を吐いて手を離した。

「出会った頃の接し方をもう少し真面目にしておけば良かった。……僕がいつまでも一緒にいるって言っても、駄目?」

「どういう意味?」

 きょとんとして言い返すと、彼はがっくりとうなだれて歩き出した。

「鈍感なんだね。わかったよ、ルシアちゃんのことは、これからは特別な感情を抱かないよう、接するから」

「どういう意味?」

「もういいから。さあ行こう」

 肩を落として進む姿を見ると、首を傾げてしまう。最近は彼の手の早さには慣れてきたが、まだまだわからない部分もあるようだ。



 今晩はエルカットさんの家で皆で食事会だ。その準備をするために、裏にある井戸から水をとってくる。意外に重労働のため、気合いを入れて桶の上げ下げをしていた。

 すると薄灰色の髪の青年が寄ってきた。彼は私から井戸の縄をとると、滑らかに下まで降ろしていった。そしてあっという間に上げてくる。

「今日の料理は何ですか?」

「シチューです。新鮮なミルクが手に入ったので、きっと美味しくなりますよ」

「それは楽しみです」

 手持ちできる水桶にたっぷり水を入れると、アルフィーさんは率先して運び出した。私は彼の前にいって、家のドアを開けて中に通す。

「ありがとうございます」

 中に入り桶を置くと、彼は軽く汗を拭った。これだけの水の量を一度に運んだのだから当然のことだ。私だったら何度か分けて行っている。

「助かりました。これですぐに料理にとりかかれます」

「いえいえ。他に何か手伝いましょうか?」

「大丈夫です。時間は充分ありますので、こらくらい一人でどうにかなります。アルフィーさんは調べ物でも引き続きしていてください」

「そうですか、わかりました」

 アルフィーさんは頭を下げてから、背を向けて歩き出した。だが途中で止まり、少し間を置いて振り返ってくる。

「ルシアさん、僕、これから色々なところを回りながら、竜と人間たちの関係について調べたいと思っています。自分の加護がなくなった影響も知りたいので」

「それがわかったら、私も安心できます。とても素敵な題材だと思いますよ」

「ありがとうございます。そこで調べ物が中心になると思うのですが……」

 一拍置いてから、彼は意を決して言ってきた。

「一緒に行きませんか?」

 アルフィーさんの頬が仄かに赤く染まっている。頑張って言っているのは明らかだった。

 とても魅力的で、素晴らしい調べ物だと思う。未来にも大きく影響しそうなものだった。

 だが私は頭を下げていた。

「すみません」

「……謝らないでください。無理を承知で言ったのですから」

「いえ、お誘いくださったのに……。魅力的な内容ですが、私、学問に疎いところがありまして。きっとその内容に賛同して、同行してくださる優秀な方がいると思いますので、その人と一緒に頑張ってください」

「ルシアさんだから誘ったんですけどね……」

「はい?」

 ぼそぼそっと呟いた内容を、私はよく聞き取れなかった。

 彼は首を横に振って、一歩下がる。

「いえ、何でもありません。では夕食、楽しみにしています」

 そう言って、アルフィーさんは外に出て行った。

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