4-4 戦火に身を投じる者達(1)
最低限の荷物を持って宿の裏口から出た私たちは、キースに先導されながら村の裏門に向かっていた。リオはエルカットさんの元に行くと言って、宿で別れている。
正門に続く通り道に差し掛かったところで、キースは足を止めた。男性の怒鳴り声が聞こえてくる。
「この村の神殿の責任者を出せ! さもなくば、もう一回炎を放つぞ!」
「騒々しいですね。何様のつもりですか」
私たちの目の前を銀髪の男性が悠々と通り過ぎていく。彼の表情はとても険しく、後ろには自警団と思われる男たちがついていた。
リオは私たちが顔を出している一つ前の建物の影から、顔を出している。
怒鳴り散らす赤髪の男性、無表情の金髪の女性、そして濃い灰色の髪の一部が緑がかった男性の前にエルカットさんは立ち止まると、彼らをじっくり見渡した。
「私がクロース村の神殿の管理者のエルカット・グレイスラーです。何のご用でしょうか。その前に橋を燃やしたという暴挙を、なぜしたのでしょうか」
鼻孔に焦げ臭さが入ってくる。目を凝らして奥を見ると、入り口を司っていた橋が焼け落ちていた。
「門番もなかなか入れてくれなかったからな。どうすれば入れてくれるか考えた結果、燃やしてみることにした」
エルカットさんは男たちの後ろにいる門番だった男性を見ると、眉をひそめた。腕に火傷を負っている。強行突破してきたらしい。
私は怒りが沸々と湧き上がり、無意識のうちに弓に手を触れた。その手をキースが覆ってきた。視線を上げると、彼は無言のまま首を横に振っている。
「……駄目だよ、ルシアちゃん。あいつらに気づかれないように移動しよう。遠回りになるけど、円を描くようにして建物の合間を移動すれば、裏門に辿り着けるはずだ」
「あいつらを放っておくの?」
信じられない想いを抱いて彼を見返す。彼は歯を噛みしめながら頷いた。手を取られて、引っ張られる。建物の陰に入って歩き出した。
「――ここは空神殿があるんだよな。なあ、ここの神殿には何が祀られているはずだったんだ?」
男が声を発した数瞬後、周囲でわっと声が上がる。そして悲鳴が聞こえた。
後ろを歩いていたアルフィーさんが足を止める。彼は左腕に付けられている腕輪に触れると、後ろを向いたキースに声をかけた。
「キースさん、彼女をお願いします」
「……無理しないでくださいよ。貴方は戦う側の人間ではないのですから。ラッセルに会ったら、あいつの指示に従ってください」
「わかりました」
踵を返してアルフィーさんは元来た道を走っていった。キースはさらに私の手をきつく握りしめた。そして大股で進んでいく。
口を開こうとしたが、冷静に物事を見ているもう一人の私がそれをやめさせた。今は二人のためにも、大人しくキースの言うことを聞くべきなのだ。
視線を地面に向けて歩いていると、突然キースが立ち止まった。真下を見ていたため、私は彼の背中に顔をぶつける形になる。
「キース?」
顔を上げると、キースは目を大きく見開いている。彼の視線の先には、微笑んでいる深い藍色の短髪の青年がいた。彼の顔を見て背筋がぞっとした。得も言えぬ殺気は昔感じたことがある。
「そこのお嬢さん、生きていたのですか。驚きですね。あの闇獣の毒はとてもしぶとく、完全に抜けるのにかなり時間がかかります。生き抜けられたとしても、数ヶ月はまともに動けないはずです」
彼の視線を遮るかのように、キースは私を背中にくっつけさせた。私を握っている青年の手が微かに震えている。
闇の中に溶け込みそうな青年は一歩一歩近づいてきた。彼の両脇に狼型の闇獣が現れる。
「何か特別な力でも持っているのでしょうか。たとえば――受けた毒の浸透を遅めさせる、時間的な操りが――」
言葉を途中で切って、男は額に向かって放たれたナイフを指で挟みとった。
「まだ話中なのに、こんな物騒な物を放つなんて、礼儀がなっていませんね」
「闇獣を操るだけかと思っていましたが、それだけではないと見受けました」
「体術でも試してみます? これらの闇獣を倒してからになりますが」
キースは私を握っていた手を離して、小さな声で囁いた。
「裏門に乗ってきた馬を移動してある。裏道を通りながら村の中を移動して、村を出たらそれに乗って少しでも遠くに離れて。夜が明けたらまた戻ってきてほしい。そのときにすべて話す」
「……わかった」
今は理由を問い返してはいけない。時間のロスが命取りになると、頭の中で理解していた。
私は一歩後ろに下がり、逆にキースは前に向かって歩き出す。
男が手を振ると、彼に向かって闇獣が飛びかかってきた。交わる瞬間を見る前に、私は背を向けて脱兎のごとくその場から走り出した。
右に左にと、裏道を通りながら必死に駆けていく。
聞こえるのは自分が地面を蹴る音と、息を吐き出す音くらい。
正門から離れて走っているため、人々の喧騒や悲鳴などが聞こえることはなかった。
脳内に地図を展開させて進んでいくと、目の前に柵が見えてきた。村を囲んでいるその柵に沿って走れば、裏門に辿りつく。
無我夢中で柵まで走り、突き当たったところで体を右に方向転換して走った。視界に数頭の馬が入ってくる。一緒に旅路を共にした馬たちだ。
目的地が見えて表情が緩みそうになるが、次に視界に入ったものを見て、足を無理矢理止めさせた。
無表情の金髪の女性がリオの首に腕を巻いて鋭利な短剣を突きつけていたのだ。少年の顔は酷く強ばっている。
「やっと来た。貴女のこと待っていた」
弓に手を触れようとすると、彼女は短剣をリオの首に突きつけた。少年の口から小さな悲鳴が漏れる。
「妙なことしないで。弓矢と短剣置いて。そうしないと――」
女はリオを見て、短剣を強く握りしめた。少年は今にも泣きそうな表情をしている。
私は唇を噛みしめながら、弓と矢筒を前に投げ捨て、腰に下げていた短剣も同様のことをした。
女性は短剣を首から離し、リオを引きずりながら寄ってくる。
「私と一緒に来てくれる?」
リオは首を小刻みに横に振っていた。私のことを必死に逃がそうとしているようだ。
だが彼の好意を受けられるほど、私は自分勝手な人間ではない。
こくりと頷くと、彼女は背を向けて歩き出した。背中は丸見えだが、彼女の背を刺そうとは到底思えなかった。
一度深呼吸をした後に、闇夜の中に浮かぶ二つの満月に照らされながら歩き出した。
無表情の女性に連れてこられた場所は、クロース村の正門近くだった。門の傍では険しい表情をしているエルカットさんたちの姿が見える。視線を移動し、少し離れたところで両手を後ろ手で縛られて倒れている青年たちを見て、思わず息をのんだ。
黒髪の青年が頭から血を流しながら、息も絶え絶えにして横たわっている。頭以外にも両手足、全身の至る所から血が流れ出ていた。
隣にいる灰色の髪の青年も顔が酷く腫れ、左腕には焼けただれた皮膚が見える。
結んでいた金髪がほどけた青年は、腕に歯形を残され、血が流れた状態で横たわっていた。
彼らの前には男が三人立ち、横にはリオを人質にとった女がいる。あまりの威圧によって足がすくみそうだった。
「連れてきた。思った通り逃げようとしていた」
「必死に逃がそうとしていたみたいだが、あっけなかったな」
右手で長剣を握っている赤髪の男がラッセルの頭に足を乗せた。彼はうっすらと目を開けて私を見てくる。口が微かに動いた。あんな状態になっても、まだ私のことを気にかけているのか。
「さてと、簡単に自己紹介しておく。俺たちは竜神創造会の者たちだ。竜の実物を見たくて一致団結している。こんな辺鄙な土地に来たのは、いよいよ竜の実物を見られると聞いたからだ」
剣を肩に担いだ赤髪の男は、私を真っ直ぐ見据えてきた。
「おいお前、こいつらを殺されたくなかったら、今すぐ時竜を出せ」
「……は?」
思わぬ言葉に、眉をひそめて声を漏らす。男はさらにきつくラッセルの頭を地面に押しつけた。
「だから時竜だよ、時竜! この村の空神殿に祀られていた竜! お前に封印したって、お前が生まれた村で聞いたんだよ!」
話がまったく読めなかった。
時竜――世界を創造する際、時という概念を創り出した竜。それがなければ生き物たちは成長せず、何も発展がない空虚な世界になってしまったという。
一方、水、火、風、土、光、闇の六つの種類の竜とは毛色が違い、目に見えないものを創ったため、人々からあまり崇められず、結果として人々の目の前から消えてしまったらしい。だから神殿に加護がないのだ。
男が発している言葉は、私には理解できないものだった。だが、なぜか体は反応していた。
鼓動が速くなる。全身が熱くなってきた。
両腕で体を包み込みながら、前のめりになる。
異変を察したアルフィーさんが口を開いた。
「駄目だ、ルシアさん! 今のままでは体がついていかない。心を沈ませて、自分の中でそれを飼い慣らして!」
発言したアルフィーさんの背中が蹴られる。
私は噛みしめながら、その場に両膝をついた。
叫びたいほどに痛いが、彼の言うとおりその力を自ら押さえ込まなければ――自分の命の灯火が食われてしまう。
なぜ体はある言葉たちを拒絶するように反応するのだろうか。
頭で理解する前に、意識を混沌の渦にまで落とすようにしむけるのか。
それはおそらく――そうでもしなければ、心が保たないから。
心を守るために、体が先に反応しているのだ。
その事実に気づくと、脳内に消えていた記憶が薄らと蘇ってくる。
ウォルトと一緒に訪れた地下室、そこで消えた一時的な記憶、気がついたら描かれていた背中の入れ墨、村から旅立つ際に村長から出された言葉。
すべての事実が理路整然と並んでいく。それが並び終わると、いつしか痛みは和らいでいた。
汗を拭い、静かに呼吸をしながら、横たわっている三人の青年たちを眺める。誰もが辛い傷を負っているが、私のことを心配そうに眺めていた。
彼らの心を少しでも落ち着かせるために微笑む。そして私はゆっくり立ち上がった。
消えていた記憶は断片的だが、赤髪の青年が言っているだけはおおよそわかった。
「――時竜は出せない」
「なんだと?」
「出し方なんて知らない。私はただ封印されただけの存在だから」
記憶のどこかにあるかもしれないが、今の私にはそれだけしか返事ができなかった。
赤髪の青年は黙って私を見ている。やがてラッセルから一歩離れて、指で音を鳴らすと、火の玉を出現させた。
「出せないのなら出させるまでだ」
そして青年はにやりと笑みを浮かべて、ラッセルに向かってその玉を投げつけた。




