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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第3章 不穏な空気が漂う町
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3-3 潜入調査(1)

 その後、ジルドさんからギルドの奥にて、北の一帯に関して詳しく説明を受けることになった。

 私としてはキースを助けに行くだけだったが、他のギルドの者には潜入調査という話になってしまったらしく、私たちに助言をしようと、ひっきりなしにドアを開け閉めしていた。ラッセルが「邪魔だ」と一喝しても、その人の量が減ることはなかった。

 しまいには差し入れと称して、潜入時に使う服も持ってくるものだから、呆れてものも言えなかった。

 ある程度話が済んだところで、ラッセルは人を追い出した後に椅子の背もたれに背中を預けた。

「まったくよ、これからオレたちは気を引き締めて行かなきゃならねぇ所に行くっていうのによ、何を楽しんでやがる」

「久々に話が前進しそうだって思っているんだろうよ。お前たちなら、ここに来たばかりだから、ギルドに関わっているって知られていないだろうし」

「オレら、うまく使われている気がするな……。必要最低限の行動しかしないから、あまり期待するんじゃねぇぞ」

 きっぱり言い切ると、ドアが軽くノックされた。控えめだが軽やかな音。ギルドの人たちではなく、おそらく宿に一度戻っていたアルフィーさんだ。

 リオがドアを開けると、予想通り眼鏡をかけた灰色の髪の男性が現れた。

「アルフィーさん、どうでしたか?」

 努めて明るい声で聞いたが、彼は首を横に振るだけだった。

「帰っていませんでした。戻った痕跡もありませんから、おそらくまだあちら側にいるかと」

 ラッセルはそれを聞くと、椅子から勢いを付けて飛び降りた。

「ありがとな、アルフィー。さてと買い出ししてくるか。オレはまあいいとして、お前、女っぽい服はキースが昔あげたワンピースくらいしかねぇだろう」

「……悪かったな」

「あれじゃ、さすがにひらひらして動きにくそうだから、もう少し動きやすい服を買ってやるよ。――ジルドさん」

 ラッセルが真顔に戻って、ジルドのことを見据えた。

「さっきの打ち合わせ通り、念のためによろしく頼む」

 彼はしっかりと首を縦に振った。

「ああ。何かあった場合は、すぐに突入できるよう待機しておく」

「すみません。オレだけなら別にいいんだが……」

「いいんだ。こっちもお前らの作戦に便乗しているだけだから。――くれぐれも無理するなよ」

 ジルドが手を伸ばすと、ラッセルはしっかり握り返した。



 買い物に行き、再度宿に戻ってきても、キースは姿を現さなかった。

 私はラッセルに買ってもらった服を着て鏡の前に立った。髪はハーフアップにして、リオからもらったバレッタで留めた。

 服はベージュ色のワンピースであり、左腰から下はスリットが入っている仕様だった。中が見られても恥ずかしくないように、下には短めのズボンをはいている。腰の辺りをしっかり紐で結ぶことで、さらにひらひら加減を落とせていた。

 首からは以前アルフィーさんからもらったペンダントをかけた。

 動き安さを重視したものに、少しは女らしさを入れられるよう、苦心して買ったものだった。

 キースだったら後者だけを優先して買っていたと思うと、ラッセルの考慮は有り難かった。

 右腰のワンピースの下にある、小振りな短剣の存在を確認する。

 武器はこの剣と、己の体術だけだ。これらが必要にならないことを願いながら、ラッセルが寝泊まりしている部屋に行った。

 中では不機嫌そうな顔をしているリオが背を向けて椅子に座り込んでいた。脇ではアルフィーさんが困った顔をし、ラッセルに至っては呆れた顔をしている。

「リオ君、僕たちはここで待機していると決めたじゃないか。近くに行くなんて……」

「だってルシアが心配なんだもの!」

「ルシアのためを思うなら、ここで大人しくしていろ。お前の身に何かあったら、それこそ一大事だ」

「ルシアがどうなってもいいの!?」

「……ちげぇよ」

 ラッセルがため息を吐いて、リオのことを見下ろした。

「任務に集中させたいのなら、お前は安全なところで待っているのが一番いいんだよ。心おきなくキースを探し出せる。だがお前が危険地帯の手前にいたら、もし何か騒ぎがあった場合、それどころじゃなくなる。前から言っているがこの際だからはっきり言う」

 ラッセルが軽く私のことを見てから、口を開いた。

「お前はお荷物なんだよ。それをまず認めろ」

 リオの顔が俯いた。ラッセルは銀髪の少年の頭をぐしゃりと掴んだ。

「次に荷物にならないようにするには、どうするか考えろ。お前のやり方であいつを護れ。強くなりたいなら、鍛えて、でかくなって、護れるくらいに成長すればいい」

 リオの顔が上がっていく。ラッセルは穏やかな表情で頭を撫でていた。

「悔しさを得た分だけ、強くなれる。オレの師匠はそう言っていたぜ」

 最後に軽く頭を叩くと、ラッセルは私の方に寄ってきた。旅をしている時に着ているものよりも、質がいいものを着ているようだ。

 彼は私のことを見て、口元に笑みを浮かべた。

「少しは女らしく見えるな。キースが言っていたことも、あながち嘘じゃなかったな」

「キースが……?」

「さて行くぞ、ルシア。夜が更ける前にずらかるぞ。ああいう所は闇が濃くなるにつれて、妙な人も出入りするようになるからな」

 ラッセルはリオの肩を握っているアルフィーさんたちに振り返り、ベッドの脇に立てかけている長剣に目をやった。

「警戒されると面倒だから、短剣しか持って行かない。それを盗られないよう、見張っておいてくれ。師匠から譲り受けた剣だから、無くしたくはないんだ」

「わかりました、ラッセルさん。――お二人とも気をつけて。夜が明けても戻らなかった場合は、私が依頼者となってギルドに駆け込みます。とてもお金がかかりますから、それだけはどうか勘弁してくださいね」

 おどけた表情で言う、アルフィーさん。彼らに対して軽く頷いてから、私とラッセルは部屋から出ていった。



 夜が更けた後、北にある一帯の前に訪れた私たちは呆気に取られていた。

 昼間にギルドの人が偵察に行ってくれた時は、門が閉まり、殺風景だったと聞いていた。

 しかし今見えるのは、絢爛豪華な建物たち。灯りの周りに色付きの紙を巻いているのか、鮮やかな色がところ狭しと輝いている。中は多くの人の往来があり、笑い声も聞こえてくるほどだった。

「ここが本当にそうなの……?」

「表の顔はいいかもしれない。気を引き締めていくぞ」

 ラッセルが歩き出し、少し遅れて私が付いていくと、彼はさっと左手を伸ばしてきた。

 そうだ。ここから私たちは恋人という関係を演じなければならない。極力接近した方がいいだろう。

 彼の手を取ると、軽く握り返してくれた。豆でごつごつとして痛かったが温かくもあった。

 門の中をくぐると、早速胸の辺りが開いた服を着た色っぽい女性が、ラッセルの前に寄ってきた。

「あら、お兄さん、見慣れない顔ね。こちらは初めて?」

「ああ。知り合いに聞いたんだ。グラド町ではこちらの界隈がとても賑わっていて、楽しいところだと。彼女とも素敵な夜を過ごしたいと思ったんだ」

 ラッセルが微笑みながら、頬を赤くしている私を前に出す。

 女性は私を見ると、胸を見てからくすりと笑みを浮かべた。そしてそっとラッセルの右腕に絡みついてくる。

「女性と楽しく過ごせる宿はあるわ。とびきり素敵な雰囲気を出している。でも彼女とはいつでもできるでしょう? 今晩は私と一緒に過ごさない?」

 わざとらしくラッセルの腕に胸を押しつける。彼が既に虜になっていないか心配で、顔を上げたが、さっきと同じようににこにこしているだけだった。

 なんだろう、いつもよりも凛々しく見える。

 ラッセルは腕をあげて、彼女の絡みをやんわりと遮った。

「ありがとう。でもそういう台詞は、彼女がいないところで言ってくれないか? まだうぶな子だから、冗談が通じないのさ」

「冗談じゃないのに……。お姉さんが手取り足取り、先に教えてあげようと思ったのよ?」

「お気持ちだけ受け取っておきます。――どこかいい宿は知りませんか? ついでに気分が良くなるような飲み物も出してくれる場所も。あと……レナという女性はどこにいるか知っていますか? 昔、少し世話になったことがありまして」

「あら、レナと知り合いなの?」

 女性は手を当てて、目を丸くしている。直球過ぎる聞き方に一瞬ひやっとしたが、彼女は特に変わりなく返してくれた。

「彼女は私のお店の子なのよ。今日はたしか知り合いの宿のお手伝いをしているって聞いたわ」

 女性は胸元から一枚の紙を取り出した。それをラッセルの右手に握らせる。

「ここの宿、泊まる方にはとても美味しい飲み物を出してくれる場所なの。その紙を渡せば、飲み物の代金は無料にしてくれるわ。それとその宿に今晩レナはいるわよ。……私よりも若い子の方が好みなの?」

「彼女とはそういう関係ではありません。貴女もとてもお綺麗ですよ」

「ありがとう。――もしお時間があれば、私とも一夜を過ごしましょうね。貴方の顔、覚えておくから」

「検討しておきます。ありがとうございました」

 ラッセルは笑顔でお礼を言うと、私を引っ張りながら歩き出した。女性はにこやかな表情で、手を振りながら見送ってくれる。手を振り終えると表情を消して、その場に立っていた。その表情を見て、ぞくぞくっとした。

「ラッセル、あの女性……」

「あまり見るな。怪しまれる。この宿繁華街の奥だ。それまでは楽しそうな振りをしながら、歩いていくぞ」

「……ねえ、美味しい飲み物って……」

「宿の場所からして、そうだろうな。――あの女の歯、見たか?」

 私は少しの間の後、首を横に振った。

「一部が黒ずんだり、黄ばんでいた。綺麗な歯じゃねぇ。おそらく飲んでいる」

「普通そうに見えたけど……」

「今は収まっている時間なんだろう。もっと夜が更けてくれば、男を襲いにかかる人間になりかねん」

 その話を聞いて、私の表情は強ばっていた。それに気づいたラッセルがきつく握りしめてくる。

 闇獣と対峙するのとは違った怖さがあった。誘拐犯と相手をするのとは、また違った恐ろしさがある。

 この町に蔓延するのは、普通の人が普通でなくなるコティクだった。



 女性に勧められた宿はすぐにわかった。看板が桃色に染められているからだ。

 道中声をかけられ他の宿やパブに誘われたり、ラッセルに至っては女性に迫られたりもしたが、彼はそれをすべてやんわりと断っていた。大人の対応を見て、正直驚いていた。

 中に入ると、受付らしきところが正面にあった。そこは受け側の顔が見えない仕様になっており、お金をやりとりする穴しかなかった。

「すみません」

「おや、客かい?」

「男女一名ずつでお願いします。それと入り口でこの紙をもらったのですが……」

 先ほどの紙を穴の中に通す。

「ほう、あいつの勧めか。わかった、部屋を用意させよう。これが鍵だ。――素敵な夜を」

 鍵を受け取ると、ラッセルは宿の奥に踏み入れていった。私はなるべく彼の傍による。

 廊下は薄暗く、灯りがぽつりぽつりと付いているだけだ。

 時折ドアの前を通ると、ベッドの軋む音や、女性の喘ぎ声が聞こえてくる。

 今になって実感してくる。ここは私のような女っけのない人が来る場所ではないと。

「着いたぞ」

 連れてこられたのは奥から二番目の部屋だった。

 ドアを開けると、思わず鼻を手で覆った。お香が焚かれているのか、非常に刺激的な匂いのする部屋だったのだ。

 ラッセルは目を光らせつつ、鍵を閉めて、ゆっくり中に入っていく。机や椅子、鏡などが置かれていたが、部屋の大部分を占めていたのは、天蓋付きの大きなベッドだった。布団を一気にはがし、誰もいないことを確認する。

 それを見て、ほっとした私はなぜか急に力が抜けてしまった。その場に座り込むと、ラッセルが寄ってくる。

「おい、大丈夫か?」

「ごめん。たぶん一息ついたからだと思う。ねえ、この部屋、嫌な匂いしない?」

「そうか? 部屋全体が暖色系で色彩感覚は狂うが、それ以外は特に……」

 気のせいだろうか。それならばいい。

 私は立ち上がろうとすると、ラッセルに手を差し伸ばされた。その手を借りて立ち上がると、唐突に目眩が襲ってきてよろめく。それをラッセルは軽く受け止めてくれた。

「危なっかしい。隙もあり過ぎる。そんなんで、よく一人でクロース村に行こうとしたな」

「だって、行かなくちゃいけないから」

「普通は逆だろう。お前が残っていて、相手が迎えに来るもんだ」

 ラッセルは私の肩に両手を置いて、体を離れさした。先ほどよりも密着していないが、肩を握られては動くに動けなかった。

「ルシア……」

「ラッセル?」

 目の前にいる少年がやけに大人っぽく見えた。いつも無邪気に見せる少年の表情ではなく、大人の男として――。

「オレは――」

 その時、唐突にドアが叩かれた。ラッセルは私から手を離して、庇うようにしてドアの前に立った。

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