4-1 再会と拒絶(1)
行かなければならない、あの人に会うために――。
どうしてそんなにも会いたいかはわからない。
ただふとした時に思い浮かぶのは、あの人の顔だった。
グラド町の出発を控えた夜、眠りから覚めた私はぼんやりと天井を見つめていた。視界は薄暗く、カーテンの隙間から見える外も弱々しい光だった。
二つある月は、同じように欠けている。先日新月を迎えたばかりだ。あと半月もたたずに、一際強い月の光が闇夜を照らし出す日がくるだろう。
今いる町からクロース村までは、一週間ほどで到着する。その村に着いた頃に、二つの満月を見ることができるはずだ。
そっと肩の後ろの部分に手を置いた。闇獣によって切られた背中の傷は塞がっている。にもかかわらず、傷がうずいている気がした。
移動している間に傷口が開かないことを願いながら、再び目を閉じた。
* * *
グラド町を出て、私たちは山沿いにあるクロース村に向けて起伏の多い道を馬で走らせていた。
キースが先頭で走り、その後ろに私が、そしてアルフィーさんがリオを抱えながら続き、ラッセルが一番後ろについている。
町で食料などの補給を充分してから出発していたため、道中食に困ることなく進んでいた。
やがて小高い丘を越えると、キースが馬を止めた。
後ろから来た私やリオが眼下に広がる風景を見て、声を漏らす。
山と山の間に家々が立ち並んでいる。ある場所を中心として、家が大きな円上になるように建っていた。さらにその家々を囲むようにして、闇獣対策の柵が張り巡らされている。
「中心にあるのは神殿かな」
キースが手をかざし、目を細めながら言う。それを聞いた私は改めてじっくり見た。たしかに神殿のように見える。
「まず行って、村を探索してみよう。村に行くまで坂道を通るから、速さには注意してね」
そう言った彼は手綱を引っ張って、馬を進ませる。そして足下を注視しながら降りていった。彼が最適な踏み場を見極めながら下りてくれたため、私たちも簡単に追うことができた。
坂道の曲がり角で、もう一度クロース村の全体像を眺める。
何重にも綺麗な円を描いている村だ。美しいと思ってしまうくらい、理路整然としていた。
丘を下りて 村の正面を流れる川を橋を使って渡ると、欠伸をしたやや年老いた男性が立っていた。私たちを見ると、軽く首を傾げる。
「はて、団体さんがこんな辺鄙な村に何のようだね?」
馬から下りたキースは、にっこりと微笑みながら彼の質問に応えた。
「クロース村の神殿に用があって参りました。エルカット・グレイスラーさんが、この村の神殿の管理をされているんですよね?」
「グレイスラーさんに用か。ああ、ここの村にいるよ。正面の大通りを歩けば、神殿に着く」
「ありがとうございます。……すみません、一つお聞きしたいことがあります」
「何だね?」
キースは青色の瞳で村を見渡してから、男に顔を近づけた。
「どうしてこの町は丸い形をしているのですか?」
男性は一瞬の間をおいて、首を横に振った。
「さあ、わからない。わしが生まれたときには既にここは丸かった」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
一礼をしてからキースは門を通って、中に入った。彼に倣って、私たちも続いていく。そして馬を馬小屋に預けると、五人は正面の通りを真っ直ぐ歩き出した。
ざっと見た感じ、他の村と何かが劇的に変わっている、という場所ではなかった。
商店が建ち並び、人々が商品を売り買いしている。畑は柵のすぐ内側に作られ、私たちが商店街に入るまで歩いていた左右にも広がっていた。
時折、他の村から物を売りに人が来るくらいで、基本的には自給自足で賄っているらしい。
騒がしいとは感じられないが、静かとも言い切れない、穏やかな空気が漂っていた。
五人の団体を見て、目を向けられることもあったが、ほとんどの人が気にせず、すれ違っていった。
やがて村の中心地である神殿に辿り着く。ウィルロード町の外れにあった水竜の神殿よりも一回り小さく、やや寂れた印象を受ける神殿だった。
ちょうど入り口から人が出てきた。薄茶色の髪の少年が、銀髪の男性に向けて頭を下げている。そしてその少年は回れ右して歩き出すと、私たちの集団を見て、唐突に立ち止まった。彼は目を大きく見開いている。
彼の顔をじっと見て、私は目を丸くした。
面影が似ている。薄茶色の髪に、赤い瞳を持つ少年。背は高くなっていたが、見間違えようがなかった。
私は帽子を脱ぎ、髪をまとめあげていたバレッタをとった。赤い髪が風になびかれる。
「どうして……」
少年がぽつりと呟くと、私は彼に向かって駆けていく。そして彼の傍に来て、赤色の瞳を薄茶色の瞳で見つめ返した。
「ウォルトよね?」
「ルーシャン……だよね」
私のことを本当の名前で呼ぶ人は、生まれた村にいた人間と、昔消えてしまった幼なじみの関係者以外いない。
私は表情を緩まして、大きくなった彼に抱きついた。
「ウォルト、会いたかった!」
「どうして来たんだ、ルーシャン……」
彼の声色は戸惑っているように聞こえた。
私は自分がとても恥ずかしいことをしているのに気づき、すぐに離れる。少年は青い顔して、視線を逸らしていた。
「ご、ごめんなさい。ずっとウォルトに会いたかったから、つい……」
「ずっと……?」
「――そう、ずっとですよ、彼女は」
キースがにこにこしながら後ろから寄ってくる。リオは眉をひそめて、ウォルトのことを見上げていた。他の二人も二人の後についてきている。
「貴方たちは?」
「僕たちは彼女と道中を共にしていた者です。この少年をここに連れてくるという用事も兼ねてですが」
キースがリオのことを前に出すと、神殿の入り口に立っていた男性が目をぱちくりとしていた。
「リオ君じゃないか!」
「え? 僕のこと、知っているの?」
リオが自分のことを指で示すと、駆け寄ってきた男性は首をしっかり縦に振った。
「大きくなった君と面と向かって会うのは、初めてかな。初めまして、リオ・グレイスラー君。私はエルカット・グレイスラー。君とは赤ん坊の時に会ったことがあるんだ。――マルカット町のグレイスラー当主から君の絵付きの手紙が来たときはびっくりしたよ。いやぁ、本当に大きくなったね」
エルカットさんはしゃがみ込んで、リオの頭をなで回した。リオはそれを手で払う。
「僕はもうそういうことをして喜ぶほど、子供じゃない」
「嘘付け、子供だろう、どう見ても」
ラッセルが腕を組んで、リオのことを眺め下ろしていた。リオはそれを見て、頬を膨らます。
「お前より歳は下かもしれないけど、野原で走って喜んでいるほど、子供じゃない!」
「そういう風にすぐに膨れて反論するところが、子供だって言っているだ」
ラッセルはリオの背中を押して、エルカットさんの前に突きだした。
「オレたちは当主に頼まれて、こいつをここに送り届けにきたギルド人です。これで仕事は完遂ですよね?」
「そうなりますね。あとでギルドや当主には伝えておきます。後日、報酬金を受け取ってください。この度はこの子を無事に送り届けていただき、ありがとうございました」
エルカットさんはリオの両肩に手をおいて、頭を下げた。グレイスラー当主と同様、しっかりとした大人のようだ。彼ならリオを任せても大丈夫だろう。
リオはじっと私のことを見ていたので、微笑み返した。短い間だったとはいえ、弟のような存在ができて楽しかった。
エルカットさんはリオから手を離すと、私たちを見ながらにっこりと笑みを浮かべた。
「皆様、今晩はお暇ですか? もしお時間があれば、お礼も兼ねてご馳走したいのですが、どうでしょうか? 旅路のことも是非聞きたいですし。美味しい食堂を知っていますよ」
キースはちらりとラッセルを見てから、笑顔で頷き返した。
「ええ、こちらこそ是非。――あの、ウォルトさんでしたっけ。貴方もよかったら、どうですか?」
ウォルトは肩をびくりと動かし、私を見てから首を傾げた。
「なぜ、自分もですか?」
「ルシアさん――いえ、ルーシャンさんと昔とても仲がよかったと聞いています。彼女の旅路を聞きたいとは思わないのですか? 色々と事件に巻き込まれましたが、彼女がいたおかげで解決できたこともありますし」
「……キース、むしろ私がいたおかげで、迷惑をかけたことが多かった」
キースは私の肩を軽く掴んで、ウォルトたちに背を向けて、口を寄せてきた。
「これは僕なりの君への気遣いなんだよ? ウォルトさん、とても驚いていたじゃないか。この状態だと二人でいたら、まともに話もできないよ? 時の流れは残酷だから、その隔たりを僕は解消したいんだ」
彼の言い分には一理あった。目があった瞬間から、ウォルトは私のことを避けている。何か理由があるとは思うが、私としてはとてはショックを受けていたのは否定できない。
「いいよね、ルシアちゃん。君のためにも、彼のためにも」
私はこくりと頷いた。
キースは視線を元に戻すと、ウォルトに微笑みかけた。
「僕たちとしては、この村の様子を色々な人から話を聞きたいんです。神殿に勤めている人だけでなく、貴方のように村に住んでいる人からも」
キースはさらに饒舌に言葉を出していった。本当に彼は流れるように言葉を出していくものだ。
私はもう一押しするために、口を開いた。
「ウォルト、無理にとは言わないけど、よかったら――貴方と一緒に皆で食事をしたい」
しばらく黙っていた彼はやがて息を吐き出してから、首を縦に振った。
「わかりました。夜は空けておきますので、同席させていただきます。エルカットさん、場所はあそこの店ですか?」
「はい、お察しの通り、あそこです。あの店の家庭料理は本当に美味しいですから。――皆さん、陽が暮れ出したら、この場に来てください。それからお連れします」
エルカットさんがはきはきと言ってくれる。キースが代表して、お礼を言ってくれた。
「わかりました。宿を確保してから、戻ってきたいと思います。では、楽しみにしていますね」
そこで私たちとリオは一度別れた。
グレイスラー当主の依頼は、彼をエルカットさんに送り届けること。もう共に寝る必要はなかった。
背を向けて歩いていく私たちをリオは名残惜しそうに後ろを見ている。やがて彼はエルカットさんに連れられて、神殿の中に入っていった。




