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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第1章 交易の街の冒険者ギルド
3/40

1‐3 流れ者とギルド所属人(3)

 陽が暮れゆく中、キースは人混みの中を躊躇なく進んでいた。その後を黒髪の少年と帽子をかぶった私の二人が続いていく。はぐれる可能性も危惧したが、意外にもキースは気を使ってくれて、時折立ち止まったりして待ってくれた。

 やがて連れてこられたのは、一件の食堂。たくさんの人で賑わっているのか、喧噪が外にいても聞こえてきた。

「お腹空いているだろう。奢るから、ご飯でも一緒に食べよう」

「ここって、超有名店じゃねえか!? 新鮮な肉をたくさん使っているんだろ!」

 ラッセルが目を輝かせながら、店を見つめている。

 表情を変えずに闇獣を倒したと思えば、食べ物に関しては表情を変えて反応する。どっちが彼の本性だろうかと、首を傾げてしまいそうだ。

「……せっかくだからご馳走になる」

 店の中から、美味しそうな匂いが漂ってくる。お腹に刺激を与えるには充分だった。

 中に入ると、ちょうど入れ違いで人が出て行ったため、すぐに座ることができた。

 キースが飲み物にエールを私の分まで頼もうとしたが、慌てて止めに入った。彼は軽く首を傾げて、顔をのぞき込んできた。

「飲まないの? ルシアさん」

「あ、ああ。ちょっと……」

「男の子ならこれくらい飲めないと、将来大変だよ?」

 言葉が詰まった。

 正直に言ってしまえば、酒を飲んだことがない。いつも旅をしていた相手が事情をわかっている叔父だったため、薦められたことはなかったのだ。

 だがこれからも一人で移動することを考えると、エールの一杯くらい飲めないと、どこかで息詰まる気がした。

 数瞬の沈黙の後、軽く首を縦に振る。

「……やはりせっかくだから飲もう」

「そうこなくちゃ」

 キースの口元がにやりとつり上がったが、すぐに戻った。

 あとは適当に注文すると断ってから、キースはサラダや軽く摘めるもの、肉料理をてきぱきと頼んだ。その間にエールが入ったジョッキが三つ、机の上に乗せられる。

 それを手にすると、キースが二人を見ながら口を開いた。

「今日はお疲れさまでした。かんぱーい!」

「乾杯!」

「か、かんぱい……」

 たどたどしく言いながら、三人でジョッキをぶつけ合った。

 そしてエールを口に付けた。よく冷やされているのか、とても冷たい。味に深みがあり興味深い代物だが、苦いのが難点だった。

 少し飲んでジョッキを下ろそうとしたが、キースがにこりと笑っているのを見て、なぜだかもっと飲まなければと思い、もう少しだけ飲んだ。全体の三分の一程度まで飲んでジョッキを置くと、一瞬頭がくらっとした。手近にあったポテトに手を伸ばして、なんとか誤魔化す。

「ルシアさん、意外と強いね。――あ、ラッセルはお代わり?」

「ああ。喉も乾いていたからな」

 目を見張って、ラッセルのジョッキを見る。微かな泡が残っているだけで、中身は空だった。

 それに対して、私のジョッキの中にはまだまだ入っている。ごくりと唾を飲み込んでから、再びジョッキに手を付けた。そして意を決して、一気に飲み干していく。

 しかし、三分の一くらい残したところで、視界がぶれてきた。鼓動も速くなっている。全身が熱い。思わず体がやや前のめりになった。

「……ねえ、ラッセル、厨房に行って、水もらってきてくれない?」

「は? 注文すればいいだろ」

「混んでいるから、すぐに来られないかもしれない。ルシアさん、無理したみたいだから」

 ラッセルは視線をこちらに向けると、明らかに顔色を悪くしている自分に気付いたのか、舌打ちをしつつも立ち上がった。

「……ったく。オレのエールももらってくるからな、財布番」

「どうぞ」

 にこりと見送ると、急にキースが真顔に戻って、口元に顔を近づけてきた。

「……無理しちゃ駄目だよ」

「無理なんか……」

「そんなに酔ってちゃ、変な男に捕まって、危ないことされちゃうよ、ルシアちゃん(・・・)

 熱くなっていた体が急激に冷えていくのがわかった。傾いていた体を持ち上げて、キースを睨みつける。彼は飄々としていた。

「怖い顔しないでよ。別に僕が襲おうとか思っていないから。言葉遣いや態度では、そこそこ演じきれていたけど、体の中はまだ幼い子どもみたいだね。これくらいで酔っちゃうなんて、可愛い」

「……いつから気づいていた」

 この男にもはや嘘はつけなそうだ。今聞き出して、今後に生かすしかない。

「初めて見たときから? 確信したのはこの町で会ったときかな。じっと見ていると同姓とはあまり思えなかったんだ」

「初めで勘付くとは恐れ入ったよ」

「どうしてそんな格好で旅しているの?」

「……話したくない」

「そうか。残念だけどまたの機会に聞こう。……ああ、ラッセルはたぶん気づいていないから安心して。あいつ、鈍感馬鹿で、戦闘と竜が命だから」

「竜が命……?」

 キースが軽く手を振ると、ラッセルがエールを入ったジョッキと水が入ったグラスを持ってきた。水を差し出されると、それを私は一気に飲み干した。

「あんまり無理するなよ。オレに対等に飲むっていう考え自体が、間違っているからな。……水のおかげか? 少しは顔色が良くなったな。ほら、食えよ。旨いぞ、この肉は!」

 ラッセルが肉を皿に乗せて、私に向けて押し出してくる。

 馬鹿で単純、喧嘩っぱやい酒が強い少年と、にこにこ笑っているように見えて、何を考えているかわからない、自分の性別を言い当てた青年。

 楽しく愉快な二人ではあるが、一緒にいると調子が狂いそうだった。



 キースがぼろを出さないかと心配だったが、それは杞憂だった。

 彼は私のことを男の子として、しっかり扱ってくれていた。酒は勧めず、食事を勧めながら。

 ラッセルの言うとおり、この店での食事はとても美味しかった。どれもが食材の味がよく引き出されている。特に香ばしい肉を頬張ったときには、今までの旅の苦労が報われたような気がした。食を巡りながら旅をするのもいいかもしれない。

 彼らとの会話は、ほとんどが二人の旅の道中についてだった。気を使ってくれたのか、私の過去話をするような状況にはならなかった。

 キースという男、胡散臭い奴ではあるが、人への気の回し方はかなり優れているようだ。

 ラッセルがかなりの量のエールを飲み、肉を食べている様子を、私はまじまじと見ていた。

「よく食べるんだな……」

「燃費が悪い体になっちまったからな」

 ラッセルが左の腕輪を軽く見せる。竜の加護を受けた証ともいえる腕輪だ。

 竜の加護を受けた者は、力を得たのと引き替えに、多かれ少なかれ一般の人とは違う体質になる。その体質は傍から見て、「少し変だな」「変わっているな」くらいしか思われないため、気にする者は多くなかった。

 たとえばラッセルの体質。彼は大食であり酒豪の人間。周囲を見渡せば、決していないわけではない。

 他にも聞いたことがある話では、寒がり、暑がり、鼻が異様に敏感になる、鈍感になる、眠くなりやすい体質になる、などが挙げられる。少々生きにくい体になるが、その分力を得られるもの事実だった。

 しかしそのような体質になる以上に、大きな反動があった。

 ちらりとラッセルを見る。自分よりも二歳上の少年。さらに年齢を重ねれば、精悍な青年にもなるだろう。壮年期では素敵な男性にもなるかもしれない。だが――、中年期や老年期まで、長生きできる保証はまったくなかった。

「ルシア、そういう目で見るな。酒がまずくなるだろ」

 視線を下げていると、ラッセルが口を尖らせて言い捨ててきた。

「オレはわかっているさ、この力を手に入れるのに、必要なものを。だから二度とそんな顔はするな」

「わかった。すまない……」

 つい謝ると、ラッセルは眉をひそめた。言葉の選択を間違えた。彼は寿命が人よりも短い事実を受け入れているのに、それに同情するような言葉を出してしまった。他人の気持ちなどわからないのに、そのような言葉を出すなど、私はとんでもなく失礼な奴だ。

 ラッセルが無言のまま残っていたエールを飲み干すと、キースが先ほど受け取った金貨が入った布袋を机の中央に乗せた。

「さて、ラッセルの腹もようやく膨れたところで分配しよう。ルシアさん、どれくらい欲しいとかご意見はある?」

「動いた額に見合うものならいい。どうやら自分は横入れをしてしまったみたいだから、少なくても何も文句は言わん」

 キースの視線がラッセルに向けられる。彼は水を口に付けたまま、視線を逆側に向けた。それを見た金髪の青年はため息を吐く。

 そして何も入っていない小さな布袋の中に、貨幣をいれ始めた。

「たしかにルシアさんがいなくても、あの場はどうにかできた。でも接近を許すことになるから、雇い手に不安がらせる恐れもあった。だからあの時、矢を放ったのはある意味でいいタイミングだった」

 貨幣が音を立てて、袋の中に入っていく。

「護衛している立場としては、護るのは当然だけど、護衛者の精神をできるだけ不安定にさせないようにすることも、重要なんだ」

 音がやむと、小さな布袋を私の方に差し出してきた。

 手を伸ばして中身を見ると、予想以上の貨幣が入っていた。明らかに多すぎる。

 首を横に振って戻そうとしたが、両手で突き返された。

「お金が必要なんだろう。遠慮なくもらいなさい。いいよね、ラッセル?」

「数日くらいの宿代と飯代さえあれば、とりあえずいいぜ。なかったら適当に狩りに行くだけさ」

 キースは気前のいい発言をしたラッセルの肩を、がっしりと掴んだ。

「さすが相棒。いい言葉を出してくれて嬉しいよ。――というわけだからルシアさん、遠慮なく受け取って。そのお金をうまく使って、目的地まで行きなよ」

 私のことを考えてくれる、太っ腹でいい男だと思ったが、ここで完全に気を許すことはできない。

 彼とは出会って一日もたっていない。信用できるという言葉では一掃できなかった。

 今は自分の身を護るためにも、目の前にあるものを受け取ることにした。

「ありがとう。有難く受け取らせてもらおう」



 その後、店を後にした私はキース連れられて、宿屋の一つを紹介してもらった。少し高そうな宿だが、その分設備は充実していた。受付には常時人がおり、施錠もしっかりしているため、防犯面では申し分ないらしい。

 キースたちは別の宿を既に取っていたため、その宿屋の前で別れることになった。

 感謝の言葉を再び二人に言うと、笑顔で見送ってくれた。

「また何か機会があれば」

「次までに少しは酒飲めるようになれよ」

「色々と世話になった。次は粗相のないように気をつける」

 そして私は宿の中に入っていった。宿屋の受付の応対はとても丁寧なものだった。空いている一室に案内されると、私は鍵をかけてしっかり施錠した。

 部屋の奥に入ると、ふかふかのベッドが部屋の端に置いてあるのが見える。その横を通り過ぎて、カーテンを閉めてから鏡の前に立った。

 帽子を深く被った幼い少年がいる。その帽子をおもむろに脱いだ。

 その下から露わになったのは、少しくすんだ赤色の長い髪を後ろで小さなバレッタで留めた少女。女性特有の部分である胸は小さいため、その点で気付かれることはあまりなかった。だが全体的な体格、声の質などから、性別がばれても不思議ではない。

 バレッタを外して、髪を肩に下ろす。

「……もう少しで彼に会えるから、それまでの辛抱よ。自分の身を護るためにも、最後まで頑張ろう、ルーシャン」

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