部長
声のした方向は、保健室の出入り口からだった。そこには、えらい美人が立っている。どちら様で?
「あ、部長……」
「愛梨ちゃん、何度も言ってるけど」
「あ、えっと、カラナさん……」
「よろしい。余は満足じゃ」
部長? カラナ? え、もしかして……
「噂をすれば何とやら、という奴ね」
「おー、生竹石先輩だ」
「え? なになに? みんな私の噂してたの?」
竹石さんは鞄をふたつ持っていた。ひとつを自分の左肩に掛け、もうひとつは右手に持ってる。そして右手に持ってる鞄を岩木さんに投げた。
「ほい、愛梨ちゃんの鞄、持ってきたよ」
「え、部ち……カラナさんわざわざ持ってきてくれたんですか?」
「ま、物のついでにね。愛梨ちゃんに会うついで」
わざわざ持ってきてくれたのか。優しい先輩だなぁ。リア充の雰囲気とそれに合った快活な性格、うん、こりゃ絶対モテるな。あと葵さんとキャラが被ってる。
「え、っと、なんで部長がココに……誰から聞いたんですか?」
「んー? それは、あちらの方からね」
そう言いながら竹石さんは扉の方を指差した。
「はあぁ……椿、この鞄重すぎるぞ。何入れてやがるんだ?」
竹石さんが指差した先には、なぜか鞄を三つ持っている吉田先生がいた。
「勉強道具ですよ」
そして相変わらず椿さんは先生に冷たい。いや冷たいのはいつもの事か。性格が柔らかくなるのは推理披露の時だけだ。
「ったく、お前ら四人がなかなか帰って来ないんで保健室に鞄を届けてくれとか、あの野郎無茶言いやがって。なにが『吉田先生は椿さんの担当なのですからあなたが持って行ってくださいね。私は忙しいのでこれで失礼します』だ。くそっ、宮原め……ハゲろ……」
……聞かなかったことにしよう。教師が生徒の前でこんな汚い言葉使って同僚の愚痴を言っていたなんて。
「あー、お疲れ様です」
とりあえず労っておこう。ここでキレられたら困る。
「どーも。ほれ、お前の」
床に投げ捨てられた。ひでえ。ちなみに渡良瀬姉妹には普通に渡した。何だこの差。
「もー、吉田先生から愛梨ちゃんが倒れたーって聞いた時はビックリしたよー。大丈夫なのー?」
「あ、はい、大丈夫です。おかげさまで……」
「ふぅん? でもそうね、嘘じゃないみたい。割とすっきりした顔してる」
竹石さんは岩木さんの顔を観察しながらそう言った。すっきりしたのは、単に体調が良くなったからなのか、それとも精神的なものなのかは僕にはわからないが。
「で、それはそうと何の話してたの? 内部進学生がどうの私がどうのこうの言ってたけど」
あ、そうだった。本題忘れるところだった。
この中で唯一面識があった岩木さんが事情を説明した。ところどころ椿さんや僕がフォローしつつ。
「ふぅん……? つまりその推理が正しければ差出人は情報部所属の内部進学生の高校一年、十八人のうちの誰かってことなのね。えーっと……何ちゃんだっけ?」
「渡良瀬椿です」
あ、そう言えば自己紹介してなかったな。
「妹の葵ですっ」
「弟でもなんでもない部員の赤川です」
「ふむふむ、椿ちゃんに葵ちゃんに赤川くんね」
自分だけ名字で呼ばれるのは疎外感があるが、まぁ先輩が年下の男子生徒を呼ぶのだから仕方ない。……別に残念とは思ってないよ。本当に。
「んで、椿ちゃん」
「ちゃんはやめてください」
「やだ」
うーん、このふたりの相性、もしかして悪いのでは……。
「こほん。椿ちゃんの推理によれば差出人は十八人に絞られたわけだ。でも、まだ十八人だよね。これ以上絞れない?」
「……」
「あれ? 椿ちゃーん? おーい?」
「ちゃん付けをやめたら答えます」
「椿様、どうか下賤な身分である私に、どうかこの手紙の差出人の正体を教えて戴けませんでしょうか」
「……はぁ、もうちゃんでいいです」
椿さんが負けたところを初めて見た。そして竹石さんはガッツポーズ。勝負だったのかこれ。
「と言っても、この手紙から推論できることはもうありません」
「筆跡とかでわからないの?」
「目が見えませんので、わかりません」
「あ、そ、そう。だからサングラス……ごめんなさい。不適切でした」
「大丈夫ですよ。目が見えてない、だからなんだという話ですから。遠慮することはありません」
「そ、そう?」
「そうです。学年が上なのですから堂々と後輩扱いしてください」
「ん? なんか遠回しな言い方だね。 ……椿ちゃん、今何歳?」
「十六です」
「誕生日は?」
「十二月三日」
えっ?
「「年上だったの⁉」」
僕と岩木さんの声がハモった。そして岩木さんは驚愕の顔を浮かべている。たぶん僕も似たような顔をしてるだろう。
「言ってませんでしたっけ?」
対して椿さんはしれっとした顔をしている。
「双子ではない、と葵が言ってましたよね。そこから推理することはできると思いますが」
そうだっけ……あぁ、いやそう言えば入学式の日の自己紹介の時にそんなこと言ってたような気が……。いやそうだとしても、普通は「四月生まれと三月生まれで同学年!」だと思ってしまうよ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいです」
どうでもよくないです。
「たとえ私の視覚が一般的な状態だったとしても筆跡で個人を特定することはできません。私は専門家ではありませんから」
「それもそうだねー」
竹石さんはもう年齢問題から頭を切り替えられてるのか。さすが先輩だな、うん。
「というわけで他の情報から推測するしかありません。岩木さん、赤川くん」
「「?」」
「その手紙を初めて手に取った時、および手に取る前後の行動を聞かせてください」
僕と岩木さんは、ざっくりとあらましを説明した。僕はともかく岩木さんは口下手な方なので要領を得なかったが、そこは時々竹石さんがフォローしてくれたおかげでかなり子細な情報がわかった。
「そう言えば吉田先生から聞いたんですけど、情報部は昨日早く終わる予定だった……とかなんとか」
確か無駄話してた時に、そう言ってた記憶がある。ちなみに当の吉田先生は仕事があるので職員室帰っていったよ。
この問いに答えたのは部長である竹石さんだった。
「あぁ、そうだね。私含めて部員十人近くが放課後に別の用事があったから、早く終わらせようとしたの。そもそもまだ部活が始まったばかりで、何か大きなことをする予定もなかったし」
「でも結局は通常通りになったんですか?」
「まぁね。私の予定が潰れたのもあるけど、文化祭に向けての意見交換とか、新入部員に対していろいろ教えてあげたりとか、やることができたの。あとまぁ、別の先生に睨みつけられたのが原因で、当日になって急遽通常通りに部活することになったんだよね……」
先生に睨みつけられただけで早く終わらせられないとか、この学校厳しくない? あ、でもうちの文学部の部活は早々と終わらせることも多いか。違いはなんなんだ?
「うーん、でもそれは関係なさそうかな……」
と、葵さん。まぁ関係ないだろう。結局は通常営業だったわけだし。
「……」
しかし、椿さんは顎に手を当てて考え込んでいる。なにか関係あるのかね? まぁいいや、僕は別方面から絞ってみよう。
「ところで、内部進学の高一情報部員は十八人でしたっけ?」
「ん? そうそう。男十五人、女三人だね」
「男女比までわかるんですか……というかすごい男に偏ってますね」
「まぁ、こういうのって男の人の方が好きでしょ? これでも女子率高い砲だと思うよ? 比率としては五:一くらいかな」
八十パーセントが男か。ちなみにこの学校の男女比は一:一で男女はほぼ同数だ。
うーん、しかし男十五人か……まだ絞りきれないなぁ。
「いっそ、その十五人全員に尋問でもしてみる?」
と、葵さんの意見。てか尋問って、犯罪者じゃないって言ってるでしょうに。
「んー、最初の二、三人に聞いたあたりで差出人にバレちゃいそうだなー。それに、相手が嘘ついてるかどうかの裏取りをしなきゃいけないし、十五人ってなると結構きついよ。せめて三人くらいに絞らないと」
「それもそうかー」
うーん……他に絞れる方法は……。
「ちなみに竹石先輩、犯人わかったとしてその人と付き合う気はあります?」
「ないよ」
即答だった。
「男と付き合う気は今の所ないなー。せめて大学生くらいからそういうの始めたい」
「その心は?」
「いい大学受かって未来のブルジョワ引っ掛けたい」
「最低ですね!」
この人意外とゲスだな!
「ま、それは三分の二くらいは冗談だけど」
三分の一は本気なのかよ。
「ま、それは常々周りに言ってることだよ。『今は男に興味ないー』って。そう言い回れば勝手に向こうから諦めてくれるから。困るんだよね、お断りの言い訳考えるの」
「そこですか。普通に『お友達でいましょう』でいいじゃないですか」
「向こうがそれで諦めてくれたらいいんだけどねぇ……」
「まぁ、七割方諦めてくれませんよね」
「わかるか葵ちゃん」
「わかります。私も散々通った道なので……」
「うんうん。でもね、こういう風に言い始めてから告白はピタッと止んだよ。評価が落ちたせいなのか諦めたかどうかは知らないけど」
あ、自分でも評価下がるかもしれないってわかってるんですね。
「ふむふむ、参考にしますね」
しなくていいと思うよ葵さん。
「まぁ、あまり言い過ぎないようにね。私も仲良い子には本当の事言ってるし」
うーむ。なんていうか、モテるのって意外と面倒なんだな……。
パチン。
突然椿さんが指を鳴らした。どうした。モテて仕方ない妹の為に良い言い訳でも考えてくれたのか。
「竹石さん」
「ほいほい」
「昨日、予定があった人は正確には何人いたのですか」
「え、えーっと……確か、ひぃ、ふぅ、みぃ……八人だね、私含めて。昨日部活休んだのが七人で、私は早めの部活切り上げで間に合う予定だったわ」
「ふむ。ではそのうち、内部進学の高校一年生は何人ですか?」
「あー……っと、三人。男二人、女一人。」
「わかりました。ありがとうございます」
「ほほう? つまりこの男二人の内、どちらかが差出人ってことだね?」
とすれば大分絞れたな。どういう理屈か知らないけど。
「よし、早速尋問だね!」
「その必要はありません」
「およ?」
「え、お姉ちゃんもう犯人わかったの?」
だから犯人じゃ……まぁいいやもう面倒臭い。
「え、でも、椿さんまだ部員個人のこと何も知りませんよね……」
岩木さんが小声で指摘する。確かにそうだ。男二人にまで絞れたのは確かのようだが、その二人の内どちらが出したのか、それどころか男二人の名前すらもまだわかってない。
「確かに知りません。ですが、問題ないです」
どういうことだってばよ。
「その前に、皆さんで昇降口に行きませんか?」
「「「「えっ?」」」」