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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第1章 交易の街の冒険者ギルド
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1‐1 流れ者とギルド所属人(1)

 笛の音が聞こえる。

 誰かが必死になって危機を告げる、悲痛な音が。

 森の奥からだろうか――いや違う。森の外側から聞こえてくる。

 闇獣(やみけもの)の住処である森を避けたのに遭遇してしまうとは、不運なことだ。

 不運ではあるが、避けようはあっただろう。もっと離れて通っていれば、襲われなかったはずだ。

 深く溜息を吐く。

 馬鹿な人間を放っておくことも可能だが、死体が野に放たれるのは、少々気分が悪い。もしあの笛の音を出している人間が、それなりに金を持っている者なら、その人を助ければ報酬くらいはもらえるだろう。今は旅をする上での金が欲しかった。

 かぶっていた帽子を深くかぶる。そして背負っていた短弓を左手で掴み、手綱を引っ張って、音が聞こえる方面に馬を走らせた。



「誰か、助けてくれ!」

 荷馬車を走らせている御者の中年男性と、隣で笛を吹いている男性が、慌てふためきながら逃げ回っていた。後ろに積まれている荷物を捨て、単身馬に飛び乗れば充分逃げきれるだろうが、そこまで頭が回らないようだ。

 荷馬車の後ろからは、真っ黒色の狼が三匹飛び出てくる。一見して狼に見えるが、ただの狼ではない。

 尋常ではないほどに鋭い牙、触れただけでも痛そうなとがった毛。闇の竜の影響を強く受けてしまった生き物――闇獣だ。これに対しては、逃げるのが最も推奨されるべき行動だ。とても危険な生き物であるため、できる限り相手はしたくない。

 乗っていた馬を男たちの傍に寄せる。こちらを見ると、男たちは目を大きく開いていた。そいつらに向かって一喝する。

「貴様ら、馬に乗り換えるか、荷物を減らすかして、早く逃げろ!」

「それはできん! この中には大切な売り物が!」

「金と自分の命、どっちが大切だ!」

 舌打ちをし、馬を反転させ、男たちに背を見せてから、闇獣に向かっていった。

 いい年をした大人の発言がああとは、呆れてしまう。

 矢をつがえ、ぎりぎりまで引っ張ってから、一匹に向かって放つ。それは脳天にあたり、闇獣の一匹は足を折って、脱落していった。

 獲物を荷馬車から自分に向かれると、二匹が舌を出しながら、迫ってきた。

 威嚇用に矢を一本放ちつつ、連続して一匹の胴体に矢を突き刺す。動きが鈍くなり、それも後退していく。

 最後の一匹が放った矢をかわしながら駆け寄ってくる。そして助走をつけて、飛び上がった。

 すぐさま弓を肩にかけて、右手で短剣を振りかぶる。闇獣の腹に一筋の赤い血が流れ出た。

 それが落下していく最中、すかさずナイフを投げつけた。ナイフは腹部に刺さり、呻き声を発しながら、地面に転がっていく。最後に矢を放つと、闇獣はほとんど動かなくなった。

 三匹の闇獣が地面の上でのたうち回っている。即効性の痺れ薬を矢の先端にまとわせておいたから、これでしばらく時間が稼げるはずだ。

 短剣を鞘の中に入れ、馬を御者たちに向けて走り出そうとしたとき、真正面から顔のすぐ真横を一本の矢が通過していった。

 次の瞬間、背後から雄叫び声をあげられる。

 振り返ると、やや大きい闇獣の脳天に鋭い矢が深々と突き刺さった。それは叫ぶのをやめると、ぐったりと横たわった。死んでいる。

「いい腕だけど、きっちり殺さないと危ないよ?」

 荷馬車から明るい男性の声が聞こえてくる。振り返ると馬車の後方部が開いた。そこから黒髪で深い紫色の瞳の少年が顔を覗かせた。

 荷馬車の中には他に誰かいるのか、少年はちらりと後ろを向いた。

「ラッセル、動きが鈍っている闇獣に止めを。あと親玉が出てきたみたいだから、そっちもよろしく」

「キースはどうするんだ」

「僕も出たいのは山々だけど、依頼人から離れるわけにはいかないから、先に行っているよ」

「おい、オレはどうやって町に向かえばいいんだ」

「そこの人に頼んで相乗りさせてもらえば? 歩いても一日かからないでしょ」

「……あとで旨いもん、奢れよ」

 少年は走りゆく馬車から飛び降り、体を転がしながら受け身の態勢を取った。転がり終えると、すぐさまこちらに向かって駆け寄ってくる。

「そこのお前、オレに構わず闇獣を見ていろ!」

 少年の声で我に戻った私は、弓を掴み、矢を取り出して、背後にある森を見据えた。

 地鳴りがする。低い雄叫び声が聞こえてくる。

 今、戦った闇獣より巨大なものが出てくる。

 ごくりと唾を飲み込んだ。森を凝視し、弓を構え、矢をつがえる。

 やがて、黒い巨体の狼が出てきた。

 あまりの大きさに驚き、目を大きく見開く。

 人など簡単に踏みつぶせそうな巨大な足、容易にかみ砕けそうな鋭い牙と切り裂ける爪。

 これが走り出せば、あの遅い荷馬車などすぐに追いつき、叩き潰される。

 それだけならまだいい。下手をしたら、近隣の町を襲いに行くかもしれない。

 震える左手でぎゅっと弓を握りしめ、矢をゆっくり引いた。

 目指すは闇獣の目。いかに巨大であっても目はもろい。

 目を細めて、静かに矢を射る。その瞬間、巨大な狼型の闇獣はこちらに目を向けた。

 しまった、位置が逸れる――!

 矢は目をえぐらず、闇獣のすぐ傍を通過していった。

 殺気は自分に向けられている。そして、こちらに向かって一直線に駆け寄ってきた。

 速い!

 威嚇のために一本放つが、軽々とかわされてしまった。

 逃げるか。いや、この距離ならば、逃げ出した途端に背後から襲われる。

 ぎりっと歯を噛みしめて、短剣を抜き取り構えた。覚悟を決めて、迎え撃つしかない。

 だが突然、黒髪の少年が目の前を横切っていった。彼は剣を二本抜いている。

「お前は矢でも放っていろ! そんなひ弱な剣じゃ、食われるのがオチだ!」

「な……っ!」

 彼は闇獣に向かって駆け寄り、直前で軽やかに飛んだ。そして闇獣の頭に足を乗せながら、飛び越える。あまりの身の軽さに目を見張った。

 だが驚いている暇など、戦いの中では許されない。闇獣が少年に向かって振り返ろうとしたのを見て、とっさに矢を体に向けて放った。

 腹のど真ん中に刺さるが、一瞬動きを止めただけ。まったくダメージを受けていない。

「この化け物が……!」

 続いて何本か放つと、ようやく目に見えて動きを止めた。

 反転していた少年の口元に笑みが浮かんだ。

「いい援護だ」

 彼は背後から迫り、剣を交差して、闇獣の背中に大きな罰印を作るように斬り裂いた。闇獣の口から、けたたましい雄叫び声が発せられた。

 動きが鈍った隙に、背中を両断、手足に傷を負わせ、最後に両剣で首を叩き切った。

「消えろ」

 少年が呟くと、闇獣が一瞬で発火した。すでに絶命している闇獣からは叫び声も出されずに、静かに燃えていく。

 その様子を見た残っていた闇獣たちは、少年から離れるようにして、傷を負いながらも急いで森の中に戻っていった。

「まあ、こんなもんかな」

 剣についた血を振り払いながら、彼は腰に添えてある鞘に二本の剣を戻した。

 火を放ったわけでもないのに、火が上がった。まさか彼は――。

 彼の左手首に視線が移動する。そこには赤い宝石が埋め込まれた腕輪がついていた。

「貴様――竜神の加護を受けたのか?」

 目を見開いたまま、馬の上から少年に向かって声をもらす。

 少年は軽く目を見張った後に、鼻で笑いながら頷いた。

「ああ。この腕輪を見れば、一目瞭然だろ」

 見せつけるかのように、左腕の腕輪を振りかざす。加護を受けている者には今まで何人か会ったが、ここまで使いこなしている人を見るのは初めてだった。

 少年は近くに寄ってくると、不敵な笑みで見上げてきた。

「なあ、お前これからどこに行くんだ?」

「……マルカット町だ」

「奇遇だな。オレもそこに行く予定なんだ」

 両手を腰に当てて、にやりと笑みを浮かべる。

「だが余計なことをした誰かさんを助けるために、荷馬車が行っちまったんだ」

「余計なことだと!?」

 頭にかっと血が上る。あれ以上荷馬車に闇獣を近づけさせていたら、あの馬車が墜ちていたかもしれなかった。それなのにその言いぐさは……!

「ぎりぎりまで引きつけて、キースのお手製爆弾を撒こうと思ったのに、それができなくなった。お前が横やりしてきたからな。……用心棒でも雇わない限り、御者の連中が闇獣の巣の近くを移動したりしねえよ。それくらい、わかれ」

 口をむっと尖らせる。言い方があまりにも勘に触ったのだ。

 手綱をぎゅっと握りしめた。腹立たしいが、ここで言い返せば自分の汚点を認めることになる。

「……何が目的だ」

 なるべく低い声で言葉をふり絞る。これ以上、隙など見せてはやらん。

 少年は私の馬を軽くこずいた。

「マルカット町まで、相乗りさせてくれ。二人乗りできないなら、オレが手綱握ってやるからよ」

「馬鹿にするな! 二人乗りくらいできる!」

「そうか、じゃあ、後ろを失礼するな」

 そう言った少年は、軽々と後ろに飛び乗った。ずしりと馬全体に体重がかかる。そして軽く肩を叩かれた。

「さあ、とっとと行ってくれ」

「言われなくても」

 軽く手綱をはたくと、馬は徐々に加速しながら走り出していった。

 風を感じながら、視線を背後に向けた。そこには燃えかすになった闇獣の姿がある。

 闇の竜の加護により、不運にも凶暴な姿になった獣。

 そして常人よりも力を持った、他の竜の加護を受けた人間。

 同じ竜の加護を持つものなのに、まさか敵対するとは、当時の竜たちは思ってもいなかっただろう。



 * * *



 この世界は七匹の竜によって、生み出されたといわれている。

 まだ大地が荒れ果てていた時代、竜たちの力により大地を耕し、清らかな水を生み出し、程よい気温を維持し、穏やかな風を吹かし、明るい光を降り注がせ、時として暗き光を与えたという。

 さらに光と闇の竜により時間の概念が生み出された結果、七匹目の竜も生まれたのだ。

 時という生あるものに必要なものができたところで、次に竜たちは地上に生き物たちを産み落としだした。

 その後、生き物も順調に増え、自分たちが関与しなくても大丈夫だと思った竜たちは、最後の行動にでる。地上に竜の加護が詰まっている憑代(よりしろ)を落とした後に、ひっそりと地上から消え去ったのだ。


 万物の創世主でもある竜の加護が詰まったそれは、誰にでもいい影響を与えるかと思ったが、実はそうではなかった。

 たとえば闇竜の加護は、深い闇を持つものには、それをさらに助長させる力を持っていた。悪しき心を持っている生き物は、真っ黒で凶暴な生き物――闇獣に変貌し、他の生き物たちを襲うようになった。

 それに対してまともに対抗できるのは、他の竜の加護を持つもののみ――。

 ただのなまくらな剣や矢では、到底かなわぬものであった。

  

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