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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第3章 不穏な空気が漂う町
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(幕間)月とケーキと水と

 夜遅く、診療所の隣にある宿の前に出て、壁に背を付けながらぼんやりと月を眺めていた僕は、隣の建物から人が出てきたのに気づいた。

 その人は僕の存在に気づくと、傍に寄ってきた。月の光が黒髪を照らしてくる。

「ラッセル、安静にしてないと駄目だよ」

「わかっているが、キースには伝えておきたいことがあって」

「彼女のこと?」

 ラッセルは頷き、僕の隣に背を付けた。

「自分以外の時が止まったらしい」

「そう、やっぱりね。それ以外、何か言っていた?」

 首を横に振られる。

まあそうだろう。彼女の様子を見ていると、自分の身に何が起こっているか理解していないようだったから。

「なあ、キース、あいつをこのまま連れて行っていいのか?」

「まさかお前からそんな言葉が出るとは思わなかった」

 心底驚いた表情をすると、ラッセルは眉をひそめていた。

「悪かったな」

「別に。よっぽど彼女のことを大切に想っているんだなって思っただけだよ。……不確定要素だけを伝えることで、留まらせるのは難しいと思う。会いたいと言うのなら、会わせてあげればいい。それで何かあったら、そういうことだったってことだろう。僕たちが一緒にいなくても、いつかは彼女はあそこに辿り着く」

「冷たいんだな」

「僕が彼女にされた仕打ちに比べれば、冷たくないと思うけど」

「何やったんだ?」

「秘密」

 ウィルロード町での祭りの一件を言えば、叩かれるのはわかっているから、黙っておいた。

 今回はレナのことがあったから、ルシアちゃんのことはからかえなかったけど、あとで暇な時間を見て、彼女のことをいじろう。

「お前、レナさんのことといい、ルシアのことといい、何がしたいんだ?」

「レナは仕事上のお付き合い。ルシアちゃんはいじりやすいお嬢さん。本格的に口説くのは、彼女が弱っているときだけ」

 たいていそういう時はラッセルが傍にいるから、実際にやったことはないけど。

今回だって、こいつにだけ本当のことを話したんだろう?

 いやあ、嫉妬しそうだよ、この二人の関係。

 リオ君は子供なりに頑張っているけど、所詮子供だし。

アルフィーさんは気があるみたいだけど、積極性はないから、そんなに心配していないんだけど……。

 まあ一番の敵は、ルシアちゃんが会いたいって言っている人だろうね。

「村に着いたらどうする、ラッセル?」

「あの村や近辺は行ったことないし、しばらく滞在しようと思っているが、どうだ?」

「それには賛成かな。近くに鉱山もあるみたいだしね」

 とっとと離れれば精神的にも楽なんだろうけど、今回の件もあるし、すぐに彼女の傍から離れるのはできなかった。

「……キース、情報を得るのはいいが、あまり危険なところに首を突っ込むな」

「忠告ありがと。でも情報を得るのが僕の本職。やめるわけにはいかないよ」

「どうしてそこまでして情報を得たいんだ?」

「知りたがりなだけだよ」

 そう言ってから、僕は壁から背中を離した。ラッセルもそれを見て僕に背を向ける。

「早く元気になってね。やっぱり戦闘になった場合、お前が一番頼りになるから」

「よく言うぜ。薄いしびれ薬が付いたナイフを投げつけていた奴がよ」

 バレていたか。あまり刺さらなかったから、意味はなかったけどね。

 ラッセルみたいに長剣でも使えればもっと戦闘の幅も広がっただろうけど、そっちにさく時間はなかった。

 月の光が小さくなる。雲がかかってきたようだ。

 明日は曇り空かと思うと、少しだけ気分が萎えた。



 * * *



「あれ、ラッセルは?」

「ジルドさんに呼ばれて、連れて行かれている。話が聞きたいみたい」

「あいつの方が重傷なんだけど、まあいっか」

 ケーキを片手に、ルシアちゃんがいる病室に行ってみれば、あの黒髪男がいない。リオの坊ちゃんもアルフィーさんと一緒に出かけているらしい。

 ケーキを見せると、彼女は目を輝かせた。女の人ってどうしてケーキとか甘い物が好きなのかな。

「食べていいの?」

「もちろん。お見舞いだよ。たまには美味しい物を食べてね」

「ありがとう」

 皿を取りだして、ケーキを上に乗せて彼女の前に出した。彼女は美味しそうな表情で、ケーキを食べていく。僕はその隣でプリンを食べていた。

 こういう横顔を見ると、年相応に見える。最近は表情も柔らかくなって、距離を感じなくなってきた。心を許してくれるのは、こちらとしても有り難い。

 何気なく彼女の長い髪に触れると、びくりと反応される。頬を赤くしているのが可愛いが、そのまま何もせずに手を離した。

 彼女は視線を逸らして、ぽつりとつぶやく。

「レナさんって、美人で、とても女性らしい体をしているよね……」

 これは、まさか彼女の存在を気にしている!?

「そうだね。僕が出会った女性の中で五本の指に入るくらい、魅力的な女性だよ。同業者だったとは思いもしなかったけど」

「……やっぱり男の人ってそういう人がいいんだ」

 その発言、可愛すぎる!

 ここで抱きしめたら顔面を叩かれそうだから、少し落ち着いて返してあげよう。

 ケーキがなくなった皿を手の中からとった。

「そうとも限らないよ。最初に目がいくのはそういう所かもしれないけど、僕は中身重視の人だから。……何かに対して真っ直ぐ見ている人は、とても魅力的だと思うよ、ルシアちゃんみたいに」

 素直な思いを言ったはずなのに、彼女はむしろ僕から離れてしまった。

 今まで変なことをやりすぎたか。反省。

 どうすれば自分に彼女の気を引かせることができるかな。僕が持っている経歴なんて、たかがしれているけど……。

「キースって、どうして情報屋やっているの? たぶん相当名の知られている人だよね?」

 そこを聞いてきますか。気になる部分ではあるよね。たまに二つ名で呼ばれることもあるし。

 垂れ下がっている金髪を耳にかけ直した。

「たいそうなことじゃないよ。小さな時に家を出て、拾ってもらったところでそういう手段を教え込まれただけ。体を使ってねじ伏せるのもいいけど、情報を吸い上げた方が、効率よく相手を沈めるからって」

「家を出た?」

 目を瞬かせて、彼女は見てくる。そういえば僕のことを話すのは初めてだったかもしれない。

「僕もリオ君よりは少し劣るけど、そこそこの資産家の子供だったんだよ。次男だったから、出て行く分にはそこまで障害はなかったけど。……友達の家が経営している店が倒産したんだ。そこで手を差し伸ばさなかった父親を見て、腹が立って……」

「私も叔父に無理を言って連れて行ってもらったから、ある意味では家を出たっていうことになるかもしれない。私は相当反対された、お前は家で大人しくしていればいいんだって散々言われた」

「娘さんを大切に思うのは、ご両親の立場からすれば当然だと思うよ。今頃寂しがっているんじゃないかな」

「どうだろう。出る時、ほっとしているような顔にも見えたからわからない」

 どこの家庭にも複雑な事情があるようだ。

 さて、僕としては気になるのは、ルシアちゃんの両親について。

 彼女の背中について、彼らが知らないはずがない。村に留まりさせたいという想いがあったにも関わらず、最終的には送り出した。何か時期的なものでもあったのだろうか。

 ……いい加減、たった一文だけで考えを広めるのはやめよう。

 どうせクロース村に行けば、知りたかったことはおおかたわかるだろうから。

 皿をまとめて、僕は立ち上がった。

「ごめんね、安静にしなければならない時に。またあとでじっくり話そう」

「こちらこそ、ありがとう。ケーキ美味しかった」

 にこりと微笑まれると、こちらこそ嬉しくなってしまう。

 皿を近くにあった机の上に置き、彼女の顎を軽く上げた。薄茶色の瞳が大きく開いている。その瞳を僕だけに向けてくれ――。

 ゆっくり顔を近づけていると、突然ドアがノックされた。

 彼女は慌てて仰け反り、僕は何事もなかったかのように皿を持って、ドアを開ける。銀髪の少年と眼鏡をかけている青年が立っていた。

「キースもお見舞い?」

「僕は終わったから、もう帰る。あまりルシアちゃんを起こしっぱなしにしては駄目だよ」

「わかっているって、渡すもの渡したら僕たちも戻るよ!」

 そう言って、リオはルシアに向かって駆けていった。少年に顔が赤いよと言われているのを見て、少しだけ嬉しかった。

 アルフィーさんが持っている紙袋の中を垣間見ると、僕は思わずのぞき込んでしまった。眼鏡の青年は一冊の本を取り出す。

「これって、古い文字で書かれた本?」

「そうですよ。ルシアさんが竜について書かれた本を読みたいと言うので、古書店に行って、買ってきたんです」

「彼女、読めるんですか?」

「読めるみたいですよ。びっくりしましたね。僕でさえ辞書が必要なのに……」

 意外な特技を知り、ルシアちゃんを違った目で見た。

 リオと一緒に和やかに話している少女、古代文字で書かれた本を読む女性、そして弓を持って戦場へと駆け出す人間。

 どれが一番彼女らしい姿なのだろうか。

 不思議に思いながら、僕は部屋を後にした。



 夕暮れ時の通りを歩いていく。

 向かった先は、ある一人の女性が寝泊まりしている部屋だった。合い鍵を使って中に入ると、彼女は胸を上下させて眠っていた。傍にあった水差しが空になっている。その中に持ってきた水をつぎたした。

「キース……?」

 目を開けたレナが僕のことを見てくる。彼女の頬には大きな痣が残っていた。ちらりと見える胸元にも痣がある。

「ごめん、起こしたみたいで。もう帰るから寝ていていいよ」

 踵を返そうとすると、彼女がそっと僕の服を引っ張ってきた。それを見て僕はレナの手を握り返し、彼女の頬に手を添えた。

「……ごめん、本当に」

 見ていられなかった。女性がこんなにも無惨な姿になるのを。

 それにも関わらず、彼女は首をゆっくり横に振っていた。

「こういう仕事に付いているなら、避けては通れない道よ。気にしないで」

「でも……」

 やっぱりあの時、彼女も一緒に連れて行けばよかった。騒ぎが勃発したかもしれないが、少なくとも彼女の体は守れたはずだ。

「お願い。自分のことを責めないで。私はただ乱暴されただけ、コティク漬けにはならなかったのは、幸運なことよ。あなたたちが来るとわかっていたから、耐えられたの」

「君も……どうしてそんなことが言えるんだ……」

 ルシアちゃんも危険な目にあっても大丈夫だと言い張る。

 僕の周りには強い女性が多すぎる。

 レナはくすりと笑みを浮かべた。

「信じているからよ。私は貴方のことを認めている。適当なことを言っているように見えて、ちゃんとその先を見据えて言っている。そして他の人のことを大切に想っている姿が好きなのよ」

「あ、ありがとう……」

 他人から面と向かってそう言われるのは、久々だった。嬉しさと照れが入り混じる。

 彼女から手を離すと、レナは表情を一転させて、きりっとした表情になった。

「クロース村に行くのよね」

「……ああ。仕事だから」

「気をつけて。ここを出る前に、私が知っている情報をまとめておくから、必ず立ち寄ってね」

「いつもすまないね。借りを作ってばかりだ」

「じゃあ、今度一晩飲み明かしましょう」

「……君とは一生寝れなそうだよ」

 はあっとため息を吐いた。もう少し女らしい人は、周囲にいないのだろうか。

 どこか大きい町に行ったら、素敵な人でも探してこようかな。


 夕日が窓から射し込んでくる。

 とりあえず動けない二人の代わりに、旅立ちの準備でもしてこよう。

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