4-7 守護者達の願い(2)
キースが言ったとおり、神殿の外には先ほどまで私たちを苦しませ、傷つけていた男女が横たわっていた。ラッセルが用心して近づき、赤髪の男の腰に下げている剣を取っても、起きる気配はなかった。
「眠っているというより、僕たち以外の時が止まっているみたいだね」
ラッセルは男たちの顔をじっくり見てから立ち上がる。そして入り口から一番近いところに立っている金髪の青年に向かって言葉を投げた。
「……二人を外に連れてくるか」
「そうしよう。そこに転がっている人たちが引きずったことで目を覚ます可能性もゼロではないからね」
再び中に戻ると、ラッセルがウォルトの体を背負い、キースが私の体を背負ってくれる。彼らが私たちの体に触れると、途端に顔が曇っていた。
「冷たい……」
呟かれた言葉につれられて、私は自分の腕をさする。冷たさも温かさも、何も感じられなかった。
外に出ると、合わさっていた二つの月が少しずつ離れようとしていた。
私たちを神殿の外に寝させると、ラッセルはリオに下がっていろと指示をする。彼はそれに従うかのように、そっと離れて、神殿に背を付けた。
「さてラッセル、どうやって事を起こすの? 竜の加護を持っている人たちを集めただけでも、何も起こらないよ?」
「なあ、この男はどうやって竜を呼び起こしたんだ?」
ちらりとウォルトを見ると、キースは唇に指を当てた。
「口づけ。ルシアちゃんが宿で気が狂いそうになったときも口づけしたでしょ? たぶんそれが一番お互いに影響を与えやすいんだろうね」
ラッセルが頬をほんのり赤くして、視線を逸らした。
「なんなら僕がしようか?」
「……いや、加護持ちじゃない奴がそれやったら危険だろ」
腰を下ろして、ラッセルは私の体のすぐ横に座った。
月が二人を照らし出す中、彼は私の顔を上げて、そっと唇を塞いだ。
すると私の体の中に熱い何かが流れ込んでくる。火傷しそうな熱さだ。
「ルーシャン、大丈夫?」
竜の上に乗っていたウォルトが、苦しそうな表情で胸の辺りを握りしめている。私は彼に近づこうと時竜の背中を張っていくが、手に力が入らなかった。
それでも何とかしてお互いに進みあい、ちょうど竜の背中の真ん中で手と手を握りあった。
――火竜の力が無理矢理入れ込まれたようです。とても乱暴なやり方ですが、今の状況では最善の方法かもしれません。
時竜が私たちを見ながら呟いた。
――まだ熱いですか?
頷くと時竜は突然背筋を伸ばした。その影響で竜の上の方にいた私は宙に投げ出される。落ちるかと思ったが、ウォルトがとっさに私の手を取ってくれた。足をぶらつかせた状態で、私はどうにか落下を免れている。
彼は険しい表情で、私を片手で支え、もう片方の手で竜の背骨に指を食い込ませていた。
彼の負担を減らすために、私は空いている手で竜の体に手を伸ばそうとしたが、空を切るばかりだった。
「ルーシャン、絶対に離さないで。僕が引っ張り上げるから!」
しかし無常にも、彼の手から私の手は滑り落ちようとしていた。
冷静に考えれば、一人の人間の手で二人の人間を支えるのは無理がある。ここでウォルトを巻き添えにしてはいけない。
私は握られている手をよじると、あっという間に彼と手が離れた。
ウォルトが目を丸くしている。彼を見ながら私はその場に落ちていった。
* * *
床に激しく叩かれると覚悟したが、あるところで唐突に止まった。
おそるおそる瞑っていた目を開けると、視界は一転していた。
草原の中に家々が並んでいる。穏やかな風が草花を揺らしていく。その中を私は足を地面に付けて立っていたのだ。
「ここは……?」
呆然と突っ立っていると、私の目の前を赤髪の少女が横切っていった。彼女は少し進むと立ち止まり、私の方に振り返ってくる。薄茶色の瞳、感情のない表情――ウォルトが去った直後の私とそっくりだった。
彼女は何もいわずに、目だけで私に訴えてくる。そしてある建物に向かって歩き出した。
「ちょっと……!」
少女は振り返ることなく進んでいく。私も彼女の後を追って歩き出した。
周囲に広がる風景に見覚えがあった。人気はないが、建物の様子や位置からして、おそらく――私とウォルトが生まれ育った故郷。
黙々と進んでいた少女は、ある建物の前で止まった。その屋敷にも覚えがある。私とウォルトが村長さんたちに呼び出されて、地下へと連れ込まれた屋敷だ。おそらくここで時竜を封印されたと思われる。
少女は私のことを垣間見てから、中に入り、地下へと降りていった。それに倣うようにして地下に降りると、小さな部屋に飛び出た。その部屋の中心には、丸い円が床に書かれている。
「――ねえ、ルーシャン」
少女が振り返って、私を見上げてくる。
「貴女はここで起こった本当のことを覚えている?」
「本当のこと?」
「なぜ時竜が貴女たちに封印されたか、わかっている? 理不尽な大人の都合だと思っているの?」
「……わからない」
それが正直な言葉だった。
最近まで時竜が封印されていることすら知らなかった身だ。記憶が薄らと蘇ったとはいえ、あの当時のことを鮮明に思い浮かべることはできない。
だが、幼い頃の私たちにされたことなのだから、おそらく私たちの意志ではなく、村の大人たちがおおいに関わっていると思われる。
少女は深々とため息を吐くと、手で拱き、円の中心に来るよう促してきた。そこへ移動すると、突然たくさんの人の声が耳の中に入ってきた。
『この子をよろしくお願いします。この子が長く生き続けるために』
『ああ、わかった。必ず成功させよう』
女性と老人の声が響いていく。
『本当にすみません。私たちの勝手なお願いのせいで、迷惑をかけることになってしまい……』
『いいですよ。彼女が生きられるのなら、これくらい。僕でいいのなら、任せてください』
男性と少年の声が聞こえてきた。
『さあ、早くしましょう。このままではルーシャンは死んでしまうんでしょう?』
ウォルトのはっきりとした声が聞こえると、その他のざわめいていた声は小さくなっていった。
再び静寂が戻る。
ばらばらだった記憶がすべて繋がった。
私は円の中心に手を触れた。じんわりと冷たさが伝わってくる。
「……思い出した。私、病気だったんだ。十歳まで生きられるかどうかわからない、それくらい体の弱い子だった」
いつもウォルトが傍にいてくれたのは、私の両親にでも頼まれたのだろう。病弱な娘に万が一のことがあったら、すぐに知らせてもらうために。
赤髪の少女は、私の目の前にすっと立った。
「あの日、ルーシャンという少女は死の淵をさまよった。それから助け出すために、両親は村長にかけあい、時竜を使うことで少女の死への進行速度を止めるよう頼んだ。けれども少女の年齢や体力からして、時竜を単身で受け止めることは不可能だった。そこで半身として選ばれたのが――」
「ウォルトだった」
私の言葉に対して、少女は頷く。
「彼は進んで半身を引き受けてくれた。ただ、お互い傍にいると、封印が解けてしまう可能性が高くなってしまう。時竜にとって封印されるのは望んでいないことで、解除しようという動きに出てくるから。それを阻止するために、彼は物理的な意味で貴女と離れることを決めた」
私の後ろまで歩いてくると、彼女は背中越しから言ってきた。
「つまり貴女の目の前から消えたのは、すべて貴女の為だった」
少女はまっすぐ歩き、天井近くに空いている穴から射し込んでくる光を見つめた。
「今、貴女が体に魂を戻しても、生きられる保証はない。だって貴女を支えていた時竜の封印が解けてしまったから。……それでも戻るの? 彼らが再び悲しむかもしれないのに? 彼らの努力が水の泡になるかもしれないのに?」
話を聞いた限りでは、少女の言うとおりだった。今の私の体が動けるという確証はない。
しかし、魂である私には妙な自信があった。
昔よりも心身ともに強くなり、旅を通じて多くの人と出会い、様々なことを経験し、会いたいと思っている人たちがいるから――ある言葉を口に出すことができるのだ。
私は立ち上がり、少女の背中を見据えてはっきりと言った。
「私は絶対に死なない」
「魂ではそう言っても、体がもつかどうかはわからない」
「生きたいと思えれば、きっと生き続けられると思っている。気の持ちようで、体はどうにかなる。……かつての私はただ流されるがままに生きてきた。生きるも死ぬも、身を委ねているだけだった」
少女はゆっくり振りむいてくる。そして薄茶色の瞳で私の瞳を射抜いてきた。彼女の視線に負けずと、はっきり言い切った。
「だけど今は生きたいと強く願っている。私のことを大切にしてくれる人たちと生きるために、そして新しい未来を見るために、絶対に死ぬわけにはいかない!」
言い切ると、部屋の中に言葉が響いていった。
その余韻が引くと、少女はくすりと笑みを浮かべる。
「やっと言った」
「……え?」
「ようやく自分の意志を持って、前に進み出すのね。彼に会いたいがために旅をしてきた貴女はもう終わり。自分の時が進み出す――」
急に視界がぼやけてくる。少女は私に近づいてくると、背伸びをして両手で頬に触れてきた。
「さようなら、これからの私。時竜につながれた命、すべての竜からもらった命、無駄にしないで」
周囲が輝き出す。そしてあっという間に私の視界は光で包まれ、意識がぷつんと途切れた。
* * *
ゆっくり瞼を開けると、青や赤、緑や橙など色鮮やかな光が一点ずつ輝いていた。数えると全部で七色ある。虹色とは言えないが、それに匹敵するくらい美しいものだった。
「ルシア……?」
私の頭の後ろに腕を回していた少年が、目を丸くしている。私が左手を上げると、彼は握り返してくれた。人の温もりが直接伝わってくる。
「ラッセル……」
ぽつりと呟くなり、少年は私を持ち上げて抱きしめてきた。
「よかった、生き返ったんだな……」
「私、どうなったの?」
「他の竜の力を借りて、時竜を呼び起こしてもらった」
腕を緩め、彼は七色の光に視線を向けた。一つだけ一際大きい光がある。時竜の体の色とよく似ていた。
「なかなか大変だった。代償もそれなりだったしな」
ラッセルが左腕を掲げる。彼の腕に付いていた赤色の腕輪がなくなっていた。
アルフィーさんも自分の左腕を差し出してくる。同じように跡形もなく、なくなっていた。その代わり、彼の手には粉々に砕かれた腕輪の残骸があった。
「俺たちを含めた、この場にいる人たちの竜の加護がすべてなくなった」
周囲を見渡すと、炎を振りかざしていた赤髪の男や、ラッセルの体を貫いたやや緑がかった灰色の髪の男、闇獣を召喚していた藍色の髪の青年、そして金髪の少女がぐったりと横たわっている。その加護を受けていた四人の左腕の下にも、粉々の腕輪が床に落ちていた。
「何とかなるもんだな」
ラッセルがしたり顔をして、再び抱きしめてきた。彼の肩に顔を乗せていると、にやついているキースと目があった。
「死人を蘇らすなんて、正直無理だと思っていた。でもこいつがさ、肉体から魂が離れただけだから、どうにかできると言いきったんだ。心臓止まっているし、体は冷たかったのに……今は動いているんだよね」
ラッセルが体を離すと、キースがしゃがんで頭を撫でてきた。
「駄目だよ。女性があんな無理しちゃ。こっちの立場ってものをわかってくれよ」
「ご、ごめん……」
「まあ君だから許すけどね」
手を離すと、今度は横からリオが飛びついてきた。泣きじゃくった表情で顔を見上げてくる。
「よかった、生き返って。僕が弱かったから、いろいろと迷惑かけて、ごめん……」
「リオは弱くない。短剣を突きつけられても、泣かなかったでしょ」
戦うだけが強さではない。敵に対して怯んだ表情を見せないだけでも、それは一つの強さなのだ。
リオに抱きつかれた状態で、アルフィーさんがにっこりと笑みを浮かべてくれた。
「ルシアさん、ありがとう。僕の加護を解き放っていただき。加護があるのもよかったですが、やはり寿命が縮むのは怖いです」
「逆に加護が抜けた反動とか出てくるんじゃないですか?」
「あるかもしれませんね。それは追々わかってくることですよ」
「怖くないんですか?」
自分のせいで、また多くの人に迷惑をかけてしまった。
もしそれが命に関わることであったら、私は――
「明日の自分がどうなるかなんて、わからないものですよ。ルシアさんはもっと自分を大切にしてください」
温かい言葉が私のことを包み込んでくれる。
先に目覚めていたウォルトが傍に座ると、私のことを優しく抱きしめてきた。
「体に異常はない? 時竜の封印がなくなっても、体は大丈夫?」
「今は大丈夫。……ウォルトは私のために、ずっと離れていてくれたのよね。ありがとう」
「お礼を言われることは何もしていない。酷い言葉を発して、君を突き放した。ごめん、本当に……」
「いいの。すべて過去のことだから」
そう、もはや過去なのだ。
体が弱く内気な私は、命を繋いだあの日から新しい人生の道を歩きだした。
その道で出会った皆に護られ、助けられ、また新たな道を進みだしたのだ。
何度お礼を言っても足りない。それでも言わなければ気が済まなかった。
ウォルトを離してから皆を見渡した。
「皆、本当にありがとう。私の時を再び進ませてくれて。本当にありがとう……」
自然と流れた涙は悲しみや苦しみではなく、嬉しさから出たものだった。
それをウォルトが軽く拭うと、私は表情を緩めた。
二つに交わっていた月はいつしか離れ、地平線に落ちていく。
やがて太陽が昇り始め、新しい朝を迎えようとしていた。




