3-7 作戦決行(1)
作戦決行の夜、私たちはジルドさんに連れられて、柵で巡らされた北の界隈の近くを訪れていた。
今回は普段着ている動きやすい服装で、髪は後ろでまとめ上げて、バレッタで留めている。戦闘するのに不自由がないようにしていた。
キースがそっと私の肩に手をかけてくる。そして背中に軽く触れた。傷を負った場所を避けているため、痛みは走らなかった。
「ルシアちゃん、僕たちが全力で護るけど、無理はしないでね」
私は弓矢を入れた布袋を持ち直した。
「大丈夫。無理しないよう、後衛の仕事に集中する。キースもレナさんのことを無事に助け出して。きっと貴方のことを待っているから」
レナさんが体を張って、自分たちを逃そうとしたときの表情が今も脳内から離れなかった。これから彼女自身に起きることを、覚悟している表情だった。
「わかっているよ。ジルドさんにも了承をもらっているから、僕たちは案内を終えたら、混乱に乗じて彼女を捜し出そう」
そして彼は私の肩を軽く押して、前へと押し出した。
ラッセルが硬い表情で視線を合わしてくる。アルフィーさんも心配げな面もちで私を見つめていた。二人の肩に入っている力を少しでも抜こうと、私は小さく笑みを浮かべた。
先発部隊は私たちも含めて十五人。私たちは四人組だが、それ以外は二、三人で組んで行くことになっている。アジトの位置を確認後、偵察部隊を残して残りは裏門を開けにいく。
私たちはレナさんを救出するのを念頭に置いているが、状況に応じて臨機応変に動くつもりである。裏門が開かなければ、今回の作戦は実行できないからだ。
ラッセルとキースが先に表門をくぐっていく。案の定、門の近くで待機していた女性たちが寄ってくる。
キースは顔がばれないように、帽子をかぶっているが、それが意外とさまになっている。女性たちが目を引く青年であることは、否定できなかった。
二人が引きつけている間に、私たちもするりと中に入る。表情が固いアルフィーさんを私は引っ張っていく。客引きの女性が一人来たが、私はやんわりと断った。
「知り合いに教えてもらったパブで飲むつもりなのです。その人の顔を立てるためにも、遠慮しておきます」
そう言って彼女の口が開く前に、その場から去っていった。
表通りの端をしばらく通っていった。視線を軽く後ろに向けると、ポケットに手を入れたラッセルと、周囲に視線を走らせているキースがついていた。
「……ルシアさん、すごいですね。堂々としていて」
「仲間がいるからできるだけです。一人だったらできませんよ」
照れを隠すかのように視線を逸らした。
ふと周囲を見ると、違和感がした。
気のせいだろうか。先日よりも通りを歩いている人の数が少ない。歩いている人も、酒に溺れている輩ではなく、虚ろな瞳でふらついている人が多い。
そう、話に聞いた薬の被害者のように――。
私は周囲を見ながら、キースとラッセルと視線をあわす。頷かれると、アルフィーさんに目線だけで指示して、裏通りに入った。
顔が割れている可能性が高い私たちが裏通りに入ることで、他の先発部隊への意識を薄れさせる。町中の様子がおかしく、敵意が向けられているとわかった時は、囮になると事前に提案したのだ。そうすれば少なくとも敵の戦力は分散させることができる。
他の先発部隊はそのまま表通りを進んでもらっている間に、私たちは左に右にと次々と移動していった。すると高さがある建物の間の十字路において、左側から瓶を振りかぶった男が襲ってきた。
アルフィーさんを少し前に押して出して、自分は半歩下がった。瓶が二人の間に振り落とされる。男の目は虚ろで、口からは涎が垂れていた。
男が私に視線を向けて、再び振り上げる。その前に手首にかかとを落として、瓶を離させた。地面に叩きつけられた瓶は音をならして、割れていく。
そこで息をつかずに、私は男の腹に蹴りを入れて後ずらせた。男がうめき声を上げながら、顔を上げようとする。
まだ倒れないのか、この男は。
歯を噛みしめながら、それを迎え撃つために体勢を作ろうとした。
だが、その前に男の背後にいたアルフィーさんが大きなタイルで頭を殴る方が先だった。男はその場に倒れ込む。
驚いているうちに、アルフィーさんに手を取られた。
「逃げますよ。埒があきません!」
はっとして男たちのさらに後ろを見ると、四、五人の男たちが寄ってきていた。おそらく全員、薬の中毒者。
視線をちらりと隣の裏路地に向けると、キースとラッセルが駆けていくのが目に入った。後ろからは同じような男たちが二人を追っている。
アルフィーさんのいうとおり、ここは逃げた方がいい。攻撃をかわして、走り出す。
先ほどと同じように、右に左と曲がりながら進んでいく。
走りながら再び隣の通りを見ると、キースが私たちの存在に気付き、数歩後ろに下がって、直進しろと指で促してきた。
それに従って走っていくと、やや中くらいの大きさの通りに飛び出た。ここを左に真っ直ぐ進めば、メイン通りに出る場所だ。目を細めると、私とラッセルがキースを助けに潜入した宿が見える。
左に向かって早歩きで移動したところで、ちょうど道に出てきたラッセルとキースと合流した。
薬中毒者たちはまだ現れてはいない。
「確実にバレているね。僕たちが追いかけられている分には、まだいいんだけど……」
キースは周囲を警戒しながら、言葉をこぼした。
彼の言うとおり、私たちは囮役。この隙に残りの先発部隊が本拠地の監視と裏門に向かっている。
「さて、僕たちは僕たちのことをしようか」
大通りに向けて歩きだそうとすると、突然目の前に巨大な土の壁が通行を妨げるように飛び出てきた。
ラッセルはきびすを返して、逆側に走り出すが、反対方向も土の壁が出てきた。
あっという間に両方とも二、三階建ての建物くらいの高さになってしまう。
「くそっ!」
舌打ちをして壁を蹴りつける。土の壁と建物の間に囲まれる形となってしまった。
アルフィーさんが土の壁に手を触れた。
「……微かですが竜の気配が感じられます。ラッセルさんもおわかりですよね?」
「ああ。まったく大層なことをしてくれるよ!」
ラッセルは建物のドアから現れた、茶髪の女性と紺色の髪の男性を睨みつけた。
胸元があいた服を来ている女性は、口に手を当てながら笑っている。
「あら、簡単にネズミが捕まったわね。こっちのネズミを探しに来た人たちかしら?」
男性が建物の中にいた人の首根っこを捕まえて、二人の前に投げ出した。
私とラッセルは息を呑む。キースは眉をひそめたまま、微動だにしなかった。
猿ぐつわをかまされ、両手両足を拘束されたレナさんが、ぐったりとした状態で横たわっていたのだ。さんざん痛めつけられたのか、顔に大きな痣ができている。
「わかりやすい人たち。やっぱりこのネズミを助けに来たのね。ちょっと言ってちょうだいよ、色々とやったけど、全然口を割らないのよ? 顔を傷つけてもまったく口を開こうとしないの」
女はレナさんの頭に靴を乗せてきつく踏みつけた。
ラッセルが飛び出ようとするのを、キースが手で制している。
「情報を吐き出せないのなら、薬漬けにして、どれくらいで廃人になるか実験しようかと思ったけど、ウォールがちょっと待てって言ったの。このネズミを助けに、誰か来るだろうからって」
女はにこにこしながら、私たち四人の顔を見る。そして両手を握りしめて、軽く頬に当てた。
「披見体が増えて、嬉しいわ。かっこいい男があがく姿も見たいのよ」
女が左腕の長袖を引き上げて、手首についているベージュ色の石がはめ込まれた腕輪を見せつけた。
土竜の加護を受けている者の証。この土の壁の出来上がり方から判断して、力を使いこなしている人間だろう。
加護の受け方の度合いにより、対象とする物質を出現させる大きさが変化する。ラッセルは聞いたところによれば、あまり強く加護を受けてはいない。だからせいぜい目の前にいる闇獣を燃すくらいしかできないのだ。
この女は人の移動を容易に妨げるほどの壁を出現させた。すなわち加護を強く受けていると思われる。
しかし竜の加護を強く受ければ受けるほど、体にかかる負担は大きくなり、結果として寿命がさらに短くなると言われていた。
そのような危険を冒してまで、なぜ加護を得たのかと聞きたいが、口がよく回りそうなこの女からでは、満足した答えは得られないだろう。
「ウォール、動けないように痛めつけておいて。この女のように」
「……わかった、マイリーア」
紺色の髪の青年が灰色の瞳を私たちに向けてくる。研ぎ澄まされている表情を見て、思わずびくりとした。
「ねえ、ラッセル。そっちの男を頼んでもいいかい?」
キースはラッセルに対して軽く目配せをする。それを受けた彼は首をしっかり縦に振り、皆の前に歩み出た。口元にはほのかに笑みが浮かんでいる。
「ああ。派手にやるかもしれねぇから、そこら辺はよろしく頼むな」
「では、こちらもこちらで作戦を遂行させてもらうよ」
ラッセルが長剣を鞘から取り出したのとほぼ同時に、キースとアルフィーさんはポケットから黒ずんだ丸形の物体を取り出した。
マイリーアは眉をひそめて、取り出した短剣の切っ先をレナさんに向けた。
「妙なことをすれば、この女の命はないわよ!?」
「三流じみた台詞を言っていると、その程度の奴だと思われるぜ」
ラッセルが言葉を発している隙に、二人は着火線に火をつけた小さな黒い玉を転がした。火が玉に触れると、煙が上がり始める。
ラッセルは両手で剣を持って、ウォールに向かって切りかかった。ウォールは腰に帯びた長剣を流れるようにして取り出し、それを受け止める。
「こんなことして、この女が――」
途中でマイリーアの声が途切れた。傍にいたキースがいない。
「ルシアさん!」
きょろきょろとあたりを見渡していると、アルフィーさんが傍に寄ってきた。視線をあわせると、彼は黒い玉を土の壁に向かって投げつけた。そして激しい爆発音とともに、大きな穴が出現した。




