3-10 歪む空間(2)
「隠しているってどういう意味?」
目を丸くしながらキースのことを見る。彼は誤魔化さずにきちんと伝えてくれた。
「まずウォールとの戦闘の時、ルシアちゃん、瞬間移動みたいなのをしていたけど、あれはどうやったの?」
端から見たら、そのように見えたのか。言葉で表現するのが難しい出来事だった。
俯きながら、言葉を探してくると、キースは指を二本差し出してきた。
「二つ目がその背中の入れ墨。何も覚えはないの? それに関して何か言われたことはない?」
「……どうしてそんなことを聞く?」
絞り出された言葉がそれだった。
キースは座り直して、じっくり見てくる。
「君のためを思って聞いている。背中にある立派なそれは普通に生活していれば、描かれるものではない。周囲にはそれに関して言及していた人が、当時はいたんじゃないのか?」
「……わからない。されたかもしれないけど、覚えていない」
ある日だけの記憶がぷっつりと途切れている。気が付けば背中にあれが描かれていた。
その後、周囲は私のことを注意深く見るようになり、そしてあの人は――。
思い出すと、突然胸が苦しくなる。アルフィーさんがはっとして、私の体をさすってきた。そしてゆっくり深呼吸するよう、指示をしてくる。彼の声にあわせて深く吸って吐いてを繰り返した。
「キースさん、そこの点は抉ってはいけない部分です。おそらく僕たちが見たあの光景も、それに関連があるかと思います」
「はっきりさせるのはマズいということですね、わかりました」
落ち着いてくるとアルフィーさんは再び席に戻った。背中に熱が帯びているような気がする。怪我を負ってから、どうにも感情の変化が不安定だ。
「ルシアちゃんのことについては、これ以上追求するのはやめよう。――さて、皆にも聞いてほしい気になることがあるんだ。実は僕、最近妙な集団の名を耳にするようになったんだ」
「竜神創造会か?」
腕を組んだラッセルが聞いてくると、キースは頷いた。
「そうそう。よくはわからないけど、どうやら竜を創り出したいという集団らしいんだ」
「竜を創り出す? どういう意味だ。竜は俺たちが住んでいる大地を作って消えたはずだ。加護が受けられている石に竜の意志は宿るが、それが触れられるような実体化はできない」
「その通り。にもかかわらず、竜を実体化させたいんだ」
「オカルト的な集団なのか?」
「細かいところはわからない。各地に薄く広く散らばっているらしくて、耳にする情報がすかすかなんだよね。すべての竜に対して言っているのか、それとも一部の竜に対して言っているのかも謎で……」
キースは右手を口元に添え、その腕を支えるようにして左手を置いた。
「僕が仕入れた数少ない情報だと、その会の中には手練れの加護持ちがいるって聞いた。今回のマイリーアとウォールも半信半疑だったけど、彼らが薬だけで動いているとは思えなかったから、鎌をいれたら案の定だったね」
「認めたのか?」
「さっきジルドさんに聞いたけど、黙秘しているみたい。でも捕まえる間際に見た反応からして、ほぼ間違いないでしょう。薬漬けにする人を増やすのが目的のようだったけど、どうしてそれをする必要があったのかはわからない」
「薬を飲むことで人々の気分は高揚し、さらに感情の上下が激しくなり、場合によっては争いを引き起こすようになる。……自分がそれを聞いただけでは、感情の上下くらいしか注目すべきところがないのですが」
キースがアルフィーさんの呟きを聞くと、目を丸くしていた。そして感心した声を上げる。
「アルフィーさん、いい洞察力していますね」
「いえいえ、昔勉強したことがあるだけですよ。感情というのは、人格形成をする上で必要なもの。それは周囲にも影響を及ぼす重要なものですから」
「じゃあ、そういう人間を作りたい集団なの? どうして?」
二人の青年に挟まれたリオはきょろきょろと左右を見比べる。それを答えたのはまた別の人間だった。
「……感情が高まれば、突発的に巨大な力を出せる。いわゆる火事場の馬鹿力ってやつだ。竜の加護であってもそれは例外じゃねぇ」
ラッセルは左手を握りしめていた。
「創り出すってことは、莫大な力が必要になってくる。その一つの力の作り方が、今回の薬事件じゃないのか?」
「今言った考えは悪くはない推理だね。機会を見て、他の情報屋と意見交換してみる。もし今のが本当だとしたら、膨大な数の人間に被害が及ぼすことになるから」
「なあ、キース。たしかにその集団は色々と問題だろうが、これからオレたちが進む先でも出会う可能性はあるのか?」
ラッセルが問いかけると、キースは立ち上がって窓から外を眺めた。
「……リオ君、僕たちがこれから行くところはどこだっけ?」
「クロース村だ。あそこにも神殿はあるけど、空神殿だろう?」
「そう空だ。竜がいない場所。だから気になるんだ。もし創り出すのが、いたかもしれない竜だったら――」
「……竜がいたと思われる村に、そいつらは手を伸ばしてくるかもしれないというわけね」
私がキースの言葉に続いて言うと、彼はちらりと見てから頷いた。
クロース村は何の変哲もない村と聞いている。その村にまつわる事件は耳に入ってきていない。
だが日がたてば、今回のような魔の手が伸びてくるかもしれなかった。
「まあすべて想像のことだから、ただの杞憂であることを願っていよう。引き続き僕は僕で調べてみる。だから二人は傷を早く癒して、ここを出発しよう。ここからなら定期的に荷馬車がでているから、乗馬しなくても大丈夫だと思うよ」
すなわち完治までいかなくてもいいから、早く動けるようになれと言っているようなものだ。
私は頷き返すと、キースはにっこり微笑んでくれた。
* * *
夜の部屋の中は、ラッセルと私だけになる。リオが傍にいたそうな雰囲気だったが、キースが首根っこを持って連れて行ってしまった。今のうちにきちんと睡眠をとりなさい、昨日も寝ていないんだろう、というコメント付きで。
ご飯を食べられる元気はあった。数日間安静にして、傷がある程度ふさがれば、大丈夫だろう。
寝っ転がった状態で視線を右に向ける。ラッセルが天井に目を向けたまま起きていた。
「……すまん」
「何が?」
「護ると言っておきながら、怪我を負わしたことだ」
「敵が敵だったから仕方ないって」
「……そうか、ありがとな」
そこで沈黙となった。
布団の中に潜り込み、瞼を閉じようとすると、ラッセルが再び口を開いた。
「お前、瞬間移動みたいなの、したよな?」
閉じようとしていた瞼が再び開く。
「……たぶん他の人にはそう見えたと思う」
「どうやった?」
詰問口調ではあるが、いつもより声に棘はなかった。流しても可能だろうが、特殊な力を持っている彼なら、少しは理解してくれるかもしれない。
「……周りの人の動きが止まった。その間に私が動いただけ」
「時が止まったのか。あの戦い以外で、そういうのを経験したことは?」
「あれが初めてだった。あの場面で自分が殺されそうになった時と、ラッセルが殺されそうになった時だけ」
「そうか……。無意識のものなら、やめろとは言い切れないな。ただ、もし意識的に抑えられるのなら、できる限りやめろ。時間は短くしろ。それがオレからの忠告だ」
「……ありがとう」
布団を軽く下げて、ラッセルに向けてお礼を言うと、彼はそっぽを向いた。
「それくらいのこと、さっきどうして言わなかった?」
「言葉がうまく思いつかなかったから。それと信じてもらえるか心配で……」
「オレにはどうして言った?」
「不思議な現象であっても、きっとラッセルならわかってくれると思ったから」
火竜の加護を持つ彼は、常人とは違う力を持っている。だから素直に言葉を出せたのかもしれない。
「その台詞、他の奴らが聞いたら拗ねるぞ。あの子供なんか特に」
「そう? 残り少ない期間だから、もう少し色々と話してみる」
クロース村まではもう一息。
楽しかった道中も終わりである。いい人に恵まれたなと思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。




