2-3 意図不明の疑い(1)
昼に町の中央にある噴水に行くと、黒髪の少年が噴水の淵に寄りかかりながら、腕を組んで目を瞑っていた。傍に近づくと、ラッセルは目を開ける。
「もういいのか?」
「神殿はじっくり見るほど広くないから」
「それもそうだな」
ラッセルが腰を上げると、地図が書かれた紙をキースに手渡した。町の東側に赤く丸印が付いている。
「名物の海鮮サンドが食べられる店らしい。混んではいるが、ここに来たら是非とも食べてほしいものだってよ」
「だってルシアさん、リオ君。行く?」
二人でうなずき返すと、キースは地図を片手に歩き始めた。私はラッセルの横に付くと、顔を軽く覗き込んだ。
「調べてくれたのか?」
「人が当然のように興味を持つものとして、食関係がある。話を聞いていれば嫌でも耳に入ってくるさ」
紫色の瞳が逆に見返してくる。背も低く、帽子を被っている関係で下から覗かれる形となった。やけに近い。思わず帽子に触れて、気持ち後ずさる。
「何かあったか?」
「は?」
「お前、何かあると帽子を触る癖あるだろう」
「え……」
「図星だな。キースほどじゃねえけど、オレだって一応冒険者ギルドの一人。洞察力は悪くねえ」
戦闘能力だけでなく、ここまで差があったとは。二歳違うだけで、ここまで大人びた旅人になるのだろうか。
仕方なく、気になっていることを口にする。
「……神殿で神官の息子に会った。私たちと同じ宿で泊まっている青年だ」
「あのひょろりとした、いかにも学者って感じの男か?」
「ああ。どうにも引っ込み思案で、人とあまり交流したがらない人間らしい。これから学者として食っていくのか、神官の跡を継ぐかはわからないが、大変だなと思っただけだ」
「そんなことを心配するとは。お前、人が良すぎるんじゃねえか?」
「似たような人物だから、気に留めただけだ。私だって、今でこそはっきりとした物言いをするが、小さい時は幼なじみの後ろによく隠れていたんだぞ。そこでどんなに苦労したことか」
「意外だ」
「ラッセルだって、小さいときは今みたいな状態じゃなかっただろう?」
何気なく振ると彼の表情がやや陰った。左手をポケットに入れて、距離が付いていたキースに向かって、やや歩調を早める。
「……ガキの時のことなんか忘れた」
背の高い青年に大股で歩かれると、女である私は走らなければ追いつかない。駆け足気味になり、左側に寄ると、ぎろりと睨みつけられた。あまりの威圧を感じ、目を丸くして、つい立ち止まる。するとラッセルは自分の頭を激しくかき始めた。
「くそっ、お前といると調子狂う……」
「ご、ごめん……」
「――キースに伝えておいてくれ。午後も自由行動している、夜には宿に戻るって言っておけ」
ラッセルは翻して、歩いてきた道を逆戻りする。止めようとして手を伸ばしたが、彼はまったく止まる素振りもせず歩いていった。所在なさげに手が空を切る。
「ラッセル……」
「ルシアちゃん、何かあいつの地雷踏んだ?」
背後から耳元でぼそっと囁かれると、びくりと体を震わせた。キースの吐息が仄かに耳にかかる。頬を赤らめて急いで反転して離れた。
「私はただ幼いときの話をラッセルに振っただけで……」
「それ、まさしく地雷」
ため息を吐いて、キースは歩き出す。小走りでその後を追う。
「僕もラッセルの過去は、全部把握しているわけじゃない。あいつが一緒に行動するうえで、ある程度は知っていた方がいいからって言われたことしか知らない」
「……もしかしてラッセルは昔、竜の加護関係のことで、何かあったのか?」
「知っているんだ、世の中的にそれが問題になっていることを」
リオがはてなマークを掲げて、二人を見ていた。キースは肩をすくめて、リオを見返す。
「大きな町から小さな村まで旅していれば、嫌でも聞いてしまう話さ。……繁栄のために、子どもを竜に捧げるということを」
竜の加護を得れば、常人以上の力を手に入れることができる。闇獣と対等に渡り合える力も得られるため、田舎村であれば一種の英雄扱いさえるだろう。一方、逆にその力をおそれて、村の外に追い出すものさえもいる。
どちらにしても加護を受けた時点で、人生が大きく変わるのは目に見えていた。
「ラッセルはどこかの村の三男坊って聞いたよ。……まああまり憶測で勝手に物事を考えないように。これ以上聞きたいのなら、本人から聞いて」
「……わかった」
そう言ったが、おそらく自分からは聞かないだろう。所詮、数週間で分かれる間柄。クロース村までは、あと二週間というところか。そんな関係の人に対して、相手もできれば話したくないはずだ。
行列ができている店が見えてきた。リオが走って、その行列にいち早く並ぶ。その後ろに付くと歩いてきた道のりを振り返った。
ラッセルは朝、肉ではなく魚料理を食していた。肉も好きだろうが、魚料理も相当好きなのではないだろうか。
「自分が食べたかった……?」
「ルシア、何か言った?」
リオがきょとんとして見上げてくる。首を横に振って、微笑んだ。
「何でもない。列が動いている。進もう」
海が近いのか、塩の香りがしてくる。景色を楽しみながら食べるのにも、いい場所のようだ。
ラッセルが仕入れた情報のとおり、海鮮サンドは非常に美味しいものだった。新鮮な海老や帆立など、海の幸をあますことなく使い、それらを軽く炙ったものに特製のソースをかけて、焼きたてのパンで挟む。それを口に入れた瞬間、口の隅々までに広がっていくようだった。
一口で美味しいと言わせたサンドをお土産に一つ買って、再び町の中を歩いていた。
「本当はできたてがよかったが、しょうがないか……」
「気にしないでいいよ。ラッセルが勝手にふてくされただけなんだから。冷めても美味しいって言っていたから、大丈夫でしょ」
「食べないって言ったら、僕が食べる!」
目を輝かせながら言った少年の頭を、私はそっと撫でた。この少年ならやりかねないから怖い。
それから三人で町の中を見て回った。今晩の食事処の案をいくつか目処をつけて、武器防具屋の場所を把握しておく。中も入ったが、町中がお祭りムードになっている関係で、祭りに関係ない品の入荷は控えられているらしく、全体的に品薄だった。
店主に聞くと祭りの翌日に入荷するらしい。祭りが終わったら、旅立つ前にラッセルと一緒に来よう。キースも戦闘はできるが、どちらかといえば後衛型。経験豊富なラッセルに話を聞いた方がいい。
途中休憩がてら喫茶店に入っていると、キースが少し席を外すと言い、お金を置いて出て行ってしまった。
すぐに戻ると言っていたため、のんびりと注文を追加しながら、リオと一緒に話を続けた。気のせいか、さっきよりもリオの表情が生き生きしている。海鮮サンドが、よほど美味しかったのだろう。美味しいものを食べると、人は幸せになれるものだ。
リオはケーキを半分くらい食べたところで、フォークを皿の上に乗せた。そして真顔で私のことを見てくる。私もつられて、フォークを皿の上に置いた。
「……ねえ、ルシアはさ、クロース村には人に会いに行くんだよね。危険な道中を通ってまで、会いたい人なの?」
「……ああ」
少し間をあけてから返事をすると。リオが神妙な表情で、じっと見つめてきた。
「どんな人なの?」
「幼なじみだ。ある時突然消えてしまい、最近になってクロース村にいるという情報を得た」
ストローで氷をつつく。音を立てて、氷が揺れる。
「その人って……大切な人?」
「わからない。ただいなくなった時、とても寂しかったのを覚えている」
「……それって強く意識していなければ、思わない感情だよ」
「そうか?」
目を瞬かせていると、リオは表情を一転して、地図を広げてきた。
「それよりもさ、次どこに行く? せっかくだから楽しもう!」
「お土産を買いに行くのはどうだ? クロース村は山沿いにある村だから、海らしいものはないはずだよ」
「いいね、それ!」
リオがにこにこしながら、話を進めていく。二人で和やかに談笑していると、キースがようやく戻ってきた。走ってきたらしく、少し呼吸があがっている。
「お待たせ。そろそろ行こうか。次はどこがいい?」
キースとリオが並んで歩き出す。穏やかな空気の中進んでいると、前方から数人の男性が走ってきた。険しい顔をしており、雰囲気がどこか殺伐しい。町の自警団だろうか。
道をあけるために脇に寄ったが、男たちは私たちの目の前で突然立ち止まった。回れ右をして、一斉に睨みつけてくる。反射的に腰にある短剣に手を触れようとしたが、キースがそっと遮ってくれた。
厳つい顔の男性が前に出てくる。
「金髪碧眼、少し髪の長い男……。貴様、今日水竜の神殿に行ったな?」
「行きましたけど、それがどうしましたか?」
キースが首を傾げて受け答えする。すると二人の男が出てきて、キースの両腕をそれぞれ握った。
「これはいったい……?」
「貴様を盗みの容疑で任意同行させてもらう」
「……はい?」
キースが目を瞬かせていると、男たちが彼を引きずり出そうとする。
私はすぐさま厳つい男の前に出て、両腕を広げた。
「勝手に私の仲間を連れていってほしくないのだが」
「理由は言った。こいつには容疑がかけられている」
「いったい何を盗んだというのだ? 彼は私たちと行動している身だぞ。盗みをする暇など……」
「一日中一緒にいたという証拠はあるのか? ここ数時間の間に、一分たりとも離れたことはないのか?」
「それは……」
まさに先ほどキースが席を外していた。店の者の証言もあるた誤魔化しきれない。
視線を下げていると、男は鼻で笑った。
「所詮そんなものだろう。――さあ、行くぞ、お前ら」
再び歩きだそうとしたのを見て、私は厳つい男の腕を握りしめた。そいつはうろんげな目で見るなり、勢いよく私を傍にあった建物の壁に叩きつけた。力が格段に違う。かばう時間も与えられず、まともに壁に衝突してしまった。その衝撃で帽子が落ちた。
周囲にいた人たちがわっとざわめく。自警団の男は歯をぎりっと噛み締めながら、ざわめきを遮るかのように叫んだ。
「気安く触るな! そこでゆっくり頭でも冷やしておけ!」
その言葉にそう簡単に従うことなどできない。痛みに堪えながら立ち上がろうとすると、キースが背中越しから振り返ってきた。
「僕なら大丈夫だから。きっと何かの手違いだよ。数日中には戻るね」
そう言って、笑みを浮かべながら彼は連れて行かれてしまった。
呆然として見送ると、背中からの痛みが全身に響いていった。リオが傍に寄って、背中をさすってくれる。
「あ、ありがとう……」
「背骨折れていないよね? 大丈夫だよね!?」
「私は大丈夫」
ゆっくり立ち上がろうとすると、痛みが走り、前のめりに倒れそうになる。リオがあっと声を漏らしていると、ふわりと誰かに受け止められた。
旅に適した服装、見慣れた使い古された靴。かいま見得る黒色の髪。
「お前、何やっているんだ」
「ラッセル……」
彼はゆっくりと私をその場に座らせてくれた。背中にそっと手が回る。そして軽く背中を押してきた。
「……痛っ……!」
ある部分を押されたところで、激痛が走る。ラッセルは深々と息を吐いた。
「打ち所が悪い。今日は休んでいろ」
「でもキースが!」
「オレが何とかする。旅人っていうのは、何かと罪をなすり付けやすいんだよ」
ラッセルが肩に手を回して、立ち上がらせてくれる。リオは落ちていた帽子を拾い上げて、つま先で立ちながら被せてくれた。
「ありがとう、リオ」
「これくらい、どうってことないよ」
「二人とも、まずは宿に戻るぞ」
「わかった……。それにしてもラッセル、どうしてここに?」
「さっき町中でキースが必死に走っているのを見て、着いてきた。あいつ、さっきまでどこに行ったか、言っていたか?」
首を横に振ると、彼は肩をすくめた。
「あの野郎、自分のことはあまり言わないんだよ。だから妙な疑いもかけられるんだ。……まあ心配するな。前にも似たようなことはあったから」
「本当?」
「ああ。証拠が見つかったから、人違いで済んだ。宿にお前を置いたら、まず何が盗まれたか探ってみる」
彼の発言は今後する上で適切な手順だった。
彼に体を預けながらふと思う。
ラッセルが来てくれて助かった。おそらく自分だけなら、あの状態で途方に暮れていただろう。




