4-3 再会と拒絶(3)
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から漏れる光によって、私は目を覚ました。隣にあるソファーの上で、アルフィーさんが布団に包まって目を閉じている。眼鏡をかけていない彼の顔は、いつも見ているのとは少し違って見えた。
額に手を乗せて、自分の容体を確認する。熱は下がったらしく、違和感のない熱さとなっていた。
体を持ち上げると、傍に落ちていた濡れタオルが目に入った。微かに水分を含んでいる。どうやらアルフィーさんは遅くまでタオルを変えてくれていたようだ。
私はそのタオルを畳んで、ベッドの脇に置いていると、ドアがノックされた。それを聞いたアルフィーさんは目を開けて、眼鏡をかけて立ち上がった。その際、私と視線が合う。
「おはようございます、ルシアさん」
「おはようございます。すみません、色々と……」
「気にしないでください」
アルフィーさんがドアを開けるなり、キースとラッセルが入ってきた。二人は私を見て、キースは表情を緩ましたが、ラッセルは険しい顔をしたままだった。
「ルシアちゃん、調子は?」
「熱はだいぶ下がったと思う。ごめん、迷惑をたくさんかけて」
「予想していたことだから、気にしないで。……アルフィーさん、彼女、明日か明後日には動けますか?」
「何をするつもりですか? それによります」
キースは手を腰に当てて、私をちらりと見てからアルフィーさんを見据えた。
「隣の村に移動したいと思っています。道のりとしては、馬を走らせて一日半程度」
アルフィーさんは軽く手を口元に触れた。
「つまり途中で野宿をいれるということですよね。……僕としては、体調が万全に戻ってない彼女にそのような行為をさせるのは勧めかねます」
「そうですね。また体調を崩したら大変ですから。……ですが、今は時間がないんです」
「時間? 何かあるんですか?」
「アルフィーさんにはあとでお伝えします」
「私は……?」
キースは視線を逸らして、首を横に振る。それを見た私は、前のめりになった。
「どうして!? 私、当事者でしょ!?」
「男の中だけで情報を共有したいことなの。ルシアちゃんには教えない」
「だからって……!」
問い返すと、言葉を出す前にむせてしまった。口元に手を押さえて、落ち着くまで耐える。
「君のためにも、皆のためにも、今は体調を戻して。――体調が元通りにならなくても、明後日の昼にはここを一時的に出る。いずれ戻ってくるから、安心して」
それはつまりウォルトとまた離れることになる。
せっかく会えたのに、まともな会話もせずに離れなければならないのか。
「……キース、どうして移動するの? 私まで行かなければならないの?」
「端的に言えばお金のためだよ。あとは情報。ここはいい意味で閉鎖空間過ぎる。周りで何が起こっているかわからない」
「それはそうだけど……。私は自分の意志でここを目指していた。リオを送り届けるのは、そのついでだった。だから、もう一緒に行動する必要はないんじゃないの? 私が移動する理由は――」
「他に頼れる人がいない村でよく言うよな。お前、ここでいったい何がしたいんだよ」
ラッセルが不機嫌そうな表情で言い捨てる。彼の言葉はぐさりと私の胸に刺さった。それらの言葉は私が薄々察していることだ。しかし素直になれない私には、その言葉をそのまま受け取ることができなかった。
口を開いて反論しようとする。
「それは――」
「――そもそもどうしてあの男に会いたかったんだ? なぜ幼なじみに会わなくちゃいけないんだ?」
ラッセルは私のすぐ傍にまで寄り、顔を近づけた。
「それは本当にお前の意志なのか?」
「私……の?」
紫色の瞳を見つめたまま言葉を繰り返すと、途端に胸が痛くなり始めた。服をぎゅっと握って、前のめりになる。
「何やっているんだ、ラッセル! お前は馬鹿か! もう黙っていろ!」
キースがラッセルに向かって怒る声が、どこか遠くで聞こえる。耳鳴りまでし出す始末だ。
この村に来てから何かがおかしい。それは自覚している。
だが、その原因を追究しようとすると、さらに調子が悪くなってしまうのだ。
動悸が激しい。心臓だけでなく全身が痛くなる。このまま痛さのあまり、おかしくなりそうだ。
誰か――、手を伸ばすと、部屋の中に入ってきた誰かが手を取って、横から優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫、落ち着いて、ルーシャン」
懐かしい男性の声、温かい胸元。昔も泣いているときは、こうして抱きしめてくれた。
少しだが痛みは和らいだ。ただ無くなったとは言い難い。
「まだ痛い?」
こくりと頷くと、彼は私の体を自分に近づけた。
「もう体がお互いのことを欲している状態になってしまったんだね。痛みを和らげるには、これしかない。ごめんね」
そう言って、赤い瞳と視線があってから、私の唇に柔らかいものが押しつけられた。
目の前には、私の髪と同じ色の瞳を、私の瞳と同じ色の髪を持つ青年がいる。
彼に身を委ねていると、動悸が少しずつ落ち着いていき、同時に私の瞳も閉じていく。優しい温もりを感じながら、私の意識は闇に落ちていった。
* * *
「ルーシャン、大丈夫だ……?」
「なんだか寒い……」
ある家の地下室に連れてこられた幼い私とウォルトは、お互いに身を寄せ合って円の真ん中に座っていた。寒いと言うと、ウォルトは自分の上着を私にかけてくれる。
「これじゃ、ウォルトが――」
「いいんだよ。ルーシャンが元気なら、それでいい」
そして私にぴたっとくっついてきた。私も彼と同じように体をさらにくっつける。
しばらくすると目の前にある階段から、足音が聞こえてきた。そして無表情の大人たちが五人現れる。その中には村長さんもいた。
ウォルトに促されて、私も立ち上がった。すると村長さんが深々と頭を下げてきたのだ。
「すまない、二人ともこんなところに呼び出してしまい。寒いだろう?」
「それなら場所を変えて欲しいです。ここは彼女にとっては辛すぎます」
ウォルトが眉をひそめて一歩前に出る。村長さんは俯いている。
「わかっている。なるべく早急に事を進めよう」
私たちの横を通り過ぎた村長さんは、窓から射し込む月の光を見据えた。私は村長さんに近づこうとすると、突然崩れ落ちた。ウォルトが慌てて抱えて、その場に座らせる。寒気が悪化してきた。
「村長さん、何かするんですか?」
「――ルーシャン、すまないな。今から二人の仲を引き離させてもらう」
「え?」
村長さんが手を叩くと、四人の大人たちが私たちの背後に回り、口と鼻を覆える布を当ててきた。薬品の匂いがする。
「村長……さん……」
視界が徐々に狭められていく。やがて全身の筋肉は脱力し、私の意識はなくなった。
* * *
目を開けると、視線の先には天井が広がっていた。窓から赤い光りが射し込んでいる。どうやら半日ほど意識を失っていたようだ。
この場所で意識を失う前、拒絶されていたウォルトに抱きしめられた記憶だけはうっすらと覚えている。
なぜ彼があの場に来て、私のことをそのように扱ってくれたのかは、わからない。ただ彼に包まれた温もりは、とても心地よかった。
「ルシア、起きたか」
窓枠の近くにいた黒髪青年が、むすっとした表情で座っていた。
上半身を持ち上げようとすると、彼が寄ってくる。背中を支えてくれたため、すぐに起きることができた。
「私、どれくらい寝ていたの?」
「一日半」
「そんなに!?」
目を丸くしていると、ラッセルに右手を握られた。そして引っ張られて、立ち上がらされる。真剣な表情の少年がすぐ傍で立っていた。
「何も聞かずにオレに付いてきてくれ。一晩だけだ、お願いだ」
私の右手を彼は両手でぎゅっと握りしめた。
頭を下げている彼を見て、余計に頭の中が混乱してくる。そこまで必死になって、私に何を求めているのか。一緒にいた時間はそう長くないのに、どうしてそんなに風に握りしめてくるのか。
「理由を聞いては駄目なの?」
「ああ」
「それなら――」
私はくすりと笑った。
「いっそのこと私の同意など求めずに、さらってくれればいいのに」
頭を跳ね上げたラッセルの目は大きく見開いていた。その表情は意外すぎて、新鮮だった。
私は肩をすくめて、彼を見返す。
「……真に受けないで。ちょっと小説の台詞を真似しただけだから」
そう言うと、彼はほっとしたような顔つきになる。
だがすぐに真顔に戻ると、軽く頷いていた。
「お前の言うことも一理あるな。今回の件に関して同意を求めるのは無理がある」
そしてラッセルは左手で私の右手を引っ張って、歩き出した。
「ちょ、ちょっと!?」
突然進み出した彼の背中を必死に追っていく。彼の方が歩幅は大きいため、必然的に歩測を早めなければならない。
「ねえ、どこに行くの!」
強い力で引っ張り返すと、ラッセルは振り返って言い放った。
「お前自身が自らの足で歩む未来」
すると歩こうとした方向から、金髪の青年がにこにことした表情で歩いてきた。
「その逃避行、僕も一緒に行かせてもらうよ」
「キース……?」
ぽつりと呟くと、ラッセルは口元に笑みを浮かべた。
「鼻からそのつもりなのはわかっている。――おい、まさか後ろの二人まで一緒に行くとか言わねぇよな。特にちっこい子供」
視線をキースの先に向けると、眼鏡をかけた灰色の髪の青年と銀髪の少年が立っていた。
灰色の青年の手が肩に乗っている少年は口を尖らして、視線をそらしている。
「行きたいけど、どうせ邪魔だって言うんだろう?」
「当たり前だ」
「けど戻って来るんでしょ?」
「ああ。時期を見て戻ってくる。色々とはっきりさせる必要があるからな」
リオは顔を上げて、真上にいる青年に話題を振る。
「アルフィーも行っちゃうの?」
「行こうと思う。何かあった場合、たぶん二人よりもルシアさんを医学的な観点で適切に言えると思うから」
「そう言っていただけると、僕たちとしても有り難いです。普通の痛みの対処なら、アルフィーさんの指示が最も無駄のないものですから」
「恐れ多い言葉です。ありがとうございます」
私の体についての痛みだろうか。ここ数日、体に違和感がしていたため、医学の知識をかじっている彼が傍にいることは有り難い。しかし彼はこの村には竜について調べに来たのだ。余計なことをさせるには……。
ふと灰色の髪の青年が屈んで顔を覗きこんできた。
「ルシアさん、今は余計な気を回さずに、行きましょう」
三人の青年に促されながら歩きだそうとすると、突如爆発音が聞こえた。皆で一斉に音が聞こえた方に視線を向ける。方向からして、町の入り口か。
ラッセルはあからさまに舌打ちをした。
「おい、まさか第三者の乱入か?」
「最悪の状況になったかもしれない。考えられる限りで最上級の」
キースが苦悶に満ちた表情をしていた。ラッセルは私の手を離して、来た道を戻り始める。
「キースとアルフィーは予定通りルシアを連れていけ」
「ラッセルはどうする?」
腕を組んだキースが横目で聞いてくる。部屋のドアに手を付けると、ラッセルはきっぱり言い切った。
「状況によっては奴らの足止めをする。あいつがこの村の存在に気づいたのなら、必ず行動を起こしてくるはずだ。それをする前に阻止する」
「敵側が何人いるかわからないよ?」
「不確定要素ばかりの状況だ、集団では来ないだろ。せいぜい数人程度。適当にどうにかするさ」
ラッセルが戦火に身を投げようとしているのを察した私は、思わず踏み出していた。
「私が援護する。屋根に登れば、弓は有利な位置にたてる」
「援護はいらない。後ろから突き刺されちゃ、たまったもんじゃないからな」
「なっ……!」
彼は私の肩に触れて軽く押す。私がよろめいている隙に、彼は距離を付けていった。
「そいつのこと、あとは頼んだ」
真剣な面もちでそう言うと、黒髪の少年は背を向けて走っていった。
私はその背中を見つつ、キースたちに引っ張られて、逆方向に進んでいった。




