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捜索

もちろん鞄の中に入れてあった財布は勝手にいなくなったりはしない。

僕はどこで落としたか、あるいは忘れたのか、記憶をまさぐることにした。だけど、学校で財布を取り出した記憶はない。

とすると気づかないうちに落としたということだろう。


とりあえず僕は来た道を戻り、財布が落ちていないかの確認をする。

もしなければ、学校の先生にお願いして、とりあえず今日の分の電車賃を借りなければならない。


地下鉄の出入り口から学校まで、来た道の地面を注意深く見たものの、財布は見つからなかった。あったのはタバコの吸い殻くらいだ。


学校まで戻ると、まだ校庭では勧誘活動を続けているのが分かった。僕は彼らに気付かれないように、そっと校門をくぐろうとしたが、


「お、さっきの青年! 柔道部に入る気になってくれたのか!」

「違うよ、彼は合気道に目覚めたんだ」

「まさか、あんな軟弱そうな奴が体育会系に入ろうと思うか。きっと将棋部に違いない」


一瞬でばれた。


僕は「すみません忘れ物したんで通してください」と懇願しながらまた群衆に飛び込んだ。

先ほどと同じような熾烈な勧誘活動が僕に襲い掛かったが、今度は羽交い絞めにされたり駒を投げつけられたりはしなかった。

帰りにもう一回ここを通るからその時にまた勧誘すればいい、そう考えているに違いない。僕は若干もみくちゃにされながらも、必死に地面を見続けた。

ここで落としたのかもしれない。勧誘の激しさで鞄からポロリと落ちても別に不思議じゃないだろう。

もしかしたら誰か拾っているかな? そう思った僕は勧誘活動を続けている上級生たちに向き直った。


「あの、だれか財布見ませんでした?」

「財布? 落としたのか?」

「はい、たぶん……」


上級生たちは勧誘活動をいったん中断して、足元を見まわしたようだが、やはり財布は見つからなかった。


「誰か拾ってないか?」

「いや、僕は見てないし、落ちてたら真っ先に言うよ」

「私も見てません」


上級生たちは口々にそう言った。どうやらここじゃないみたいだ。


「大金でも入れてたの?」

「いや、そんなに入れてはいなかったと思いますけど」


僕は財布の中に大金は持ち歩かない主義だ。なにか買う予定がある場合を別として、だいたい千円札二枚以上を持ち歩くことはない。今日も財布の中身は小銭が十枚入っていた程度だったはずだ。

僕は上級生たちに「お邪魔してすみません」と早口で謝ると、一年F組の教室がある校舎に向かった。


教室の鍵は不用心にも開けっ放しにされていたので中に入ることはできた。だけど財布は見つからなかった。


仕方ない。先生に頭下げて帰りの運賃を借りるか。二百円で足りるからたぶん貸してくれるはずだ……と、そこまで考えてから、僕は足を止めた。


「職員室ってどこだっけ……?」


確か、入学式前後に先生が場所を教えてくれたはずだ。でも、教えてくれたことは覚えてるのに、肝心の職員室の場所がわからなかった。


「確か……二階、いや三階だったっけ? 旧校舎ってことはないだろうけど」


この学校は広くない方なので地道に探せば見つかるだろう。けど、そこまでするのは気がひけた。なんでそんな疲れることをしなければならないのか、と陰鬱な気分なる。二百円くらいどこかに落ちてないかと思い、教室に入ろうかとしたとき


「あれ、赤川くん帰ったんじゃなかったの?」


天使、降臨。

天使もとい葵さんは首を傾げながらこちらに近づいてきた。


「あぁ、いや、忘れ物しちゃったみたいで」

「じゃあ、私と一緒だね!」


彼女は満面の笑みを浮かべつつ、わざとらしく手をポンと叩いた。


「渡良瀬さんは何忘れたの?」

「今日渡されたプリントだよ。いつもの癖で机の中にしまっちゃったの。あと、私の事は『葵』で大丈夫」


大丈夫、と言われてもこちらが大丈夫ではない。

同年代の女子を下の名前で呼ぶのはなかなか勇気がいることだと思う。だけど「渡良瀬さん」のままだと姉妹の区別がつかないのも確かだ。

だから、極力名前を呼ぶのは避けよう。嫌なことと恥ずかしいことと犬は避けるのが一番だ。


「僕は財布を忘れた……もしくは落とした」

「え? それ大変じゃない? 見つかった?」

「いや。だからこれから職員室行こうかと思ったんだけど……」

「けど?」


職員室の場所がわからない、などと彼女に説明するのは少し恥ずかしかった。今日説明されたばかりの事を忘れるなんて相当バカだと思われただろう。

しかも、職員室の場所を覚えてない理由が「君たち姉妹のことで頭がいっぱいだったから」である。

いっそ殺してほしいと思うくらい恥ずかしかった。恥ずかしいことを避けることはできない、と僕は痛感した。


「じゃあ、私が案内してあげるよ! と言っても、すぐ近くだけどね」



 彼女は特に何も言わず僕を案内してくれたが、内心でどう思われてるのか不安だ。


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