(幕間)黒髪少年の行動と葛藤
赤髪の少女を見送った後、オレはベッドの上で、両手で頭を抱えていた。
おい、今まで何をやっていた……?
ルシアに自分の過去話をし、その後感情が押さえきれなくて、彼女に傍にいてもらっていた。オレがかつて妹と思った少女と、似たような雰囲気を出す少女を――。
あいつは驚きこそしたが、拒絶の行為も起こさずに、オレを軽く抱きしめ返してくれた。師匠の奥さんを思い出す行為でもあった。
それらの懐かしいものが、オレの心をゆっくり癒してくれる。そして涙が止まったところで、彼女を解放した。
「……もう昔のことなんか、思い出さないって決めていたのにな」
自嘲気味に呟く。そして頭を上げて、視線を窓に向けた。
昨日と打って変わって、今日は快晴。今も夕陽が周辺を照らし出していた。ほどなくして暗くなり、月が二つ出てくるだろう。
夜に水竜の加護を得たアルフィーが町民の前に出て、加護を得たというお披露目会みたいなのをするそうだ。それ終えると祭りは終了。明日にはいつも通りのスレイドフ国ウィルロード町に戻る。
竜のお披露目会とは何をするのか気になるところだったが、医者には一週間出歩かないように強く言われている。今はグレイスラー当主に雇われている身。いち早く怪我を治して、西へ向かう必要があった。
仕方なくオレは布団の中に再び体を埋めた。
* * *
この町に来てから数日もたっていないが、あっという間だった。
火竜の加護を持つオレにとって、体を巡っている血の拒絶反応なのか、他の竜が宿っている神殿にいくのは、非常に気力がいるものだった。
特に水とは相性が悪すぎる。
風や土などは、多少気分が悪いのを我慢すれば行けた。
だが、火と正反対と言われている水だけは、決して傍に近づくなと忠告されていた。さもなければ体調が悪化し、数日間寝込む状態になると、火竜の神殿の神官に言われたのだ。
キースにウィルロード町に寄ると言われたとき、酷く表情を歪めたと思う。だが神殿以外の見所を言われると、首を横に振れなくなっていた。
海に近いため、たくさんの魚介を使った料理が振る舞われる。水も美味しく、エールが特にうまい。武器は丁寧に作られている町……と言われたら、気になってしょうがなかった。
そして意図も簡単に乗せられたとわかっていたが、どうしても海鮮サンドとやらが食べたかった。
大食になったからか、それとも至る所で様々な料理を食べているからかわからないが、昔よりも料理の味に関してはうるさくなっていた。そのためご当地での美味しいものに非常に興味があった。
神殿さえ近づかなければ大丈夫だろうと思い、オレはキースに導かれながら、ウィルロード町に向かった。
夕方に到着したため、夕飯を食べてから、女子どもは宿に返して、キースとともに少し町に繰り出すことにした。
どこに行きたいか聞くと、「女の子がたくさんいるところ」という、馬鹿な台詞が返ってきたので、それを無視して人の出入りが多そうなパブに寄った。女性も少しはいたが、どちらかといえば男性の溜まり場だった。キースが非常に残念そうにしていたが、つまみで出てきた木の実を食べて表情を綻ばしていたから、おそらく大丈夫だろう。
「ラッセル、少しこの町に滞在しない? お祭りもあるみたいだし」
「オレたちは先を急ぐ身だぞ。立ち寄る町では必要最低限のことに済まそうって、言ったよな?」
「リオ君、少し疲れているから息抜きにどうかなって。二、三日増えるだけ!」
オレが反対しても、そういう風に進めちまうだろう、この優男。
「明日はどうするんだ? 祭りは明後日だろ?」
「明日は神殿にでも行こうかなって。だからラッセルは……」
「オレはパスな。一人で町を歩かせてもらう」
キースは追求せずに、微笑みながら首を縦に振ってくれた。彼は残っていたエールを一気に飲むと、もう一杯注文したので、それに乗じてオレも頼んでおいた。半分は残っているが、この程度ならすぐに飲めるだろう。
「ねえ、ラッセル」
「……なんだ?」
ジョッキを口にあてて、美味しく飲んでいるところに、キースは神妙な顔つきで見つめてきた。
「ルシアちゃん、どうしてクロース村に行きたいか、知っている?」
「知り合いに会いに行くって言っていただろう。違うのか?」
「僕もそう聞いているけど、その話をしている時の彼女の表情、すごく思い詰めているのが気になったんだ」
エールを空にして、オレはジョッキを机の上に置いた。周囲は喧噪で溢れているが、この一角だけ静まりかえったような感覚に陥った。
「知り合いって、誰なんだろう」
「わからない」
「どうしてそこまでして会いたいんだろう」
「何か相応の理由があるんだろ」
「彼女にとって、とても大切な人だったら……どうする?」
キースが目を細めて見据えてくる。
こいつ、オレに何か探りを入れようとしているな。
ちょうど注文したエールが来たので、まずはそれを飲むことに専念した。先ほどと同じエールを飲んでいるはずだが、思ったよりも冷たくなかった。
「……危険な旅を覚悟して、会いに行っているんだろう。それくらいの人に決まっているさ」
「男だったらどうする?」
「どうしようとオレたちには関係ない。オレたちの仕事はリオを村まで無事に送り届けることだ。あいつはただのついでさ」
きっぱり言い切ると、半分以上残っているエールを一気に飲み干した。エールを飲めば、少しは楽しい気分になれるが、今日は無理そうだ。
キースはそれ以上、あいつのことに関しては追求してこなかった。これからどういう旅路を進むか、明日はどこの店に寄ろうかなどを話し合ったりしながら、考えを深めていった。
翌日、キースたちと別れたあとは、気ままに一人で歩いていた。こういう風に誰にも止められることなく、ぼんやりと歩くのは久々かもしれない。ある意味、落ち着く時間だった。
別にあいつらと一緒にいるのが、嫌なわけではない。たまには一人で過ごしたいのだ。
昼飯を楽しみにしながら武器屋などを回っていたが……、神殿から戻ってきたルシアに昔のことを思い出されて気分が暗くなり、八つ当たりしそうになったから、再びあいつらと別れた。
昔のことなんか忘れたい。
あの村のことなんか、すべて忘れたい。
あの悲劇の出来事も忘れたい。
それができないから、人間というのは厄介なものだった。
一人でご飯を適当に食べてから、再び歩いていると、キースが町の中を走っているのが見えた。ルシアやリオはいなかった。あの二人を待たせているのだろうか。
何気なくあいつの背中を追っていくと、喫茶店の外でキースが自警団の男たちに囲まれているのを目撃した。そしてルシアがそいつらに突っかかり、跳ね返されるのも見る。キースが諭してくれたため、彼女がそれ以上怪我をすることはなかったが、あまりにも感情的すぎる行動だった。
ため息を吐きながら、ルシアとリオの傍に寄り、よろめきそうになったあいつを受け止めた。
「お前、何やっているんだ……」
そして、そんなにほっとしたような表情を向けるんじゃねぇよ。
軽く背中をさすると、顔を歪められた。だいぶ痛めているな。無理せず、一日は絶対安静にすべきだと思ったが、旅の仲間が捕まった今、彼女がじっとしていられないだろう
彼女に無理をさせないよう移動しながら、その後の作戦を練ることにした。
それからは流れるように時間が過ぎていった。
神殿にある宝珠が偽物であると推察した、ルシア。それを調べるためにオレは出しに使われる。触れなくても近づければ充分だったが、ルシアは触れることに固執した。
オレは剣を携えていることを確認してから、ルシア、リオ、そして神官の息子であるアルフィーと一緒に神殿に向かった。
体調はいっこうに悪くならなかった。神殿に入っても変わらなかった。
ならばあれは偽物か。
なら、本物はなぜあそこにないのか?
様々な疑問が巡る中、宝珠を触って確かめた。反応なし。偽物だ。
ルシアと顔を合わせと、ちらりと宝珠に向けられる。もう一回だけ触れろという意味か。仕方なくそれを行おうとすると、後ろから老人に一喝された。
神聖じゃねえが、神聖と思われている宝珠に迂闊に対して、信者は触ってほしくないな。
ここはあまり目立たずに退散したいが、どうやってするか……と思っていると、突然ルシアが笑顔で腕を両手で抱きしめてきた。
お前、唐突に女っぽい行動するなよ!
老人の言葉に苛立ちを抱きつつも引っ張られるようにして、神殿から出て行った。
空が暗い。雨が降りそうだ。
直感的にこれから何か起こりそうだと、唐突に思った。
不運にも、その直感は当たってしまった。
冒険者ギルドであまり役に立たない情報をえた後に、町のすぐ傍にまで闇獣が迫ってきている、と喚く男の声が辺りに響いた。
こんなに豊かで、光も発している町の近くにまで襲ってきているだと?
あり得ない。何かあったとしか思えない。
自警団の奴らは、あまり信用ができなかった。何匹いるかによるが、オレ一人でもある程度は対処できるだろう。
ルシアに視線を合わせず走り出した。彼女は何も聞かずに後を追いかけてくる。
鼻の上に雨が叩きつける。舌打ちをして、空を見上げた。
雨が降れば、簡単に火を焚くことができない。火竜の加護も例外ではなく、燃やしにくくなる。
冒険者ギルドから依頼が出されたのでもなく、知っている誰かの命が危険に陥っているわけでもない。いっそのことリオとルシアをつれて、安全な場所に避難すればいいが――オレにはそんなことはできなかった。
ルシアに一言伝えてから、オレは剣を抜いて闇獣の大群に向かった。
火竜の力をほとんど使わずに十匹を動けなくする。鍛錬としたとしても、かなりレベルが高い内容だ。
迫ってくる一匹をまずかわして、すれ違い際に一匹に剣で線を入れる。そして止まりもせず、剣を振りながら大群の中を突っ切っていった。そして飛び越えて、首筋にナイフをたててから、一瞬離脱した。
戦闘不能になったのは、途中で燃やした一匹のみ。それなりの怪我を負わせたのは、最後の一匹。あとはかすり傷か無傷。
それに比べてオレは、すでに細かな傷が付いていた。動くのに支障はないが、積み重なり隙を突かれれば、一瞬で窮地に陥る。
傍にいた自警団の男たちが握っていた松明の炎が消えた。慌てて付けようとしているが、湿気っている状態で、そう簡単に付くものでもない。このままでは傍にいるあいつらまで、犠牲になっちまう。
闇獣に向かって剣を振り回し、意識をこちらに向けさせた。
お前らの相手はオレだ。
オレだけに牙をむけろ!
心の中で叫ぶと、それが伝わったように闇獣の瞳はこっちに向いた。竜の加護がお互い混ざっている生き物たち、こういうところだけ影響しあうみたいだ。
さて、これからこいつらをどう相手しようか。灯りをつけたいが、携帯ランタンという気の利いた物は持っていない。
人間よりも闇夜の中で目がよく見える獣相手には、僅かでもいいから灯りか援護がほしい。……しょうがない、あまりやりたくはないが、火を付けるか。
オレは突進してきた一匹に向かって、すれ違い際に触れた。そこを起点として発火する。思ったよりも燃えていく。さあ、これから反撃だ――!
その時、オレの一番遠くにいた闇獣が呻き声を上げた。その獣の目には先端が銀色に光る何かが突き刺さっている。とっさに視線を町の方に向けると、誰かが矢の先端を向けているのに気づいた。
暗くて誰がいるかは、はっきりとわからない。だが見ずとも、そんな無謀なことをするのは、ルシア以外にはいないとわかっていた。
「あいつ、オレに刺さっていたら、どう落とし前を付けるつもりだったんだ?」
嫌みを言いつつ、口元をつり上げた。弓を射る体勢を作るのにも辛いのによくやるよ、あいつは。
右肩に剣を乗せて、睨みをきかせている闇獣を見据えた。
「オレが相手してやるから、遠慮なくかかってこい!」
ルシアの援護と、無理して火を放ったおかげで、どうにかこの場にいた狼の闇獣は沈静化することができた。
すれ違い際に左腕とわき腹が裂かれたのは、予想外の傷だった。力の酷使もあいまって、その場に剣を立てて膝を付ける。かすり傷とはいかないが、オレの傷だけで被害はすんでよかった。
しばらくして、援護をしたルシアが寄ってくる。彼女は眉をひそめたまま、自分が羽織っていた上着をかけてきた。一回り小さいが、その気遣いが嬉しかった。
これでこの村に脅威は去った。あとは念のために火を焚き、雨が止んで、夜が明けるのを待てば――。
瞬間、得もいえぬ殺気を感じ取った。
突如現れたのは、狼などかわいいと感じるほどの、獅子の闇獣。
自分の腕には既に鳥肌がたっていた。
こいつは――ヤバすぎる。
ルシアを連れて逃げるか。だが怪我をしても、していなくても、この獅子から逃げきれるとは思えなかった。ならばオレが盾となり、彼女を逃がすのが最善。
制止の言葉を振り切って、重い体を叩いて走り出そうとした。
だが、思わぬところから援護が入った。アルフィーという男が、闇獣の動きを鈍らせる光った石を投げてくれたのだ。
闇獣が恐れる光る石――話には聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだった。何でも非常に珍しい地質の中にある、鉱山から取られるものらしい。
この気弱そうな男、思った以上に物事に精通している、頼りになる男かもしれない。
そして闇獣の様子を伺いながら、オレたちは戦線を一時離脱した。
神殿の中に入ると、急激に寒気を感じ始めた。長時間雨に打たれ、さらには血を流し続けた結果だろう。
意識が遠のき始めた時、ふと、目の前で傷を止血しているルシアと視線があった。何気なく頬に触れると、仄かに温かった。
なぜだか今は無性に誰かの温もりが欲しかった。ルシアを抱き寄せると、彼女は驚きつつも、受け入れてくれる。
雨の日はオレにとって、忌まわしい日でもあった。
師匠の娘さんが亡くなった日――火事がある程度広まった後に、雨がようやく降り始めたのだ。湿気の程度や雲行きから、もっと早く雨が降ってもおかしくなかったが、その日は思った以上に遅かったのだ。
火竜の加護を受けている身として、戦いが制限される雨の日はもちろん嫌いだが、昔のことを思い出す天気であるため、なお嫌いだった。
オレの心が二回目に崩壊した日を少しでも忘れたいがために、温かさが欲しかったのかもしれない。
それからはルシアの考えを圧倒されながら聞いていた。おそらくほとんど推測だけで出した内容だ。
だが、彼女が堂々と振る舞っている姿を見ていると、本当のような気がしてきた。そう思わせるだけの雰囲気を醸し出しているのだ。
ルシアはオレが思っている以上に、たくましく、すごい人間だった。
彼女の小さな背中を見ていると、オレができることを少しでもしたかった。
オレは戦うしか脳がない男だ。
だから前線である獅子の闇獣の前にはオレが立ってやる。
町の中には一歩もたりとも、入れさせたりしねえよ。
その間にお前は僅かな希望を取ってこい。それが今できる最良のことだ。
* * *
ぼんやりと振り返りながら、体を倒した状態で自分の左腕を見た。赤い宝石が付いている腕輪が付けられている。まるで真っ赤な血を連想させるようで、人によっては気味悪がられた。
この加護を受けてから、いいことは一つもなかった。きっとこれからも、あるはずないと思っている。
しかし、これがあることで近くにいる誰かを護れるなら、悪くないかもしれない。
腕を下ろし、布団に潜り込もうとすると、ドアがノックされた。二つの満月に近い月がだいぶ上がっている時間帯に、いったい誰だろうか。
「入るよ、ラッセル」
かつて二人旅をしていた相棒、金髪碧眼の青年キースが入ってきた。紙パックを右手で持ち、逆の手で香ばしい揚げ物をつまんでいた。彼は微笑みながら、それをつきだしてくる。
「新鮮なエビの揚げ物。ぽりぽりして美味しいよ。いる?」
「くれ」
起きあがるとキースが差し出してくれた。それを数個口の中に入れる。できたてらしく、歯ごたえがあって美味しい。夢中になって、さらに何個か食べた。
キースはオレの足下近くのベッドの端によって、窓の外をちらりと見た。
「……ルシアちゃん、ここに来たの?」
「夕方にな。律儀にも海鮮サンドを持ってきてくれたぜ」
「彼女らしいね」
顔を向けられると、キースは真顔で見てきた。
「ラッセルはさ、ルシアちゃんのこと、どう思っているの?」
「……旅の連れだろ」
極力素っ気なく言う。オレがあいつに気を許し始めたと知ったら、絶対に突っかかってくる。
彼はそれを聞くときょとんとしたが、すぐに口元をにやりとさせた。
「旅の連れ……ね。早くその関係をどうにかしないと、たぶん一生、そのまんまだよ」
「どういう意味だ」
「ルシアちゃんって、クロース村にいる誰かに会いに向かっているんだよね」
「ああ」
「僕が思うに、その人――男だよ」
ぼんやりと思っていたことを、はっきりと言葉に出された。
クロース村の誰かを思い出すとき、彼女は切なそうな表情をしつつも、頑固として揺るがない声で発していた。それほど思っている人間など、肉親か親友か、はたまた想い人くらいしか思いつかない。
キースは目を細めてオレを見てくる。
「辿り着く前に何とかしないと、彼女、その男のものになるんじゃないかな?」
「別にそれがあいつの望むことなら、それでいいだろう」
「自分の幸せより他人の幸せか。ラッセル、かっこいい」
笑みを浮かべながらキースは立ち上がる。そしてドアの近くにまで寄ると、背中越しから話しかけてきた。
「じゃあ、僕がちょっかい出しても構わないね」
「はあ?」
「一応伝えておくよ。それじゃ、お休み」
ひらひらと手を振りながら、キースは去っていった。
何がしたかったんだ、あいつ……?
オレの手元には海老の揚げ物が残っている。これを渡すためだけに来たわけではない。
どうしてルシアのことを話題に出す?
あいつはただの旅の同行者で、それ以上の立場にはしてはいけないだろう。
大切な人間がいる相手に――。
キースが何を考えているかわからない。
ただしばらく気をつけて、あいつの行動を見た方がいいのかもしれない。
月の一つが雲にかかる。月は一つだけでも、燦々と光を窓に照らしていた。




