1‐2 流れ者とギルド所属人(2)
「お前、普通の人間にしては、なかなか筋が良かったな。どこかで強い奴に教えてもらったのか?」
黙って馬を走らせている途中、後ろからラッセルと呼ばれていた少年が話しかけてきた。自分に向けてきついことを言っておきながら、さも何事もなかったかのように声をかけてくる。他人への思いやりというのはないのだろうか。
しかたなくいつも使っている文言を伝えた。
「叔父に教わっていた。昔は闇獣討伐部隊によく参加していた人らしい」
「へえ。どっかの冒険者ギルドにでも所属していたのか?」
「そうみたいだ。辺境の地のギルド中心だったが、たまに金がなくなると、ふらりと行っていたよ」
「お前は冒険者ギルドに入っていないのか?」
「そういう貴様は冒険者ギルド所属の人間か」
ひらりと言葉をかわして、質問を返した。ラッセルは飄々としながら、何も気にせず答える。
「ああ。キースと一緒にぶらぶら旅をしながら、金稼ぎついでに冒険者ギルドを転々としている。今回も移動がてら護衛を引き受けていたんだが、お前が……」
「悪かった。以後、気を付ける」
きっぱりと言いはねると、馬の速度をやや速めた。
歳もあまり変わらない少年に助けられるなど、不覚だった。闇獣とまともに対抗する術がない自分が挑んだことが、そもそもの発端だ。己を過信せず、無理なことはあまり首を突っ込まない方がいいだろう。
「お前……ていうか、名前は? オレはラッセル」
「……ルシアだ」
「ルシア、もっと飯食った方がいいんじゃねえか? そんなひょろひょろした体格だと、闇獣にあっさり蹴散らされるぞ。これから成長期か? 何歳だ?」
「ラッセルは……?」
「オレは十八歳。ちっこい頃は苦労したぜ」
「……自分は十六歳だ」
「じゃあ、まだ成長できるな。少しは弓ができるからと言って、無理するんじゃねえぞ」
「……ああ。ありがとう」
適当に相槌を打ちながら、さらに速度を上げた。
マルカット町まで適当に会話をしながらも、馬を進めることを念頭にしていたため、夕方には町に辿り着くことができた。温かな光が目に入ると、心持ち楽になる。一人旅をしている自分にとっては、何もない道中を過ごすのは心細かった。
馬を入り口で預けると、ラッセルが報酬の関係でギルドまで連れて行くといい、先導を切って歩き出した。
交易の街であるマルカット町は、スイドレフ国に近い、ファーイ国の一つである。二つの国は長年同盟関係を結んでいるため、国境に近いにも関わらず、目立った争いはなかった。せいぜいあると言えば、信仰の違いによる口論くらいだろう。
「てめえ、火竜様が水竜よりも劣っているだと!?」
「火は水を被っちまえば、終わりだろう! それでどうして有利だと思う?」
そう、目の前で言い合っている男性たちのように。
はあっとため息を吐いた。
竜はすべて平等だ。優劣を競っている時点で、信仰の教えを破っている。
その光景は日常茶飯事なのか、二人を怖々と見るだけで、誰も止めようとはしなかった。
「普段は活気があって、いい町なんだけどな。こういう馬鹿なのもたまにいるから、変な噂たっちまうんだよ」
ラッセルが周囲の人間と同じように、道の端を通って二人の横を通り過ぎようする。彼の後ろで、私はちらちらと様子を伺いながら歩いていると、男の一人が背負い投げをし、もう一人の男を投げ飛ばしたのが見えた。その男が真上に落ちてくる。
とっさにラッセルを突き飛ばして、自分も後方に下がった。ラッセルはたたらを踏みながら、立ち止まり、うろんげな目で振り返った。
だがすぐに紫色の瞳は、落下してきた男に向けられる。そしてラッセルは目をすっと細めて、投げ飛ばした男の方を見据えた。
「……ほう、オレに喧嘩を売るとは、いい度胸だ」
拳を鳴らしながら、その男の方にラッセルは歩いていく。
「なんだ、この子供。お前もぶっ飛ばされてぇのか!?」
「子供じゃねえよ。もう酒も飲めるぜ。……お前たちのお堅い頭よりも、よっぽど大人だ!」
「てめぇ!」
男が先に鋭い拳を突き出す。ラッセルは簡単にかわし、男の腕を掴んで、膝で下から衝撃を与えた。動きが鈍ったところで、腕を離して、すかさず腹に蹴りを入れる。悶絶しながら、男は後退してうずくまった。
「こいつ……!」
「信仰の違いを言い合うのは結構。だが場所を考えろ。これじゃ、おちおち道を歩けねえ」
ラッセルが腕を組みながら男に向かって歩いていく。
明らかに彼の方が優勢だと悟り、私はしゃがみ込んで、背負い投げされた男の首もとに手を当てた。呼吸はしている、死んではいない。ただの脳震盪だろう。
彼を寝させるように移動させるが、体格がいいからか、なかなか動かなかった。本当ならば診療所に連れて行くのが手っ取り早いが、力がない自分ではそれは無理だった。
こんなにも大きな体を投げ飛ばした男――見た目の筋肉の付き方よりも、あの男はできる奴だ。
「こっちは火竜様の地だ。こっちの主張をしたっていいだろう!」
「だから町中で信仰とかそういうのを持ち出すのは、やめろって。本当に信仰心がある奴なら、対立もせず、ひたすらに祈りってものを捧げているものだぜ?」
「わかったような、口振りを……!」
男は立ち上がりながら、ナイフを取り出した。周囲の人たちがざわめきあう。
ラッセルは双剣を携えているが抜きもせず、むしろ顔色一つ変えずに、視線すらそれに向けなかった。
「信仰心がない奴が、適当なこと語るな!」
男がナイフを突き出して迫ってくる。風を切りながら、ラッセルの顔にナイフを突く。それを彼はすれすれのところでかわして、後退していく。男は連続でナイフを突きだしていった。
「この、この……!」
「……火竜も迷惑だろうな。こんな男に信仰心とやらを持たれちゃ」
「うるせぇ!」
渾身の突きをかわし、ラッセルは男の胸ぐらをぎゅっと掴んだ。足を払い、地面に背中を叩きつける。うなっている男の手を踏みながら、手に持っているナイフを蹴った。そして男の胸ぐらを自分の方に引き寄せる。
「何も知らないで、竜を語るな。本当に信仰している奴にとっちゃ迷惑な話だ」
淡々と言葉を放ち、男の鳩尾に深々と拳を入れ込んだ。
ラッセルは息を吐き出して、立ち上がった。それと同時に黒っぽい制服を着た男たちが数人駆け寄ってくる。自警団の人だろうか。私の傍で寝ていた男にも寄ってきた。彼は私のことをちらりと見てくる。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だ。この人も意識を失っているだけだと思うが、念のために医者に見せた方がいいと思う」
「わかりました。ではまず診療所に連れていきます」
男たちが彼を担ぎ上げていくと、ふと隣に誰かが立ったのに気づいた。気配もせずに寄ったため、彼の存在に気づくなり、びくっとする。
「ごめんね、僕の連れが迷惑かけて」
視線をあげると、笑みを浮かべた金髪碧眼の青年が立っていた。髪は男にしては長いのか、首もとで軽く結っている。
「何者だ?」
「あいつの相棒かな。君が弓を射る姿、とても素敵だったよ」
「……キースという男か。あいつが道中ぶつぶつ言っていた。後先考えずに、戦場に突き出す奴だと」
「心外だな。心優しい君が連れてくると思ったからこそ、そう言ったのさ」
青年は相変わらずにこにこしている。心中が読めない。
半歩下がって、ラッセルが戻ってくるのを待つ。彼が自警団に事情を話し終えると、軽く走りながら寄ってきた。キースの姿を見ると、予想通り眉をひそめる。
「てめえ。のこのこと現れやがって」
「遅いから迎えに来たんだ。報酬もたんまりもらえるよう算段は付けておいたから、許してよ」
「オレの取り分、余計に取っていないよな?」
「まさか!」
首を横に振りながら、キースは笑う。その様子がどこか胡散臭かった。
青色の瞳がこちらに向けられる。真正面から見ると、美形の部類に入る人間だとわかった。
「君にも報酬を分けたいと思う。少し時間はあるかい?」
お金のためにある意味では余計なことをしてしまった。
金は欲しい。断る理由などなく、私はこくりと頷いた。
連れてこられたのは、人の出入りが激しいひときわ大きい建物だ。入り口には看板が立てかけられ、『冒険者ギルド』と達筆な字で書かれていた。
たくましい筋肉が付いている男や、巨大な剣を背負っている人間などが中に入っていた。
「ルシアさん、僕たちは冒険者ギルドに所属していて、さっきの護衛はギルドから依頼があって引き受けたんだ。だから報酬もギルド会館で受け取ることになっている」
ふと、出入りしている者の中に、小柄でひょろっとした人間もいた。危険な旅路を歩いているようには見えない。
「冒険って、危ないところにあえて入っていくという意味。闇獣を倒したり、危険な地に行くだけが冒険じゃない。危険な実験や、あり得ない事をすることも冒険なんだ。そういう意味も含まれているから、この冒険者ギルドは端的に言うと、何でも屋、みたいな印象が強い」
「そんなことわかっている。ただ実際に見るのは初めてだっただけだ」
キースが有り難すぎるくらい、丁寧な言葉で説明してくる。叔父がギルド出身だったのは言っていないが、それでも馬鹿丁寧だ。
素っ気なく言い返したが、彼は害した様子も見せずに前を通り過ぎて、さっさと中に入ってしまった。ラッセルも澄ました顔で、その後に続いた。
心の中で嘆息を吐いた。出会ったばかりだが、キースのペースには付いていけない気がしてきた。言葉尻の中で人を探ろうとしている雰囲気をわざと出しているからだ。
冒険者ギルドには変人が多いと聞いていたが、この二人もまさしくそうなのかもしれない。
中に入ると、煙たい空気が鼻をかすめていった。思わず咳込んでしまう。久々の淀んだ空気に体が受け付けなかった。
口元を軽く押さえながら、受付に座っている眼鏡をかけた男性と話しているキースたちの後ろに寄る。彼は眼鏡の中心を指で押して軽く直した。
「キース、相棒たちを連れて来たのか。おお、ラッセルか、久しぶり。さっきの乱闘騒ぎの報酬は別に出ないからな」
「わかっている。ただの善良な民が場を納めただけだから、別に期待してねえよ」
ラッセルはギルド職員と遠慮なしに話をしている。旅をしがてら、何度か訪れているのだろう。
「後ろの子供は……」
職員の視線が私に向けられる。キースの手が背中に回されて肩を掴まれ、一気に前へと出された。強く掴まれたため、反射的に手で叩こうとした。だがその前に、彼は滑るようにして、肩から手を離す。
「さっき話に出していた少年だよ。弓の命中度はかなり高いと見た」
職員が目を細めて見つめてくる。
「ほう。腕があるなら、冒険者ギルドに入らないか? 弓使いは重宝されるぞ」
「……有り難い申し出だが、断らせてもらう。基本的に、集団には属したくない」
右の手のひらを見せて、待ったをかける。職員は体を机の上に乗り出した。
「どうしてだ? 旅をするなら、金が必要じゃないか?」
「たしかに金は必要だが、目的もなしに旅をしているわけではない。それ相応の資金は持って、家を出ている。今回のも……まあついでだ。目の前で殺されるのも、気持ちのいいものではないからな」
適当に言って受け流した。嘘は言っていないが、根本的なところは言うつもりはなかった。
職員は納得してないようだったが、ラッセルが手のひらを天井に向けて、何かをねだるポーズをとると、背を向けて渋々と事務所の中に入っていった。
それからしばらくして、彼は布袋に入った貨幣を机の上に乗せた。
「ほら、報酬だ。予定よりもだいぶ早く町に来られたってことで、二割増しで支払ってもらった。こちらの紹介賃も差し引いた額だ。どう分けるかは話し合って決めろ」
「ありがとうございます。予想より多くて、こちらも嬉しいですね」
キースは笑顔で受け取り、肩掛け鞄の中にしっかり入れ込んだ。そしてちらりと背後に視線を向ける。職員に用があるギルド人たちが列を為して待っていた。
キースはラッセル、そして私に視線を向けた。
「ここは混んでいるから、場所を変えないかい?」
なるべく早くこの男から離れたかったが、金というものをぶら下げられては、仕方なく首を振らざるを得なかった。