会話
葵さんは、職員室に着くまでの間、よく話しかけてくれた。おかげで気まずい空気が流れることもなく歩くことができたと思う。
「高校教員室は三階にあるんだよ。中学教員室は旧校舎二階にあって、事務室は……どこだっけな? まぁあんまり使わないけどね」
中学からのエスカレーターである葵さんは、ある程度教室の配置を覚えていた。
と言っても新校舎は文字通り出来たばかりなので彼女もそれほど詳しいわけではないらしいが。でも職員室や図書室、その他特別教室がどこにあるか程度なら覚えていた。
「ちなみに新校舎と旧校舎の床は色が違うんだよー」
「え? そうなの?」
「うん。あ、これ知らない人結構いるみたい。私も先生に言われて初めて知ったし。確か、中学校舎が萌黄色で……あれ? 高校校舎が萌黄色だったかな? まぁ、結局は同じ緑系統の色だし、日が経つごとにどんどん汚れで黒ずんでいくんだけどね。夏休み前になると汚れてあんまり見分けがつかなくなるし」
「色を分けてる意味あるのかなそれ。いっそ大きく変えればいいのに。青とか赤とか」
「赤じゃ目が疲れちゃうよー」
そう言いつつ笑う彼女は、だれが見ても美少女と言えるものだった。葵さん絶対モテるだろうなぁ……、こんな僕にも気さくに話しかけてくれるし。
そういう会話を続けるうち――と言っても二分程度だったが――に、僕らは高校教員室前に到着していた。
もしかしたら職員室に僕の財布が届けられているかもしれない、という僕の望みは叶わなかった。宮原先生に事情を説明して帰りの運賃を貸してほしいと頼んだが、
「もう一度よく探して、それでも見つからなかったらここに来なさい」
とのことだった。
もう一回探せって……、自分なりにはもう十分探したつもりなのに。
「どうだった?」
職員室を出たところに葵さんが待っていてくれた。僕は先生に言われたことを説明すると、
「んじゃ適当に時間つぶしてまた来ようか! もう一回探すのって面倒でしょ?」
さすが葵さん、わかってらっしゃる。もう一回探すなんてさすがに嫌だ。
「そうだね……でも何しよう」
適当に時間を潰す、というのは以外と難しい。時間を潰すあてがない。財布を探すふりして時間潰すために財布でも探そうか……などと意味不明な考えをしていた僕に、
「じゃあ、私たちの部室に来る?」
そう葵さんから二度目の提案があった。今度は選択の余地はなさそうだ。
余所の学校がどういう風になっているかは知らないが、この豊川高校には部室棟は存在しない。
文科系の部活は特別教室や普通の教室を一時的に借り、一部を除く体育会系は地下階にある部室を使う。
葵さんが所属しているだろう女子バレー部部室も、どこかの地下階に存在しているだろう。
だが、葵さんはなぜか階段を昇った。
「葵さんはバレー部じゃないの?」
「あぁ、うん、バレー部にも入ってるよ」
兼部ということか。すげえな。兼部をやってるのはマンガや小説の中の人だけだと勝手に思い込んでいた僕は素直に感心した。
ということは、姉の椿さんが所属してるのも、今向かってる部活の方なのだろうか。
ほどなくして僕と葵さんは「第三会議室」の前に着いた。