手紙
今日と言う日ほど気持ちの浮き沈みが激しい日はないと思う。最近の私は入学式の日のあれのせいでずっとテンションが低かったが、今日はそれに拍車がかかっていた。部長になんか妙に絡まれて、かと思ったらパシリにされて、そして帰宅許可が出てウキウキしていたら第三会議室で悩みの種と遭遇し、さらには渡良瀬さんに弾劾されかけた。おかげで今私の気分は死刑判決を待つ犯人と同じだ。
渡良瀬……確か葵さんだったか。あの人はきっと部長と同じで友人が多い勝ち組タイプだろう。それ故に私の悪事なんて彼女の手にかかれば四十八時間もすれば学校中に知れ渡ることになるだろう。そんな彼女に笑顔で「なんで盗んだのか」などと言われてしまっては私の心はもう崩壊寸前だ。よく「逃げる」という選択肢があの状況で頭に思い浮かんだものだ。そして真のボスはあの後ろに座っていた姉の椿さんだろう。私関係ありません、という顔をしていたがアアレは演技だ、私にはわかる。彼女がもしかしたら裏で指示しているのかも。
はぁ、明日からどうしよう……。あそこにいた人たちみんな私と同じクラスだから逃げるに逃げれないよ。学校やめたいなぁ。
と、うだうだと悩んでるうちに昇降口に辿りついた。えーっと、忘れ物はなかったよね。……うん、大丈夫大丈夫。はぁ、早く帰って昨日買った本でも読んで寝よ。忘れてしまおう、今日の事は。
上履きを脱ぎ、下駄箱からローファーを取り出……そうとした。だがある物が私の下駄箱に入っていた。茶封筒だ。なんでこんなものが? 家のポストならともかく、下駄箱に茶封筒って。
とりあえず茶封筒を蛍光灯で透かして見てみる。……うん、爆弾は入ってない。爆弾がどんな形してるか知らないけど。どうやら普通に便箋が入っているだけだ。
糊付けはされていない。シールとかテープとかも貼られていない。封の折り方も、なんか雑だ。……とりあえず中身を見てみよう。
……。
…………。
………………。
あれ、これってもしかして……?
職員室を出たあと、少し足早に昇降口に向かっていた。
用事が、予想外に長引いてしまった。まさか先生とあんなに話すことになるなんて自分でもびっくりだ。
少し焦ってしまったからか、階段で躓きそうになった。落ち着け。階段で転んだら大惨事どころの騒ぎじゃない。
どうにかして昇降口に辿りついた時には、息が荒れていた。元々運動は苦手だから、少し走るとすぐに息が上がってしまうのだ。下駄箱を開けて中身を確認した跡、息を落ち着かせるために深呼吸をした。心臓がバクバク鳴っているのが分かる。運動と、あと多分、緊張のせいだ。
その時、階段の方から気配を感じた。なぜかフラフラと覚束ない足取りで今にも倒れそうな女子高生が、こちらに向かって歩いてきた。
岩木さんはなぜか昇降口で突っ立っていた。
吉田先生の話から、岩木さんはだいぶ前に帰ったと思っていたのだが、なぜかこうなっていた。
とりあえず僕は影からそっと様子を窺うことにしてみた。傍から見たら不審者にしか見えないだろう。
とりあえず岩木さんはただ突っ立っているだけじゃないようだ。手には封筒と便箋がある。
下駄箱の前で便箋を読む少女。玄関から西日が差し込むせいで、なんか物凄く絵になっている。眩しくて目に悪いが。
しかしいつまでもその光景を見ることはできなかった。彼女は僕の存在を察知したのか不意にこちらを向いてきた。やばい。
「……へ? あっ」
ばれた。
「ど、どうも」
何がどうもだ。覗き見をしておいて。見てみろ。彼女の顔がどんどん青ざめていくじゃないか。とりあえず、彼女の緊張を解こうとしたとき、彼女の手から便箋が落ちた。その便箋は空気を読んだのか、玄関から吹く風に乗って僕の足元まで滑ってきた。そして岩木さんの顔が凍りついた。どうした。この便箋に何かあるのだろうか……。えーっと……?
謹啓 窓辺の姫君へ
私は貴女の事を一目見た時から心を奪われました。貴女はまるで常夏に咲くダイアンサスの華のようで、煌びやかで、今や私の心は貴女で埋め尽くされています。どうか私と、二人きりでお話をさせていただけないでしょうか。
明日の放課後、第一資料室でお待ちしております。
敬白
読まなきゃよかった。これどう見てもラブレターじゃん。他人のラブレター覗き見ってどうなのよ赤川くん。
いや、その前にこのラブレター、文章は短いのに突っ込みどころがありすぎる。特に「窓辺の姫君」とか「常夏に咲くダイアンサスの華のよう」って、書いてて恥ずかしいとは思わなかったのだろうか……。あぁ、でもそもそも恥を知ってるようじゃ、ラブレターなんて物書けないか。きっと書いてる時はテンション上がりすぎて歯の浮くようなことをつらつらと書いてしまうのだろう。経験ないから断言できないけど。うーん……というか待ち合わせ場所が第一資料室って地味だな。確か高校教員室の近くだっけ。
と、そこまで考えた時に岩木さんの事を思い出した。視線を便箋から彼女をに移してみると、彼女の顔は完全に泣く一歩手前だった。まずい。昇降口で女の子を泣かせる男子生徒とか他人が見たら面倒なことになる。と、とりあえず今取れる最善の策は……。
「あの、これ、落ちてた、よ?」
「……あ、ひゃいっ」
「あの、その、うん、じゃあ、また明日……」
「……」
「…………」
こうして僕は逃げるように学校を飛び出した。どうしよう、解決するどころか事態が悪化してしまった……。
どうしよう、読まれてしまった。しかも赤の他人に。
まずい。非常にまずい。大事な手紙を、よりにもよってあんな奴に読まれるなんて。
はぁ……どうしよう手紙……。と、とりあえず、今はばれないように静かに帰ろう。いつまでもここで突っ立ってたら怪しまれる。静かに、そして素早く……。