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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第2章 水竜の神殿を持つ町
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2-9 真実と切なる願い(3)

「アルフィー、念のために聞いておく。他の竜の加護は受けていないな?」

「受けていないよ」

「わかった。もし竜の加護が二つ以上受けた場合は、拒絶反応により即死だから覚えておいてくれ」

 アルフィーさんが頷くと、神官は彼を水流がうごめいている宝珠の前に座るよう言った。

 そして私たちには、神殿から出るよう言われる。自警団の人たちはその言葉に従って、そそくさと出て行く。私はアルフィーさんと視線を合わせて頷き合うと、背を向けた。

 彼の瞳はいつも以上に力強かった。彼なら乗り切れるはずだ。

 竜の加護は、全員が全員受けられるわけではない。相応の素質がなければできなかった。通常ならばその素質があるかどうか、事前に綿密に調査するが、今回はそのようなことをする暇はなかった。もし素質がなければ、竜の機嫌を損ねたとして罰が下る。今はただ、何もないことを願うしかない。

 神殿の外に出て、ラッセルたちの様子を凝視する。雨は止んだが湿気が多く、満足に火は焚けなさそうだ。生ぬるい風が吹き抜けていく。肩にかけていた弓を手に取り、矢を一本筒から抜いた。

 神殿の中から目映い光が漏れてくる。

「水は生物にとって、なくてはならないもの。自然を作る上で必須のもの。それゆえ水竜はすべての万物にとって、愛でるべき竜――」

 光が激しくなっていく。

 一瞬、顔を神殿の入り口に向けていたが、突如感じた殺気を受けて、すぐさま視線を外に向けた。

 ラッセル、キース、ジルドと一定の距離をつけている獅子の闇獣が、こちらに鋭い視線を送っていたのだ。その視線に気付いたラッセルが獅子を攻撃しようとするが、それを軽々と飛んでかわされた。着地するなり、こちらに向かって突進してきた。

「ルシア、逃げろ!」

 ラッセルはそう叫ぶが、それに反して私は矢をつがえていた。

 近くにいた自警団員たちは、一目散に神殿の裏手側に逃げている。

「お前がどうこうできる相手じゃねえ!」

 ラッセルの言っていることは正しい。自分でもわかっている。

 けれど、ここで逃げればアルフィーさんの覚悟を踏みにじることになる。

 彼は危険を承知の上で儀式に臨んだ。それを邪魔させはしない。

 矢を持ちながら、弦を思いっきり引く。目を細めて、真っ黒な中でひときわ赤く光る瞳に向けて、矢を離した。

 鋭い音をしながら、矢は一直線に獅子の闇獣に向かっていく。それは徐々に加速し、吸い込まれるようにして飛んでいった。

 獅子は右にそれようとするが、一瞬動きを止めた。次の瞬間、左目に矢が刺さった。耳をふさぎたくなるような雄叫び声が響く。

 表情を崩さず、さらにもう一本放った。右目とはいかなかったが、胴に深々と刺さったようで悶え始める。

 三本目の矢を手に取ったところで、ようやく矢の先端を見ることになった。殺傷能力が高そうな、鋭く、堅い石で先端を作っている。よく見ればやや光沢もあった。真っ暗な闇の中、突如光るこれを見せつけられたら、僅かだが動きが鈍るかもしれない。

 三本目の矢を放ち、闇獣の胴に再度刺したところで、神殿内部の光が止んだ。

「アルフィーさん?」

 視線を獅子から神殿の入り口に移す。

 その隙に脱兎のごとく、獅子が目を閉じて猛突進してきた。矢をつがえる暇がない。

 息を呑む間もなく、階段の下から私がいる場所まで跳躍してきた。

「しまっ――」

「水竜よ、闇獣を鎮めろ!」

 高らかな声とともに、飛び上がった獅子が空中で凍り付けになった。それは重力に従って落下する。真下には石でできた床が広がっていた。その上に激しい音をたてて叩きつけられた。

 獅子は全身を打った衝撃で痙攣を起こす。さらに全身からは血が吹き出し、石畳の上に血は広がる。闇獣はその中心でぐったりとしていた。

 階段の上からその様子を伺っていると、横に青ざめた表情をしたアルフィーさんが寄ってきた。

「ルシアさん、大丈夫かい?」

「はい。これはアルフィーさんが得た力ですよね?」

「そうだけど、まさかここまで……」

 血を見慣れないようだ。彼を床に座らせて、視界を遮る。

 まだ獅子の息はあるようだが、もう動けないだろう。

「……いつまでも苦しませるのは哀れだ」

 ラッセルがキースに支えられながら、階段の下まで歩いてきていた。傷が開いているのか、歯切れがよくない。

「止めは俺が刺そう」

 ジルドが軽く剣を払って、獅子に突きつける。ラッセルはそれを見て、首を横に振った。

「この闇獣はかなり強力だ。遺体として残ったとしても、その後も影響力を持ち続ける。それを阻止するには火葬が一番なんだよ」

 ラッセルは左手を獅子の方に掲げ、右手で腕輪の部分に触れた。その表情は哀愁漂うものにも見えた。

「我が身に宿る火竜よ、悲しき闇を振り払え」

 そう言うと、闇獣の体から炎が上がった。それは一瞬で全身を包み込み、激しい炎を上げて燃えていく。

 誰も何も言わずに、闇獣が炭となっていくのを静かに眺めていた。

 雨は止み、雲がかかっていた空の一部から星が見える。ようやく町にも光が戻ってきていた。



 * * *



 獅子の闇獣との戦闘後、ラッセルは糸が切れたように意識を失ってしまった。キースは溜息を吐きながら、彼を背負って、ジルドに案内された診療所に連れて行っていた。

『こんなに無理したラッセル、初めて見たよ。よほど護りたかったんだろうね』

 私のことを見て、にこにこと言っていた。彼にとって一つの町が恐怖に陥ることを避けたかったのだろう。

 アルフィーさんは疲れているにも関わらず、一晩寝ただけで、祭りの神殿の手伝いをしていた。宿は引き払い、神殿に戻っている。その部屋を今、私だけが使用させてもらっていた。

 初めて会った時よりも表情が豊かになったアルフィーさんは、祭りの最後に水竜の加護を受けた者として皆の前に出ると言っていた。そこでささやかながら力を披露するという。

 その際は是非とも見て欲しいと言われたため、それまでに町の祭りを回ることにした。

 祭りを楽しみにしていたリオと、晴れて無罪放免になったキースと共に町の中を歩いていく。

「今回は色々と大変だったみたいだね。かなり活躍もしたみたいだし」

「活躍したのかどうかはわからないが……。キースの方が大変だっただろう。濡れ衣着せられて」

「自警団の人たちの顔を観察するのは楽しかったよ? ちょっと窮屈だっただけかな。小部屋に男が何人もいるから」

「キースってさ、ラッセルよりもしぶとく生き残りそうだよね。だから僕はそんなに心配していなかったけど……」

「ほう、それはルシアさんが僕のことを心配してくれたのかい?」

 キースが口元に笑みを浮かべて、私のことをじっと見てくる。昨日着ていた服はびしょ濡れになってしまったため、以前買ってもらったワンピースを着ている。帽子を被るのは変だったため、それは被らず、赤い髪をハーフアップにしてバレッタで留めていた。

「……一緒に行動する人が犯罪者とかだったら、困るだろう」

 視線を逸らして言うと、キースはにっこり微笑んだ。

「ありがとう、心配してくれて」

 そして私の髪を持つと、そこに口元を寄せてきた。

「ちょっ……!」

 突然思いもよらぬことをされて驚いた私は、彼から距離を取るようにして激しく翻る。キースはにたにたして私を見ている。

「からかいがいもあって可愛いな、ルシアちゃん」

「キース、いい加減にしろ! 私はお前のおもちゃじゃない!」

「じゃあ、どうすれば遊んでいいの? きちんとした関係になればいい?」

 赤かった顔が真っ赤になった。周囲の人たちがちらちらと見てくる。

「少しは黙れ!」

 右手を握りしめて、キースの左頬を殴った。彼はその勢いで仰向けに倒れてしまう。てっきり避けるかと思ったため、予想外の展開だった。

 キースは上半身をあげて、軽く頬に手を添えている。周りの視線がかなり痛い。

「起きてちょうだい。これでは私が悪いみたいだから」

「なら、手をちょうだい」

 近づくのは嫌だったが、それで事が納まるのなら仕方ない。

 右手を出すと、突然引き寄せられた。そしてあっという間に頬に口づけされる。

 思考が追いつかず、その場に膝を付いた。呆然としていると、既に立ち上がったキースが手を差し伸べてくる。

「素敵なお嬢さん、僕と一緒に行きませんか?」

 なぜだろうか、怒りが沸々と湧いてくる。

 お調子者だとは知っていたが、道のど真ん中でここまでやるとは。

 伸ばされた手を激しく叩き、自分の足で立ちあがった。

「誰がお前と一緒に回るものか!」

 きっぱり言い放つと、背を向けてその場から走り去った。



 しばらく走り続け、人の往来が激しくなったところで歩き始めた。

 宿に戻ろうかとも思ったが、釈然としないので一人で祭りを見て回り出す。

 昨日よりも活気があった。出店を出している人たちは、笑顔で客を呼び寄せている。昨晩あと少しで町が襲われるところだったのに、それすら感じていない様子だった。

 自警団の人たちも祭りに混乱がないよう、巡回をしていた。

 彼らの様子を見て、ふと思った。

 たしかに戦闘に関しては、からしき駄目な集団だろう。闇獣に対して、適切な対処もできなかった。

 だが、町の人たちを恐怖に陥れないよう配慮していたのは、悪くない部分だ。

 昨晩町に戻ってきた時に感じた町民たちの往来風景は、変わらない日常を過ごしているものだった。当たり前の日々を、当たり前のように過ごしていたのだ。

 すべてを否定しても何も変わらない。時としていい点を見るのも必要だと、かつて冒険者ギルドに所属していたジルドは言っていた。

 自警団のことをあまり好いていない彼だが、それなりにあの集団を認めているのかもしれない。

 進んで行くと、ひときわ人が集まっているところがあった。覗いてみると、あの海鮮サンドが売られているところだった。それを見て、私はある一人の青年を思い出した。



 ドアを軽くノックすると、中から声がかけられた。一言断って入る。ベッドの上で横になっていたラッセルが目を丸くして、私のことを見てきた。

「お前、キースたちと一緒に祭りに行ったんじゃなかったのか?」

「行っていたが……」

 恥ずかしくてあの状況のことを言えない。

 私は無言のまま、ラッセルの目の前に紙袋を押し付けた。

「何だ、これ」

「……海鮮サンド、食べたかったんだろう。できたてだから、今、食べたらいい」

「もう少し言葉のかけ方ってもんがあると思うが」

 ひょいっと紙袋を取ると、彼は中から海鮮サンドを一つ取り出した。そして紙袋を突き返す。

「もう一つはお前のだろう」

 黙ったまま受け取り、横に椅子を寄せて、海鮮サンドを出した。

 そしてしばらくの間、二人で黙々と食べた。澄み渡るような空が、少しずつ赤く色付いていく。

「……今回はありがとな」

「何が?」

 海鮮サンドを食べ終わったラッセルが、シーツに手を添えて口を開いている。

「援護とか、真相の追及とか。お前がいなかったら、たぶん最悪の展開になっていたと思う」

「そうか? 最終的にどうにかなったのは、ラッセルが闇獣を食い止めて、アルフィーさんが加護を受けて、攻撃したからだ。私はそれを脇から見ていただけだよ」

「……お前が矢を射る姿、綺麗だった。命中させたのも見事だった」

「それもまぐれ。自分でも驚いているくらい。きっと物がよかったんだよ。これからは弓矢も妥協せず、お金をつぎ込もうと思う」

「……そのツンケンな性格、どうにかしたらどうだ。可愛くねえ。口調ももっと砕けろよ!」

「可愛い子なんかそこら辺にいる。私に構わず、そっちと一緒に行動したら?」

 海鮮サンドを食べ終え、袋の中に紙くずを入れる。ラッセルは激しく頭をかいていた。

「あー言ったら、こう言う。こー言ったら、あー言う。お前には謙虚に言葉を受け止めるってことができないのか!」

 ラッセルが私の顔を見ると、すぐに逸らされた。なんだろう感じ悪い。もう出よう、ここからも。

 立ち上がろうとすると、とっさに手を握られた。目を瞬かせて振り返る。

「ラッセル……?」

「時間あるか? ……少し昔話をしてもいいか?」

「あ、ああ」

 戸惑いながらも承諾し、腰を再び下ろす。彼が昔を語るなど初めてのことだった。

 彼は息を吐き出してから、口を開いた。

「俺は火竜の加護を受けているが、それを受けさせられとは言っていなかったな」

 躊躇いながらもゆっくり頷く。キースとの会話でそうだろうとは察していたが。

「……オレの村は、ファーイ国にある田舎村だ。田畑を耕して、ぎりぎりの範囲で生活している村だった。ある日、ファーイ国の神殿がある王都からお触れが出たんだ。それが今から十年前の出来事だった」

 お触れの内容は端的にいうと、こうだった。

 火竜の加護を受けてもいい者を差し出した場合、その村に援助金を与えるというものだ。

「村長はそのお触れを受けたがっていた。もちろん金欲しさだ。それで村で何人か選抜したんだ。当時オレは八歳。加護を受ける真の意味なんて知らなかった。オレと同じように、意味を知らなかった子どもたちが選抜されたよ」

 ラッセルは息を深く吐いた。

「王都でさらに選抜してもらった結果、オレの村からはオレが選ばれた。他の奴らは泣きながら帰っていったよ。加護持ち子どもを出した家には、さらなる報奨金が家に与えられる予定だったから……」

「……子どもを道具として見ていないなんて、酷い」

「その台詞は、金があるやつが言うことだろうな。金がない家にとっちゃ、その生き方も一つの生きる術なんだよ」

 火竜の神殿に行ったあとは、今のラッセルを見てもわかる通り、無事に加護を受けられた。だがその代償は、彼が思っていた以上のものだった。

「まず飯を食う量が増えた。その関係で両親が食費のかかるオレのことを邪険に扱い始めた。さらに周りがオレのことを奇妙な目で見るようになった。まだ火を扱うのに慣れていなかったから、たまたま発火して、ボヤ騒ぎを起こしちまったんだ。何も無いところに火が上がって、村人たちはびっくりしたんだろうな」

 自分のおかげで村は潤いを得られたが、その本人に酷い仕打ちが向けられる。なんて理不尽な事だろうか。

「そんな生活が一年くらい続いて、とうとう母親が村長に泣き付いたんだ。その時、たまたま聞いちまったよ。『こんな子どもいらない』って」

 ラッセルはシーツを両手で握りしめた。

「……その後、村長はオレを王都にある冒険者ギルドに押し付けていった。冒険者ギルドは何でもありの所だからな、子どもを代わりに育ててくれる人が来るかもしれないって思ったんだろう。つまり厄介払いされたのさ」

 彼はまるで他人事のように淡々と述べていった。

「しばらくギルドでお節介になった後、師匠とも呼べる人と出会った。それからオレの人生は明るくなった」

「……その人から、剣術や色々なことを教わったのか」

「そうだ。その人は家族持ちだったが、オレを本当の子どものようによくしてくれた」

 穏やかな視線が横に向けられる。

「お前と同じくらい歳が離れていて、お前みたいに気が強い娘もいた。そいつとは、よく喧嘩したな」

「女の子と喧嘩するなんて……」

「あっちが先に突っ掛かってくるんだ、しょうがねえよ」

 師匠の家族とは楽しい日々が続いていたらしく、その時のことを話しているラッセルは、先程見せた殺伐とした表情など、微塵も出てこなかった。

「――そしてオレが十五の時、また転機が訪れた」

 ラッセルの声が一段と低くなった。彼はシーツを握りしめながら、両手を握りしめた。

「火竜の加護を持つ男が起こした事件に巻き込まれて、師匠の娘が死んだんだ」

 右手の拳を握りしめて、ラッセルは自分の足を叩いた。

「建物を放火して、中にいる人間たちを殺した。男も直後に自殺して事件は迷宮入りになった。……十人、いや二十人以上死んだ。なぜ殺されたかもわからないまま、闇に葬られたんだ」

 ラッセルの右手が緩められた。

「それから――師匠の奥さんのオレを見る目つきが変わってきた。オレも火竜の加護を受けている。そのうち殺人でも起こすんじゃねえかって、思うようになったんだろうな」

「ラッセルはそんなことしないだろう! それくらい一緒に過ごしていれば、わかるんじゃないのか?」

「しょうがねぇさ、それが人間なんだよ。……その事件からほどなくして師匠に礼を言って、町を出た。――もう十五も過ぎている。冒険者ギルドを利用することで、生きていく術を手に入れた。依頼をこなすことで、金を得ることができた。だから――その後は特に苦労もなく生きてきた。キースっていう、情報屋と仲間になったことで、だいぶ旅も楽になった。――今は楽しい。師匠ともたまに手紙をやりあっている。だからそんな顔するなよ」

 ラッセルがそっと私の頬に触れて、涙を拭ってくれた。本当ならば彼が泣くべき内容なのに、私が泣いてしまう。止めどなく涙は溢れ、頬を伝っていく。

「どうして泣かないの? どうして?」

「泣くのはもうとうの昔に終わった。どうせ過去のことだ。いつかは忘れる」

「でも……!」

 今度は頭を軽く叩いてきた。

 この人の心は、見た目と裏腹であまりにも優しすぎる。

「お願いだから、泣くな。お前の泣き顔見ていると、あいつを思い出しちまう」

「あいつ?」

「逝っちまったあいつだよ」

 それを聞き、流れ出ていた涙を必死に拭った。

 辛い過去を思い出させてはいけない。それが今できる自分の行為だ。

 ラッセルは視線を逸らし、前髪をくしゃりと触って深く溜息を吐いた。

「……まったく厄介な女と出会っちまったもんだ」

 今の彼に対して何ができるだろうか。

 力も何もない、ただの女が――。

 ふと目元が赤いラッセルがこっちに顔を向けて、手を差し出してきた。その手を握り返すと、突然ベッドに引き寄せられて、抱きしめられた。力強い手で背中に手を回される。鼓動が直に伝わってくる。神殿の中で体を寄せられた時と違い、力がより強く、簡単に逃れることはできなかった。

「ラッセル……!?」

「すまん……」

 一言だけ謝った彼の手と声が震えていた。彼もやはり我慢できなかったようだ。

「……我慢しないで」

 そう言うと、ラッセルは静かに涙を流し始めた。数年ぶりの涙を、時に自分への怒りも含めながら流していく。

 そんな彼の頭を私は優しく撫でる。

 力も何もない。だが、今の私には彼に温もりを与えることくらいはできた。

 少しでも自虐的な彼の感情が和らぐのなら、過去の少女と対比されようが構わなかった。


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