4-2 再会と拒絶(2)
旅を共にしてきた五人と、エルカットさんとウォルトの七人で囲んだ食卓は、とても和やかな雰囲気だった。
おばあさんが経営している小さな食堂に連れて行かれて、そこでその方の家庭料理を振る舞われている。様々な野菜を使った料理から、肉を煮込んだ主食類まで多種多様なものが食卓の上にのっていた。胃に優しいそれらの料理は、いくらでも量を食べれそうである。
会話はキースが中心となって進めていた。時折アルフィーさんやリオも相槌を振られて、それにあわせているという感じだ。
一方、ラッセルは食べるのを遠慮しているのか、いつもよりも食の進みが遅かった。
私の隣ではウォルトが静かに会話を聞いている。
「ねえ、ウォルトさん」
「は、はい」
話が一区切りついたところで、キースがこちらに話を振ってくる。ウォルトは持っていたフォークを皿の上に置いた。
「ルーシャンさんの幼なじみと聞いています。昔の彼女はどういう子だったんですか? 僕たちが知っている彼女は並の男よりも逞しく、頼もしい女の子です。昔からそうだったんですか?」
ウォルトはちらっと横目で私を見てから、軽く首を振った。
「よく僕の後を付いている子でしたよ。内気で可愛らしかったです。体術で男性を組み伏せて、弓で闇獣を射抜くような子に成長するとは、到底思えませんでした」
「意外。ルシアって昔からぶいぶい言わせているのかと思った」
リオが目を瞬かせて見てくる。私は苦笑しながら、彼を見返した。
「どんな人間でも、鍛えなければ平凡な人間。叔父さんに体術を教わり始めてから、こういう風になったと思う」
右手を軽く握りしめて、叔父の顔を思い浮かべる。
鍛えてくれと言ったときはかなり渋られた。だが鍛え始めてからは、容赦がなく、とても厳しかった。教えてくれた年数の割に、特に弓の精度を上げられたのは、叔父が師匠だったからこそだろう。
「……ルーシャンの叔父さん、どうして君を村から連れ出したんだろう……。周囲から反対はあったんじゃないの?」
再会してから初めて、ウォルトが自ら質問してきた。驚きつつも、軽く頷いた。
「ええ、もちろん両親には猛反対された。ちなみに叔父が連れ出したのではなくて、私が連れていってと言ったの。私が言わなかったら、私はあの村にいて、あのままの私だったはずよ」
「君が出たいと言ったの? どうして?」
「ウォルトに会って――」
会って、何がしたいの?
唐突にその言葉が思い浮かぶ。
会わなければならないという、妙な使命感があった。
おそらく突然消えたウォルトがどこにいるかを両親が口にしているのを聞いて、会いに行かねばならぬと思ったのだろう。
「僕と会って?」
言葉が途中で途切れた私に対して、聞き返してくる。
私は心の奥底に抱いている想いをそのまま伝えることにした。
「……はっきりとは言えないけど、ウォルトに会いたかったの」
彼はそれを最後まで聞くと、私に対して表情を消して見てきた。
「僕は会いたくなかったよ。だから君に何も言わずに、君の前から消えたんだ」
時が止まったような気がした。
彼の言葉が理解できず、頭の中で反芻していく。
固まっていると、ウォルトは立ち上がり、私に背を見せて出入り口に向かった。私は彼の背中を視線で追うことさえできずに、視線を机の上に向けていた。
すると黒髪の少年は激しく椅子を引いて立ち上がった。大股で彼に寄っていく。
「待て、ラッセル!」
キースが血相を変えて立ち上がる。
しかしその前に二人の少年たちは外に出て行ってしまった。扉が音を立てて閉じられる。
「アルフィーさん、ルシアちゃんのことをたの――」
キースが私の方に振り返ると、言葉を切ったまま固まった。他の人たちも驚いた表情で、私を見ている。
「ルシア、大丈夫?」
リオはウォルトが座っていた椅子に移動して、私にハンカチを差し出してくれた。
そこでようやく自分の異常に気づく。目から止めどなく涙が流れ出ていたのだ。
「な、何これ。どうして涙が出てくるの……?」
顔を伏せて、両手で顔を覆う。涙を止めたいが、なぜ流れているのか理由がわからない現状では、それは難しかった。
リオがハンカチをさらに私に近づけたので、それを有り難く受け取って、目元を押さえた。すぐにハンカチは涙で濡れていく。
後ろに近づいたキースが私の頭を優しく撫でてから、軽く抱きしめてくれた。
「いいんだよ、気が済むまで泣けば。君は何も悪くない。君は何も。そして――」
それ以上、キースは言葉を続けなかった。
私はしばらく彼に包まれた中で、涙を流し続けた。
先にエルカットさんとリオを帰し、残りの三人は私の涙が止まり、落ち着いたところで、ようやく店を出ることにした。
出る際、気まずい雰囲気を作りだし、迷惑をかけてしまったため、店のおばさんに対して深々と頭を下げる。するとおばさんは微笑みながら、こう言ってくれたのだ。
「私も辛い経験をした時は、思いっきり泣いたよ。お嬢ちゃんには大切にしてくれる人が他にもいるんだから、深く思い詰めちゃだめだよ」
ただの客にも関わらず、優しく気遣ってくれるのは嬉しかった。
店の外に出ると、店の壁に背を付けて、腕を組んでいるラッセルが立っていた。
「ラッセル、まさかずっと待っていたの?」
私が聞くと、彼は首を横にも縦にも振らずに歩き出した。
「早く帰って寝るぞ。今日はベッドの上でゆっくり寝られる」
「そ、そうね……」
聞きたかった、ウォルトを追いかけた後のことを。
彼と何か話したのだろうか。
「おい、ルシア」
ラッセルが背中越しから声を投げかけてくる。筋肉もしっかりと付き始めた、子供と大人の中間の背中だ。
「何?」
「クロース村の先に行ってみないか? 珍しい鉱山があるらしいんだ。そこで鉱山掘りの手伝いでもすれば、そこそこ金が手に入る」
「鉱山?」
「それかさらに先に進んで、町のギルドに行かないか? グレイスラー当主の後払い金を受け取りたい。それをお前にも何割かやりたいんだ」
不思議そうな目で彼の背中をぼんやり眺める。
本当に金がほしいのだろうか。それとも私に気を使って、ここから離れさしたいのだろうか。
ふと、視線が夜空に向けられた。あと数日で満月になる欠けた月が浮かんでいる。二つの月の距離は縮まっているように見えた。
その光景が記憶が欠ける直前と重なる。あの日も満月だった覚えがあった。
そう、月が二つに重なる――。
急に体の力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「ルシアさん!?」
隣にいたアルフィーさんが叫んだ。
動悸が激しくなる。胸のあたりの服をぎゅっと握りしめた。
背中が熱い。
入れ墨の上を炎が辿るような感覚に陥る。
「ルシア、オレの背中に乗れるか!?」
ラッセルが後退して、自分の背中を寄せてくる。その肩に手を伸ばすと、キースが後ろから押してくれて、すぐさま彼の肩に手をかけることができた。そしてラッセルの背の上に乗り、首に手を回した。
彼は私の両足を腕で挟んで、しっかりと固定してから立ち上がる。
「アルフィーさんは医者を呼んできて! 僕たちは先に宿に戻っている!」
キースが医者という単語を発したのを聞いて、私は首をふるふると横に振った。
ただ動悸が激しくなっただけなのに、医者にかかるなんて――。
横からキースが私の額に手を触れてきた。険しい表情をした彼は、さらにその表情を深める。
「症状は――発熱ということにしてくれ。どこまで熱が上がるかわからないから、解熱剤を忘れずにと言って!」
「わかりました! すぐに連れてきます!」
しっかりと返事をしてから、アルフィーさんは私たちとは逆方向に走っていった。
こちらはキースが先を行きながら、ラッセルを導いてくれる。激しく揺れる背中は、大きくてしっかりしたものだった。
村に到着した途端、熱を出すなんて――ひ弱なものだ。
不甲斐ない自分を頭の中で罵倒する余裕すらなく、背中から落ちまいと、ラッセルに体を預けていた。
その後、医者からは過労が原因による発熱ではないかと言われた。
長期に渡ってこの村を目指し、目的が達成したために、気が抜けてしまったのだろうとも言っていた。
キースとラッセルはあまり納得していないようだったが、解熱剤はもらえたので、良しとしたらしい。それを飲んだことで、私の熱は下がり、動悸は幾分収まっている。
一人部屋で寝かされた私の横では、アルフィーさんが横に座って、水タオルを取り替えてくれていた。
「大丈夫ですよ、アルフィーさん……」
「僕のことは気にしないで、今は休んでください。寝ることが何よりも重要ですよ」
「すみません、ありがとうございます……」
その言葉に甘えて、目を閉じようとした。
すると壁に背中を付けていたラッセルが、腕を組んでいたキースに顔を向けてきた。
「キース、ちょっといいか?」
「もちろん。僕も聞きたいことがいくつかあるからね。――アルフィーさん、今晩ルシアちゃんのことを頼んでもいいですか? たぶん一晩寝れば、落ち着くと思いますので」
「いいですよ。お二人はどこかに行くのですか?」
「少し出る予定です。すみません、二人で話をしたいことがありまして……。ルシアちゃんのこと、お願いします」
ラッセルも頭を下げると、二人は足早に部屋から出ていった。
二人の足音が遠ざかると、アルフィーさんはタオルを離して、額に手を乗せた。
「まだまだ熱は下がっていませんね。しっかり寝てください。僕よりも長い期間旅をしていたんですから、疲れが出ても仕方ないことですよ」
「……アルフィーさんも休んでください」
「ルシアさんが寝たら僕も寝ますよ」
私は布団を顔を半分覆うようにして持ち上げた。
微笑んでいるアルフィーさんが隣にいる。彼が傍にいるだけで、何となく安心感が抱けた。
優しく穏やかな表情で、アルフィーさんはにっこり微笑んでくれる。それを見ながら、私は眠りについた。




