勧誘
僕が新校舎から外に出ると、人の群れがあった。それが部活の勧誘活動だと僕は数瞬で理解した。
「そこの青年! サッカー部で青春しないかね!」
「いやいや、時代はテニスだ! 目指せグランドスラム!」
「待て! 体育会系の一年目は苦行だぞ! 化学部ならそんな心配はいらないし楽だぞ!」
「楽さで語るなら我が囲碁部が一番だぞ。ただ座って五目並べをするだけで部活が終わる」
「囲碁やれよ囲碁部!」
「無理だ! 部員の七割が囲碁のルールを理解していないんだ!」
とっても五月蠅かった。ところどころで有望な新入生を見つけ、部活同士の取り合い、もとい殴り合いが起きている。でもこの学校って目立った実績がない気がしたんだけど。どんな人間捕まえてもどうにもならんだろうに、と思ったが口には出さなかった。
素知らぬ顔をして抜け出したいが、校門までの道のりはまだそれなりにある。通り抜ければ駅に辿りつけない。
どうしようかと考えつつ棒立ちしていると、背後に人の気配を感じた。
渡良瀬姉妹だ。
「うわぁ……」
葵さんは校庭の惨状を見てドン引きしていた。葵さんと手をつないでいた椿さんも、目に見えなくても耳から入る情報だけで察したのだろう。顔が引きつっていた。
「大変なことになっているみたいね、赤川くん」
「へ?」
葵さんに急に話しかけられた僕は素っ頓狂な声を出してしまった。
「あれ? 赤川くんだよね? 間違ってないよね?」
「あぁ、うん、間違ってないよ」
女子と会話するなんて何年振りだろうか。長い間女子との交流がなかったせいか、自分の声が震えている気がした。
「ふふ、よかった」
葵さんは微笑みながらそう言うと、椿さんが会話に参加してきた。
「葵が人の名前を覚えるなんて、珍しいわね」
「ひどい! 私だってちゃんと覚えるときは覚えるよ! それに赤川くんの自己紹介独特だったし!」
お願いしますからそれ忘れてくださいなんでもしますから……。
そんな僕の心理が読めたのか、それとも物凄く哀れな自己紹介をいじられるなんて不憫だと思ったのか、葵さんが「葵、それは忘れてあげなさい。かわいそうだから」とフォローしてくれた。
フォローなのかなこれ、地味に傷ついたんだけど。
「んー、仕方ないなー。まぁそのうち忘れるよ。たぶん」
あ、これ絶対忘れる気ない奴だ。
僕を不憫に思ったのか、葵さんが話題を変えた。
「赤川くんはもう部活決めたの?」
「まさか」
入学早々に部活を決められる人がこの高校にいるとは思えなかった。僕は部活に熱心になれる人間ではないし。
そのことを僕はそのまま言ったが、椿さんから返ってきた言葉は少々意外なものだった。
「私たちは、もう決めていますよ」
「えっ」
葵さんも「うんうん」と、やや大げさに頷いていた。
あぁ、そう言えば葵さんは自己紹介の時に「中学の時はバレー部でした」とか言ってたな。高校でもバレーを続ける気なのだろう。
だとすると椿さんもバレー部に入るのだろうか? 盲の人でもバレーができるかはわからないが。
「なんだか暫く通れなさそうだし、部室でも行こうか。お姉ちゃん」
「そうね。あんなところ無理に通れば何されるかわからないもの」
確かに盲である椿さんを連れて、あの騒ぎを突破するのは困難だろう。喧嘩の流れ弾が当たりでもしたら大変だ。
「赤川くんはどうする? 一緒に来る?」
冗談じゃない。
いや、喜ばしいことではあるかもしれないが、今日会ったばかりの女子二人組、それもどう接すればいいかわからない視覚障害者といるなんて、気まずすぎる。
僕は拒否する理由を頭の中で考えた。まさか思ったことを本人の目の前ですべて表に出すわけにはいかないだろう。
「いや、ありがたいけど、どんな部活があるか興味あるし。見て回ることにするよ」
部活に入る気なんて全くないが、この場で逃げる口実としてはこれが一番適切だろう。と、その時は思っていたのだ。
「そっか、じゃあまた明日ね!」
「うん、また明日」
そう言って僕らは別れた。でも明日も会話する機会があるとは思えない。席は教室の反対だし。
「さて、どうしようかな」
僕はそう呟くと、前方の惨状に目を戻した。あそこを突破しない限り家には帰れない。選択肢は少ない。
校舎に戻るか、強行突破するか。校舎に戻るのが一番楽ではあるが、万が一あの姉妹に鉢合わせたら気まずい。
僕が「視覚障害者の相手がするのが面倒だから言い訳した」と思われても仕方がない。
自然と選択肢はひとつに絞られ、僕は歩きだした。
そして歩き出して三十秒で後悔した。