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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第2章 水竜の神殿を持つ町
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2-8 真実と切なる願い(2)

「アルフィーさん、馬の扱いに慣れていますね」

「ふらりと出かけるときに、よく乗っています。昔、父に教わりました」

 外套を羽織り、矢を補充した私は馬に飛び乗り、アルフィーさんの後を追っていった。彼は前方と後方に光る石を乗せてくれたため、見失うことはなかった。雨は一時期よりもやや止んでいる。

「あの森を抜けた先にあります。本当ならば森は突っ切りたくないのですが……」

「時間がありません。危険は承知で行きましょう」

 背中を押す言葉をかけると、アルフィーさんは馬の速度を上げた。

 腰に差している短剣に軽く視線を落とした。アルフィーさんは知識は豊富だが、戦闘に参加する人間ではない。せいぜい光の石を投げつけて、牽制するくらいだ。もし闇獣が接近してきたら、私が対処しなければ。

 今までは護られる立場か、自分のみ護れば良かった。だが、今回は彼を護る立場にある。より気が引き締まる想いだった。

 森の中に入ると、視界が悪くなったため、アルフィーさんは少し速度を落とした。周囲に目を光らせながら、私も進んでいく。

「……ルシアさんは強いですね」

「え?」

「女性なのに闇獣も恐れずに戦って、すごいと思います」

 私は髪を左耳にかけながら、ぽつりと言う。

「すごくありませんよ。いつも怖いと思いながら、弓を引いています。何が接近してくるかわからない今も、自分でも極端なくらい警戒しています」

 手綱をぎゅっと握りしめる。

「……私は護られてばかりです。叔父に護られ、その人と死別した後は一人で行動していましたが、この世の中、女一人で旅するのは厳しいものがありました……。そんな時にラッセルとキースと出会い、成り行きで一緒に西に向かうことになりました。その旅路は一人で進んでいたときとは比べものにならないくらい、楽なものとなっています」

 彼らは疑いようがないくらい強い。そして私のことも護ってくれるほどの余裕がある。

 だから二人で闇獣の侵攻を止めると言ったのも、信じられたのだ。

 誰かの支えがなくては、人は生きていけないというのは、本当なのかもしれない。

「……ルシアさん、そこまで自分を卑下しないでください。貴女を護るべき値の人だと周囲は思っている。それはすごいことだと思いますよ」

「ただの同情や興味で思われることが?」

 アルフィーさんは馬の速度を下げ、私の横に来て首を横に振った。

「違います。同情程度で人を護ろうとはしませんよ。護りたいと思うから、護るんですよ。それを……忘れないでください」

 微笑みを浮かべるアルフィーさんを見て、目を丸くした。すぐに視線を前に向ける。キースが茶々を抜かすよりも、胸の中に言葉が入り込んできた。

 よくわからない。

 だが、もう少し前向きに生きるべきなのかもしれない。

 ほどなくして前方に小屋の灯りが見えてきた。人がいるようで影が映っている。速度を落として、小屋の横に馬を止めた。

 アルフィーさんが軽くドアをノックすると、中から左頬に傷がある巨体の中年男性が現れた。いるだけで圧倒されてしてくる。彼はアルフィーさん、そして私を見ると、軽く眉を跳ね上げた。

「久しぶりだな、アルフィー。この小屋に女を連れ込もうって思って来たのなら、帰ってくれ。取り込み中だ」

「ち、違いますよ……!」

 アルフィーさんは顔を真っ赤にして、首を横に振る。

「父が大切なものを、ここに一時的に保管したと言っていました。それを引き取りに来ました。ジルドさんはその番人ですね」

「……悪いが、祭りが終わるまでは返さないことになっている。戻ってくれ」

 ドアを閉めようとしたが、それを手で持って遮った。

「ジルドさん、実は町の周辺に闇獣が現れています」

「なんだと?」

 ドアを閉めようとしたジルドが手を止めた。

「水竜の加護が詰まった宝珠が正しい場所になく、バランスが崩れた関係で、闇獣が町に襲ってきたと思います。ですから一刻も早くそれを神殿に戻しましょう。父からは了承を得ています」

「本当か? 親父さんは首を覚悟で、今回のことを実行したんだぞ」

「今は町の危機を救うべきだと言いました。ですから宝珠をください。そしてできれば……冒険者ギルドのジルドさんにも来ていただきたいです」

 ジルドは目を細めて、アルフィーさんを見下ろしてきた。

「すでに引退した身だぞ。どこまで役立つか、わからねぇ」

「自警団の人たちは闇獣のことを知りません。防ぐ手段すら、ほとんどの人がわかっていません。そんな人たちに町は護れません」

「……言うようになったな、アルフィー」

 ジルドは頭をかくと、ドアを軽く開いた。

「わかった、支度する。雨で寒いだろう。中で少し待っていろ」

「ありがとうございます」

 アルフィーさんに促されて、私も中に入った。小屋の中は人が生活できる最低限のものが揃っていた。非常食関係も揃っており、数日なら充分暮らせそうだった。

 その一番奥には荷物に紛れながら、床に貼り付けられた箱が置いてある。目をこらさなければ、わからないものだった。

「嬢ちゃん、弓を使うのか?」

 ジルドが私の肩に背負っている筒を見て聞いてくる。

「はい。ただ諸事情の関係で、これは私のものではありません」

「時間がなくて適当に買ったってところだろう。闇獣いるなら、これを使ったらいい」

 投げられるようにして渡されたのは、一式の弓矢だった。ぱっと見た限り、かなり丈夫で質の高いものでできている。矢の先端は、殺傷能力が高そうな鋭い石でできていた。値段ももちろん……高いはずだ。

「こんな高そうなもの、受け取るわけには……!」

「武器はいいのに越したことはない。そんな矢じゃ、何も刺せねぇぞ」

「そうですが……。これはジルドさんが使っていたものではないのですか? ならば、これを私が使うには……」

 ジルドは布袋を背負い、剣を一本取り出した。鞘から出して、きらめく刀剣を見せた。

「昔、ギルドに所属しているときに、剣だけじゃ埒があかないときがあったから、弓も覚えただけだ。本職は剣。もういらない産物なんだよ。だからやる、わかったな?」

「……わかりました、ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」

「いいってことよ。お礼さえ言ってくれれば」

 そう言ってから奥にある小さな箱を、鍵を使ってあける。さらに小さな箱を取り出して、それをアルフィーに差し出した。彼は中身を確かめると、しっかり首を縦に振った。

「たしかに受け取りました」

「護り番だけでいい金入るからって引き受けたが、これじゃ減額だな」

「またギルドで活躍すれば、いいんじゃないですか?」

「ギルドにまた世話になるようなことがあれば、とりあえずこの町は出て行くな」

 彼も冒険者ギルドの地位の低さには、懸念を抱いているようだ。

 ジルドは裏に止めてあった馬を引き連れてくる。それを見て私たちも馬に乗り込み、町に向けて走り出した。



 ラッセルの言い分は、嘘ではなかった。

 キースとラッセルの二人がいれば、足止めくらいは充分できるというのは本当だった。

「出てきた早々、人使い荒いね。こんな大きな闇獣、見たことないよ? 火を焚いても、まったく恐れてくれないじゃん」

 金髪の青年はため息を吐きながら、迫ってきた獅子の闇獣に長剣を突き上げた。獅子はそれをかわして突っ込んでくる。

 キースは後退しながら、獅子に向かって何かを投げつけた。それが衝突すると、小さな爆発が起こった。僅かに獅子が後ずさった。

 町に戻ってきた私たちが初めに見た光景は、先ほどよりも町側に移動した獅子に対して、ラッセルとキースが果敢に相手をしている様子だった。

 ラッセルが前衛をつとめ、キースが後ろから援護している。二人とも泥濘ぬかるみに足を取られて、動きにくそうだった。

 雨も小降りになった今、自警団たちが町の入り口で火を焚き始めているが、まだまだ心許ない数である。

 二人の様子を見たジルドは、ラッセルを見ながら口を開いた。

「俺も加勢してくる。黒髪の兄ちゃん、手負いだろう」

「はい。すみません、お願いします」

 ジルドが馬に乗ったまま獅子に向かっていく。ラッセルとキースはそれから避けるように移動する。彼は走り際に獅子を深々と剣で切っていった。

「こちらも行きましょう」

 アルフィーさんに促されながら、私たちは神殿に直行した。入り口で馬から降りて、神殿の中を駆けていく。

 石像の周りには神官と、地位が高そうな自警団が三人立っていた。避難していた町民たちは、神殿の中にはおらず、町に返されたそうだ。

「アルフィー、早かったな!」

「全速力で来ましたから。父上、これを!」

 アルフィーさんが小さな箱を差し出す。神官は中から水竜の加護が宿った宝珠を取り出した。

 今、前足で握られているものと、ほとんど変わらないコバルトブルー色。あえて言うのならば、青みがやや濃いくらいか。

 神官は受け取ると、石像の脇に置いてあった台の上に乗り、石像の手の部分を布で覆いながら作業し始めた。静かに再びはめ込まれるのを待つ。

 やがて小気味のいい音が聞こえると、神官は布を取り去った。アルフィーが持ってきた宝珠にすり替わっている。神官は床に足を付けて、水竜の石像を見上げた。

「これで元通りだ。……自警団の皆様、この度は大変申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げると、三人組は肩をすくめていた。

「次からは気を付けてくださいよ。掃除をする時、埃が付くのを防ぐために別の場所に置いていたら、それを物置小屋に持って行かれてしまったなんて……笑えない話です」

「以後、気を付けます。――さて、皆さん、少し離れてください」

 神官に言われたとおりに石像から下がると、彼は両腕を広げて高らかに声を発した。


「守護神水竜よ、我がウィルロード町に加護を与えくださいませ――!」


 コバルトブルー色の宝珠が一瞬きらめく。

 次の瞬間、宝珠から青い球体が出てくる。それが石像を包み終えると、石像の目がかっと開いた。

 一同が驚いている中で、石像は球の中でまるで生きているかのように動き始めた。

「水竜が……?」

「そのとおりだ。宝珠に宿っている水竜が、石像に乗り移って動き出した。これが終われば、宝珠の変換は完了だ。……宝珠は私以外では、取り外しができないようになっている。そういう契約を交わしたため、それは絶対だ」

 じっと水竜が動きを止めるのを待った。だが待てども、待てども止まらない。

 訝しげに思った神官が近づこうとすると、突如電撃のようなものが走り、彼は後退した。

「おい、どうした!」

 自警団の一人が声を上げ、石像の近くに寄ろうとすると、神官が手で制してきた。視線は水竜を見据えたままだ。

「近づかないでくれ。君まで危害が加えられる。……力が溢れて出ている。これは誰かが力を受け継いで発散しない限り、一生動き続ける」

「動き続けると、どうなるんですか?」

「バランスは取れないままだ。闇獣を遠ざけられず、接近を許してしまう」

「どうすればいいんですか?」

 神官は俯き、手を握りしめた。

「……誰かに水竜の加護を与えるしかない」

 それは神官が防ぎたかったことを、やらざるを得ない状況に追い込まれたことを意味していた。

 息を吐き出した神官は、石像を見ながら微笑を浮かべた。

「しょうがない……私が受けるか。二回受けて、生きている保証はないが」

「父さん、どういうこと?」

 アルフィーさんが父親の肩の上に軽く手を乗せた。神官は切なげな笑みを浮かべていた。

「そのままの意味だ。お前が生まれる前、神官職に就くことが決まったとき、水竜の加護を受けろと言われた。それはこの神殿では通例のことだから、断ることは出来なかったよ。……残念ながら大きな力は得ることはできず、せいぜいあの宝珠を軽々と持てる力だけだった。風邪をこじらせやすくなったのは、少々痛かったな……」

「そんなこと初めて聞いたよ……」

 愕然としたアルフィーさんから父親は視線を逸らした。

「心配されると思ったから、言わなかった。お母さんもそれを了承して、結婚してくれた。心配するな、私の血は入っているが、お前の寿命には関係ない」

「そんなこと、どうでもいい! 二回も加護を受けるのは危険過ぎる……! 体が受け止めきれなくて、死ぬ可能性の方が高い」

「だが今回のことは私が引き起こしたも、同然だ。竜の加護を甘く見ていた私のせいだ。もはや事を納めるには、命を――」

「――僕が加護を受ける」

 アルフィーさんが父親の言葉を遮って、きっぱりと言い切った。

 言われた父親は首を小刻みに横に振っていた。

「何を馬鹿なことを言っている。生きられる年月が短くなるんだぞ。長生きできなくなるんだぞ!」

「わかっているよ。でもね、父さん、これは知らないでしょう。今後の研究次第では、寿命を人並みまで戻すことができるかもしれないって」

「なんだと?」

 アルフィーさんは軽く眼鏡を指で直した。自信を持った表情で口を開く。

「加護を受けた者は寿命が短くなる。それは統計的なことからでた結果論だ。だが、なぜ早く死亡するか、原因はわかっていない。だからその原因さえわかれば、長く生きられるかもしれない」

「そんなことができるのか?」

 驚きに満ちた表情で神官は息子を見つめている。彼は表情を和らげて、左手を胸の前にそえた。

「僕は学者の卵。知られていないことを探し出し、解き明かすのが務めだよ。絶対に探し出してみせる。寿命が短くなるかもしれないと思うと怖いけど、自分や父さんのこととなれば、もっと必死になれるさ。それに今は町を護りたいんだ」

 今、アルフィーさんはとてもいい顔をしていた。

 加護を得ることに恐れを抱いているが、それがすべてマイナスだとは思っていない。得ることで父親を、町を助けられる。そして新しくできたその後の未来も、自分で探索する覚悟を持っていた。彼は見た目以上に、熱い思いを持っている人なのだ。

「父さん、お願いだ」

 アルフィーさんが深々と頭を下げる。しばしの逡巡のあと、父親は首を縦に振った。

「わかった。お前の体に極力負担がかからないやり方で、水竜をおろそう」

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