3-2 情報屋の顔見知り(2)
翌朝までに、キースは帰ってこなかった。宿の部屋を出て、ラッセルとキースで寝泊まりしている部屋を訪ねると、黒髪の少年がベッドの上で腕を組んで胡座をかいていた。
「帰っていない……みたいだね」
「ああ。もしかしたら適当に朝食をとってから、戻ってくるかもしれねぇ」
ラッセルは私のことを見ると、急に頭をかき始めた。
「あの馬鹿キース、今は仕事の最中だ。昔の女に現を抜かしているんじゃねぇよ……」
「……やっぱり昔の女性だったんだ」
ぼそっと呟くと、ラッセルは立ち上がり、私の傍に寄ってきた。腰に手を当てて、目を丸くする。
「今日は帽子被らないのか?」
私はバレッタで留めた赤い髪を軽く触れた。
「室内くらいは脱ごうかと思って」
「そうだな。少しずつお前らしさを取り戻しておくといいさ。……お前の髪、隠しておくのはもったいないからな」
ラッセルは私の肩に手を置きながら部屋の外に出る。廊下にはリオとアルフィーさんが支度をして待っていた。
耳脇に垂れる赤い髪に軽く触れた。
そういえばあの人も私の髪のことを誉めてくれた。
鮮やかで、陽の光を浴びると、赤く輝いて見える美しい髪だと。
少しくすんだ赤色の髪だったため、そう言われてとても嬉しかった覚えがあった。
朝食後、私たちはラッセルに連れられて、冒険者ギルドに向かった。ウィルロード町よりも大きな建物には、難しそうな顔をした人たちが出入りしている。
中に入ると、ジルドさんが他の冒険者と話しているところに遭遇した。私たちのことを見ると、手を軽くあげた。
「よお、来たのか」
会釈しながら寄ると、腕を組んだジルドさんが待っていた。
「金に困っているとは聞いていなかったから、来るとは思わなかったが」
「依頼を受けにきたというよりも、情報を欲しかっただけです」
「情報か……。おい、キースが見当たらないが、どうした?」
「あいつは夜に女と再会して、一緒に行ったきり戻ってきていません」
「女と……? おい、どっちに向かった」
声をひそめて聞いてくる。ラッセルは一言「北」と発すると、ジルドさんは怪訝な顔をした。
「おいおい本当かよ。キースなら一番察しがいいから、そんな馬鹿なことをするはずがないと思っていたんだが……」
「やっぱり北に何かあるのか」
声の音量を調整せずに言い切ると、ギルドの中にいた人たちが一斉にこちらに向いてきた。
ジルドさんは私たちを壁の近くに移動させて、小さく寄るよう促してきた。そして指をたてて、静かにしろという仕草をする。
「今、それに関してピリピリしている状態だから、声は大きくしないでくれ」
「なら、隠さずに教えてくれるんだな」
「……わかったよ」
そう言ったジルドさんは一枚の地図を取り出す。この町全体を描かれているもので、北の一体は赤く囲まれていた。
「この町には裏の顔がある。それはこの北の部分にある一帯に――性質の悪い麻薬が往来しているんだ」
私たちは目を見開いた。
麻薬――麻酔作用を持ち、常用すると習慣性となってしまい中毒症状を引き起こす、人を狂わすくすりの総称こと。
危険な物質であるが、ギルド内が緊迫した雰囲気になるほどなのだろうか。
腕を組んで壁に背中を付けていたラッセルが口を開く。
「性質が悪いって、どんなもんなんだ。オレが今まで聞いた薬だと、吸い過ぎると、しばらく吸わないと禁断症状を起こすやつとかあった」
「それはいい方だ。ここに蔓延している薬は、一回飲んだだけで、意識を持っていかれる代物だ。さらに他の麻薬とも混ぜることができて、飲んだ奴を凶暴化させたり、自虐的にさせたり、時には体がまったく動かなくなったりさせる、恐ろしいものだ」
「お目にかかりたくねぇ代物だな。ちなみに飲んだ場合の対処方法は?」
「吐き出すのが一番いい。あとは薬が切れるまで耐えさせるか。残念ながら治療のための薬はまだ開発できていない」
「……なるほど」
ラッセルは手を軽く顎に添える。
国の中心都市から離れた場所、もはや統治など行き渡っていないと考えていいのかもしれない。
ふとリオが私の服を引っ張ってきた。その顔色はとても青かった。
「ねえ、キース大丈夫だよね。そっちの方に行ったきり、帰ってこないんでしょ?」
私は屈んでリオの頭を軽く撫でた。
「……大丈夫。あのキースだよ。私たちより、頭が切れる――」
「だがな、あの優男だって脅されれば飲まざるを得なくなるかもしれん」
私たちはジルドの方に一斉に顔を向けた。彼は難しい表情をしている。
「女と北の地帯に行ったんだろう。もしその女が薬を密売している奴らの手に掛かっていたら、どうなるか……。現にまだ帰ってきていないんだろう?」
否定する言葉が思いつかない。なぜ昼前になっても、戻ってくる様子を見せないのか。
キースだから万が一のことはないと思いたかったが、この町全体に漂う重苦しい雰囲気を考えると、大丈夫だと言い返せなかった。
「――ジルドさん、もう少し背景を教えてもらっていいですか? 考えるにしても、行動を起こすにしても、情報が足りません」
思考がぐるぐると回る中、アルフィーさんの優しげな声が私のことを落ち着かせてくれる。早口でもなく、穏やかな口調はとても有り難いものだった。
彼は指を一本、ジルドさんに向けて立てた。
「まずこの町には非常に厄介な薬が出回っている。それは町の北の地帯だけと考えていいのですか?」
「……いや、最近こっち側にも流れている雰囲気がある。時々町中で発狂する奴らも出てきているからな。横流ししている人が出てきているのかもしれん」
「ですから宿で言葉を濁していたのですね。もしその人たちに現状を聞かれれば、こちらに危害が加わると思い」
「その通りだ。だが結果として、あの優男を危険にさらしてしまったのは、反省している」
「ただ単に寝過ごしているだけかもしれませんから、自分を責めるのはやめてください」
アルフィーさんは指を二本立てる。
「次に推測なのですが、この町の長はどちらかといえば北側寄りの人間と解釈していいのでしょうか? ここまで荒れた状態になっているのに、上が動かないのは妙ですから」
「少し意味合いは違うが、似たようなものだ。町長が麻薬の密売組織に脅されて、黙認している状態らしい。なんでも息子が飲んでしまったのが発端だったとか」
「それで冒険者ギルド内でも、なかなか動けずに苦心している人で溢れているのですね」
彼の言うととおり、ギルド内を見ると、苛立ちながら依頼を待っている人が多かった。麻薬関係であれば、殺到するかもしれない。
「冒険者ギルドの権限は、すべてをまとめているギルド会館の長に委ねられていますから、ここに来た依頼ならば、町長に咎められることなく動くことができます。ただ……この様子を見ていると、依頼を来る人は少ないようですね」
「当たり前だ。依頼した人物がわかれば、本人や周囲の人間に対して、密売人たちが襲ってくるからな。そういうのを何件も目の当たりにしている」
「怖っ……」
リオの体がぶるっと震えた。彼の気持ちを抑えるかのように、軽く背中をさすってあげる。
今の話を聞いていると、おそらく町の自警団も役に立たないだろう。治外法権となっているこの場所以外は、味方はいないと考えていいかもしれない。
「それでジルドさん、ギルドで何かしようとしているんですか?」
それが本題だと言わんばかりに、アルフィーさんはきりっとした眼差しをジルドさんに向けた。彼は固い表情でこくりと頷く。
「今、ギルド長に例外を認めてもらうよう、書面にサインをもらいに行っている。冒険者ギルドは依頼による請負しか成り立たない。身内からの依頼も余程のことがない限り受けられない。だからその依頼がなくても、こちらが動くのを了承できるよう、説得しに行っているんだ」
「……それでどうにかなるのか?」
しばらく黙っていたラッセルが聞くと、ジルドは首を縦にも横にも振らなかった。
「わからない。正直言って難しいと思うが、行動を起こさないよりも、マシだと思っただけだ」
「……埒があかねぇな」
ラッセルは頭をがりがりかいてから、壁から背中を離す。そして腰に刺してある剣の持ち手部分を手のひらで触れた。
「とりあえずオレは友人を迎えにいくという口実で、そっちまで行ってみる。危ないのは夜だろう? 昼なら大丈夫――」
「そいつはできない」
ジルドが即答すると、ラッセルは怪訝な顔をした。一歩近づいて彼を見上げる。
「どういことだ」
「北の一帯は、柵が張り巡らされている。入り口は表門と裏門のみ。そこは昼間は門が閉まっている。門番に事情を言えば中に入れてくれる場合もあるが、間違いなく顔は割れる」
「なんだよそれ。そこまでやりたい放題させていたのか!」
ラッセルが声を荒げると、見ていた人たちが振り返ってきた。ジルドが再び声を静かにしろという仕草をする。舌打ちをして一歩下がった。
「夜まで戻ってこなかったら、行くしかないか……」
妙な胸騒ぎがした私はラッセルに視線を向けた。このままではキースの二の前になってしまうかもしれない。
「――私も一緒に行く」
「……はっ?」
ラッセルが気の抜けたような声を発する。他の人たちもぽかんとした表情をしていた。それにもめげずに、自分の意見をしっかり伝えた。
「その北の繁華街に、ラッセルと一緒に行くと言っている」
「あのなぁ、薬の話云々以前に、話を聞いている限り、お前みたいな子どもが行く場所じゃねぇんだよ。男装して色町でも繰り出すのか? それは無理だろうな。相手にしてくれねぇよ、そんな子供っぽい体つきじゃな。バレて、叩かれるのがオチだ。なら――」
ラッセルが顔を詰めて、私の顎をくいっと上に向けた。紫色の瞳がすぐ傍にあった。
「オレと一緒に宿の同じ部屋に泊まるっていう算段で行く気か? わかっているか? ただの宿屋じゃねぇぞ」
それ以上言わずに、口パクで付け足してくれた。
『男と女が行く場所だ』
彼に言われずともわかっていた。
キースの女好き、手が早いという話、そして男性を魅了する女性がいる場所――。
あの北にある一帯はいわゆる色町だ。大人の男性、女性が行く場所だ。
ならば男女の関係を装って宿に潜り込んだ方が、まだ怪しまれずに行けると思われる。
私は揺るぎない瞳で、はっきり言い返した。
「わかっている。そのつもりで言った。別に余計な心配はしなくていい。不愉快な気持ちになるのは覚悟している」
ラッセルは唖然とした表情で、顎に添えていた手を離した。そして両手で顔を覆った。
「違げぇよ。そういう雰囲気になったら、味方が敵になる場合もあるんだぞ……?」
「どういう意味だ?」
首を傾げると、ラッセルは顔を上げて、指を一本私に突き刺した。
「それは置いといて、お前がもし目付けられたらどうするつもりだ! 油断したら薬飲まされるかもしれねぇんだぞ!?」
「私のことなど目を付ける人がいるのか?」
「この前、襲われかけただろう、ばーか!」
「あれはとりあえず女ってだけで……。今回は私よりも綺麗な女性がいる場所に行くんだから、大丈夫だろう!」
「……お前、キースが前に言った内容を綺麗さっぱり忘れているな。本当に面倒だ……」
あからさまにため息を吐かれると、さすがに不愉快だった。意味が分からない。ラッセルは何を言っているんだ?
アルフィーさんがラッセルの肩に軽く手を乗せていた。
「ルシアさんは自分の意見を曲げない女性だから、説得するのは難しいかもしれない」
「勘違いの程度もすごいしな」
リオまで私のことを横目で、肩をすくめながら見てくる。
揃いも揃って、何が言いたい!?
「ラッセル、諦めろ。お前が気をつけてルシアを見ていればいいだろう。男一人よりも、男女で行った方が安全かもしれんしな。冒険者ギルドからも偵察と称して何人か言ったが、だいたいが酷い怪我を追わされて追い出されるか、薬を飲まされたりしたぜ」
ジルドさんが両手を腰に当てて、じっと見てきた。
「今言ったみたいなことになる可能性もある。それでも行くのか?」
危険を承知で言っている。私は躊躇わずに首を縦に振った。




