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推理

「うーん……」


僕はパソコン教室の扉を前にして唸っていた。彼女が言うにはココにあるということは聞いたが、本当にあるかどうかかなり疑っている。


でもまるっきり嘘、と言うわけでもない。彼女の言うことは論理的で、一応は筋は通っている。

でもそれだけで信じるか、というわけにはいかない。疑っては彼女の言を思い出し信じてみようとする。

でも信じた途端に今度は不安がこみあげてくる。そうこうしてるうちに扉の前で十分も立ち往生している不審者がいた。


「はぁ……」


僕は何度目かのため息を大きくつくと、先ほどの彼女の推理を思い出していた。




渡良瀬椿という女性を「少女」と呼ぶことには抵抗がある。

同学年だけど大人びた容姿とその穏やかな性格、目が見えないにも関わらず自分よりも頭がいいのではないかというほどの言動。

そして何より全盲というある種の神秘さが、彼女を「少女」と呼ぶことを躊躇わせた。彼女の放つ言葉は何もかもが正しく、反論の余地を与えず、でもなぜか嫌な気分を起こさせない。


そんな不思議な能力を彼女は持っている。



だからだろうか。そんな渡良瀬椿が語った僕の財布の在り処は、やや突拍子もない事で、僕は初めて彼女に対してほんの少しの猜疑心を持った。


「あなたの財布は盗まれたわ。十中八九ね」

「え、あの」


盗まれた? 入学式の日に早々?


「まさか」


何言ってんだこいつ。

そんな推理小説の世界じゃあるまいし、そんなに犯罪が多発されても困る。

だが彼女は僕の疑いの目を気にすることなく――まぁ彼女には見えないのだから当たり前なのだが――自らの考えを披露した。


「あなたの鞄のファスナーは、常に閉じられていたのね?」

「うん、そりゃあね」


万が一にも落としたり盗まれたりしたら嫌だからね。まぁ現実に財布をなくしてしまったけど。


「でも鞄の中の財布は勝手にファスナーを開けて旅に出ることはないわ。無機物だもの。つまり財布は開けたときにしか外に出ない。これは大丈夫ね?」


大丈夫も何も当たり前の話しかしてない。ファスナーを開けなければ財布は家出しないし異次元の彼方に消えたりもしない。ファンタジー世界に転移したりすることはあるかもしれないが。


「つまり財布は盗まれたってことよ」

「え? そんな簡単に結論付けていいの?」

「……? 何か問題でも?」


問題も何も、論理が飛躍してるように感じた。ファスナーが閉まっていた=盗まれた、って言うのは被害妄想が過ぎるのではないだろうか。

僕は思ったことを、やや感情的になって椿さんにそう伝えたが、彼女は論理的に、客観的に反論した。


「飛躍してないわよ。ファスナーは外に出るときはちゃんと閉まっていた。そう言ったのはあなたよ? 改札に辿りついた時に『ファスナーを開けて鞄の中を漁っても財布が出てこなかった』と言ったわよね?」


言った。改札着いた時にファスナーを開けたことは覚えてる。

学校から駅までは徒歩三十秒、改札までカウントしても一分程度だろう。そんな短時間にファスナーを開けては閉めて、もう一度開ける、なんて面倒なことはしない。


なるほど、確かに論理は飛躍していない。財布は盗まれた。


と言うことは誰が? いや、心当たりはあった。


「あの時の……部活勧誘の先輩たちに盗まれたってことか……」


あの時は必要以上にもみくちゃにされた。他の生徒がいたのに僕に狙いを定めていたような気がする。

財布を盗むためにそうしたんじゃないか? あの場にいた全員がグルで、僕の金を奪い取ろうとしたのではないか?

と、そこまで考えた時、椿さんは僕の推理を否定した。


「それはないわね」

「な、なんで? どう見たってあの集団は怪しいじゃないか! 寄って集って僕のことを強引に勧誘してたし、もしかしたら集団スリって可能性も……」


僕はまた感情的になって彼女に反論したが、彼女はそれを軽くあしらった。


「被害妄想が過ぎるわよ」


さっき僕が言ったことをそのまま返された。ぐぬぬ……。


「集団スリなんて割に合わないわよ。あんな目立つ勧誘活動をしながら財布を盗むなんてことをしたら、確実にばれるわ。盗まれたってことが分かればすぐに疑われるのはあの部活勧誘の人たち、集団でアリバイ工作だの容疑を否認しても荷物検査とか部室捜査とかをされれば一発でわかってしまう。下手すれば揃いも揃って退学ね。そして、そんなリスクを背負って集団スリをするメリットがそこまであるとは思えない。集団にいる全員が利益を得るためには相当の額を盗まなければ協力なんてしない。一人から盗める額はそう多くはないし、多くの生徒が一斉に財布をなくしたら、どんなに人を疑わない純粋な人でも確実にスリ事件だとばれてしまうわ。それに内部告発があれば一瞬で瓦解するし」


彼女は一気にまくしたてた。


なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

あの場にいた十人ほどの人間が、仮に一人一万円を手に入れようとするとしよう。

高校生が財布に入れている平均金額はいくらか知らないが、普段から万札を入れている人は少ないのではないだろうか。入学式の日だからもしかしたら定期券を購入するためのお金を持ち歩いているかもしれないが、割合としてはそう多くないとだろうな。とすると、少なくとも十人以上からは盗まなければならない。


十人の新入生が入学式に財布をなくしたとなれば怪しさ全開だ。確実に盗まれたと分かってしまう。


それにスリというのは意外と技術が必要だ。

盗む対象の財布はどこにしまってあるのか、それが分かったとしたらどうやって盗むのか。ポケットの中ならまだ簡単だろうが、鞄の中だと難しいだろう。

対象にばれないようにファスナーを開けて財布を盗みもう一度ファスナーを閉める? 素人には不可能だろう。


じゃあいったい誰が盗んだんだ? 一番の容疑者たちが真っ先に消えてしまった。

ファスナーを閉めた状態だと盗むのは難しい。となると盗まれたというのはやっぱり可能性は低いか……?


「ファスナーが開いてる時に盗む、あるいはあなたが鞄から離れた時に盗めばいい。それがリスクが低いやり方ね。たぶん後者だと思うわ」

「でも鞄から離れた時なんて」

「はぁ……今日は何の日か覚えてる?」


彼女は心底呆れたような口調でそう言った。

今日は……えーっと、なんだっけ。そう、入学式だな。……入学式?


「入学式の最中に盗まれたの?」

「まさか。教室には鍵を掛けたじゃないの」


じゃあいつだ。


「入学式が始まる直前、もしくは終わった直後。どちらかね。このタイミングならあなたは教室にはいないし、教室には鍵はかけていないわ」

「そう言えば赤川くん日直だったよね?」

「あっ」


そう言えばそうだった。全部後ろの席の岩木さんに丸投げしたから、僕が日直だったという事実をいまいち覚えてなかった。

まぁ彼女も中学からの内部進学生だから大丈夫だよ、とかそんなこと言ってた気がしなくもない。

……明日謝っておこう。


「じゃあ、決まりね」


えっ? 何が?


「犯人」

「わかったの?」

「なんで今のでわからなかったのかしら」


彼女は大きなため息をついた。そんなに僕ってバカなのかな……。と思って葵さんの方を向くと


「えー、と。うん?」


彼女も首を傾げていた。どうやらわかっていないようだ。ふむ。僕の頭は正常みたいだ。椿さんが突き抜けているのだろう。


「つまりね」


 彼女は一拍置いて、溜めてから言い放った。




「もう一人の日直の、岩木とかいう人が犯人」


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