(幕間)灰髪青年の大きな一歩
「ルシアさん、よかったら一緒にお祭り回りませんか? 一人でお祭りを回ってもいいのですが、隣に誰か話をしていただける人がいた方が、気が紛れると思い……」
夕陽によって赤い長髪が照らされている少女は、きょとんとした表情で僕のことを見ていた。淡いピンク色のワンピースを着ている。昨日見た凛々しくも格好いい姿とはまた違った魅力を出していた。
断られることを前提に言ったが、彼女はあっさりと首を縦に振ってくれた。
「私はいいですが、アルフィーさんはこれからが忙しいのではないですか?」
「予行練習は終わっていますし、思っているほどたいしたことはしませんよ。むしろ平静さを戻すために、少しはお祭りを回ったらどうだと諭されたほどです」
そういうと、彼女はくすりと笑った。可愛らしい笑顔を見て、思わず胸の高鳴りを感じた。
「わかりました。少しでもアルフィーさんの緊張がほぐれるよう、努力しましょう。その様子ですと、アルフィーさんは回っていないようですね。行きたいところがありましたら、連れて行ってください」
「は、はい!」
勇気を振り絞ってよかった。少しは彼女と話ができそうだ。
歩き出そうとすると、ふと疑問がわき上がった。
「他の方はどうしたんですか? ラッセルさんは療養中だとして、キースさんやリオ君は?」
彼女はびくっとして、数瞬間を置いてから、首を横に振った。
「今は別行動中です。気になさらないでください」
「はあ」
どこか腑に落ちない点もあったが、それ以上追求はしなかった。
二人で人通りが多い大通りに出る。出店を巡りながら、僕は目的地に向かった。
連れてきた場所は、色鮮やかな宝石や石が売られている出店。堅物の男性が売っているためか、あまり人が見ている気配はなかった。ちょび髭の店主は僕と視線が合うと、目を瞬かせた。軽く頭を下げると、おおっと声を上げられる。
「アルフィーじゃないか、お前の出番はこれからじゃないのか?」
「これからですが、その前に少しは彩りがあるものを買ってこいと言われまして……」
店主は上から下までアルフィーのことをじっくり眺めると、はあっとため息を吐いた。
「親父さんも心配するわけだ……。地味すぎる、主役が地味すぎる! そんなに可愛い子連れていて、何やっているんだ、てめえ!」
次の瞬間、なぜか頭を叩かれた。頭がぐわんぐわんとする。
「彼女には無理を行って、着いてきてもらっただけで……」
「もちろん何かプレゼントするんだろう!? ――嬢ちゃん、好きな宝石持っていきな。こいつが支払うから!」
「いや、私はそういうつもりで着いてきたわけではありません。彼の気が紛れればと思い、同行しただけで……」
「謙虚な嬢ちゃんだな! ジルドが気に入ったのもわかる気がするぜ!」
「ジルドさんが?」
ルシアさんが目を丸くしている。彼女に店主の説明をするのを忘れていた。
僕は店主の男性に対し、手を向けた。
「彼はジルドさんと同業者だった方です。最近は石を採掘する仕事を多く請け負っているんですよね?」
質問をすると、彼は首をしっかり縦に振った。
「他の町のギルドで、そういう依頼を受けている。護衛がてら採掘場に行くこともあるし、採掘の手伝いをすることもある」
「そうなんですか。どうしてそのような依頼を受けているのですか?」
「危険が伴う仕事だから、結構儲かるのさ。最近はこういう石を少し融通してもらっているしな」
男はシートの上に広げている石やアクセサリー類に目を向けた。
「別に売ろうと思っているわけじゃねえ。誰かと話すネタとしてやっているのさ」
「ルシアさん、どうぞ好きなのを選んでください。昨日のお礼として、何か差し上げたいです。僕は……ケープを羽織ったときに留めるピンを買いましょうかね」
男に向かってそう言うと、彼はにやりと笑みを浮かべてから、留めピンを持ちながら、色とりどりの石を物色し始めた。ころころと石を変えて、僕のケープに合わせていく。店主は見た目と違って、とても繊細でセンスがいい。あとは彼に任せておいて大丈夫だろう。
隣でじっと下を見つめている少女に、視線を向けた。宝石を見ているだけで、何も言葉を発しない。
「ルシアさん?」
呼びかけると、我に戻った彼女は慌てて謝罪をしてきた。
「ごめんなさい、見慣れないものだったから、つい……」
「そうなんですか? ルシアさん可愛いから、こういうのも付けるかと思っていました」
素直に言うと、彼女は首を横に振った。髪に触れながら、手でやや顔を隠す。
「私には眩しすぎる品々ですよ。綺麗で可愛らしいお嬢さん方が付けるものです」
どこか羨ましそうにアクセサリーを見つつ、切なそうな言葉を出す少女。
そんな彼女に、僕は小さな丸い白い玉がぶら下がっている、シンプルなネックレスを首もとにあわせた。淡い桃色の上に白色が仄かに浮き上がっている。
「これはどうでしょうか。シンプルな作りですので、スカートでなくても使いやすいと思いますよ」
「私は別にそういうのは……」
「僕のわがままだと思って、受け取ってください。――すみません、お代いいですか?」
ルシアさんが仄かに頬を赤らめているのを横目で見ながら、厳選した石をピン留めに付けている店主に声をかける。彼はピン留めに群青色の石を付け終えると、僕に手渡してくれた。そして該当する硬貨の数を言ってくれる。思ったよりも安い。これはだいぶまけていないだろうか……?
「あの……」
「いいんだ、今日の主役さん。ばっちり締めてくれれば、それでいいさ」
そう言われると、収まっていた鼓動が再び速くなり始める。
ピン留めとネックレス、さらには余計なプレッシャーまでもらった僕は、ルシアさんと一緒にその店から移動した。
楽しい時間というのはすぐに過ぎてしまう。
軽く回りつつ、食事をしただけで、予定の時刻となってしまった。
ルシアさんは僕の姿を見たいといい、神殿まで一緒に向かってくれた。彼女の首からは、さっき僕がプレゼントしたネックレスが下がっている。可愛さがいっそう引き立つようだった。
外れにある神殿に向かうために町を出ようとしたところで、大反響しているテントの前でルシアさんは立ち止まった。
「パウンドケーキ?」
「あ、そうですね。あのケーキは僕が色々な味のレシピの中から美味しそうだったのを採用して、作ってもらいました」
ルシアさんは目を丸くして、顔を見上げてくる。
「つまりアルフィーさんが、あのケーキの元を作ったんですか?」
「そうですね。……男がお菓子づくりしているの、やはりおかしいですか?」
心配に思っていたことを聞くと、彼女は微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、すごいことだと思いますよ。男性目線からの発想で作るケーキ、とても素敵だと思います。アルフィーさんなら、とても細やかで凝ったものを作っているのでしょう。――買ってきてもいいですか?」
頷くと、彼女は意気揚々とテントの中に行った。ほどなくして小さな袋に詰められたパウンドケーキを二つ持ってきた。
彼女は一つを僕にくれて、もう一つを自分で食べ始める。二口ほど口に入れると、ルシアさんは笑顔で口を開いた。
「果物の混ざり具合が絶妙で美味しいです」
「ありがとうございます……」
面と向かって感想を言われると、どことなく恥ずかしくなってくる。
寄り道をしてしまったルシアさんは時間がないと言って、先に歩き出した。
小さな背中だが、昨日父を追求した時はもう少し大きく見えた気がした。周囲を圧倒しながら自分の考えを述べていく。僕にはとてもできないことだった。
ふと視線を左腕にはめられている腕輪に落とす。
彼女の姿に刺激を受けて、誰かを護るために自分で踏み出した結果だ。
後悔はしていない。それで父や町の人たち、そしてルシアさんたちを護れたのなら、僕としては嬉しいことだった。
ただ――寿命が短くなるのは、何とかして避けたい。
「――ねえ、ルシアさん」
前を歩く小さな背中に声をかけると、彼女は首を傾げながら振り返ってきた。
もう一度だけ今日は勇気を振り絞ろう。
「ルシアさんたちは、クロース村に向かっているんですよね?」
「そうですよ」
「僕もクロース村に行きたいのですが、ご迷惑でなければ、一緒に行ってもいいですか?」
鼓動が速くなっていく。ルシアさんは目を軽く見開いていた。
「僕の見立てでは、クロース村には何かがありそうなんです。竜関係のことを調べていると、時折クロース村らしき記述が載っているんです。もしかしたら寿命のことも、何かわかるかもしれない……」
「本当ですか?」
「推測の域を抜け切れていませんが、僕としてはまず行く価値があると思っています。だから僕だけでなく、父のためにも――クロース村に行こうと思います」
立ち止まり、揺るぎない瞳を向けると、彼女は表情を和らげて、片手を腰に当ててこちらを見た。
「私は構いませんよ。道中危険な場所もあるでしょうから、一緒にいたほうがきっといいと思います」
「いいんですか?」
「他の同行者三人の意見も聞くことになりますが、おそらく大丈夫でしょう。何かとうるさい人たちもいますが、それでもいいですか?」
人生は転がり始めると、勢いよく動き出すものだ。
「はい、大丈夫です。旅はにぎやかな方が楽しいですから!」
僕の人生も彼女と出会うことで、怒濤のよう時が動き出していた。
水竜の加護を受けた者のお披露目会は、とてもシンプルなものだった。
神殿の前に立った僕が、持ち運び可能な小さな水竜の石像を持って、竜に向けて願いを伝える。すると僕と観客の間に噴水のように水が湧き出る、という事象を起こすものだった。
大勢の人間を前にして、一瞬足がすくみそうになったが、前の方でルシアさんたちが見守っているのを見て、どうにか動くことができた。
堂々と胸を張りながら事を進める。
水が地面から湧き出てくると、おおっと声があがる。さらに水が天高く何本も出てくると、歓声と拍手が鳴り響いた。ルシアさん、キースさん、リオ君も手を叩いている。
その光景を見ている人たちの表情は、明るく素敵なものばかりだった。
この天高く飛び立つ水のように、とまではいかないが僕も大きく踏み出そう。
勇気を持って声を発した彼女のように。




