2-2 相反する竜の加護(2)
翌朝、朝食をとりがてら、町を散策することになった。
ラッセルとキースが帰ってくるまでに寝てしまったため、いつ帰ってきたかわからないが、自分より寝ていないのは確かだ。それにも関わらず、けろっとした表情でパンを頬張っている。彼らの体力は無尽蔵なのか。
「昨晩は何かいい収穫でもあったのか?」
一通り食べ終えて、水を飲んで一息ついた時に聞いてみた。
「この町の美味しい食事処とお酒ならわかったよ。あと素敵なデートスポット」
にこりと微笑むキースがぐいっと顔を近づけてきた。
「今晩是非行かないかい? 男女で行かないと、怪しまれる場所――」
彼の後頭部をラッセルが容赦なく叩いた。目の前にいた青年の頭ががっくり折れる。
「そんな情報どうでもいいだろう」
「妬いているの、ラッセル? 僕がル――」
今度は口の中にパンを三個入れ込んだ。キースは目を白黒させながら、もごもごと食べていく。
「ルシア、リオ、昨日仕入れた情報で特別なものはなかった。一般的に出回っている情報だけだ。水竜を祀る祭りが三日後……いや今日から見れば二日後か。それが開かれる関係で、町の中はいつも以上に賑わっている程度だ」
「そんなにすごいお祭りなんだ! どんなお祭りになるのかな、それまでここにいるよね……?」
リオがじっとキースとラッセル、そして私を見つめてきた。その視線を受けた私たちが顔を見合わすと、くすっと笑いあった。そして隣に座っていた私がリオの頭を軽く撫でた。
「買い出しや近辺の町の情報収集をするために、もう数日はいる。その間、せっかくの機会だから楽しもう」
「やった!」
子どもらしい反応をするリオの存在は正直有り難かった。
水竜の祭りに興味はあるが、私はそれを素直に口には出せなかった。彼が代弁してくれなければ、名残惜しみながらこの町を去るところだっただろう。
「お祭りが始まる前に、一度水竜の神殿に行ってみようか。祭りが始まると、ゆっくり挨拶もできないから」
キースが提案すると、リオは手を挙げながら賛成の意を発した。
しかし、私の斜め前にいたラッセルはそっぽを向きながら、ぼそりと呟いた。
「すまん、オレはパス」
彼は残っていた食事を一気に食べきると、自分の荷物を持って立ち上がった。
「キース、昼に中心にある噴水の前で、待ち合わせでいいか?」
「うん、それでいいよ。ラッセル、お金は持っているね。お願いだから、迂闊に人は殴らないでよ」
ラッセルは背を向けて、手を振りながら言い返す。
「お前もひょいひょいと女を口説くなよ」
そう言って、ラッセルは店から出ていった。あっけに取られていると、水を飲み終えたキースが捕捉してくれた。
「ルシアさん、ラッセルが火竜の加護を受けているのは知っているよね」
「あ、ああ。腕輪の色も赤だったしな」
「火と水は一般的に相性が悪いんだ。その加護を持った者が神殿に入ると、水竜が反応して、怒ってしまう可能性がある。それを考慮して身を引いたんだよ。あいつ変なところで気が回るから」
「そうだったのか。ラッセルに悪いことしたな」
「いいんだよ。僕たち一般人では、そこら辺の事情は聞かないとわからないから」
そういえばキースとラッセルはどこで出会ったのだろうか。ギルド所属の二人だから、仕事の関係で対面したのだろうか。
口がよく回る情報屋の青年と、口よりも手を動かす方が早い少年。真逆に見える彼らが当初から意気投合したとは思えなかった。
水竜の神殿は町の外れにある、川の近くにあった。その川は海へ続いており、目を細めれば、大海原が見ることができた。
お祭り前にお目にかかろうという考えを持っている人が多数いるのか、入り口では人の出入りが多々あった。
「僕、火竜の神殿には何回か行ったことあるけど、他の竜の神殿に来るのは初めて。こっちは意外とこじんまりとしているんだね」
リオが言ったとおり、目の前にある神殿はぱっと見で小さい印象を受けた。多数の柱で屋根を支え、その中に一回り小さな壁を作っている。その内部が礼拝室になっているようだ。
少年はまじまじと小さな神殿を眺めた。
「火竜の神殿の周囲は屋台とかたくさんあって、松明も消えないよう、いつも燃え続けていたよ。それとこんな外れじゃなくて、町中にあった」
「その町ごとに特色があるんだよ。ここは近くに川の水がある。水竜を祀るにはとりあえず水があれば大丈夫だと思うよ」
キースがちらりと背後に流れている川を眺める。
「僕が昔行った神殿は、どちらかといえばこの水竜の神殿に近いかな。こじんまりとした、ささやかな感じで」
「キースは他にどこに行ったことがあるの?」
「風と土に行ったよ。土の神殿は面白かったね。竜神の加護にあやかりたいからって、すぐ傍まで田畑を耕していたよ。道すらつぶして、畑を作ろうという意見もあったらしい」
「すごいな、それ……。そんなことになったら、神殿行けないじゃん」
「神殿に行くよりも、田畑を耕したい人もいるんだろう。神殿の周辺でとれた野菜は、本当に美味しかった。だから、少しでも収穫量を増やしたくなるのもわかるよ。時竜以外は、きちんとしたご神体があるから、そこに竜が宿って周りに影響を与えているんだろうね」
キースが解説をしながら歩き出す。横にいたリオが目を瞬かせた。
「あれ、時竜は神殿ないの?」
「いや、あるよ。というか知らないのかい? 僕たちが向かっているクロース村に神殿があるんだよ」
呆れた口調で言うと、リオは眉をへの字にした。
「あの村に神殿があるのは知っているさ。でも神様がいない、空神殿だって聞いた。もともと何かの竜を呼び寄せたかったけど失敗して、結局何も来なかったって。だから時竜の神殿とは言い切れないだろう?」
「なんだ、知っていたのか」
「試したな!」
リオがむっとした表情でキースを睨みつける。それを彼は軽く笑いながら受け流していた。
「一つの可能性として言っただけだよ。時竜の神殿が見つかったら、きっと大騒ぎになるだろうね」
「誰にも崇められずに過ごす竜なんて、何がしたいんだろうな」
「そこは調べないと、わからないな……」
怒っていたかと思えば、二人で考え込んでいる。その穏やかな光景を見て、私は小さく笑みを浮かべた。
一人旅を始めてからは、緊張の連続だった。笑う余裕などなく、周囲の様子を警戒し続けている状態。だから今回のように観光を楽しむのはとても貴重な出来事だった。
風が海に向かって吹き抜けていく。帽子に手をかけて、その風の先を眺めた。風の流れすら感じ取れる余裕があった。
リオとキースが神殿に入ったのを見て、私も慌てて追いかける。
石の階段を上っていると、前を歩いていた青年が階段に躓いたのが見えた。抱えていた紙袋の中から、林檎が数個飛び出てくる。青年が取り損なった林檎が一個落ちてきた。それを拾い上げて近づくと、彼は目の前に飛び出た林檎を必死に拾っていた。
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
彼の顔を見て、軽く目を見開いた。灰色の髪に黒縁の眼鏡をかけている、少し押しが弱そうな青年――同じ宿の廊下で道を譲ってくれた人だ。
「宿の……」
「あ、昨日の方でしたか……。すみません、ご迷惑をおかけしまして」
彼は手渡した林檎を受け取ると、紙袋に入れ込んだ。そして今度はゆっくりと階段を上り始める。
「学者だと思っていたのですが、実は神官だったのですか?」
「いえ、あなたの言うとおり、一介の学者ですよ。父がここの神官なのです。買い出しを頼まれたので、それを引き受けていたのですが、意外と量が多く……」
「持ちましょうか?」
「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます」
神殿の中に入ると真っ直ぐ進んだ先には、立派な翼を二本はやし、後ろ足で立ち、視線を空高く見据えている、立派な竜の石像があった。石像は仄かに青く、背後から差し込む光に触れることで、より濃い青い色に見える。右前足の部分には、さらにコバルトブルー色の宝珠が持たされていた。
神殿の両脇には、水がせせらぎの音を出しながら流れている。やや肌寒いという印象を受ける場所だ。
青年は直進していくと、水竜の前で一礼してから、右の奥にある小さな通路に行ってしまった。《関係者以外立ち入り禁止》と、神殿内部の雰囲気を極力壊さないよう、小さく書かれている。おそらく神官の控室でもあるのだろう。
「ルシアさん、どうしたの?」
まじまじと石像を見ているリオの傍で、キースが背中越しから聞いてくる。
「いや、神殿の関係者と少し話をしていただけだ」
「へえ、どんな人? その人なら、水竜にまつわる話を詳しく知っている人かな。リオ君の好奇心に火が付いちゃってね……」
乾いた声で言っていると、隣からリオがキースの袖を引っ張ってきた。
「あの丸いのは何だ?」
「この石像の中で一番大切なものだよ。あれは直に水竜の加護を受けているもので、それを利用することにより、人間に加護を与えているんだ」
「あれに触れれば、水竜の力を得られるのか?」
「まさか。色々と面倒な段階を踏むことになるよ。神官に認めてもらって、あの石に竜を呼ぶっていうことが。たとえ竜を呼べたとしても、それなりの覚悟がないと判断されれば、力を得ることはできない」
「へえ……。つまり竜にも認められる必要があるってことか」
「簡単に言うと、そういうことだね。だから加護が欲しくても、なかなか得ることができないんだよ。――とても綺麗な宝珠だね。大切に扱われているようだ。他の国のものよりも、お値打ちものだろうね」
キースは値踏むかのようにじろじろと見る。リオは両手を頭の後ろに回してぼやいた。
「ねえねえ、どうして神殿ごとに雰囲気が違うの? 僕としては、もっと派手な方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「竜によって雰囲気が変わるからだよ。すべて同じような竜だったら、今の自然溢れる緑豊かな世界は作られなかった」
「――ほう、詳しいんですね、貴方は」
後ろから神官の服を着た灰色の髪の中年の男性が現れる。その後ろにいる青年が私に向かって、軽く会釈をした。キースは目を瞬かせつつ、笑顔で答える。
「詳しいと言うほどでも。各地を転々としているので、人よりも情報量が多いだけですよ」
「そうでしたか。こちらには、どのようなご用件でいらしたのですか?」
「今、西に向かっていまして、その休憩とお祭りを見るのを兼ねて、立ち寄らせて頂きました」
「なるほど。とてもいい時期に来ましたね。一年で最も賑やかな日となりますので、是非楽しんでください」
「ありがとうございます。神官様もお忙しいでしょうが、ご無理はなさらないでください」
「はい。私の代わりに、息子に頑張って動いてもらいますよ」
神官が視線を向けた先にいた青年が、おずおずと頷く。彼の顔を見たリオとキースは、おっと声を漏らした。そしてリオが指で真っ直ぐ示す。
「宿のおにーさん!」
「こんにちは……」
「おにーさん、神官様なの!? 実は聞きたいことがたくさんあるんだ!」
「すみません、僕は神官ではありません。父が言ったように、これから忙しくなるので、一時的にこちらに来ているだけです」
ちらりと父親を見ると、彼は穏やかな顔をしていた。
「たしかに神官ではないが、知識は私よりもあるよな。この少年が色々聞きたいようだから、話を聞かせてやれないか、アルフィー?」
アルフィーはじりっと少し後ろに下がった。視線を下げて、小さな声で呟く。
「今から試作品を作る予定なので、時間が……」
「そんなことは夜、家でもできるだろう?」
「すみません……、夜は夜で別のことをするつもりなのです。父上に頼まれた仕事も入っていますよ」
神官の表情がやや曇る。どうやらその仕事は外せないもののようだ。
このアルフィーという青年、内気で少し引っ込み思案なところがあるが、自分の意見に関してはそう簡単に曲げない人のようだ。普段は黙々と本を漁って、研究しているのかもしれない。そういう人に対して、強制するのは気が進まなかった。
私はリオの両肩に手を乗せて、アルフィーと神官に向かって微笑む。
「すみません、お忙しいようですから、ここで失礼させていただきます。水竜のことについては、おそらく調べればわかることでしょうから、お話いただかなくて大丈夫です」
「息子からの話は、おそらくあなたたちが調べた以上の内容が出てくると思いますよ?」
「人から話を聞くのではなく、自ら調べた方が印象も強く残ると思います。また機会があるときにでも、アルフィーさんにお願いします」
頭を下げると、ついでにリオの頭も下げさせた。少年の手を引いて、出入り口に向かって歩き出す。キースも笑顔でその場を離脱し、そそくさと外に出て行った。
「ルシアさんって、たまに無理矢理話を畳むよね」
「仕方ないだろう。あれくらい言わないと、父親は折れなかったはずだ。息子が望んでいないのに、それを強要するのは迷惑な話だろう」
「まあね……。リオ君には僕から知っているものを話しておくよ」
少し不満げだったリオが声をあげて喜ぶ。
その様子を見て、私とキースは深々と息を吐いた。




