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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第2章 水竜の神殿を持つ町
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2-5 雨の中の対峙(1)

 結局有益な情報は得られないまま、ラッセルは冒険者ギルドをあとにした。殺気だっている彼に向かって、リオがおずおずと話しかけてくる。

「ねえ、自警団の詰め所に行ってみない? 何か事情を話してくれるかもよ?」

 ラッセルは立ち止まり、道の脇に寄って、ため息を吐いた。

「リオ、ここをマルカット町と同じ風に考えるな。あっちの町はお前の親父の力もあって協力関係を築けたが、こっちでは圧倒的に自警団が上だし、余所者が口を挟んで教えてくれるとも思えん」

「じゃあどうするの? このままじゃキースは捕まったままじゃん!」

「今はとにかく情報だ。あの宝珠を狙いそうな人を洗い出して、探し出す」

「あれは貴重なものなんでしょ。お金目当てで狙っている人はたくさんいるんじゃない? それを自力で探し出すなんて無茶だ!」

 リオが言い切ると、珍しくラッセルが声を詰まらせた。

 私は二人の間に入って、交互に顔を見た。

「リオの言うとおり、目的がわからない中、犯人探しに焦点をあてても埒が明かない。それより調べやすいところから潰していこう。たとえば……どうやって盗んで、すり替えたか。あの宝珠、私が見た感じでは、かなり精巧に作られたと思うのだが、ラッセルはどう思った?」

 ラッセルは腕を組んで、軽く頷いた。

「……偽物だと言われなければ気づかないものだ。どこかの宝石屋にでも作らせた可能性がある。すり替えは……おそらく夜だろうな。昼間は人の出入りが多くて無理だろう」

「神殿の入口、夜は閉めないのか?」

「あそこはよほどの事がない限り、封鎖しないはずだ。火竜の神殿ではそうだった。加護を平等に渡したいとかで。だから神殿内部は石像以外、盗めそうな物はなかっただろう?」

 彼はさらりと火竜について言及した。彼の口からそれに関して言われるのは、初めてだった。驚きつつも話を進める。

「あと私が疑問に思ったのは、どうすればあの宝珠を取れるかということ。前足にきっちりはまっているように見えた。取るのは不可能じゃないか?」

「上手く動かせば取れるんじゃねえか? それに関しては、実際にやらないとわからねえ」

「直接神官に聞いてみる? アルフィーさんの父上だし、融通がきくかもしれない……」

「さっきの男か。人が良さそうな顔をしていたが、神官なんていつもにこにこしていて、何を考えているかわからねえぞ」

 吐き捨てるように言う姿は、どこか痛々しくも見えた。これではあの宝珠を試しに取ることはできない。

 ラッセルは頭をがりがりとかきながら、舌打ちをする。

「畜生、結局どん詰まりかよ! キースがいれば、オレたちが考えないようなのを思いついてくれるんだが……」

 嘆いても彼が現れるわけがなかった。肩を落としながら、三人は歩き出す。

 そもそもなぜ、キースに容疑がかけられたのだろうか。

 たしかにお茶をしている途中、外に出ていたのは事実だが、それだけであちらが彼に目をつけるはずがない。

 昼間も不自然な行動はなかったはずだ。なら、その前の晩はどうだったのだろうか……。

「ラッセル、昨日の晩はキースと一緒に、どこに行っていたんだ?」

「パブだよ。たいした情報は得られなかった。ご当地の酒を飲んだくらいだな」

「キースもずっと一緒にいたのか?」

「ああ。あいつは口が良く回る男だから、連れて行った方が何かと楽なんだよ」

「そこで何を話した? パブってことは不特定多数の人物が出入りする場所だ。何か聞き耳をたてて、キースに罪を擦り付けようとしたやからがいるかもしれない」

「……水竜の神殿のことについては話した。キースが明日にでも行きたいとは言っていた」

 余所者である男に罪を擦り付ける考えは、ここで生まれたのかもしれない。

 自警団はおそらく町民には甘く、流れ者には厳しい。冒険者ギルドの風景を見てもそうだ。出入りがほとんどないということは、ギルドに所属して、生計をたてるという人がいないということも暗に示している。

「パブを出入りした人間は、さすがに探し出せねぇ。堂々巡りだな。……少し休むか。リオ、腹ごしらえでもするか?」

 陽は徐々に下がっており、周囲は暗くなり始めていた。リオはこくっと頷くと、ラッセルが適当な店を探して歩き出した。

 雲が厚くなっている。星も月も見えない。混沌とした空気が漂っていた。

「今日も適当な定食屋で――」

「誰か、自警団の誰かはいないか!?」

 強ばった顔の男が一人、町の中心に向かって叫びながら走ってくる。途中でつまずき、道に倒れ込んだ。町民たちが周りに寄ると、男は両手を地面についてすぐに起きあがった。

「自警団は――!」

「どうした?」

 三人組の男が軽く走りながら寄ってくる。その中の一人は、キースを連れ去った男の一人だった。思わず前に乗り出すと、横からラッセルが制してきた。そして耳元でぼそっとささやかれる。

「下手に動くな。キースに危害が加わるかもしれん」

「危害って……」

「いいから、黙って見ていろ」

 男が三人組を見ると、町の外に向かって指で示した。

「闇獣がすぐそこまで来ている!」

「本当か?」

「俺の畑がつぶされた。集団で来るぞ!」

 町民たちがざわめき合う。

「本当か?」「私、見たことないわ」「どうすれば追い払えるんだ?」など、言葉が広がっていく。

 その様子を見て、私だけでなく、ラッセルもリオも眉をひそめた。

 闇獣の存在は、世界中で共通して敵視されているものだ。闇竜の加護を受けた動物が凶暴化し、人々を襲っている生き物。

 追い払うには、火を激しく焚くのが有効と言われている。闇獣は火や光関係が苦手なのだ。

 根本的な対処としては、息の根を止めることである。ただし殺すには慣れた者でないと相当苦戦するため、必然的に追い払うことが多くなっていた。

 だがそもそも闇獣は、人間たちを襲うことは滅多にない。巣に近づいたか、刺激をするくらいしないと、出てこないはずだ。町に向けて自ら襲いにくるなど、聞いたことがない。

 自警団の人たちは皆で顔を見合わせ、ささやきながら男の方をちらちら見る。その姿を見たラッセルは、拳をぎゅっと握りしめた。

 私は男が来た方に視線を向けて、闇獣が来ないかどうか見ていた。特に酷く騒いでいる様子はない。そこまで接近してきているわけではないようだ。

 やがて話し合いが終わった自警団の男の一人が、走ってきた男に近寄った。

「とりあえず案内しろ」

 一人は踵を返して、おそらく町中にある自警団の詰め所に向かって走っていった。残りの二人は男に連れられて、別の方向へ走り出す。通路を作るかのように、周りを囲んでいた町人たちは脇に寄っていった。

 それから少し遅れて、人々の合間を縫いながらラッセルが走り出す。その後ろを私とリオが無言のままついて行った。

 ラッセルはちらりと私たちのことを見て眉をひそめたが、何も言わずに進んでいく。

 男たちは町の中心部から少し離れた方に向かっていた。少しずつ人気がなくなってくると、前方に神殿が見えてくる。

 するとひときわ火が焚かれている目に飛び込んできた。町と田原の境界線だ。数人の人間たちが松明を突き出していた。

「多少知識はあるようだな」

 松明の先では、狼型の闇獣が十匹もおり、それらが畑を踏みつぶしていた。収穫前だったのか、たくさんの野菜が無残にも粉々になっている。

 闇獣の姿を見た自警団の二人は、明らかに体を強ばらせていた。その様子を建物の脇から、じっとラッセルと私たちは伺った。

 その時、手に冷たい何かがぽつりとあたった。それは徐々に増え、頭や体に叩きつけてくる。

 ラッセルは舌打ちをし、空を睨みつけた。

「こんなときに雨かよ……!」

「雨じゃ、松明だけでは牽制できない……」

 後ろで様子を見ていたリオがびくりと体を震わした。ラッセルは闇獣とリオを交互に見比べながら、首を横に振る。

「いや、多少の雨なら松明ならある程度耐えられる。それに松明を布で覆いながら焚けば、乗り切るのも不可能じゃねえ。燃えにくい布が高い割には流通しているのは、そんな理由があるからだ。あとはランタンだな。威力は落ちるがないよりはマシだ。……ただな、平和ぼけした奴らに、そんなものを用意する頭があるかどうか」

 雨を感じた町民たちは自警団の二人を見るなり、松明を押しつけて町中に向かって走っていった。自警団たちもとっさに踵を返そうとしたが、近くにいた狼が唸り声を上げていた。今、この場で背を向けて、逃げられる状態ではない。

 ラッセルは腰にある剣を確認してから私とリオを見た。

「さすがに見ていられねえから、行ってくる。お前らは万が一のことを考えて、どこかに避難していろ」

「一人で行くの? 危険すぎる!」

「これくらいの危険、承知の上で旅をしている。まあ見てな。加護を受けた人間の力の違いってものをよ!」

 手を伸ばし彼に触れる前に、ラッセルは走り出していた。

 彼は剣を抜き、闇獣の大群の中に突っ込んでいく。一匹はあっさり攻撃できたが、周囲から我先にと襲ってくる。

 ここで彼の言うとおり、見守るか。それとも加勢するか。護身用の短剣はある。だが、これだけで相手をするのは、残念ながら自分の力量を判断すると無理だった。

 弓さえあれば、どうにか加勢できる。たしか少し移動したところに武器屋があったはずだ。安い弓と矢を急いで買ってこよう。

「リオ、ラッセルの様子を見ていろ。闇獣がこっちに来たら、急いで建物の中に入れ! すぐに戻る!」

「ルシア!?」

 リオに驚きの声を挙げられたが、返事をすることなく、全速力で駆けだした。野次馬のようにいる町民たちを押しながら進んでいく。

 この町は闇獣による被害はほとんどないようだ。闇獣の恐ろしさを知っていれば、それが見えない位置まで逃げるか、火を炊く。見物などしている暇はない。通常の獣よりも遥かに凶暴、あっという間に肉など断ち切られる。

 野次馬たちの中をあと少しで突っ切れるところで、突然誰かの足がひっかかった。姿勢を崩して、突き出る形で集団を抜けきった。体勢を整えながら、地面にしっかり足を付ける。

 ふと頭上に影がかかった。見上げると、息を切らした灰色の髪の青年が目を丸くして、ランタンを片手に、大きな布を抱えて立っていた。

「ルシア……さん?」

「アルフィーさん? 何をやっているんですか、ここは危ないです。もうじき闇獣が来るかもしれないんですよ!」

「わかっています。闇獣は追い払うのが第一なんですよね? 雨が降り始めて、火が焚けにくくなっているから、この布を使うことでどうにかならないかと思い……」

 布にふれると、通常の布よりもごわごわしていた。燃えにくい素材でできている布だ。

「ご存じだったのですね」

「他の町に勉強で行ったとき、対策の仕方を教えてくれました。これを自警団の人に……」

 集団で走ってくる足音が聞こえてくる。私は視線をアルフィーさんの背後に向けた。剣や槍など、武装した集団が顔を堅くして走ってくる。応援に駆けつけた自警団だ。これでラッセルの負担が減る――そう思ったが、彼らは思いも寄らぬ言葉を発した。

「これから町民たちの避難誘導を行う。闇獣は、まだこっちに来ていないようだ。町の光に恐れを抱いているのだろう」

 開いた口が塞がらなかった。闇獣がまだ来ていないのは、ラッセルが必死に食い止めているからだ。

 自ら向かってくる相手にしている闇獣は、それの闘志が納まるまで、ひたすら攻撃を繰り広げる生き物だ。死という、闘志が完全に消え去るその時まで。

 呆れを通り越して、一気に怒りが沸点に達する。

「ちょっとあんたたち、何をか――」

「す、すみません!」

 アルフィーさんが大きな声で自警団の人たちに言葉をかけた。彼らの長は、胡乱げな瞳で見てくる。

「こっちは忙しいんだ、手早く言え」

「この布は燃えにくい素材で、できているものです。雨の中、松明を焚くのに、必要なものかと……」

「そんなものいらん」

 私は眉をつり上げた。背中を向ける男に向かって一喝する。

「おい、ちょっと待て! 火を焚き続けるのは、闇獣を追い払うにはまずすること。なのに、どうして受け取らない!」

「それよりも避難させる方が先決だ。何かあってからは遅い」

「闇獣を追い払えば、何も起こらないだろう! 人数がいるんだから、追い払うことと避難させることを両方やればいい! それなのになぜ避難にこだわる? 闇獣と対峙したくないからだろ、この臆病者!」

「何だと!?」

 男が詰め寄り、胸倉を掴もうとしたのをするりとかわして、武器屋に向かった。雨が体を叩きつける。長い髪から水が滴っていく。振り払う時間すらもったいなかった。

 勢いよく武器屋に入ると、驚いている店主に指示をして、一番安い弓と矢を即座に購入した。安く質の悪い弓だ。今回の戦いで即座に駄目にするだろう。それでもないよりいい。

 外に出て、水たまりの上を走りながら、人気ひとけが引いてきた道を通り過ぎる。

 そこを抜ければ、ラッセルの姿が確認できるはずだ。祈りながら抜けきると、目を大きく見開いた。

 彼の位置を把握できる、火の影が見えなくなっていたのだ。

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