3-8 作戦決行(2)
アルフィーさんが作った穴から煙が流れ出ていく。逆側にも穴が空けられ、そこから煙が出て行く。しかし発生した煙は量も多かったため、なかなか消えなかった。
煙の中から人影が現れる。一瞬身構えたが、それがレナさんを抱え上げたキースだと気づくと、触れていた短剣を少し離した。
キースは私たちの存在を確認すると、穴が空いた方を見てから、アルフィーさんと共にそちらに進もうとした。
その時、突如感じた殺気に反応した私は、アルフィーさんを突き飛ばしていた。彼がいた場所に、小さな地柱が走り抜けていく。それは背後にあった建物に勢いよくぶつかっていった。直撃していれば、大怪我以上の被害があったはずだ。
ごくりと唾を飲み込む。
「私の許可もなく、勝手にどこかに行かないでよ。逃げられると思っているの?」
少し離れたところから、剣と剣が弾き合う音が聞こえてくる。ラッセルとウォールが衝突しているようだ。
煙の中から現れた女性は、口元をつり上げていた。キースが前に出ようとするのを制して、私が先にでる。彼は目を丸くして私を見ていた。
「僕が相手するよ。君は逃げてくれ」
「それはこっちの台詞。彼女を抱えているのに相手ができるの? アルフィーさんも一緒に行って。ここよりも外の方が乱戦になる気がするから」
耳を澄ますと、騒がしい声が聞こえてきた。先発部隊が裏門を開けるのに成功したようだ。幸か不幸か、最も厄介な相手が私たちの目の前にいるため、思ったよりもやりやすかったのかもしれない。
「だ、駄目だ。自分も一緒に残って――」
「一人の方が動きやすい。だから行って」
ばっさり言い切ると、アルフィーさんは口をつぐんだ。
嘘は言っていない。頭も回り、加護持ちとはいえ、戦いの基礎も知らないただの学者の卵だ。
今は自分の身を護るのに精一杯の私が、彼を考慮しながら動けるとは思えない。
私は話しながら、ポケットに手を突っ込んだ。
「さっきからさ、何を言っているの? 誰も逃がしは――」
マイリーアの言葉が途中で切れ、彼女の瞳は大きく見開いていた。その頬から、うっすらと赤い液体が流れ出る。彼女の顔の横にナイフを投げ付けたのだ。
旅の途中、キースにナイフ投げのコツを教わっていた。もともと狙いを定めるのは得意としていたため、教えてもらったことで精度を上げることができている。
マイリーアは頬に指を触れて、血をぬぐい取る。そしてそれをぺろりと舐めた。
「欲も私の顔に傷をいれたな。お前はいらない、殺してやる」
私は弓矢を肩から背負っている袋の中から取り出して、すぐに射られるような体勢を取った。
マイリーアが手を突き出すと、腕輪に付いている石が光り出す。
崩れた土の壁が浮き上がり、彼女の目の前に集まっていった。
「あたしに盾突くとどうなるか、見せしめとなってもらうよ」
マイリーアの声は低く、殺気だっていた。これは本気で怒らしたみたいだ。キースたちへの意識を少しでもそらしてもらえば――それでいい。
見る見るうちに、土はあるものを形作っていく。やがてそれは大きな獅子の形となった。牙まで精巧に作られている。
「二人とも私のことを思うのなら、今は彼女を連れていって!」
「……わかった。これだけ渡していくよ。待っていて、戻ってくるから」
キースが私に小さな布袋を押しつけていく。それを受け取り、ポケットの中に突っ込む。
さらにアルフィーさんが指輪を差し出してきた。それを見て、目を丸くする。
「これは……」
「少し調整して作ってみたもの。大丈夫、君には負担が軽いようにしてあるから」
「……ありがとうございます」
そしてしっかりと右手の中指はめ込んだ。
キースはマイリーアの様子を一瞥し、アルフィーさんに合図をしてから、壁穴に向かって走り出した。
女が視線をそちらに向けるが、すぐに彼女の視線を遮るかのように移動する。彼女は舌打ちをして、土でできた獅子を私に向かって走らせた。
「お望み通り、殺してやる!」
二人の足音が遠ざかっていく。一方、目の前には大きな足音が迫ってくる。
息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。そして土でできた獅子を睨みつける。
さて、獅子狩りといこうか。
突進してくる獅子に対して、寸前でさっと横にずれる。獅子は十歩以内で足を止めて、反転してきた。思ったよりも反応がいい。
今度は避けながら、背後を取ったところで矢を放つ。至近距離だったため、易々と刺さった。だが土でできているそれは、刺されてもびくともしなかった。
「バカねぇ。そんなヘロヘロ矢で倒せると思っているの? もっと頭が回る女だって聞いていたけど、何かの間違いね」
頭が回る女と聞いた?
誰だ、それを言ったのは。私は最近まで女という性別を隠して行動していた。どうして女という単語が出てくる?
獅子はマイリーアの周りを回ってから、再び突進してきた。直前で止まり、地面に爪をたてて、私に向かって土を投げつけてくる。
左目だけを瞑り、右手で顔に軽くひさしを作ると、その隙に左側から獅子が迫ってきた。仰け反るようにして突進から逃げる。
だが途中で獅子の爪が左腕に引っかかった。服が裂け、そこから血がにじんだ。
獅子とマイリーアの様子を見ながら後退する。右手で左腕を軽く押さえる。大丈夫。軽く切られただけだ。動く分には支障ない。
「かすっただけだから、大丈夫なんて思っているの? 明らかに劣勢なのによく言えるわね。それで弓なんて持てるの?」
「ご心配、ありがとう」
私は痛みを我慢しながら弓を持ち上げて、矢を真っ直ぐ引いた。
「この通り大丈夫だから、心配しないで」
土でできた獅子に向かって、矢を放つ。脳天に当たるが、動きが鈍ることはない。傍にいたマイリーアが獅子の頭から矢を引き抜いた。
その間にすかさず矢を数本連続で放った。彼女は獅子の後ろに下がって、攻撃が当たらないよう移動する。一本も女に矢は当たらなかった。
手近に持っていたナイフをさらに一本投げると、土の獅子の周りに細かな粒子が飛散したのが見えた。
私はキースにもらった袋から、黒い玉とマッチを取り出して、玉の先端に伸びている紐の部分に火を付けて、獅子に向かって投げつける。
「単調すぎる攻撃。いくらやっても無駄――」
黒い玉が獅子に接触する前に、獅子の頭が爆発した。近くにいたマイリーアは顔を手でかばったが、爆風で後方に飛ばされた。
爆煙もあがったが、すぐに薄れる。私は右手を伸ばして、中指にはめられているターコイズブルー色の石を、目を細めてみた。
煙がやんでくると、土の頭が半分割れている獅子が見えてくる。口を開いて牙を見せながら、こちらに近づいてきた。
こちらは動かずにじっと待つ。そしてある程度間合いが縮まったところで、私は石に願いを込めた。
水よ――、あの土の獅子まで伸ばせ――!
すると指の先端から水が勢いよく発射され、土でできた獅子に貫通する。水の量を増やすと、穴はどんどん大きくなっていった。やがて土と水は弾き飛び、土でできた獅子はその場で土となって還っていった。
「獅子が……!?」
マイリーアは信じられないといった表情で、首を小刻みに横に振っている。呆然としている彼女めがけて、私は弓を構えた。上半身ではなく、下半身よりに照準を合わせて放つ。
しかし、放った直後、矢は真っ二つに叩き斬られた。歯を噛みしめ、弓をおろしながら目の前に現れた人物を見る。
無表情の青年ウォールが私のことをじっと見据えていた。
「ウ、ウォール、こんな女、いらない。殺しちゃって!」
彼はそれに承諾したと言わんばかりに、剣を持ち直して、私の方に体を向けた。私は弓を担ぎ、短剣を手にする。
ラッセルが見えない。煙はだいぶ薄れているが、まだ残っているため、そこに身を潜めていると思いたい。
ウォールが一歩踏みだし、走り始めた。
速い――! 周囲を確認する時間すら与えられずに、攻め込まれた。
右横から剣が振られる。それを横にずれて避けるが、彼は追撃の手を緩めなかった。
今度は右肩に向かって振り落とされる。かわすのは無理だと判断し、両手で短剣を持って、受け止める。
だが完全に受け止めきれずに、じりじりとこちら側に力が加えられていく。短剣の刃が自分の肩にまで迫る。そして押し込められると、肩から血が滲み出した。
苦悶の表情を浮かべていると、横からウォールに対して蹴りが入る。彼は私から剣を離して、それから避けた。
左腕から血を流しているラッセルが剣先をウォールに据えていた。
「無理すんじゃねぇよ。お前、接近戦強くねぇだろ」
肩を上下しながら横目で彼は見てくる。
「そっちだって、無理しないで」
「オレは金をもらって仕事をしているんだ。それに見合った仕事をするだけだ」
ちらちらと私のことを見ているウォールに向かって、ラッセルは走り出す。相手は驚きもせずに剣で受け止めた。
ラッセルは剣を弾きながら後退した瞬間、小さな火柱をウォールの目の前に作り出した。相手の足が止まっている隙に脇に入り込んで、横から剣を振り抜く。逃げるのに遅れたウォールの腕をかすったが、動きを鈍らすにはほど遠く、軽々とかわされてしまった。
その攻防の様子を見守っていると、マイリーアが土でできた獅子を崩して、小型犬を作り上げる。それを私に向かって放ってきた。
それぞれの竜には特徴がある。
たとえば土竜は物体を作り出すことが好きだったという。土や石で置き物を作ったり、目に見える物体を作り上げたりとしたという。
そのため土竜の加護を受けている者は、物体を作り上げて、財を形成している人が多かった。物を作るだけなら、そこまで負担はかからないというが、あまりにも巨大な物や動く物であれば、寿命を軽々と縮めてしまうとも言われていた。
このマイリーアという女性、自分の体のことなどを考慮せずに作り出している。死ぬのが怖くないのだろうか。
「私たちの邪魔をする人たちは消えなさい!」
私たち――マイリーアとウォールのことを言っているのだろうか。
それとも、他にも誰かいるのだろうか。
飛びかかる小型犬の動きを見極めながら、アルフィーさんから受け取った水竜の加護が少しだけ宿った指輪を見せつける。そこから水鉄砲が飛び出て、犬の顔面に直撃した。頭を貫くが、犬の動きを鈍らすことはなかった。
不死身とは厄介な存在だと思いながら下がっていると、突如横から怒鳴り声が飛び込んできた。
「おい、後ろ!」
気づくのが遅すぎた。後ろに視線を向けると、ウォールが私の背中のすぐ傍で剣を振り上げていた。これは直撃したら命に関わる。
振り落とされる剣がとても遅く見えた。避けなければ。
だが行動に移す前に、ウォールの剣先は私の背中に突きつけられた。
その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。




