3-1 情報屋の顔見知り(1)
クロース村への旅路にアルフィーさんも加わった私たちは、祭りが終了し、ラッセルの絶対安静が解けた後に、スレイドフ国の外れにあるグラドという町を訪れていた。
そこまでの道案内はアルフィーさんの知り合いであり、かつて冒険者ギルドに所属していたジルドさんが引き受けてくれた。周辺の地理に詳しかったため、闇獣と遭遇することなく移動できている。
進みながら、ジルドさんは簡単にグラド町を説明してくれた。
「グラド町はスレイドフ国の中にあるが、王都から遠いせいか、あまりそういう印象を受けない町だ。むしろ近くにあるダークション地域に雰囲気は近いかもしれねぇ」
「ダークションって、まとめる人がいないところだよね。いわゆる未開地帯の場所だっけ?」
リオが首を傾げながら聞くと、ジドルは感嘆の声を上げて頷いた。
「そうだ、坊主。よく知っているな! 国に属していない村や町は他にもたくさんあるが、とりわけ広いその地域を勝手にひとまとめにしているわけさ」
リオを馬に乗せた私は、ジドルの傍に寄る。するとジドルは銀髪の少年の頭をぐりぐりとなで始めた。
「こ、子供扱いするな!」
腕を払って、全力で否定する。ジドルはにやにやしながら手を離した。
「かわいげがねぇのも、またいいな。お前を見ていると、息子を思い出す。落ち着いたら、久々に顔でも見てくるかな」
「え、おじさん、子どもいるの!? ウィルロード町にいるの?」
「いや、違う。王都の傍にある町にいる。ギルドの仕事を受けまくっていたら、愛想つかれて、嫁さんが実家に帰っちまったんだよ」
笑いながら言うが、笑える内容でもない。別居状態なのか、はたまた離婚しているかは、この会話からでは推測できないが、子どもと会える状態なら関係としては続いている方なのかもしれなかった。
ジルドに促されながら道を進んでいくと、塀で囲まれた町が見えてきた。
あれがグラド町。
闇獣対策として塀を囲む町はあるが、あそこまで高い壁を作っているところは珍しかった。ここからでは町の高い建物が数件しか見えない。
その光景を見て――仄かに胸騒ぎがした。
あの町には何かある気がする。言葉で表すことはできないが、他の町と違う気がした。
他の人たちは、何も感じないのか、黙々と進んでいる。
ただの杞憂であればいいが……。多少警戒して過ごした方がいいかもしれない。
グラド町につくと、ジルドさんは冒険者ギルドの場所を教え、常連として使っている宿まで連れていってくれた。入り口からあまり遠くないところに宿はあり、今回は特に苦労することなく三部屋借りることができた。
「ジルドさんは部屋を取らなくていいんですか?」
「俺は顔パスだから、顔見せれば貸してくれるのさ」
その言葉通り、受付の男性は無言で鍵を差し出していた。この町によく来るのも本当のようだ。
ジルドさんは軽く礼を言いながら、鍵を受け取った。そして受付から離れて、私たち五人のことを集めてくる。
「……とまあ、俺の案内はここまでだ。あとはとっとと必要なものを買い足して、早くこの町を出て、目的の村まで行くといい」
その言い方が引っかかった。私はすっとジルドさんの傍に寄って、顔を見上げた。
「何かあるんですか、この町」
傍にいたラッセルがやや眉を潜ませる。当初からジルドさんはこの町を通りたくなさそうだった。
クロース村に向かうにはいくつか道があるが、このグラド町を通るのがもっとも早い。そしてこの町が武器や食糧などを買い足しできる最後の町であったため、通らないという選択肢はまったくなかった。それをジルドさんに伝えた時、彼はあまり気乗りのしない様子だった。どうしても通るというのなら、自分が連れていくという妥協案を出したくらいだ。
ウィルロード町でした会話、そして今発した台詞。ジルドさんは間違いなく何かを隠している。
頭をかいて、ため息を吐いたジルドさんは、屈んで私の傍に顔を向けてきた。声を潜めて口を開く。
「ここで俺の口からは言えない。詳しくは明日にでも冒険者ギルドに行って聞いてくれ。俺の名前を出せば、おそらく事情を話してくれるはずだ」
「……何かあるんですね」
「ああ。……一つ忠告しておく。町の北にある一帯には絶対に近寄るな」
「一帯なんて、随分と不確かな言い方ですね」
「近づけばわかる。名称は付いていないから、そういう言い方になるだけだ。――それじゃあ、俺は用事があるから、ここで。美味しい飯屋くらいなら、今度教えてやるよ」
そう言ってジルドは背を向けて、手を振りながら宿から出て行った。
なぜ、言葉を濁すような不確かな言い方をしたのだろうか。
同じ事を考えているのか、ラッセルも眉間にしわを寄せたままだった。調査に出たいという思いもあるが、リオやアルフィーさんの存在を考えると、迂闊に動けなかった。
悶々としているのをよそに、キースが部屋へと移動する。それに従って私たちも歩いていった。
部屋に荷物を置いた後、繁華街まで出て夕食をとることにした。宿の受付の人から地図をもらい、それを参考にして進んでいく。宿から繁華街までしか記されていない地図で、それ以外の地域はわからない仕様だった。
「リオ、何が食べたい?」
「肉!」
キースの問いにリオは即答した。その返事をもとに地図から肉料理店を探していく。他の町と同様に定食屋が多い。
ただ気になったことがあった。町の規模の割に店が少ない気がするのだ。これはどの店も混んでいるだろうと予想したが、実際に繁華街に行ってみると、思ったよりも人の往来は少なかった。
様々なことを疑問に抱きつつも、一番賑わっていそうな定食屋に入った。それでも満席にはほど遠い人の量である。五人であったが、すぐに座れて、時間も置かずに注文した料理もでてきた。
料理の味は決してまずくない。値段を考えれば、とてもお得な量と味である。この料理を話題にして、喋れる内容だ。だが室内はしゃべり声などあまり聞こえず、静かであった。
リオが声を潜めて、顔を寄せてくる。
「なんか変じゃない?」
少年の言葉に、私とアルフィーさんは軽く頷いた。ラッセルは無言のまま、キースにいたっては顔色一つ変えずにスープを飲んでいた。
「キース、おかしくない?」
リオが話を振ると、キースはスプーンを下ろして静かに首を横に振った。
「……こういう町もあるよ。リオ君が知らないだけだ。もう少し世界を見れば、わかると思う」
真面目に言っているキースを見て、私は何かが引っかかった。やや机に乗り出して、キースのことを見る。
「もしかして調子でも悪い?」
「心配してくれるの、ルシアさん。ありがとう。だけど別に何でもないよ」
スープを飲み干すと、彼は両手をあわして「ごちそうさま」と言う。そして私に口を挟ませないと言わんばかりに、水のお代わりを注文していた。
彼の口から、有益な言葉を引き出すのは難しいのはわかっている。むしろこちらにとって嫌な所に、言葉を滑り込ませかねない。旅の相棒であり、キースとも互角に話し合えるラッセルはずっと黙っている。今夜はこれ以上聞き出すのは厳しそうだ。
食事を終えて店の外に出ると、北へと続く道から一人の女性が歩いてくるのが見えた。お酒でも飲んでいるのか、鼻歌をしている。彼女の姿が店の灯りによって露わになると、私は思わずどきりとしてしまった。
胸の辺りが開いた服からは、豊満な胸が覗かせていた。その上に長い柔らかな茶色の髪がそっとのっている。全体的に露出が高く、そこらの男性など鼻の下を伸ばして見てしまう格好だった。
そんな女性と私たちの一団は目線があった。彼女はにこりと微笑んだ後に、突然目を丸くして、立ち止まった。そして手を押さえながら呟く。
「キセルス……?」
はて、誰のことだろうか。
脳内の中に疑問符が浮かぼうとしてきたところで、彼女は私らに近づいてきた。
「貴方、キセルスでしょ! 覚えてないの? 私、レナよ!」
「……忘れるわけがないでしょう、レナ」
背後から聞こえたのは中性的な声。金髪の青年はため息を吐きながら、私たちの前に出てきた。彼の表情は笑っているが、いつも見るようなお調子者の顔ではなかった。
あえて言うのならば――男性が女性を優しく見る瞳。
レナと名乗った女性は大股でキースに近づき、両手を腰に当てて、下から彼の顔を見上げた。
「酷いわ。あれだけ遊んでおいて、気が付いたら消えてしまうなんて!」
遊んでおいて……?
「誤解だよ。君とはちゃんとさよならをした。君が寝ぼけていただけだろう」
寝ぼけていた?
「夜遅くまで起きていたのよ、眠くて当然でしょ! 私はもっと貴方と楽しみたかったのに……」
「……ごめんよ」
キースがそう呟くと、レナは彼の手をぎゅっと両手で握ってきた。そしてにっこりと微笑む。
「申し訳ないと思うのなら、今晩付き合ってちょうだい」
「え?」
「今、ちょっと面倒な客が来ていて、暇なら相手をしなさいって言われているの。お金はとらないから、私のためだと思って来て!」
「でもなぁ、今日は一人じゃないし」
それを聞いたレナは私たちの方を見てきた。私たち四人をじろじろと見る。彼女はくすっと笑うと、キースの耳元に向かって囁いた。
「こんなに連れがいるなんて珍しい。たまには女の子と遊んでもバチは当たらないわよ。お連れ様にはお子ちゃまもいるみたいだし、帰ってもらったら? あ、黒髪の子くらいはきてもいいわよ。ああいう男の子、好みの人もいるでしょうから」
それを聞いたラッセルは肩をすくめた。そして困った顔をしているキースに視線を向けた。
「先、戻っている。たまには好きにしていろ」
「……すまないね。皆のことを頼んだよ」
ラッセルはリオの肩を持つと、無理矢理半回転させた。宿に戻るという意思表示のようだ。私とアルフィーさんもそれに倣って、キースたちに背を向けて歩き出した。
ちらりと背後を見ると、レナが軽く手を振ってから、キースに体をくっつけて歩き出す。キースは満更でもないのか、軽くレナの頭を撫でながら、町の奥へと行ってしまった。
しばらく黙々と歩いていると、リオが目を瞬かせて、不機嫌そうなラッセルのことを見てきた。
「キース、どこ行っちゃったの?」
「子供にはわからねえところだよ。たまには息抜きしたいんだろう。……アルフィー、すまんな。あいつは悪い奴じゃないんだ。ただ、手が早いっていうか……」
アルフィーさんは軽く首を横に振った。
「自分の学者友達でもそういう人はいましたから、大丈夫ですよ。それよりも……」
三人の視線が私に向けられる。私は努めて素っ気なく言った。
「女たらしが何をやっても驚かないさ。さあ冷える前に早く戻ろう」
三人を置いて、早歩きで宿に向かっていった。
キースが女の子に対して優しいのはいつものこと。女性を口説くのもよくあること。それが派生して――夜を共にすることだって、おおいにあるとはわかっていた。
それなのに、なぜか私の胸の中は落ち着かなかった。




